第221話終わりの後・研究所にて

 要望があって暇だったので、販促も兼ねてエピローグの後をちょこっとだけ書くことにしました。

 尚、基本的に大きな違いはないと思いますが、内容は書籍版の設定で進みますので、ご了承ください。


 ——————————————


「——いやー、それにしても驚いたよ。宮野君からかかってきた電話だってのはわかってたけど、それを忘れててっきり詐欺でもかかってきたんじゃないかって思ったくらいだ」

「あー、まあ、いきなり死んだはずの人間からかかってきたらそうなりますよね」

「だね。そうでなくても第一声が『俺です』だったからね」


 宮野達と遭遇……いや、再会した後、泣かれたり抱きつかれたり怒られたりしたが、とりあえず落ち着ける場所に行こうということでタクシーを捕まえて研究所までくることにした。もちろん、宮野の金で。


 その際にこれまた宮野から電話を借りて佐伯さんに連絡を取ったのだが、オレオレ詐欺と間違われてしまったし、なんだったら研究所についてからも物々しい警備に囲まれてしまった。どうやら俺がどこかの誰か……スパイやなんかの変装で化かしてると考えたようだ。

 驚きはしたが、まあ仕方ないことだろう。何年も姿をくらましていたんだから、いきなりやってきたとなってはまず疑うのは当然だ。しかも、今の俺は見た目が変わってるからな。若返っただけだが、疑うには十分すぎる変化だ。

 結局は宮野達が一緒にいたことと、幾らかの問答、あとは採血やなんやらで信じてもらえることになってこうして向かい合って話をすることになったわけだ。


 ちなみに、その宮野達は安倍と北原に連絡したようで、今は研究所の外でその二人を待っているためこの場にはいない。



「まあなんにしても、良く戻ってきてくれたね。今回も無事『生還』おめでとう」

「ありがとうございます」


 俺自身戻って来れるとは思っていなかったが、なんだったら戻ってくる以前に死ぬつもりでいたんだが、なんにしても生きて戻って来れてよかった。


「それで、これからどうするつもりなんだい?」

「どう、とは? 普通に今まで通り生活するつもりですけど……」


 仕事は宮野達の教導官は流石にもう終わってるっていうか辞めさせられているだろうから、冒険者を続けていくかは怪しいところだ。だが、仕事なんていくらでもあるし、なんだったら今までの貯金があるからもう仕事をしなくても生きていく分は問題ないはずだ。

 そうやって普通に生活していくつもりなのだが、何か問題があるのだろうか?


「家もなく、見た目も変わっているのに? 免許やクレジットカードなんかもなくなってるし、見た目が変わってるんだから色々と面倒に……いや、見た目はどうとでもなるか。若返り薬なんて、実際に見たことある者は少なくても名前くらいは聞いたことがあるだろうし。ただ、家はすでに引き払われてるだろう?」

「あー……そうだった。そうか、家がねえんだった」


 三年も前だからなぁ。もうすでに家が残ってるわけがない。帰る場所がないんだったら、今まで通りの生活なんてできるはずもないな。

 でも、今まで住んできただけにそれなりに愛着とかあったし、思い出も……あった。

 ただまあ、これは仕方ないことだろう。


 ああ、そういえば荷物なんかもあったはずだが、どうしたんだろうか? それに、咲月はどうなったんだ? あの家には咲月も住んでいたのだが……


「いつまでも放置しておくわけにはいかなかったからね。特に、君は家に色々と一般人が触れてはまずいものを置いてたし。ただ、基本的にはこっちで回収しておいたよ。冷蔵庫とか家電は悪いけど処分させてもらったけどね」

「あ、そうなんですか? 家電はどうでもいいけど、ありがとうございます」


 部屋には冒険者以外は所有禁止の道具とかも置いてあったから、あれらを放置したままってのは少しばかりまずかったのだが、どうやら回収してくれたようだ。よかった。


「いやいや、家が決まったら引き取ってもらえればそれでいいさ。もっとも、お礼を言うんだったら僕達ではなく君の娘に言うといいよ」

「ニーナに?」


 なんでニーナ? まさかあいつが荷物回収の指揮をとったってわけじゃないだろうし……


「ああ。本当は、悪いけど僕達は君を死んだものとして扱おうとしたんだ。世界を救った勇者。その教導官が自身の命を捨ててまで世界を救った。そういう話の方が、何かと都合が良かったんでね。ただ、君が死んだと彼女に伝えたら、『お父様は死んでない。適当なことを言うな』と、そりゃあもうカンカンに怒ってね。死者こそ出なかったものの、酷い被害が出たよ」


 なんというか、その光景が目に浮かぶようだよ。俺自身は死ぬことを覚悟してたし、ニーナが荒れることもわかってたつもりだが……こうして生きて帰ってきて実際に話を聞くと申し訳なさが湧いてくる。


「それは……すみません」

「いや、いいよ。結局は咲月君が止めたからね」

「咲月が?」

「ああ。彼女、君の娘の妹のような姉のような、面白い立場なんだろ? 妹が泣きながら止めたことで、君の娘も一旦落ち着いたんだよ。ああ、ちなみに、今は学校を卒業して普通に冒険者をやってるよ。君が死んだ……と思われた後は随分と落ち込んでたみたいだけど、君の娘と会わせたら立ち直ったようだね」

「そうでしたか。元気でやってるようならよかったです。まあ、俺がいなくなった場合にニーナを抑えるのは宮野達だけじゃ弱いと考えてたところはあるんで、それがうまくいったんだったら良かった」


 お互いがお互いのことを妹だと思ってた節があったからな。妹の前で泣いてるわけにはいかない、とでも思ったんじゃないだろうか。

 本来はニーナを抑えるために『家族』として咲月を会わせたんだが、ニーナもまた咲月の支えになってくれたってことか。


「それでまあ、そんな事があったわけだから、君を死亡したと処理しちゃうと、今度こそここが……いや、この国が焼かれると判断して、君は行方不明扱いで止まってるんだ。だから、戻そうと思えば簡単に戸籍の再取得もできるはずだよ」

「そうですか。ニーナが無茶なのは確かですけど、ありがたいと言えばありがたいですね」


 あいつなら本当に国を相手に戦い始めかねないが、そのおかげで俺が死亡扱いにならずに済んだのだからよかったといえばよかった。


「で、だ。戸籍に関しては問題ないと言っても、それでも普通に暮らすにはまだしばらく時間がかかるだろう? 戸籍だけじゃなく、免許やケータイ、銀行なんかも取り直さないといけない。ああ、冒険者資格もだね。全部で……まあ一ヶ月くらいかかるんじゃないかな? 本人確認や何か問題があった時には国で手を回すけど、基本的には手を出すつもりはないだろうからね」

「まあ、そうでしょうね。『上』は俺のことを利用しつつも、あんまり俺のことを優遇したくない雰囲気ですから」


 今までもそう。俺を利用する割に、優遇措置とかほとんどなかった。これで俺が逃げ出そうとしたり反逆しようとしたらどうすんだと思わなくもないが……まあ、何か考えがあったのだろう。きっと。


「そんなわけで、しばらくは自分で家を借りることもできないわけだけど……どうするんだい? 必要ならここに部屋を用意するけど。あるいは、娘と一緒に寝泊まりするかい? 実家に帰る、という手もあるだろうけど、できることならしばらくはここに留まって欲しいかな。一応君の体は分わからない状況に放り込まれてたわけだし、色々と検査をしておきたい」

「そうですね……一ヶ月くらいならニーナと同じ部屋でも平気ですかね」


 これまでしばらく離れてたんだし、どうせ一日二日一緒にいたくらいじゃあいつも満足しないだろう。しばらくは一緒にいたいって駄々をこねるはずだ。それを考えると、あいつと同じ場所で暮らすっていうのはなかなかいい選択だと思う。まあ、ニーナも今は十八くらいだから、父親と一緒に暮らすのは嫌、なんて言うかもしれな、い……本当にそんなこと言われたらどうしよう。結構傷つくぞ。

 ま、まあ大丈夫だろう。嫌だと言われたら……その時はその時で考えよう。


「そうかい。なら、君が一緒にいられるように手続きしておこう。……ああ、ベッドはどうする? 二つ用意するか、それともクイーンとかキングを用意した方がいいかな?」

「同じ部屋で暮らすっていっても、同じベッドで寝る必要なんてないでしょうに。別のでいいですよ。なんだったら布団さえもらえればそれでも構わないんで」

「そうすると、君を不遇に扱ったってことで僕が燃やされそうだから、何か適当なのを見繕っておくよ」


 別に、俺としては床に布団直敷きでもいいんだけどな。ダンジョンで寝起きする時はもっと酷いんだし、毛布一枚でもあれば問題なく寝られる。家がないのに雨風凌げる場所を提供してもらえるだけマシだろう。

 まあ、ちゃんと休めるに越したことはないし、用意してくれるって言うんだったら素直に受け入れるけど。


「——さて。それじゃあ、早速娘に会いに行くといい。ここ最近……まあ最近といっても君のいない三年間ずっとだけど、随分と機嫌が悪いからね。僕達が燃やされる前に宥めてほしいところだよ」


 そうきいて申し訳ない気分になったが、いまだに俺のことを父親として大切に思ってくれているのだと理解することができ、少しだけ嬉しさを感じる。


 ニーナと会ったら何を話そうか。いや、その前にどんな顔してあいつに会えばいいんだろうか。

 そんなことを考えながら席を立ち上がると、だがそこでふと思い出したことがあった。


「……あ」

「どうかしたかい?」

「すみません。一つだけお願いしたい事があるんですけど……」


 こんなことを頼むのはどうかと思うのだが、それでも頼まないわけにはいかない。


「こっちに戻ってきた時、俺ちょっと全裸だったんでそこら辺の服を拝借したんですけど……謝っておいてもらっていいですか? 多分警察に被害届とか出てると思うんで」

「……君は、相変わらずだねえ……わかったよ。そっちは処理しておくよ」


 想定外の言葉だったからだろう。佐伯さんは何度か瞬かせた後、呆れたように息を吐き出してから了承した。


「ありがとうございます。俺が行って直接謝るのが筋なんでしょうけど、実際に服を盗んだ奴が何いっても、相手からしたら気持ち悪いでしょうから」

「まあ、ありていにいって変態だよね」


 何せ服を盗んだ全裸男だしな。……自分で言っておいてなんだが、少しへこむな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る