第212話突入と遭遇

 

 翌日。俺たちは早朝から飛行機に乗って今日俺たちが潜るゲートのある国までやってきていた。

 その場所は日本からほど近い大陸の国。こんなゲートなんてもんを開くきっかけを作る事故を起こした国だ。


「いよいよね」

「緊張するか?」

「ええ。でも、死ぬつもりはないですよ。やりたいことも、欲しいものもありますから」


 今日は日本時間での正午にいくつか敵の拠点らしき場所の候補を世界で同時に襲撃することとなったわけだが、その中でもさらにいくつか本命の可能性が高いと思われている場所がある。

 俺たちがいるこの場所もその一つ。

 なんで俺たちがそんな一番大事な場所に来たのかと言ったら、まあニーナがいるからだ。

 最強の駒を一番厄介なところに当てるのは当然で、その操作と補助のために俺と宮野達が当てられたわけだな。


 そう言ったわけで森の中。元々はなんらかの施設が立っていたであろう場所だが、人が入り込まなくなったことで自然が人の世界を侵蝕してしまっていた。そこが俺たちの襲撃する場所だ。


「ここでこの馬鹿騒ぎも最後ですね」

「だといいんだがな」


 目の前には森があり、後ろには俺たちを補助し、敵の逃亡を防ぐための軍隊が揃っている。

 だが、こんな軍隊があったとしても、それに期待することはできない。

 ニーナは言わずもがなだが、宮野だってこの程度の相手なら一人で倒すことができるだろうし、極まった力を持つ個人がいれば、軍隊など意味をなさないのがこの時代だ。

 全く役に立たないとは言わないが結局のところ、あくまでも補助でしかないのだ。


「電話? 誰だ?」


 そんな時俺のケータイが鳴った。

 作戦開始の合図か? と思ったが、確かに時間は正午近いものの、予定していた時間ではない。

 ではなぜ? と思っていると、画面には佐伯さんの名前が出ていた。


『伊上君!』


 電話に出た瞬間に、佐伯さんから突然の大声で名前を呼ばれた。


 普段は慌てないようなこの人がこんなにも慌てたように叫ぶだなんて、珍しいな。

 前にも似たようなことがあった気がするが、また緊急での異変や厄介ごとだろうか?


「どうしましたか?」

『実は、今になって突然想定以上にゲートが大量に発生してそこからモンスターが流れ込んできた。それも特級のモンスターが出てくるゲートが複数だ。多少は想像していたけど、流石にこれはまずい! どうにか処理しないといけないんだが、人が足りない。だからニーナを貸してくれ!』


 どうやら俺の予想は当たっていたようで、異常事態が発生したらしい。


 ……特級のゲートが複数か。確かにまずいな。佐伯さんが慌てているのもわかる。


 考えてもみろ。市街地にゲートがひとつ開いただけでも数百数千の人が死ぬんだ。それが特級ともなれば、ちょっと対応が遅れただけでも数万数十万と死ぬことになる。

 そしてそれが複数。


 出現したゲートの数にもよるが、下手をすれば今回の元凶を倒したとしても、冗談抜きで世界の人口が十分の一くらいにまで減るぞ。


「こんな時に……っ!」


 すぐ隣にいたニーナには俺たちの話が聞こえていたのだろう、顔を歪めて苛立ちを漏らしていてる。


『このタイミングでのゲートの発生。おそらくはこっちの動きを察した奴らが、戦力を削ごうとしてるんだと思う』


 だろうな。じゃないとあまりにもタイミングが良すぎる。


「このゲートはどうしますか?」

『上の判断はそのまま続行だ。『最強と渡り合える力を持った勇者がいるんだから、最低でも他に余裕ができるまでの足止めくらいはできるだろう』とのことだ』

「簡単に言ってくれるわね」

「それって結局は保身のためでしょ?」


 宮野は言葉にするだけなら簡単なその言葉に呆れたように息を吐き出した。

 浅田はその言葉に、『上』の奴らが自分たちの身を守るためにニーナを動かそうとしているように感じたようで、少し不機嫌そうにしている。


『それは間違っているとは言わないが、まずい状況だと言うのも事実だ。それに計画を実行しないわけにはいかない。せめて本命かどうかを確認するだけでも頼むよ。そして本命がいたら逃さないようにしてほしい』

「わかりました」


 そうして電話が切られ、俺のケータイにはメールが届いた。それと同時にニーナからも電子音がなったので、多分ニーナにも同じような内容のものが送られたんだろう。


 それを見てみると、正式な命令書が送られてきた。……こんなの送られても俺、軍属ってわけでもないんだけどな。


 しかしそんなことでごちゃごちゃ言っても仕方がないので、俺はその内容にさっと目を通すとニーナへと顔を向けた。


「仕方がありません。その代わり、一つお願いがあります」


 ニーナもわかっていたのだろう。俺が顔を向けると嫌そうな顔をしたが、すぐに息を吐き出してここから離れてゲートの対処に向かうことを了承してくれた。


「そのうち、と約束していたお出かけですが、明日にでもできませんか?」

「明日はまだゴタゴタがあるだろうから無理だと思うぞ。一週間以内、でいいならできると思うが……」

「では、それでお願いします」

「ああわかった。そんなんでいいなら、いくらでも約束してやる」


 そんな言葉を交わしてニーナと小指を絡ませて約束すると、ニーナは少しだけ満足気に笑った。


 ニーナはケータイを取り出すと送られてきていたメールの内容を確認していき、すぐさま魔法を発動して空を飛んでいった。


 それから少しすると予定していた時間となり、当初の予定とは違ってニーナはいないが、それでも俺たちは敵の拠点を襲撃するために進み始めた。


 ──◆◇◆◇──


 森の中に進んでいくと奥に行くに従って違和感が強くなっていった。


 これ、隠すつもりはないんだろうな。というよりも……


「なにこれ? 挑発?」


 そう。魔法使いでない浅田もわかるほどの魔力の濃さ。浅田の言ったように誘っているように感じる。


 だが、足を止めるわけにはいかずれ達は先に進んでいったのだが、しばらく進むと物凄く嫌な感じのするゲートを発見した。


 そのゲートの前で一旦止まった俺たちは顔を見合わせ……


「——行くわよ」

「「「おおー!」」」


 この馬鹿騒ぎを終わらせるために進み出した。


 ゲートの中に入ると、そこは茶色い土の地面に白い壁と濁った青空というような、訳のわからない空間が通路となって延々と続いていた。


「何これ?」


 先頭を進んでいた宮野が思わず散った様子でつぶやいたが、それに答えられる奴は誰もいない。


 今までいくつもダンジョンに入ってきたし、ダンジョンの資料は読んできたが、こんな異質な場所なんてのは見たことも聞いたこともない。

 それに、白い壁といったが、なんというか存在感がない。触ればそこに壁があるのだが、なんというか、まるでその先には空間が存在しないから触ることができているかのように感じる。出来かけの世界、とでも言えばいいんだろうか? そんな不思議な感覚を感じた。


 俺たちは今一度顔を見合わせると黙って通路を進んでいき、十分ほどだろうか。しばらくするとその通路も終わりが見え始めた。


「みんな、警戒を」


 通路の終わりが見えてきたことで、宮野は全員に警告しそれを受けた浅田達はそれぞれ戦闘の準備を行い始めた。


 通路の先にあった空間に出るとその空間はかなり広く、先ほどまで両脇を圧迫していた白い壁がなくなり、端が見えないほどの広さとなっていた。


 そして、その中心では一人の男がすぐそばに置かれていた何かに向かって手を伸ばしている。

 おそらくあれが敵で、あいつの触っているものがこのダンジョンのコアなんだろう。ただのコアにしては些か以上に大きすぎるがな。


「ようやく来たか」


 俺たちがきたことに気づいたようで、男は手を伸ばしていた何かから手を離すことなく俺たちの方を向いた。

 その印象としては、見かけは三十程度だが、もう六十を超えているかのような落ち着き感じる。


「どうやら『最強』はいないようだが、どうした?」


 そんな言葉に答えることなく周囲の状況を確認していくが、景色としておかしなところも、僅かな魔力も感じ取ることができない。

 地面と空はあっても木や建物なんかはないので、隠れるような場所はない。地面の下って可能性はあるが、それでも魔力の反応もないってことは少なくとも覚醒者ではないだろう。

 まあ宮野達は銃弾や大砲を喰らっても死なないが、俺は簡単に死ぬので警戒はしておこう。


「お前が救世者軍の頭ってことでいいのか?」

「いかにも。名は捨てたので、あいにくと名乗ることはできないがな」


 こんな重要そうな場所に今までには見たことのないおかしなダンジョンがあり、なおかつ他とは比べ物にならないようなコアがあったのだから、ここが本命で合ってるんじゃないかと思ったんだが、どうやら間違いではなかったようだ。


「それで、そちらの目的は私を止めること、であっているか?」

「とーぜんでしょ! さっさとあんたを倒してこの馬鹿げた状況を終わらせてやるんだから!」

「もう、あなた達に好き勝手はさせないわ」


 浅田と宮野はそう言って姿勢を低くすると、いつでも突撃できるように構え、安倍は待機させていた魔法の狙いを男に向け、北原は宮野達にかけていた守りと結界を重ねていった。


「好き勝手、か。好き勝手やっているのはいったいどちらなのだろうな。お前達は——」


 だが、男はそんな宮野達の言葉を一笑に付すと、呆れたようにつぶやいた。


 そして男は言葉を続けようとしたのだが、そんなものに付き合う理由なんてない。


 こいつが敵の首魁なんだと判明したのであれば、殺せばいいだけだ。捕まえる、なんてぬるいことは考えない。そんなことをして万が一にでも逃がしでもしたら面倒だからな。


「話をしに来たわけじゃない」


 故に、俺は男が話している途中であっても構わず攻撃して言葉を遮った。

 ムービーシーンなんだろうが、んなもんスキップだ馬鹿野郎。


「ハッ! 話の途中で攻撃するとは、人間らしい身勝手さだな」


 しかし、隙をついて後方の足元から石を射出したと言うのに、俺の魔法は男の後頭部に触れた瞬間に砕け散ってしまった。


 チッ! 対策はしてあるってことか。


「それで、どうするつもりだ」


 しかしそれで戦闘開始、とはならず、男はまだ動かない。


「そんなこと、言うまでもないでしょう?」

「人には口があるのだから、自身の考えや意思ははっきりと伝えるべきだとは思わないか?」

「話しをしに来たわけじゃないって、言わなかった?」

「時間稼ぎには乗らない」

「その手を離してないけど、何かしてるんじゃ、ないですか?」


 男は北原の言葉に軽く驚きを示すように目を見開いたが、すぐに不敵な笑みに戻った。


「正解だ。だが、そちらに話しをするつもりはなくとも、こちらには言いたいことがある。聞いておいた方がいいと思うがね」


 できることならば時間稼ぎには付き合いたくない。


「『生還者』。どうする? 私の話を時間稼ぎと切って捨てるか、聞いておくか」


 だが、俺たちを引き止めるために用意した話だってんなら、それは聞く価値はあるんだろう。

 と言うよりも、聞かずに問題が起こった場合、どうしようもない。


 例えばこのダンジョン。ここはどう考えても異質だ。もし何かしらの役割や機能があるってんなら、それを知らずに行動した場合、なんらかの異変に遭遇した場合対処ができない。


 もしくは、ここが本当に他のダンジョンをまとめているんだとしたらそれ関連の話かもしれない。


 なんにしても、単なる時間稼ぎの無駄話、と切って捨てるには判断が難しい。

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