第224話友人達の提案

「よおよお、色男。そんなに花を抱えて、羨ましいったらねえな」

「久しぶりに会ったのに、第一声がそれかよ」


 佐伯さんに一つ頼み事をしてから数時間後、体感時間ではひと月も経っていないが、以前よりも老けたように感じる友人達がこの研究所にまでやってきていた。

 ヒロ達はこの研究所の存在と俺の関係を知ってはいたが、来たこと自体はなかった。当たり前だ、ここは国の施設であり、むしろ勇者でもなんでもない俺がいることの方が異常なのだから。


 とはいえ、今の状況で俺がここから出て行くわけにはいかないし、電話一本で簡単に終わらせて良い話でもない。なのでヒロ達をここに呼んでもらう事ができないか頼んだのだが、どうやらそれは無事に許可が出たようだ。もっとも、部屋そのものはニーナのいる場所とは別の、ちゃんとした来客用の部屋だが。


 その部屋にこいつらが到着したってんで宮野達も挨拶のために一緒にやってきたのだが、俺一人に対して女四人という状況を揶揄った言葉が一番にかけられてきた。

 相変わらずで安心したのだが、もっと別の言葉があるだろうに。まったく……


「それで、改めて久しぶりだな」


 宮野達が挨拶を終えて部屋を出ていくと俺達だけが部屋に残り、向かい合うこととなった。


「だな。つっても、泣いて喜んだりはしてやんねえぞ」

「まあ、お前が生きてるのは嬉しいが、もう死んだもんとして割り切ってたからな」

「冒険者なんて、いつ死んでもおかしくねえんだ。特に、まあ俺たちがいうのもなんだがお前は最前線を突っ走ってるようなもんだった。そういうこともおあるだろうってのは、予想しちゃあいた」


 まあ、そうか。ニーナという事情があって行方不明扱いだったが、状況から考えれば死んだと思われて当然だ。それをこいつらが理解していないわけがないか。


「本当にお前が言うことじゃねえな。そもそもの元凶よお」


 こいつらが俺と宮野達を組ませなければ、俺はもう冒険者なんて辞めていただろうし、こんな騒動に巻き込まれることもなかった。俺が今回死んだと思われた理由を作った元凶と言ったら、それはこいつらだろう。

 ま、今更言っても過ぎたことだし、後悔はしちゃいないが。


「つっても、それ以外は楽しかったろ? 少なくとも、一緒にいなければよかった、なんてこたあ思っちゃいねえん出ねえの?」

「……ちっ」


 俺の心を見透かすようなヒロの言葉に、俺はつまらなそうに舌打ちを返す。


「なんにしても、よく帰ってきたな」

「流石は『生還者』ってか」

「お疲れさん」

「おう」


 普段通りではあるが、以前とは少し変わっているかつての仲間達からの労いの言葉に、ふっと口元を緩めながら応える。


「にしても……こいつが生きて帰ってきたことがマスコミにバレると、本当に『生還者』の名前が広まるかもしれねえなあ」

「あー、あるだろうなあ。というか、それは俺としてはありがたいところだけどな。何せ、コウの装備は全部うちで作ってるもんだし」

「オーダーメイドだけどな」

「それでもうちで提供してるって事実が大事なんだよ」


 言われてみればだが、俺が宮野達と組んでたってのは世間に知れていることだろうし、宮野達が世界を危機に陥れていたゲートを止めたのも知れているだろう。となれば、チームメンバーの一人として扱われていた俺がいなくなったことも、当然ながら知れているはずだ。

 それなのに俺がこっちに戻ってきたとなれば、多少なりとも騒ぎになるかもな。そうなると……面倒な未来しか思いつかねえな。


「ちなみに、コウの装備の仕様書とかは公開したら……」

「ダメに決まってんだろ。んなもん見せたら弱点モロバレじゃねえか」


 ヤスの家は冒険者用の装備を売り物にしている会社だし、だからこそ宮野達を広告塔として使っているわけだが、俺のことも宣伝になると考えたのだろう。まあ、命の危険がある冒険者ってのはゲン担ぎをするもんだしな。通常では死ぬようなゲートの崩壊から生きて帰ってきた冒険者と同じ装備、なんてのは良い宣伝になるだろう。


 だが、百歩譲って装備を見せるのはいいとしても、その詳細までは教えるわけにはいかない。冒険者とはモンスターと戦う存在だが、人と戦わないわけではないのだから。


「まあそこら辺の話はそれまでにしておいて、今は普通に再会を喜ぼうぜ」


 ——◆◇◆◇——


「——失礼します。伊上さん、そろそろニーナがぐずり始めてしまったので、ご歓談中で申し訳ありませんが対応していただけませんか?」


 しばらく話しているとノックの音が響き、扉の向こうから宮野の声が聞こえてきた。


「ん? あー……わかった。今行くよ」


 時計を見るともう結構な時間が経ってるし、仕方ないか。


「ニーナってのは、お前の娘だろ? ぐずるって歳でもないんじゃねえの?」

「精神的にまだ不安定なんだよ。俺が帰ってきたばっかなのにどっかまた消えるんじゃないかって不安なんだろ」

「あー、そりゃ悪いことしたな」

「いや、こっちから呼びつけたんだし、気にすんな」


 そうして俺たちは立ち上がり、軽く言葉を交わしながら廊下へと出ていったのだが、どうやら宮野だけではなく四人全員で来たらしい。

 聞くと、時間が時間ということで宮野達もヒロ達に合わせて帰ることにしたようだ。


「——また明日も来ますね」

「別に来たところで何があるってわけでもねえと思うが……まあ、来るなら待ってるよ」


 本日最後ということで宮野達全員と言葉を交わしていると、何を思ったのかヒロが口を開いた。


「にしても、本当に花に囲まれてんなあ。付き合ってるわけじゃあ……」

「ねえよ」


 馬鹿な事を言った馬鹿の言葉を遮り、否定する。何馬鹿なこと言ってんだこいつは。


「そうだったら嬉しいんですけどね」

「おい」


 だが、宮野はそんな俺の言葉を無視してヒロの言葉に答えた。

 そうだったら嬉しいって、そりゃあお前……確かに告白されはしたが、なんつーか前よりも攻めすぎじゃないか?


「だったら、デートでもしてくればいいんじゃないか?」

「は?」


 なんて思っていると、今度は馬鹿二号のヤスが馬鹿な事を言い出した。


「で、でーと?」


 誰が? 俺がか? こいつらと?


「いい提案」

「お、そうかい?」

「ん。コースケは外から圧がかからないと動かないヘタレだから」

「ははっ、随分な言われようだな、コウ。まあ、俺も……ってか、俺達もそう思わないでもないけど」


 ヤスの提案に答えたのは、大なり小なり驚きを見せていた宮野達の中で、唯一動じていなかった安倍だった。どうやら安倍としてはケイの提案に乗り気なようだ。


 だが、そんな会話を聞いて俺は目を覆いつつ、話を止めるように逆の手をあげた。


「ちょっと待った。デートってのは……こいつらと?」

「それ以外に何かあるか?」


 いやまあ、そうなんだけどさ……。


「……こいつらとデートってのは……なんで?」

「だってお前、どうせ今でも悩んでるんだろう? 宮野ちゃんたちとの関係はどうしよう、って。その関係を決めるために、一度付き合ってみたらどうだ。付き合うまでいかなくとも、一度くらいは恋人のようにデートをしてもいいと思うが、どう思う?」


 つい数時間ほど前に告白もされたし、それに答えないのはかなり不義理だとは思っている。ケイの言ったようにどうしようかって悩んでいると言いつつ、問題の先送りをしているだけだってのは理解している。

 その問題に答えを出すために、実際に一度くらいは、ってのも理解できなくもないのだが……なんとも尻込みをしてしまう。


「……まあ、言いたいことは理解できるが……いやでも、歳を考えろよ」


 そして少し考えた結果出てきたのは、そんな逃げ腰の情けない言葉だった。


「歳? 彼女たちは今二十を超えていて、お前の体はおおよそだが二十五歳前後だろ? なんの問題があるってんだよ?」

「あ……そうか、若返ってたか……。いや、だとしても……」


 そうか。もう三年経ってるんだったな。そうなると、前に使っていた言い訳はもう使えないのか。

 だがそうなると、本格的に逃げ道が……


「そうやって理由をつけて悩んでるから、ヤスが提案したんだろ? 嫌なら嫌。受け入れるならそうと決めて伝えねえと、失礼を通り越して哀れだぞ。お前が答えを決めないばっかりに、その四人は女性の華とも言える年齢を捨てることになるんだからな」

「……」

「それにコウ。お前どうせ今やることなんてないだろ? 戸籍もクレジットカードもなにかも止められてるんだから」

「仕事なし、家無し、戸籍なし。本当にやることなんてないんだから、しばらくは自分についてや彼女たちとの関係について考え直す時間があってもいいんじゃねえの?」

「……」

「とうわけで、さあ。誰からこいつとデートする?」


 何も答えることができないまま、俺は宮野達四人とデートすることが決まった。


 確かにこいつらのことは嫌いじゃない。嫌いじゃないんだが……

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