第213話元凶との戦闘開始

「このダンジョンは見てわかる通り特殊だろう? ここは我々が意図的に活性化させたダンジョンではなく、一から自分たちで作り上げたダンジョンだ」


 俺がなんにも言わずにいるのを見て聞くことにしたと判断したのか、男は話し始めた。


「この場所の役割は、まあこれは君たちもわかっているだろうが、他のダンジョンの統括だ。コアのないダンジョンは全てこの場所のコアと連動しており、このコアを壊さない限りゲートが閉じることはない」


 一から作り上げた、ね。それにやっぱりここは役割があったか。しかも予想でしかなかった他のコアの統括とはな……。

 コアがないダンジョンを閉じるには、このコアを破壊する必要があるのか。


「ならそれを壊せばいいってだけだろ」

「そうだな。ああ、その通りだ。だが、そう簡単にいくと思っているかね?」


 それはこいつが邪魔をする……って単純な話ってわけでもなさそうだな。


「無理やり呼び起こした不安定なダンジョンは、コアを壊すことで安定性を失い、コアの破壊と同時に現世への繋がりが切れる。それh今まで出てきたゲートから理解していよう? それはここも同じだ。つまりこのコアを壊したら、このダンジョン内に居るものは全員現世との繋がりを絶たれると言うことだ」


 男はそう言って一旦言葉を止めると、勝ち誇るように笑った。


「切り離された空間がどうなるか、それは我々にも分からない。何せ、何度実験をしても戻ってきたものはいないからな。戻ることができるのかできないのか、そもそもこの空間自体が残るのか残らないのか、それすらも分からん。だが、生きて帰れると考えるのは楽観が過ぎるだろうな」


 それ自体に驚きはない何せ男が言ったように他のダンジョンでも同じことが起こったのだ。対策くらいはある。

 人柱なんてものを使うんだから、対策、と呼べるほどのものかはわからないがな。


 しかし、このゲートを潰す方法がないわけではないのだ。こいつを倒してから一旦外に出て連絡し、破壊する用の人員を用意して貰えばいい。そうすれば全部終わりだ。

 だから俺たちのやることはこいつを殺すことだけ。


 だが、そんな俺たちの余裕がわかったのか、男はふんっと鼻を鳴らすと俺たちを見下すような表情で話し始めた。


「そしてこのコアには特殊な魔法をかけてある。鍵を持ったものがいる状況で、一定以上の魔力を叩き込まねば壊せん。その魔力は特級が一人いたところで用意することはできんだろう。故に、今までのように人柱を用意して壊させると言うことはできんぞ。壊すと言うのなら、お前たち全員でやる必要があるだろうな」


 なん、だと……? 

 特級でも破壊することができないような仕掛けだと?


 それにこのコアを壊そうとすればこいつらが死ぬ? そんなこと、認められるわけがない。


 ……だがこのコアを壊さなければ、今起こっている騒動を収めることができない。


 いや待て、こいつは特級が一人だけではダメだ、やるなら俺たち全員で、とは言ったが、何も俺たちでないとできないとは言っていない。


 必要な条件はやつの言っていた『鍵』を持っている者がいればいいってだけだ。

 なら、その鍵を手に入れて他の人柱役に渡してしまえば、それで解決するはずだ。


 そのためには他の特級数人か、もしくはそれに匹敵するほどの魔力が必要になるが、それなら用意できないわけではない。最悪の場合は浅田に教えたように一時的に魔石の力を操る方法でかさ増ししてやることも可能だ。

 まあ、そのためには修行期間が必要になるかもしれないが、特級を犠牲にしなくとも解決する方法がないわけではないんだ。


 こいつらが死ななくとも終わらせる道はある。

 なら、何も悲観する必要も、悩む必要もない。


「さあどうする『生還者』。君は死にたくないからと言う理由で戦ってきたようだが、世界を救うなどという間違った正義のために自分の命を投げ出すかね? 君たちならば、ゲートによって浄化された世界であっても生き延びることはできるだろう? 生きたいのであれば、そちらを選んだ方が賢明だと思うが、どうする?」


 このコアをどうするか、俺の考えは読めないようで男は勝ち誇ったような笑みのまま語りかけてくるが、俺のやることなんて決まっている。


 宮野たちが目の前の男を警戒しながらも不安そうに俺のことを見てくる。

 俺はそんな宮野たちに安心させるように笑いかけ——ると同時に俺は男への攻撃を行なった。

 今度は魔法そのものを防がれてもいいようにポーチから取り出した毒を投げつけて、だ。


「ほう。壊す気か」


 男はそんな俺の行動に驚いたような声を出しながらも、魔法を発動して俺が投げた毒の容器を迎撃してしまった。


 だが、それは構わない。

 容器が壊れたことで中に入っていた毒がこぼれたが、それを操って男へと浴びせかける。


 だが、それさえも結界で覆われてしまい、その内側には炎で溢れ毒は処理されてしまった。


「さてな。だが、コアをどうにかするにしてもしないにしても、まずはお前を殺して損はないだろ」

「くくっ。確かにな。だが構わん。殺したければ殺すといい。どのみちコアを壊すことができないのなら、世界の浄化という目的は果たすことができる。ならば、私が死んだところで関係はない」


 二度目の奇襲を防がれたことで俺たちはもう一度睨み合うことになった。

 だが、宮野たちは俺の言葉と行動でどうするべきか覚悟ができたのか、宮野と浅田は武器を構えて走り出し、安倍は待機させていた魔法を放った。


「もっとも、私は雑魚ではあるが、ただで死ぬつもりもないぞ」


 男がそう言った瞬間、俺たちと男の間に空間が歪んだような黒い渦のようなものが発生した——ゲートだ。


「ゲートの中なのにゲート!?」


 おそらく——というか確実にこのゲートはあの男がやった者だろうが、安倍の放った魔法は現れたゲートの中に飲まれていき、それをまともに受けたのだろう。中にいたモンスターらしきものの叫びが聞こえてきた。


 そんなゲートの出現によって、まっすぐ進んで男の元へと斬りかかろうとしていた宮野は咄嗟に足を止め、その後を追うように走っていた浅田も足を止めて二人ともゲートから距離をとった。


 叫び声の後に出てきたのは大型の獣だった。

 六本の足を持ち、歯茎を剥き出しで異様に痩せ細った体を持つ獣。印象としては犬が近いだろうか。

 だが決して犬ではありえない嫌悪感と不気味さを放っている。


 それが二十を超える群れとして俺たちの前に現れた。


「安倍!」


 ああいう集団を相手にするのは浅田ではなく安倍のような魔法使いがいい。宮野でもできないことはないが、あいつはどっちかって言うと範囲よりも威力だから、やっぱりこういうときは安倍に頼むのがいいだろう。

 そう思って安倍の名前を呼んだのだが、俺が指示を出すまでもなく安倍はすでに魔法の準備に移っていた。


「どいて!」


 安倍が魔法の準備をしているのを察した宮野たち前衛二人は、獣型モンスターを逃さないような立ち回りで戦っていたが、魔法の準備を終えた安倍がそんな二人に向かって声をかけた。


 その声に即座に反応して二人がその場を飛び退くと、直後、その獣たちに向かっていくつもの火球が飛んでいき、ぶつかり、爆ぜた。


 それだけでほとんどのモンスターが死に、生き残りながらも吹き飛ばされた数匹は宮野と浅田によって駆除された。


 だが、それだけでは終わらない。


「そら、まだ終わらんぞ!」


 その後も俺たちと男の間にはいくつものゲートが出現し、モンスターが現れ始めた。


 まず手始めに、地面につくほどの長い腕を持った二足歩行の蟲の群れ。

 次に家ほどの大きさのある真っ白な大蛇。

 そしてそれよりも大きな巨人、サイクロプス。

 鷲の頭に獅子の下半身を持ったグリフォン。

 この辺は有名どころだろうが、実際に目の前に来られると困る。それも同時にだなんてのは、困るなんてもんじゃ済まない。


 極め付けは、ドラゴン。やはり最強のモンスターといったらこいつだろう。


 なんでこんなことがっ! って驚いてもいいくらいに異常。普通なら同じダンジョンでは現れないはずの敵が目の前で集まっている。


「……っ! 安倍は小物の処理! 北原は自分たちの守りと宮野たちの強化を!」


 そんな魔物たちの群れを見て動きを止めていた俺たちだが、ハッと我に返ると同じように呆然としていた安倍と北原へと指示を出した。


「宮野は……」


 そして次は、と宮野たちに意識を向けたところで、宮野と浅田は俺が指示を出す前に走り出していた。


「いくわよ、佳奈! 背中をお願い!」

「りょーかいっ!」


 あの二人はこの異常な状況に気圧されることもなくいることができたようだ。


 そして宮野は二足歩行の蟲たちが群れる中で舞うかのように移動し、大蛇をへと剣を振りながら、時に空を飛んでいるグリフォンを魔法で撃ち落としている。


 浅田は一つ目の巨人であるサイクロプスの足元に近づいて、その足に思い切り大槌を叩きつけ、それによってサイクロプスは絶叫をあげながら地響きを立てて倒れていった。


 よく見ると、モンスターは多いがお互いを傷つけないようになっているのか、何処となく動きが気こちない。

 それでも一撃でもまともに喰らってしまえば、大怪我はしなかったとしても隙ができてしまうのは避けられないだろう。


 だから俺はあまり前に突っ込んでいくことはせず、全体を見渡して宮野や浅田を不意打ちしようとしている敵を攻撃し、安倍や北原に接近しようとしている敵を転ばせたりしていた。


 時にはモンスターの隙間から見える救世者軍の男に攻撃を仕掛けているが、それは全てモンスターが間に入ることで防がれてしまった。

 これだと、モンスターを全部片付けるまであいつには近寄れないか?


 そうこうしていると安倍の準備ができたようで、魔法が放たれた。


 放たれた火球が敵後方に着弾すると、轟音とともに衝撃と炎を撒き散らした。

 そのあまりの音の大きさに、一瞬だけだが世界から音が無くなったかと思うくらいに耳がイカれた。


 安倍の放ったその炎によって小物は一掃され、大蛇は吹き飛ばされ、グリフォンは地に落ち、巨人たちは倒れた。


 だが、傷つき倒れたとしても、敵のモンスターたちはまだ生きている。


 それに加えてまだ——ドラゴンがいる。


「よくやるものだな! 生き延びたところで、お前たちのうち誰かは必ず死ぬというのに!」


 ……? どういうことだ? 俺たちの中で誰かが必ず死ぬ?


 俺たちが人柱を使っているのは知っているはずだ。鍵が必要だとしても、その人柱に持たせてコアを破壊すればいい。


 だが、それを知っていてもなお、誰かが死ぬと言っているのか? 

 だとしたら、最悪の場合はここに誰か残らないといけない?

 なぜだ? この場に誰か残っていないとこのダンジョンが崩壊するとかだろうか? もしくは……鍵は受け渡しができるようなものではない?


 そうなると、人柱は俺たちの中の誰かになる。


 ……もし、本当に仲間の中の誰か死ななければならないんだとしたら、その時俺は……

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