第223話泣き虫ニーナ

「こりゃまた……随分と変わってるな」


 ニーナの部屋に入ると、部屋の広さ自体は変わっていないが、随分と狭く感じられた。それだけ者が置かれているってことなんだが……その置かれているものが問題だった。

 どうにもあの家具類、見たことがあるような気がするんだよな。見たことがある、というか、俺の思い違いでなければ、多分あれらの家具は俺の家に置かれていたものだ。


 形見分けのように俺のものを引き取ってくれたのだろうし、それ自体は嬉しいのだが、流石にこれほどまでだと少しやりすぎではないかと感じる。俺たちが親子になって……ニーナに親ができてから数年と経っていないために親離れできていないにしても、もうちょっと加減してもいいと思う。


 だがまあ、それもおいおいだな。俺が戻ってきたのであればニーナだってこんなに俺の〝遺品〟を確保しておく必要なんてないわけだし、そのうちにはちゃんと自分の部屋らしいものになるだろう。


 なのでそれはそれとして、肝心のニーナは……


「……どなたですか。今日はなんの予定もなかったはずです。下がりなさい」


 ニーナのことを探していると、ベッドの上にある膨らみから、背筋がゾッとするような冷たさを感じる声が聞こえていた。まさか、これがニーナの声だってのか?

 あまりそうだと思いたくはないが、声はまさしくニーナのものであり、なぜそんな声を出すようになってしまったのか……理解できてしまった。


 ニーナがこれほど他人を拒絶するような声を出しているのも、ベッドに潜り込んだままの不健全な生活をしているのも、きっと俺がいなくなったせいだろう。

 これが、真っ当に別れたのであれば、あるいはニーナがもっと成長して世間に馴染んだ後であれば、こんなことにはならなかったかもしれない。だが、あの時点でのニーナは歳こそそれなりだったが、精神の方はまだまだ子供だった。それなのに、親である俺が死んだことで塞ぎ込んでしまったのだと思う。そして、なまじ力があるだけに、こんな生活を続けても誰も止めることもできなかった。


 あの時は俺が犠牲になることが最善だと思ったし、その考えには今でも間違いはないと思っている。だが……それでもこうしていまだに悲しみ続けている娘の姿を見ると、もっと他に何かやりようはあったんじゃないかと思えてくる。


 だが、そんなことを今更言っても仕方がない。今は、この塞ぎ込んでいる大きな子供と向かい合うことからだ。


「ニーナ。起きろ。いったいいつまでこんな生活続けるつもりだ?」

「生意気なことを……。あなた方にそのようなことを言われる筋合いはありません」

「あるさ。何せ、俺はお前の父親だからな。子供が間違ったことをしてるんだったら、それを直すのは親の役目だろ?」

「誰が親ですか。あなた方など私にとって……………………え?」


 途中まで言葉を紡ぎ、だが最後まで言い切ることなく勢いよく体を起こし、布団を投げ捨てて俺のことを見つめた。


 さて、なんと言おうか。何を言うべきか考えたんだが、こうして向かい合ってみるとその言葉が本当に正しいのかわからなくなる。


「ニーナ。あー……ただいま」


 結果、ただそれだけしか口にすることができなかった。


「…………………………お、とう、さま……?」


 俺の姿を見て、言葉を聞いても、ニーナは劇的に反応することはなく、しばらく固まった様子を見せていたが、しばらくしてから首を傾げながら小さく呟いた。


 まあ、今の俺は以前よりも十歳程度若返ってるしな。雰囲気も違ってることだろうし、すぐに判断できなくても無理はないか。


「ああ。見た目はまあ、だいぶ変わっているが……帰ってきたぞ。ただいま、ニーナ」


 いまだに迷った様子を見せているニーナに、俺が俺なんだと理解させるために、再度話しかける。


「う、あ……」

「たった三年って言っても、随分と大きくなったもんだな。もう一端の女性だ。まあ、中身の方はあんまし変わってないか? ——おぐっ」


 ようやく俺のことを本人だと理解したのか、ニーナは小さく声を漏らしながら涙をこぼした。

 そんなニーナを安心させるべく、ゆっくり近寄りながら話を続けていたのだが、直後砲弾のような速度でニーナが突っ込んできた。


「うええええええん! お、おと……おとうわあああああああん!」


 そして、加減はしているのだろうが、力一杯抱きしめ、泣き出してしまった。


「おーおー、随分と泣き虫になったもんだ」


 加減はしているのだろうがそれでも感情の抑えが利いていないようで、俺にはかなり苦しい締め付けとなっている。

 だが、これまで心配かけたし、悲しませたんだ。だったら、これくらいは笑顔で受け入れてやるのが親ってもんだろ。


「だって……! だって……死んだって……。そんなわけないのに、周りのものたちは全員そう言って……。瑞樹たちだって……咲月だってお父さまがいつ帰ってくるか教えてくれなくってっ……。それで……信じてなくっても、お父さまが本当に帰ってこなくって……!」

「悪かったな」


 あの時の俺の行動は間違っていない。だが、やはりもっと違う道があったのだろう。

 そのことを反省しつつ、子供をあやすように泣き続けるニーナの頭を撫でて落ち着かせる。


 それからしばらく、文章としてまとまっていない、感情のままに吐き出された雑多な言葉を口にしながらニーナの話を聞き続けていると、泣き疲れたのかニーナは俺に抱きついたまま眠ってしまった。


「大泣きしても炎が漏れないとは、ちゃんと成長してるみたいだな」


 そんなニーナを起こさないようにゆっくりと抱き上げ、ベッドの上に寝かせて布団をかけつつ、先ほどのことを思い出して呟く。

 以前は泣き出したらその感情に釣られるように炎を撒き散らしていた。だが、今は何も燃やさずに済んでいる。

 中身は大して変わっていないと言ったが、大きな間違いだったようだ。見た目も中身も、俺がいない三年の間に随分と大きく成長したようだな。


「そうだね。中身の方も、君が思っている以上に成長していると思うよ。まあ、多少傍若無人なところはあったけど、それは父親がいなくなって悲しんでただけだろうね」

「佐伯さん。そっちでの話は終わったんですか?」


 と、宮野達と話をしていたはずの佐伯さんが宮野達を引き連れて部屋の中に入ってきた。このタイミングで入ってくると言うことは、どうやら部屋の中の様子を伺っていたようだ。


「もちろん。というわけで、今後の話についてだけど……改めて確認だ。しばらくはこの部屋で暮らすんでいいんだよね?」

「はい。免許とか諸々が手に入るまでは置いてもらえればと」


 多分その後は以前のように部屋を借りて一人暮らしをすることになるだろうが、それまではニーナの相手をしつつここに泊まるつもりでいる。


「『上』にも確認とったけど、それ自体はオッケーだよ。まあ、君がここに暮らすとなると、親離れできていない暴れん坊がどうなるか分からないのが怖いところだけど」

「いや、別にニーナに襲われたりとかはしないでしょうよ」


 俺がいなくなって荒れていた科らかもしれないが、まだ無関係の他人が相手では辛く当たることもあるのかもしれないが、俺であれば事故でもない限り死ぬようなことはされないはずだ。


「別の意味で襲われるかもしれないよ?」


 別の意味で襲われるってのは……そりゃあ男女の関係的な意味でか?


「仮にも親子で通しているのにですか?」

「そもそも『普通の親子』というものに対する理解度が低いからね。親だからダメ、なんて常識は通用しないかもしれないよ? それに、親子って言っても君以外に親しいものがいないから流れでそうなっただけだろう? 血は繋がっていないし、親子ではなく伴侶としての愛情を抱いても不思議じゃないと思うんだけどね」

「……」


 佐伯さんの言葉に何も言い返すことができなかった。確かに、ニーナの常識というのは世間一般でいうものとは違う。それがわかっているからこそ、もしかしたら、と思ってしまった。


 俺が困った様子を見せたからか、佐伯さんは話を変えるように口を開いた。


「まあそれはそれでいいとして……不安なのは君がここを出て行った時の反応さ。君が出て行くんだったら自分も、なんてことになりかねない」

「それは……」


 ないとは言い切れないだろう。せっかく会えたのにまた別れて暮らすことになるとなれば、自分も外で暮らすんだと騒ぐ可能性は十分に考えられる。

 だが、それはまだ厳しいのではないだろうか? 能力の制御はできるようになったのだろう。この三年で随分とおとなしくなったもんだってことは認める。だが、だからと言って外で暮らすことができるようになったのかと言われれば、先ほどの態度を見るにまだ難しいのではないかと考えざるを得ない。


「まあ、こっちとしてはまだ出すつもりはないけど、彼女がその気になれば僕達の考えなんて意味がないからね。だから、出て行く時に言い含めてくれると嬉しいな、なんて思ったりするんだよ」

「それは、はい。後で改めて言い含めておきます」


 どこまで効果があるかはわからないが、一ヶ月は一緒にいるんだ。その間に繰り返し話をして説得していけば、ニーナも納得してくれるだろう。


「それはよかった。で、まあ後は検査についてだけど、少なくとも半年はここに通ってもらうことになる。ゲートに閉じ込められて、それでも出てきた人間なんて初めてだから。それに、若返りの薬だって、宮野君が持っていたのは五年程度しか若返らなかったもののはずだ。それが倍の十年。それについても調べる必要があるからね」

「そうだったのか?」


 宮野へと顔を向けて問いかけてみれば、宮野は肯定するように頷いて答えた。


「そうみたいです。本当は普通に十年くらい若返る方を買いたかったんですけど、流石にそっちまでは手が出なかったので」


 まあ、若返りの薬は数が限られている上にかなりの額がするからな。それこそ、一般人では一生金を貯め続けても変えないくらいにはかかる。


「それでもバカ高かっただろうに」

「おかげで貯金は空っぽになりました。まあ、今では元に戻りましたけど」


 まあ、こいつは勇者だし、三年もあればそれなりに稼げるもんだろう。


「あー……結果的にお前のを勝手に呑んだわけだし、金だけでも返したほうがいいよな?」

「え? 別にいいですよ。元々伊上さんにそのうち飲ませようと思ってたものなので」

「……なんで俺に?」

「伊上さん、いつも歳を言い訳にして辞めようとしていたので、若返ればずっと一緒にいてくれるかな、と」


 ……こいつ、割と怖い考えしてないか?


「そんなわけで、半年は検査を受けてもらうとして、そのあとは好きにしてもらっても構わないよ」

「他に、何か頼みとかはあるかな? できる限り配慮するよ。何せ、世界を救ったスーパースター様なんだから」

「そんな大仰なものでもないと思うんですけどね。けど、それじゃあ——」


 佐伯さんに一つ頼み事をして、この日はこのままニーナの部屋で宮野達とこれまでの三年間の話をし、ニーナが起きてからはニーナも交えて語り合うこととなった。

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