第230話まだまだ辞められない
「——それで、結局見つけることができたわけだ」
ダンジョンでのニーナを交えての遠足に向かい、衝撃の事実と俺に起きた異変について確認した結果、どうやら俺はダンジョンの核の位置がわかるようになったらしい。
そんな事実を黙っているというわけにはいかず、俺達は遠足を終えて研究所に戻ってくるなり、すぐさま佐伯さんと話の場を設けた。
「そうですね。ダンジョンの核となっているものを見つけ、触れたんですが……」
「どうしたんだい?」
「いえ、あの感覚をなんといったものかと……」
なんとも言葉にし辛い感覚。だが、そう悪いものではなかった気がする。あの時の感覚を敷いて言葉にするのであれば……
「多分ですが、懐かしい、ですかね」
絶対に正しいというわけではないが、おそらくはそう間違ってはいないだろう。実家に帰ったような安心感、ではないがそれと似たような、あるいは、子供の頃に仲の良かった友人と再会したような、そんな柔らかく優しい感覚。デジャヴやノスタルジックとはまた違うのだろうが、やはりうまく言葉にはできない。
「ダンジョンの核が、懐かしい、ね……。他の君たちは何か感じたりしなかったのかな?」
「いいえ、特には……」
「なら、伊上君だけがその懐かしさとやらを感じ取ったわけか」
話に同席していた宮野達が佐伯さんの問いかけに首を横に振って否定するが、それを聞いた佐伯さんは少し思案げな様子を見せた。
「しかし、これはこれで面倒な問題だね」
まあ、だろうなとは思っていた。こんな能力があるなんて、どう考えても面倒なことになるに決まってる。
「なんでよ。わかるようになったら便利でいいんじゃないの?」
だが、浅田はそうは思わなかったようで、佐伯さんの言葉に不思議そうに首を傾げている。
「確かに便利だね。ダンジョンの核の位置がわかるようになった。いや、正確には元からわかっていたようだけど、それは彼の娘が言っていなかったからね。事実上の新たな発見だ」
これでニーナが黙っていなかったら……いや、その場合でも『ニーナ』という存在は特別視されているから、仮に話していたとしても状況は変わらないか。特別な存在のもつ能力が、その他大勢である俺にも発現したとなれば、騒ぎにならないはずがない。
「ではここで問題だ。伊上君自身と彼の娘だけに発現したのはなんでか。娘だ親子だ、なんていっても、所詮は血の繋がりはないのだから、血統ということはあり得ない。では環境か? それもないだろう。伊上君が覚醒するような環境だというのなら、宮野君。君達や僕達が同じような能力、あるいは別だとしてもなんらかの能力に目覚めていない理由がない」
三年前、宮野達は基本的に俺と行動を共にしていた。俺に能力が発現するような何かがあったのであれば、同行していた宮野達に何もないのはおかしい。
あるいは、ニーナのそばにいる、という状況が必要だったのであれば、ここにいる研究者達に能力が発現しないのもおかしい。
となれば、この研究所は関係なく、宮野達と行動を共にしていなかった時に原因があると考えるべきだ。
そして三年前にはそんな能力がなかったことを考えると、この三年の間に獲得した能力だと判断すべきだが、俺は三年間たった一つの場所から動いちゃいない。
「となれば、何かしら彼らだけの特殊な何かがあったと考えるべきだが……」
佐伯さんはそこで一旦言葉を止めると、チラリとこちらへ視線を向けた。おそらく、俺がどう考えているのかを聞きたいのだろう。誤魔化してもいいが、どうせ意味ないだろうな。
「……ニーナに関してはわかりませんが、俺の場合はゲートに閉じ込められていたことが関係してるんじゃないですかね?」
多分だが、間違っていないだろう。それを証明するように、佐伯さんも頷きながら答えた。
「やっぱり、そう思うかい? まあ多分だけど、そうである可能性は高いと思うよ。というか、それ以外に考えられないだろう? それとも、以前からそんな能力があった、あるいは発現する予兆でもあったかい?」
「いえ、全く。状況の変化で能力が覚醒した、なんて展開があったとしても、その『状況の変化』というのはゲートに閉じ込められたことくらいしか大きな変化なんてありません。理由はどうあれあの一件が影響しているのはまず間違いないと思います」
確かめる方法はないが、今のところ考えられることはそれだけだ。ただそれだと……
「でも、それだとニーナについて説明がつかない」
そう。今安倍の言ったように、俺とニーナは同じ能力を持っていても、その獲得に至る過程が全く違う。
「うん。それはそうだね。彼女は伊上君のように特殊なゲートに入ったというわけではないんだから。でも、その生まれは特殊だ。生まれ、というか育ちというべきかな」
「ニーナの生まれ……?」
「そうさ。彼女は不老不死を目指し、ダンジョンの素材を使用した実験の末に生み出された。元々は普通の家庭から生まれたただの少女とはいえ……気を悪くしないで欲しいんだけど、悪意ある表現をするならば、人の形をした人工のモンスターだ。ああ、だから気を悪くしないでって言ったじゃないか」
佐伯さんの説明を聞いて、確かにと納得できるところもあったのだが、その言い様が気に入らなかったようで宮野や浅田がわずかにだが身を乗り出して佐伯さんのことを睨みつけた。
だが、佐伯さんに悪気があるわけではないと判断したようで、宮野達は再び居住まいを正し、佐伯さんは話を続けた。
「そして君は普通ならありえないような、ゲートに閉じ込められて生還した存在だ。それもすべてのゲートの大元とも呼べるような場所からね。どちらも、普通の人間に比べればゲートやダンジョンという存在に近づいた人物だと言えるだろう。つまり——同族を知覚しているのさ。もっとも、これはあくまでも現状で考えられる可能性の話だ」
同族、ね……つまり俺は、人間を辞めたってわけか? ……はっ。冒険者を辞めたがっていた俺が、冒険者ではなく人間を辞めることになるだなんて、なんともおかしな話だ。
「あの、それはわかりましたが、そうなると今後伊上さんはどうなるのでしょうか?」
宮野が小さく手を挙げながらその問いを口にしたが、それは俺も気になるところだな。まあ、おおよその予想はつくが。
「そうだなあ。こうなると、伊上君は随分と大変なことになるだろうね」
「大変って、具体的にはいったいどのような……」
「じ、実験とか、でしょうか……」
宮野と北原の言葉に、佐伯さんは苦笑しながら答えた。
「まあ、そうだね。もっとも、解剖や危険な薬物なんかはやらないだろうけどね。そんなことが彼の娘にバレでもしたら、関係者は全員……いや、関係者以外も全員燃やされるだろうからね。聞き取りやゲートでの任務、あるいは彼や彼の娘と似たような経歴の持ち主との接触が主となるんじゃないかな」
佐伯さんは笑いながら話しているが、その状況を容易に想像できる俺としては笑い事ではない。もし実験に参加したせいで俺が怪我した、なんてなったら、ニーナは怒るだろうな。
「ただまあ、それは報酬も出るだろうし、仕事と思えばそう難しいことではないだろうさ。どうせ君、今後もこの研究所に来るだろ?」
「まあ、ニーナがいますからね」
ニーナがこの場所に留まり続ける限り、俺は定期的にこの研究所に来る。まあ、今後は調査や実験が必要だってんならその頻度は増えるかもしれないが。
「うん。だから、僕が言った大変だっていうのは、君はまだまだ冒険者を辞めることができないだろうな、って話だよ。なんだったら一生辞められないんじゃないかな」
「……はあ。ですか」
薄々感じてはいたが……そうなるか。はあああぁぁぁ……
「どうしてでしょうか?」
「考えても見なよ。現在もゲートは増え続けている。にもかかわらず一つのゲートを処理するのにはかなりの時間がかかる。それは単に、ダンジョンの核を探し出すのに時間がかかるからだ。——が、そこでダンジョンの核を探すことができる探知機が登場したとなれば、その価値は計り知れないだろう?」
「それは……」
「探知機……」
「伊上君自身、現状を理解しているだろう? 君の娘のこともあって国は君のことを手放そうとはしなかったが、これからは尚更だろうね」
佐伯さんの話を聞いて宮野達は四人とも俺のことを見つめたが、その表情は困惑や喜びが入り混じったような複雑なものだった。
「ただ、喜んでいいこともあるんじゃないかな。今後どうなるかはわからないが、少なくとも今までよりは『上』からの待遇も良くなるはずだよ。今の状態で下手に扱って君が外国にでも逃げたら目も当てられないからね。それに何より、君は英雄だ。この国どころか世界を救った大英雄。そんな人物に逃げられてみなよ。『上』は恥を掻いたじゃ済まない。それどころか、暴動でも起きかねないんじゃないかな? それを避けるためにも、君にゲートの処理やダンジョンの核の探索を命じつつも、君に利のある話を持ってくるはずだ」
いや、別に嬉しくないんだが? 元々俺への対応が悪いのは理解していたが、まあそんなもんだろと受け入れていた。今更待遇が良くなると言われたところで、特に何も感じない。
だがその直後、佐伯さんが予想外のことを言い出した。
「よかったね。これで冒険者を続ける理由ができたよ。ヘタレて逃げる、という選択肢が取れなくなったんだから、あとは関係を進展させるだけだね」
余計なことを、と苛立ちを感じたが、言っていること自体は間違っていない。逃げられないのなら、進むしかない。どうせ、同じ場所に留まり続けていることなんてできやしないんだから。
「つまりこれからも一緒ってことね」
と楽しげに言った浅田を無視して、その隣に座っていた宮野へと話しかける。
「なあ、勇者。俺はいつになったら冒険者を辞められるんだろうな?」
「さあ? でも、まだ当分は無理なんじゃないでしょうか?」
「大丈夫。一生面倒見てあげる」
それは大丈夫ではねえ気がするなぁ……。
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