第226話デート・二人目
北原とのデートを終えて翌日の朝。今度はまた別の奴とデートすることになったのだが……二日連続で、それも別の女とってのは、我ながら見事なクズっぷりだな。
「ん……来たか」
なんて考えていると、今日のデート相手が姿を見せた。
「私が来た」
デデン、や、バーン、などとでも音がつきそうなほど堂々と立ちながら短く言い放った女性——安倍に対し、俺は若干呆れを滲ませた表情で答えた。
「デートの待ち合わせにいう言葉でもねえだろ、それ」
確かそれ、少年漫画のヒーローが登場する時のセリフだろ。デートで使うセリフじゃねえんじゃねえか?
「そう?」
「いや、別にいいけどよ」
「そ。なら行こう」
安倍は俺の言葉を特段気にしていないようで、というかそもそも今の会話自体にたいした意味はないおふざけのようなものだったので、何事もなかったかのように俺の手をとって歩き出した。
「行こうって、どこいくか決めてあんのか?」
こうして相談する前に手をとって歩き出したということは、どこか行きたいところがあるのだろう。
「ん。遊園地」
「遊園地? どこのだ?」
「ここ。結構近い」
「ああ、ここか。昔行ったことあったけど、まだやってんのか」
スマホを取り出して見せられた画面には、俺も知っている遊園地の名前が映っていた。
随分と懐かしい場所だ。俺もガキのころは何度か行った事があるが、それがまだやっているとはなんとも感慨深いな。
でも、そうか。だからこんな普通の店がやってないような時間から待ち合わせだったのか。
「ちょっと前に改装した」
「そうなのか? そりゃあ知らんかったな」
「コースケがいない間だったから当然」
なるほど。それは知るわけねえな。
「でも、遊園地って言ったから、てっきり夢の国の方かと思ったんだけどな」
デートで遊園地って言ったら、多分大体のやつはそっちを想像するんじゃないだろうか? 特に、あの場所に電車で一・二時間程度で行ける範囲の奴なら尚更。
「ん、そっちの方が良かった?」
安倍が足を止めてこちらに振り返り問いかけてくるが、こう言ったらなんだが、正直どっちでもいい。むしろ、夢の国じゃない方が嬉しいとすら思う。
「いんや。あそこは人が多すぎてうざいし、今から行っても無駄に時間食うだけだろ」
前にも行った事があるが、あれは雰囲気が楽しいだけで実際にはあんまし楽しかねえんだよな。まああくまでも個人的な考えだし、パレードやなんかのイベントは楽しいのかもしれないが、俺には合わなかった。
俺がせっかちなだけかもしれないし、効率厨なところがあるからかもしれないが、待ち時間が短い方が楽しいと思ってしまうのだ。
だから、夢の国ではなく普通の遊園地っていうのは願ったりだ。
「じゃあ、はい」
俺の言葉を聞いて満足そうに頷くと、安倍は一旦俺のことを掴んでいた手を離し、改めてこちらに手を差し出してきた。
「ん? ……ああ、はいはい。これでいいか?」
「ん。満足」
一方的に捕まれるだけではなくお互いに手を握りあい、俺達はまるで本当の恋人のように歩き出した。
——◆◇◆◇——
「着いたな」
「……ん。着いた」
電車に乗っておよそ一時間半。目的としていた遊園地の前までやってくる事ができたのだが……少し、安倍の様子がおかしいか?
「? どうした。電車で酔ったか? それともここまで歩き疲れたか?」
覚醒者なんだからこの程度歩いただけでは疲れた、なんてことはないだろうが、電車や人に酔ったということは考えられる。ここは夢の国ではないし今日は平日だが、遊園地というだけあってそれなりに人がいるしな。
だが、そんな俺の考えとは裏腹に、安倍は首を横に振った。
「そうじゃない。ただ、ちょっと……緊張してるかも」
「緊張? 何にだよ。緊張なんてする要素あったか?」
デート如きで緊張する、なんて性格でもないだろうに。だが、他に何か考えられる理由もない気がするんだがな。
「私、遊園地初めてだから」
「初めて……?」
俺でさえ家族と子供の頃に何度か行った事があるのに、初めてってのは……。
もちろんさまざまな家の事情があるだろう。あまり裕福ではなかったり、家族仲が悪かったりと、理由なんてそれこそいくらでもある。安倍の家族も、そんな難しい理由があったのだろうか。
「そう。家が、そういうのは許してくれなかった。ゲームも遊びも、色んなことがダメだった。多分、普通の子供とは違う生活だったはず」
「家……安倍の家か」
「分家どころか、その大元の安倍の家だって紛い物なのにね」
そういえば、こいつの家は大昔から続くとされている陰陽師の家系だったな。本人は末端と言っていたが、血族であることは間違いない。
だが安倍は、俺の言葉を聞いて自嘲げに笑った。
紛い物。その言葉の意味するところを、俺は理解できた。
『陰陽師の大家』である安倍という家は、一度滅んでる。
安倍の後を別の家が引き継いだが、その家も滅んだ。と、普通なら話はそれでおしまいになる、はずだった。
一度滅んだことになった家が、だが今のように異形に対する戦力が必要となった時代になったために血縁を遡り、力ある者を見つけ出して強引に家を継がせて滅んでなかったことにした。だって、『安倍晴明の子孫』という名前は、こんな世界になった当初はとても大事な役割があったから。
実際、安倍という陰陽師の血も、完全に滅んだわけではないのだ。主家が滅んだだけで、分家まで全滅したというわけではない。それこそ、末端と呼んで良いような本流から外れた家系なんかは普通に残っている。
でも、安倍晴明の子孫であろうとも、『安倍家』の本来の主ではないというのは間違いではない。何せ、一度は滅んだのだから。
だからこそ、分家だろうとその末端だろうと、自分たちにもチャンスがあると考える。だって、そもそも当主自体が分家の存在なのだから。分家云々などと言えるはずがない。血筋に引っかかってて、力があるのなら、誰だって本流に戻ることができる。なんだったら、当主やその縁者に成り上がることだってできる。
そんなわけで、陰陽師の安倍家といえば世間にはすごい家として有名だが、その内実としては今も勢力争いが酷いらしい。安倍晴華という少女が『紛い物』と言いたくなる気持ちもわからなくもない。
「それに、初めての……デートだから」
それまでのどこか暗さを感じさせる表情から一転し、無表情をどこか恥ずかしげに歪めて小さく視線を逸らしつつ呟いた。
「……はあ」
どうやら俺はこいつのことをまだ理解しきれていなかったようだ。何がデート如きで緊張なんてしないだろう、だ。
こんな姿を見せられたら、適当にやり過ごす、なんてことをできるわけないっての。
「お姫様。お手をどうぞ」
少し恥ずかしいが、そうやって仰々しく手を差し出して見せると、安倍は驚いたように目をぱちぱちと瞬かせ、俺の顔を覗き込んできた。
「ここは夢の国じゃねえけど、まあ似たようなもんだ。初めての遊園地で、初めてのデートだってんなら、まだ知らないこと尽くしってことだろ。初めて体験する〝楽しい〟を、存分に楽しめ。だから、そんな暗い顔なんてしてんなよ」
今回のデートは勢いやその場のノリみたいなものがあっただろう。安倍だって、俺に対しての好意はあれど本気で落とすために誘ったわけではないと思う。
だが、せっかくこうしてデートなんて名目で遊びにきたんだ。だったら、暗い顔をさせたままなんてのは情けないだろ。遊園地まで遊びに来たんだから、楽しもうぜ。デートなんて、相手を笑わせて、喜ばせてこそだ。
だから、たとえ恥ずかしかろうが、カッコつけた振る舞いも必要経費だ。旅の恥はかき捨てってな。
差し出したままの俺の手をおずおずととった安倍は、少し呆けたように俺のことを見ていたが、数秒ほど経ってから先ほどよりも嬉しそうに……それこそ、普段の無表情はどこへ行ったんだと言いたくなるくらいはっきりとした笑みを浮かべ……
「……コースケ。やっぱり結婚しない?」
なんて、ふざけたことを抜かしてきた。
「しねえよ。なんで今言うんだよ」
その言葉を聞いた俺は、笑みを浮かべる安倍と対象的に顔を顰めてしまうが、安倍にとってはそんな俺の反応すら楽しいようで相変わらず笑っている。
「改めて好きになったから?」
「疑問系の言葉に信用度はねえから却下で」
「じゃあ、好きです。結婚してください」
疑問系だから却下とは言ったが、そうはっきり言われると……
いや、今回のデートは俺がこいつらに対する気持ちをはっきり決めるためのものなので、その趣旨としては間違っていないのかもしれないが……
「……その答えを出すために遊びに来たんだろ。とりあえず、今は中に入って遊ぶぞ。初めてなんだろ? こんなところで無駄に時間を使ってたら勿体無いぞ」
「ん。そうする。今は脈ありそうだったからそれで十分」
話を逸らしたにも関わらず、今はそれでも良いのだと安倍は俺に手を引かれつつ満足げに歩き出した。
「コースケ」
「ん?」
「ありがと」
「気にすんな。今日は楽しむために来たんだろ」
だが、安倍は首を横に振った。
「それだけじゃない。あの時助けてくれてありがとう。最後の最後で裏切られたように感じた。でも、多分コースケがやってなかったら私達はみんな死んでたから。だから、ありがとう」
「ありゃあ俺が好きでやったことだ。お前が気にすることじゃねえよ。それに、お前らの気持ちを無視したのは事実なんだから裏切ったってのも、まああながち間違いでもねえ。生きて帰れる保証なんてなかったしな」
「だとしても、ありがとう。それと、おかえり。生きててよかった」
「……ああ。ただいま」
そう言葉を交わしてから入場ゲートを潜り、俺は安倍にとっての〝初めて〟を一緒に楽しむことにした。
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