第227話デート・三人目
二人目が終われば当然次の日は三人目になるわけで、安倍とのデートを終えた翌日。俺は三人目との待ち合わせとなっている場所へと向かっていたのだが……
「ん? なんだ、もう来てたのか」
向かった先ではすでに待っている人物がいたのだが、どうにもその様子が普段と違っている様子だ。待ち合わせとなっている場所の壁に寄りかかったり近くの座れそうなところに腰掛けるでもなく、ただまっすぐ前を向いて背筋がしっかりと伸びている。
あれは、どう見ても緊張してる感じだな。まあ、あいつの気持ちと今の状況を考えればわからないでもないか。
これでも二十分は早く着くようにしたんだけどな……。
まだ集合時間にはなっていないにも関わらず、俺よりも先に待っている阿呆の元へ向かっていくが、ふと足が止まってしまった。
だが、足が止まった理由なんて気にすることなく、無理やり足を動かして再び歩き出す。
「待たせたな」
声をかけると、三人目のデート相手——浅田が、喜ぶというよりも緊張した様子でこちらへ振り向いた。それまでもしっかりと背筋を伸ばしていたが、今はそれ以上だ。これじゃあまるで面接でもしてるような緊張感だな。
「あ、うん。やっぱほら、あれじゃん。遅れたら悪いっしょ」
ただ、そんな緊張感の中でも口調だけは普段の通りなのは、自然なものなのかそれとも意識したものなのか。
どちらにしても、ことの他よそよそしい態度を取られたりするよりはマシだな。
「別に今更そんなこと気にしねえけど、お前は相変わらず真面目だな。雰囲気はそんなでもないくせに」
「そんなでもないってどう言うことよ」
「他人から見た自分の見た目や言動を考えてみろ。真面目な優等生、って雰囲気があると思うか?」
「……あるっしょ。少しくらいは」
「ねえよ」
そうして軽く言葉をかわすと、浅田の緊張も多少なりとも和らいだのか小さく息を吐き出した。
「でもまあ、待たせたみたいだな、悪い」
「んえ、あ、ううん。あたしが先に来ただけだし、好きで待ってただけだから、その……」
もじもじと、普段とは違った反応を見せる浅田。だが、その言葉は最後まで口にされることなく途中で止まってしまった。
このまま待っても続きを話すことはないだろうと判断し、改めて俺から声をかけることにした。
「ああそれと……」
「?」
「ずいぶん成長したもんだな。その服も化粧も、よく似合ってるぞ」
実際、今日の浅田はかなりめかし込んでいる。普段の運動しやすい格好ではなくロングのスカートを履いているし、化粧だって気合いを入れているのがわかる。
それに何より、俺が知っているこいつらって言うのは、まだ三年前で止まっていたのだ。この間会ったとはいえ、その時はこっちだって内心では混乱があったし、こいつらだってちゃんと化粧したりしていたわけではない。お互いに、良くも悪くも成長した状態ではなかったのだ。
それなのに、今日こうして化粧をして綺麗な姿を見せられたことで、一端の大人の女性という雰囲気を感じてしまった。
「……。……っ! そ、そぅおお? まあこれでも成人してるんだし、これくらいは普通だってば」
一瞬何を言われたのか理解できなかったのか、浅田はキョトンとした顔を見せたがすぐに言葉の意味を理解したようで、驚きに体を跳ねさせてから震えの混じった声で答えた。
だが、そんな言葉とは裏腹に、声と口元と態度を見ていればこいつが喜んでいるのは簡単にわかった。なんともわかりやすいやつである。
見た目はだいぶ成長したと思ったが、中身まではそんなに変わらなかったようだ。そこに呆れを感じるとともに、変わっていない部分があることに安心感を覚えた。
「そか。まあ、とりあえずどっか行くか」
「ん、うんっ!」
声をかけながら差し出した手を、楽しげな返事とともに握りかえされ、デート開始となった。
「あ、ねえ。それで、今日はどこにいくわけ?」
「特に決めちゃいねえけど、どこか行きたいところあるか?」
が、これまでもそうだったのだが、デートと言っても特にどこかに行くと決めたわけではない。
だからここで話し合い、どこか適当な場所へ繰り出すつもりだった。
正直、この辺の地元なんてここに住んでいる浅田達からしたら色気も何もないかもしれないし、真新しさもないだろう。だが、今は俺の身分証がないので勘弁してほしい。昨日の安倍のように遊園地という一箇所に留まっているのであればなんとかなるが、あっち行ったりこっち行ったりと、どこか気楽に遠出をするわけにはいかないのだ。何かあったら面倒なことになりかねないからな。
車でのドライブも、運転自体はできるが今は免許がないので無理だ。となると、必然的に何かあっても佐伯さん達が対処できる地元で、ってことになってしまうのだ。
「ん、えっとね……あ。だったら家を見に行かない?」
……家? なんで家? それってデートでやることか?
「家? お前家買うのか?」
「違うって。あたしではなくって、あんたの。家、って言っても持ち家じゃなくって借間のことよ」
「借間ってアパートとかか。でもなんで俺の?」
「だってあんた、今家がないじゃん。今はあそこで暮らしているからいいとしても、一月経ったら出ていくんでしょ? そん時になってから家を探すんだと遅すぎると思うのよ」
「まあ、そりゃあ確かにな。そうか、家も必要だったな。前の場所はもう使えねえんだし」
言われてみれば、そうだな。免許とか検査とかニーナの対応とか、そっちにばかり気を取られていたが、そういえば研究所を出ていっても行く先なかったわ。
「本当はあの場所も残しておこうって話は上がってたっぽいんだけど、いつ帰ってくるのか……そもそも本当に帰ってくるのか、って話になったの。だから咲月が出て行った後に……」
「ああ、いいって。わかってっから。むしろ荷物を回収してくれただけでもありがたいことだ」
全部捨てられてたら、それはそれで問題になりそうな品物とかあったからな。それに、全部捨てられてたら着替えも何もなかったわけだし、取っておくように願ったこいつらには感謝しかない。
「にしても、家か……どこがいいかねえ。なんの条件も前情報もなしに探すのって、意外とむずいな。なんも思いつかねえ」
いや、そもそもこれデートで考えるような話か? 家がないのは確かだし、早いうちに考えておかないといけないのは確かだが、今日はあくまでもデートに来ているのだ。
しかもそのデートだって〝お試し〟のもの。正式に付き合ってるわけでもないのに家を決めるって……こいつちょっと、あれだ。先走ってるっていうか、暴走してねえか?
「だったら、あたし達の住んでるマンションの近くにする? もしくは同じ建物でもいいと思うけど。どうせこれからも一緒に活動していくわけなんだし、近いに越したことはないんじゃない?」
と思っていると浅田がおすすめを口にしてきた。あっちにあるんだけど、と口にしながら指を差すが、そういやこいつらもう学生寮じゃないんだったか。どこに住んでんだろうな?
ただ、こいつらがどんな生活をしているのか気になるといえば気になるが、それよりも……
「これからも一緒に、か……」
これからも一緒に活動していくということは、俺は再び勇者一行に加わるということだ。
三年前の学生だった時とは違い、今ではこいつらも『勇者』の名前に相応しいように成長していることだろう。俺みたいな小手先の技術だけで騙し騙しやっている奴が一緒にいていれば、足手纏いになるんじゃないだろうか?
それ以前に、そもそも俺はまた冒険者として活動する気があるのか……?
「……浩介は、あたし達と共に行動するのは嫌なの?」
だが、俺が芳しくない反応を見せたからか、浅田はビクリと怯えたように体を揺らし、わずかに眉を顰めて問いかけてきた。
「嫌ってわけじゃねえけど……なんつーかな。正直言って、それすらもなんも考えてねえ。今後どうするかって言われても、前と同じってわけにはいかないだろうしな。若返った分色々と考え直さなくちゃならないことがある。それに、俺としてはあの時全部終わらせたつもりだったんだ。人生二周目……つっていいのかわかんねえけど、もう一度やり直す機会を与えられたところで、やりたいこともやらなくちゃいけないことも何もない。お前らだって、もう俺がいなくても自分たちだけで行動していけるんだろ?」
「それは、そうだけど……。でも、あたし達はあんたに一緒にいて欲しいと思ってんのよ」
こいつらは俺に好意を持っている。
それ自体は、まあわかっているつもりだ。でなければ、そもそもこんな四人とデートなんてするような事態になってるわけがないからな。
「……まあ、それはわかってるさ。ただ、気持ちの整理とか、なんだ……色々と考えをまとめてからじゃねえと答えらんねえよ。悪いとは思ってるが、もう少し待ってくれ」
冒険云々を抜きにしても、こいつらと一緒にいるには色々と考えなくちゃいけない。
それを考えるためにも、今回のデートなんてものが仕組まれることになったのだ。
現在こうして一緒にいるわけだが、そのこと自体は嫌ではない。むしろ個人的な評価は好ましいとすら思っている。
だが、だからと言って四人全員と付き合うというのはどうなんだ? 好意を向けられて、それに答えを返していないのに共に行動し続けているというのも、今一つ受け入れ難い。
……わかってるさ。この件に関しては、俺が受け入れればそれでおしまいなんだって。ただ、俺がそれをうまく飲み込めないだけだ。
ただ、最悪の場合……と言うのかわからないが、本当にどうしようもなくなったら、最後には俺も覚悟を決めるしかないだろうな、とは思っている。やったぜ、ハーレムだ。……はあ。
「……ん。まあ、わかった。あたしとしても、無理やり押し付けるつもりはないし、時間は必要だもんね」
「無理やり押し付けるつもりはないって……前は俺が教導官を辞めたいって言っても無理やり屁理屈こねて押し付けてこなかったか?」
浅田は少し考えたようなそぶりをすると、わずかにぎこちない笑みを浮かべて頷いた。
その様子を見て、それまでの空気を変えるように軽く笑みを浮かべ、冗談混じりの言葉を口にする。
「それはそれ、ってやつよ。……あっ! なんだったら、またあたし達の教導官やる?」
「今更お前らに何教えるってんだよ。あれから三年だってんなら、活動した年数は俺と同じようなもんだろ」
「あー、もうそんなに経ったのかぁ。お互いに歳をとった……とってないじゃん。あたし達はともかく、あんたはむしろ若返ってるし」
そんなふうに軽口を交わしつつ、とりあえず歩き出していく。
正直言って、この時間は嫌いではない。こんなふうに一緒に笑いながら歩ける相手ってのは、きっと恋人や結婚相手としては最高の相手なのだろう。
だがそれでも、今はまだ、はっきりと決めることができない。
そんなヘタレている心を隅に追いやり、何もないふりをして浅田とのデートを続けていった。
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