第222話驚きの行動

「伊上さん。どうでしたか?」


 佐伯さんと別れて部屋を出ると、宮野達〝四人〟が通路途中のベンチで待っていた。

 本来ここは部外者が待っていていい場所ではないのだが、宮野達はここの常連だからと言うのと、今は俺という特殊な状況だから特別らしい。


 そんな場所で待っていた宮野が、俺の姿を見ると立ち上がり、こちらに向かって声をかけてきた。


「どうも何も、特には何もだな。しばらくは検査だとか戸籍の再取得だとかでここに暮らすことになったが、まあ今のところは問題なしだ」

「この後はどうされるんですか?」

「ニーナに会いに行くが、まあそれだけだな」

「なら、今は時間大丈夫なんですね」

「ああ」


 そう頷きながら、宮野がちらりと視線を向けた先を追うと、そこにはまだ会っていなかった二人——安倍と北原が立っていた。多分、こいつらと話せってことなんだろうし、俺としても何も言わずにいくつもりはなかったので、こうしてきっかけを作ってくれることはありがたい。


 ……だが、ありがたいではあるのだが、正直何を話せばいいのだろうか? 宮野と浅田と再会した時もそうだが、何を話せばいいのかよくわからない。というか、最後が最後だっただけに、なんとも顔を合わせづらいのだ。


 とはいえ、このまま向かい合っているわけにもいかないし、ここは俺から声をかけるべきだろう。


「あー……まあ、なんだ。……安倍に北原、久しぶりだな」

「ん。本当に、久しぶり」

「お元気そうで良かったです」


 最初の言葉は、そんな簡単なものだった。特に思っているところはなさそうな、以前と……いや、普段と変わらない声音の二人の返事。

 だが、その後が続かない。

 宮野や浅田みたいに泣いたり叫んだりしたのなら分かりやすかった。だが、二人は普段と変わらない態度なのに状況だけが特殊とあって、言葉に詰まる。


「……コースケ。ちょっと動かないで」

「あ?」


 何をどう話すべきか悩んでいた俺に、安倍が小さく呟いてから俺の方へと近寄ってきて……


「えいっ」


 気の抜けるような掛け声と共に大きく拳を突き出してきた。


「んぐっ……! 何しやがる……」


 予想外すぎる行動であり、それがうまく鳩尾に入ったことで、内臓を掻き回されたような痛みが暴れる。

 安倍の突然の暴挙に対して文句を言おうと、腹を押さえながら安倍の顔を見るが……


「最後の裏切りは、これで許してあげる」

「別に裏切ったわけじゃ……」


 あの時の行動は、別にこいつらを裏切ったわけじゃない。だが、常とは違いなきそうに歪められている安倍の顔を見てしまっては、それ以上言葉を続けることはできなかった。


「帰ってこなかったら一生許さないつもりだった」

「……悪かったな」


 浅田のように勢いよく抱きついてきたわけではない。だが、離すまいと力強く抱きしめてきた安倍。

 そんな安倍を振り払うことなくいると、数秒ほどして満足したのか、目元が若干赤くしながら安倍は俺から離れ、北原へと振り向いた。


「柚子も、今ならなんでもいける」


 そして、そんなことを言い放った。


 まあとはいえ、だ。北原が何かしてくるはずもないだろうし……


「な、なら、ちょっとだけ……」

「ぐっ……どこがちょっとだ」


 だが、油断していた俺の鳩尾に、安倍よりも威力の乗った一撃がめり込んだ。……やばい。吐きそうだ。

 表情は普段と同じように覇気のないものだが、その顔に似合わない拳の威力が今の北原の感情を表していた。


「でも、随分控えめだと思いますよ。佳奈なんて、勢い余って押し倒してたものね」


 そうだったな。感情表現の激しさとしてはこいつのほうが上だろう。でも、それ言ったらお前もでは?


「あれはっ! だって仕方ないじゃん……本当に、死んじゃったと思ったんだから……」

「あー、泣くな泣くな。ほら。死んでないから」


 また思い出して悲しくなったのかじんわりと涙を浮かべ始めた浅田に、腹に受けた痛みを堪えて笑いかける。


「っていうか。それいったら瑞樹だってそうじゃん!」

「そうね」

「そうねって……」


 はっきりとなんでもないかのように認めた宮野の言葉に、浅田が驚いて言葉を失くしているが、その気持ちはわかる。俺も同じ気持ちだからな。こいつ、こんなに素直に認めるやつだったか?


「だって、嬉しかったのは本当だもの。……私ね、自分の気持ちは隠さないことにしたの」

「え?」

「それって……」


 おい、待て。それって、まさか——


「伊上さん。あなたのことが好きです。私と付き合ってください」

「「「「っ!?」」」」


 他の三人が見てる中での突然の告白。

 今までもアピールをしてくることはあった。浅田なんかわかりやすかっただろう。だが、こうしてはっきりと言葉にして伝えてくる事はなかった。それなのに今、堂々と告げられたことで俺は動きも思考も止まってしまった。


「ごめんね、佳奈。佳奈が伊上さんのことを好きだっていうのは知ってるけど、それでも私も伊上さんのことが好きなの」


 動きを止めている俺……いや、浅田に向かって、宮野ははっきりと告げる。その顔には申し訳なさがあるが、それでも引くつもりはないのだという意思が見えた。


「冒険者は死の危険がまとわりつく。だから死んでも問題ないように結婚しない人も多いって前に聞きました。でも、それとは逆に明日死ぬかもれないからこそ結婚して、幸せで悔いのない人生を送ろうとする人もいるとも聞きました。私は、せっかくの私の人生を幸せに生きたいです。悔いのないように。今日死んだとしても幸せな人生だったと笑って死ねるように、好きな人と一緒にいたいです」

「あ……みや、の……」


 再びこちらを向いてかけられた言葉に何か答えようと思ったが、情けないことに口から出てきたのはそんな言葉ともいえないような途切れ途切れな音だった。


 そんな俺の反応を見てか、宮野は真剣な表情から一転してにこりと笑った。


「——でも、今答えて欲しいとは言いません。だって、多分今答えを求めても、断られちゃいそうですから。だから、今は心の片隅に置いてもらえるだけで十分です」


 なんと答えたものか言葉を探していると、不意に浅田が一歩踏み出してきた。そして……


「——あ……。わ、私も! 私もあんたの事が好きなの!」


 宮野に触発されたのか、続くように浅田も思いを口にし、その声が廊下に響いた。


 だが直後、ハッとした様子で浅田は体を跳ねさせた。

 そして、勢いで口走ってしまったという様子で視線を彷徨わせた後、意を結したようにこちらへと向き直った。


「あ……あなたのことがずっと前から好きでした! だからあたしと付き合ってください!」


 何度もこだまするように反響する告白の言葉。

 こうして告げられたところで、以前のように激昂することはもうない。

 以前の恋人のことは、完全に忘れることができたわけではないが、それなりに受け入れ、割り切ることはできていう。だが、だからと言って誰かと新しく付き合うつもりがあるのかと言ったら……わからない。

 俺は、なんと答えればいいんだろうか?


「佳奈も大胆」

「っていうより、後に引けなくなっちゃっただけじゃないかなぁ……」


 俺が浅田の言葉を受けて固まっていると、外野の二人が言葉を漏らし、それをきっかけに浅田が動き出して宮野へと向かい合った。


「負けないんだから!」

「私も負けないわ。いつも佳奈のことはすごいと思ってるし、私なんかよりもよっぽど勇者に相応しいと思ってる。それくらい佳奈のことは認めてるわ。でも、こればっかりは負けたくないの。何があっても、絶対に」


 自分のことであり、目の前で繰り広げられている話しではあるが、なんだか現実感がない。きっと、まだ頭が受け止めきれていないのだろう。


「モテモテ。嬉しい?」


 目の前でバチバチと火花を散らしている宮野と浅田を無視して、安倍がそばに寄って話しかけてきた。


「……別に、こんな修羅場は望んじゃいねえよ」

「そう? じゃあ、ここで私も立候補したらどうする?」

「冗談として流す」


 それしかないだろう。この場をこれ以上混沌とさせてたまるかよ。


「ひどい」

「何がひどいだよ。こんな状況で変な冗談言う方が酷いってもんだろ」

「冗談じゃない」

「は……?」

「冗談じゃなくって本気。本気で私もコースケのことは好き」

「……」


 真っ直ぐ俺へと向けられた視線は、本当に真剣な眼差しだった。

 そんな目を見てしまえば、安倍の言葉を嘘や冗談だと流すことなんでできやしなかった。


 だがやはりなんと言葉を返せばいいのか答えは出ず、何か状況に変化を、と苦し紛れに北原へと視線を向けた。


「あ、わ、私は、その……大丈夫です」

「それだとなんか俺がフラれた感じがするけど、今はその言葉に安心を覚えるよ」


 別に俺から告白したわけではないし、普通は悲しむところなのだろうが、これ以上厄介ごとは望んじゃいない俺にとっては、その言葉は多少なりとも気を楽にする要因となった。


「ただ……私も、結婚するんだったら伊上さんみたいな人がいいとは、思います」


 ……冗談だろ?


「ハーレム完成?」

「……いらねえ」


 本当にいらねえ……。


「君達、何こんなところで騒いでいるんだい?」


 と、無駄に時間を使って騒いでいると、しばらくしてから佐伯さんが困ったように眉を顰めながら現れた。


「佐伯さん? 何か用でもありましたか?」

「いや、用っていうか……君は娘のところに行くっていってたのにやけに遅いなとね。もしかしたらやっぱりどこかに異常があって、通路で倒れてるんじゃと思って監視カメラをチェックさせたら……うん。なんだか楽しそうな光景があったんでね。ちょっと野次馬に来たというわけさ」

「この研究所のトップの割に、随分と暇ですね」

「いやいや、それだけ君たちの価値がすごいってことだよ。面白いとはいったけど、もしこれが喧嘩でもしていたんだったら、他の所員達なんて下っ端に任せておけないだろう? まあ、実際は喧嘩じゃなくて痴情のもつれだったみたいだけど」


 あー……この感じだと、映像だけじゃなくて音も拾ってたな。いや、そうでなくてもあれだけ廊下に響いてたんだ。一般の職員達にも聞こえていた者はいるだろう。……まじかぁ。


「それよりも、早くいってあげたらどうだい? 君が来たならどうしてすぐに自分のところに連れてこなかったんだ、なんて後で君の娘から怒られるのは嫌だよ、僕は。ああ、宮野君達はこっちに。彼が戻ってきたことに関して、今後のことを話さないとだからね」


 ああそうだった。宮野達と話すのは必要な時間だったとはいえ、元々はニーナに会いに行く途中だったんだ。これで自分に会いに来るのが無駄な話のせいで遅れたとなれば、きっとあいつも怒るだろう。


「それじゃあ伊上さん。また後で」

「たくさん話すことがある」


 その話しはあんまり好ましいものではないと思うが、まあなるようになるだろう。

 問題を先延ばしにしつつ、俺はニーナの部屋へと向かっていった。

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