第225話デート・一人目

「——え、えっと、あの、伊上さん。今日はよろしくお願いします」


 どうしてか俺が宮野達とデートをすることになったわけだが、じゃあ明日にでも、とはいかなかった。

 俺はゲートからこちらに戻ってきたばかりなのだから検査や事情聴取など色々とやることがあり、ようやく俺が外に出られるようになったのは一週間後だった。


 その間にどういう話し合いが宮野達の間で行われたのかは知らないが、デートは一人ずつ行われることとなり、その初日。現在俺は、待ち合わせをした駅前でデート一人目である人物——北原と向かい合っていた。


「ああ。……というか、お前も参加したのかよ、北原」


 宮野と浅田は理解できる。あいつらが発端と言っても良いような状況だったからな。安倍も、まあそうだろうなと頷ける。だが、北原が本当に参加してくるとは予想外だった。

 まあ、四人中三人が参加するのに一人だけ、となれば空気を読めていないと謗りを受ける可能性もある。なのでそれを考えて、ということも普通はあり得るが、宮野達の仲の良さを知っているとそんなことを気にして参加したとは思えない。

 なら、じゃあどうして俺とデートなんてすることになっているのかと言ったらわからないのだが……


「は、はい。ダメ、だったでしょうか?」


 どこか不安そうな色が伺える表情で北原が問いかけてくる。


「いやまあ、ダメってわけじゃねえけど……お前、別に俺のこと好きってわけでもないだろ?」

「い、いえ、そんなことはっ! ちゃんと伊上さんのことは好きです……」


 そうかよ、ありがとな。でもそれ、人間的には好ましい、みたいな恋愛ではなく親愛の感情での〝好き〟じゃないのか?


「そりゃあ、恋愛感情的にか?」

「それは、そのぅ……」


 そんな言いづらそうに顔を逸らされたら、いくらちゃんと言葉にしていなかったとしてもわかるわ。


「まあ、なんでもいいけどな。せっかくの機会だ。お前らとは一対一で話したいとちょっと思ってたし」

「そうなんですか?」

「ああ。……つってもまあ、今日は一応デートっつー建前なんだ。こんなところで話してねえで、どっか適当に歩くか」

「あ、はいっ」


 いつまでも同じ場所に留まったまま話をするってのも人目を惹きかねない。

 それに、どんな思いであれ、今日はデートという約束で集まったんだ。だったら、たとえ中身が嘘っぱちでもせめてそれっぽい行動をするべきだろ。


「それで、どこに行くんですか?」

「ぶっちゃけ何にも考えちゃいねえけど……北原はどっか行きたい場所とか買いたいものとかあるか?」


 デートをするにあたって何も考えていないのはマナー違反かも知れないが、これまでそれなりに忙しかったことと、一口にデートと言っても四人別々の人物を相手にしなくてはいけないこと。それから、そもそも俺が乗り気ではなく宮野達によって半ば一方的に決められたこともあり、何をするか、どこにいくかなどは決めていなかった。

 なので、悪いが一緒に考えてもらうぞ。


「え、えっと……あっ! だ、だったら、伊上さんの服を買いに行きませんか?」

「俺の服?」


 デートで服を買いに行くのはおかしなことではないと思うが、なんで俺の?


「はい。その、えっと、今の服はなんというか、あんまり似合っていないような気がしないでもない感じなので……」


 はっきりとは言わないが、北原の言葉で自分の体を見下ろして格好を確認するが、まあ確かに合ってないかもな。


「ああ。別にそんなに気を使わなくてもいいぞ。これは研究所に保管してもらってあったやつだから、今の俺だとサイズも雰囲気も前と同じやつを使ってりゃあ、似合ってないって評価は正しいだろうよ。まともなのを選んだつもりだが、でもまあ、そうだな。せっかくなんだったらもっとまともな服装の方が良いよな」

「あ、いえ。決して伊上さんの格好がおかしいというわけではないんですけど……」

「気にすんな。ただまあ、ちょうど良いっちゃ良いから、北原が言ったように服買いに行くか」

「は、はい」

「ただ、せっかくだ。俺だけじゃなくてお前の分も買うからな」

「え、ええ〜! そ、そんなっ……私は、大丈夫です!」

「デートなのに俺のだけ買えって? ほら、行くぞ」


 多少強引ではあるが、まあデートの名目で来てるんだからこれくらいは許してもらおう。


 ——◆◇◆◇——


「——あの、なんだか私の分まで買ってもらって、すみません……」


 適当にその辺の服屋をいくつか回って、ダラダラと話しながらあれが良いこれが良いと服を見繕っていたわけだが、それももう終えて現在は近場にあったカフェで休んでいるところだ。

 だが、これまでの道中もだったが、俺だけではなく自分の分まで買わせた事が気になっているのか北原はどこか申し訳なさそうな顔をしている。買わせたと言っても、俺が強引に買ってやったんだから気にすることなんてねえのにな。


「どうせ金自体は持ってるんだ。気にすんな。まあ、今日は持ち合わせがそんなにないからこれ以上は無理だけどな。何せカードが使えねえし」


 佐伯さんが回収した俺の荷物の中にあった金庫の中から現金を回収してきたが、札束で持ってきてるわけじゃないから使える額には限界がある。

 これがカード使えるんだったらもっと盛大に奢ってやることもできたんだけどな。

 もっとも、俺が買える程度のものであれば、こいつらなら余裕で買えるだろうから奢ってやった意味はあるのかって気がしないでもないが、まあこういうのは雰囲気とマナーと気分が大事なのだ。


「でも、なんだか悪い気がします。私は別に、本気ってわけじゃないのに……」

「悪いって、宮野達にか? 気にすんなよそんなこと。ただ男友達と遊びに来てるってだけだろ。まあ、友達っていうにはちっと年が離れすぎてる気がするけ——いや、もうそんなこともねえのか」


 今まで使っていたセリフが使えなくなったことに、少しだけ寂しさを覚える。

 実年齢は離れていても、見た目だけで言えばもう同じくらいだからな。


「で、でも、私達にとって伊上さんはいつまでも頼れる大人ですっ!」

「そりゃどうも。でも、いつまでもってことはねえだろ。もうお前達だって立派な大人の仲間入りしてんだ」


 こいつらだってもう二十を超えてるんだから、大人と言っても良い年齢だ。実力に関しては申し分ないし、十分に社会人としてやっていける。

 社会経験は多少なりとも足りないところもあるだろうが、それを補助する後ろ盾も、〝国〟っていうデカい組織がついている。そのことも合わせると、むしろ俺よりも『頼れる大人』なんじゃないだろうか?


「まあそれはそれとして……お前達の今の状況っつーか、その辺どうなんだ? うまくやれてんのか? 多分だが、あの後の扱いは大変なものだったんだろ?」


 一応これまで研究所で、あの後の宮野達を取り巻く環境の変化については聞き及んでいた。

 だが、当人視点ではまた違った真実が聞けるんじゃないかと思い、尋ねてみる。

 あの時の事件は、最後には俺が幕を下ろした形になる。その結果がどうなったのか、勝手に行動しておいて今更ではあるが、気になるのだ。


「は、はい。それなりにはうまくやってきたつもりです。ジークさんとか、色々な人が助けてくれましたし……」

「ジークか……。あいつにもそのうち挨拶しなくちゃなんねえよなぁ」


 俺が望むなら女に性転換することも構わないと戯言を抜かしている変態。奴ならまあ、俺がいなくなった後に宮野達の面倒を見るっていうのは納得できるし、ありがたいことではある。だが、そのことでやつに礼をしに行くのはなあ……。

 まあ、いいか。どうせそのうち俺んところに来るだろ。その時でも問題なしだ。


「あ、あはは。あの人も、伊上さんが生きてるって信じてた人の一人ですから、生きてるってお知らせしたら、喜んでくれると思います」

「まあ、だろうな」


 その後も、軽い調子で話を続けてこれまでの北原達の状況を聞いていったのだが、どうやら本当に色々あったようだ。

 テレビにも出たし雑誌にも載った。ストーカー被害もあったようだし、パパラッチも大変だったようだ。

 まあ、ストーカーやらなんやらは、『勇者』が不快に感じて国外に逃げ出さないようにするために、国が全力で処理してくれたようだが。

 だが国以外にも、先ほど挙げたジークやらイギリスの騎士やらが手を貸してくれたし、後は天智お嬢様もあの騒動のどさくさに紛れて『勇者』認定されていたため、共に協力してやってきたようだ。


 そうして一通り話を聞き終えたところで、ふと気になった事があったので問いかけてみることにした。


「……なあ。一つ聞きたいんだが、お前はまだそんな喋り方をするのか? 前はもっとはっきりした物言いをしてきたことあったろ」


 北原は以前からこんな喋り方をしていたが、こいつの本性はこんなオドオドしたものではないのだと知っている。実際、あの最後の戦いの前にはもっとしっかりとした態度をとっていた。


「あ、えっと……癖みたいなものでもありますけど、元々がそんなに前に出ていく性格じゃないので……」

「でも、目立ちたがり屋だろ?」


 だからこそ、こいつには治癒の力なんてものが発現した。

 怪我を治す能力なんていつの時代もどんな場所でも貴重で、それを持っているってだけで誰からも求められる人物になれる。だからこそ、そんな能力が発現した人間は、よっぽどのお人好しか、他者から目立ちたいかのどちらかの性格をしている場合が多い。


 俺の言葉を聞いて、北原は少し考えたような様子を見せた後、一つ深呼吸をしてから話し始めた。


「……目立ちたい、というのとは少し違います。私は、私を必要としてくれる誰かがいればそれでいいんです。前に伊上さんは私のことを〝かまってちゃん〟と言いましたけど、どちらかというと〝依存している〟の方が正しいんだと思います。だから、チームのみんなが認めてくれるなら、私は他の誰が見てくれなくてもいいんです」

「依存ねえ……」


 まあ確かに、それもまた治癒の力の精神分析に当てはまるか。

 癒すってことは自分一人では戦う事ができないわけで、誰かと一緒じゃないといけない。そして癒しを受ける側も、治癒の力を捨てることはない。だから誰かに依存するためには最適な能力とも言える。


「は、はっきりした物言いも、できないわけじゃないですけど、あんまり好きじゃないですし……」

「まあ、お前がそれでいいんだったらいいんじゃねえの。それに、宮野達は基本的にイケイケだからな。お前みたいな……言い方は悪いが、足を引っ張る奴がいる方が動きに安定が出るだろ」


 足を引っ張る。そう言うとなんだか悪いように感じるが、要は重りだ。放っておけばどこまでも高く高く飛んでいく風船を、人の手が届く範囲に繋ぎ止めておくための重り。その役目が北原だ。こいつみたいに、わかりやすいほど臆病さを見せる奴がそばにいるだけで、宮野達は本当にこのまま進んでいいのかを考えることができる。


「さて、それじゃあそろそろまた歩くか」


 デートだってのに、雰囲気を壊すような事を話したな。気分を変えるためにも一旦この場を離れて適当にぶらついた方がいいだろう。ちょうど目の前にある皿も空になったことだしな。


 そう思って立ち上がったのだが……


「——伊上さん」


 俺の動きを制止するような力を感じさせる声で呼び止められた。


「あん?」

「私は、依存先が伊上さんでもいいと思ってます」


 依存先が俺でも良いって、それはつまり……


「……は。冗談はやめろよ」

「冗談なんかじゃありま——」

「冗談だ。そうだろ?」


 冗談さ。そうに決まっている。それ以外の答えなんて許さないとばかりに、北原の言葉を途中で遮った。


「……そうですね。少なくとも、今は」


 そうだよ。そんでもって、今だけじゃなくてこれからもずっとそうさ。

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