第174話超常対策局

「それで、あのー、どこまで行くのでしょう?」


 男の後についていったのだが、なぜか俺の後ろは男についてきていた他の奴らに固められた。

 多分俺が逃げないようになんだろうが、いつ背中から襲われやしないかと警戒しながらだったので、疲れてきた。


「……話し方を変えなくてもいい。以前あった時は、そんな気持ちの悪い話し方はしていなかっただろう?」


 なので後どれくらいで着くのか聞きたかったのだが、返ってきたのは答えになっていない答えだった。


「……言葉がわかんねえんじゃなかったのかよ」

「わからなかったさ。わからなかったが、雰囲気というものはわかる」


 確かに前回はこいつらから逃げる時に悪態をつきまくった気がするし、どうせ言葉がわからないんだから、わかりやすく馬鹿にしていることがわかるようにと、雰囲気もそれっぽい感じにした気もする。


「それで、なんのようなんだ? どこまで行く?」


 こいつの後をついてきてもう十分は歩いたと思うんだが、まだ歩かせるつもりか?


 そもそも、こいつらはどこに行こうとしてるんだ?どこかで話をするだけなら部屋を借りておしまいでいいはずだ。他国の学校に話をつけられるくらいの奴らなんだから、自国の空港に一室部屋を借りるくらいならなんてことはないだろうに。


 考えられる可能性としては、誰かが待っているか、もしくは一眼につかないところで前回の報復だな。

 前者ならいいんだが、後者になるとこの人数相手だと結構きついかもしれない。


「地獄まで——と言ったら、どうする?」

「あの時の報復か? あれは仕方なかったろ。あんたらが寄ってたかって囲んできたのが悪いんだ。人の話も聞こうとせずに……。だから俺は悪くない」

「確かにあの時は我々も逸っていたのは認めよう。だが、お前が悪くないというのはどうだろうな? やりすぎだったのではないか? それに、もっと別の方法があったと思うが?」

「俺としてはあの時思いついた中であれが最善だったんだよ」


 前回俺がこの国に来た時に何があったのかってーと、ゲートからモンスターが出てきたんだ。


 その時になんかちょうど居合わせてしまった俺は、仕方なしに出てきたモンスター——ドラゴンの相手をすることにした。


 だが、しばらく戦っていたら援軍が来たらしく、こいつらが現れ、その時戦っていた冒険者達は撤退した。


 のだが、しばらく離れた場所から様子を見ていてもなんだか押され気味に見えた。


 手を出そうかどうか迷っていると、当時はまだ『竜殺し』なんて呼ばれていなかったジークがやってきて参戦した。


 しかし、経験の浅い当時のジークでは、モンスターの中でも強い種族と言われていたドラゴンには勝てず、負けそうになっていた。


 このままでは負けてしまう。放っておけないと判断した俺は、ドラゴンの口の中に近くのコンビニの残骸の中から発掘した香辛料を投げ込んで咽させたり、眼球に塩をぶつけたり、鼻の穴に粘着剤投げ込んだりして援護した。

 他にも鱗の隙間に圧縮した水を流し込んでから膨張させて鱗を剥がしたりとか、傷口に砂を流し込んで削ったりとか色々してた。


 そうして大打撃にはならないが隙を作ってたらジークがドラゴンの首を落として終わりになり、ジークは『竜殺しの勇者』として名を挙げるようになった。


「ふむ。つまり普段からあのような卑劣なことばかりを考えていると」

「生き残るためには色々と考えないといけないもんでね。卑怯卑劣を理由に生き残ることを諦めんのは命への冒涜だと思うが?」


 が、話はそれで終わらない。それだけだったら俺がこんなに嫌がる理由だってないんだからな。


 ドラゴンを倒し終わった後、俺はなんでか知らないが高圧的な態度の全身鎧の集団に囲まれた。

 最初はその時のドラゴン退治について話があるもんだと思ってたんだが、なんだか様子が物々しい感じがした。


 ので、俺はその場から逃げ出そうとしたのだが、まあそう簡単に逃してくれるはずもなく、止められたところを……まあ、色々やって逃げ出したのだ。


「だとしても、多少なりとも配慮などがあってもいいものだと思うが、どう思う?」

「配慮なんて、無事に生き残って落ち着いた後にすればいい」

「だがそれだと、生きるためには周囲を顧みず、悪事にも手を染めると言っているように聞こえるが?」

「流石に法を犯すようなことはしないさ」


 その際に多少……いや、そこそこ卑怯な手段を取ったかもしれないが、いきなり攻撃的な雰囲気を出して囲んでくるほうがいけないと思う。


「だが、正義は勝つというが、それはつまり、勝った方が正義で、前回の俺とお前達の諍いに関して言えば、俺が勝者だ」


 まあ、そんなこともあったが、俺としてはなんで俺を止めようとしたのかすら知らなかったし、すっかり忘れていたことだった。


 それを何年も経ったってのに、今になってあたってくんなよ。


 俺にやり込められたこいつらからしてみればふざけんなと言いたいかもしれないが、それが俺の正直な気持ちだ。


「今更ネチネチとみみっちいこと言ってんじゃねえよ」


 そんなわけでちょっとイラついてしまい、俺は名前すら知らない男へとはっきり言ってやった。


 ——のだが、言ってからそういえば今囲まれてるんだったと思い出した。

 日本語がわかっているか、わかっていなくても雰囲気で理解できたんだろう。周りからの怒気がすごい。


「やはりそちらの方がお前らしい」


 しかし、男は仲間達の反応など気にしていないようでくつくつと笑っている。


 その男の様子に、先程のチクチクと刺すような会話はわざとなんだと気づき、なんとなく顔をしかめてしまった。


「で、こんな奥の方まで来て、なんのようだ? 話があるなら、その辺の部屋でいいじゃねえか」


 だがそんな男の態度も、その態度に感じた不快感も無視して、改めて問いかけてみることにした。


 こっちだっていい加減歩き疲れたし、お前らとの関係を終わらせたいんだってんだ。


「それとも何か? この先にはお前の上司だとか『上』のお偉いさんがいて、人には聞かせられないような話でもすんのか?」

「よくわかったな。その通りだ」

「……ちっ。まじかよ」


 できればそうであってほしくないなと思いながら聞いてみたんだが、まさか本当にその通りだとはな。


 こいつらと戦うことになるのも嫌だったけど、お偉いさんに呼ばれるのも嫌だ。だって絶対なんか巻き込まれるし。


「目的は教えてやったのだ。大人しくついてこい」


 今から逃げられないかと思いながらチラリと背後を見てみたんだが、後ろは男の仲間達に固められ、他の道に逃げようとしてもそもそも他の道が存在していない一本道だ。


 仕方がない。ついていくしかないか。

 元々ついていくしかないんだ。逃げたところで学校行事で行動する以上、どうしたって見つかるからな。


 だが、逃げることができる状況とそうでない状況とでは心構えが変わってくる。


 俺はため息を吐きながらも、男の後をついていくしかなかった。


「ここだ」


 それからさらに数分ほど、部屋も窓もないただひたすらにまっすぐな通路を進んでいると、いくつかの部屋が再び姿を表した。


 そして俺たちは、男の後に続いてその中の一つの部屋へと入っていった。


「この方はロンドンにおいて、覚醒者や異形、モンスターなどによる被害の解決にあたる超常対策局の局長だ」


 部屋に入ると、中には年嵩の女性が一人が部屋の真ん中に置かれているソファに座っており、その周りに二人ほどスーツを着た女性が立っていた。


 男の言っているなんとか局の局長ってのは、この座っている女性のことだろう。


 その年嵩の女性は、俺たちが部屋の中に入るのを認めると、こちらを向いて笑いかけてきた。


「初めましてシャロン・ベルです。紹介いただいたように、この街において超常による騒ぎの取り締まりを担当しています。そして、そちらのカーターの上司でもあります。あなたの話はよく聞いていますよ。この度は会えて光栄です」


 カーターってのは誰のことだ、と一瞬思ったが、状況から判断してここまで先頭を進んできた男のことだろうな。

 しかし、話を聞いている、か……。絶対ろくでもない話だな。


「あー、初めまして。俺……私は伊上浩介と申します。その、それほど聞くようなことはなにもないと思いますが、こちらこそお会いできて光栄に思います」


 なんか偉い人だって割に、物腰が低そうな人だな。

 まあ、こういう輩は大抵が演技なわけだが。じゃないとこのご時世、それなりに力がありそうな部署の長なんてやってられないだろ。


「ふふ、そんな謙遜はいりませんよ。調べた限りでは、もっと違う話し方をするのでしょう? 気楽にしてくださって構いません。どうぞおかけください」

「あ、どうも」


 俺は女性——確かシャロン、だったか? の対面に座ると、俺が座ったのを見計らって目の前に飲み物が出された。


 毒は入っていないと思うが……まあ飲んでみるか。多少の毒ならどうにかなるし、もし毒が入ってたならそれはそれで向こうがどういう対応をするつもりなのかわかるからな。


 と思ったのだが、毒はなかった。少なくとも、すぐに効果が出るようなものではないみたいで、純粋に美味しいコーヒーだった。


 俺が出されたコーヒーを飲んで確かめている間も、シャロンは優しげにニコニコと笑っていた。


 その優しげな態度は演技なんだろうなと思うが、それでもここまで一緒にいたのが背中から睨みつけてくる野郎どもと、初っ端から威圧してきたおっさんなので、どうしても親しみというか、安心感のようなものを感じてしまう。


「突然お呼び出ししてしまって、申し訳ありません。驚かれたことでしょう?」

「いや……ええ、まあ。それなりに」

「その件については謝罪いたします。ですが、多少強引であったとしても、あなたをお呼びしたい理由があったのです。以前の騎士団との諍いにつきましては、ジークさんの口添えもありましたし、カーターのミスということで処理されていますので、あなたを罰することもありません。お話を聞いていただけませんか?」


 こいつ、処分受けてたのか。……笑えるな。あ、口には出してないんだからこっち見んな。


 しかしまあ、なんだな。俺としては話を聞くこと自体は構わないと思ってる。

 でなければ何かあるだろうと思いながらもこんなところまでついてきたりしないし。


 というかだな、俺にとっちゃああの時の出来事はもう忘れてたことだ。なんでああなったのかも知らないし、特に蟠りはない。


「諍いって言われても……そもそもなんであの時絡まれたのかすら知らないので、特に気にしていません。ですので、私なんかでよければお話を聞くくらいでしたら構いません」


 俺が知らないと言った瞬間にカーターがぴくりと反応して顔を歪めたが、多分自分たちは覚えていたのにお前は忘れたのか、的なあれだろう。

 だが、忘れていたものはしょうがないし、知らないものは知らない。


「あら、そうなのですか? カーターは随分とあの時のことを話していたのですけど……」


 シャロンが驚いた様子でカーターへと顔を向けたが、カーターは不機嫌そうに俺を見ているだけだ。


 視線を俺に戻すと、シャロンはあの時に何があったのか、なんであんな攻撃的な雰囲気で囲まれることになったのかを話し始めた。


「あの時あなたを捕らえようとしたのは、ゲートが突然開き間を置かずにモンスターが出てきたせいです」


 初っ端から驚きなんだが、あの時は絡んできたんじゃなくて捕まえようとしてたのかよ。

 まあ雰囲気的にそうかもしれないなとは思ってたけどさ。

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