第175話キメラ
「でも、その程度ならよくあることではないですか?」
ゲートの突発的な発生なんて、言ってしまえばよくあることだ。
これが最初のゲート発生から時間が経ってない時だったらわかるが、今ではもう珍しくもない。
だからあの時だってそう騒ぐほどのことでもないと思うんだがな。
「はい。この国だけではなく様々な国でも突発性のゲートとモンスターの出現は起こります。ですが、ゲートの出現が年々増えているのはご存知でしょう? 元々ゲートがどうして発生するのかわかっていなかったので、そういうものだと言われてしまえばそこまでなのですが、その時にはゲートを意図的に増やしている集団がいるという情報……というよりも噂の類ですね。そう言ったものが我々の耳に入っていたのです」
「意図的にゲートを? ……本当にそれができるんだったら警戒するのもわかりますが……どうして私が?」
多分、その集団ってのは『救世者軍(セイヴァーズ)』だろうな。それ意外にそんなことをするような目立った組織はないし。少なくとも、俺は知らない。
しかし問題は、なんで俺がそんな奴らと間違えられたのかって話だ。
「突然の状況に怯えた様子がなく、まともに武器を持って戦うでもない輩が戦場を彷徨いているのであれば、話を聞きたいと思うのは普通であろう?」
「戦うでもないって……俺、あの時戦ってたんだが?」
「かもしれん。だが、一見しただけではあの時のお前は我々騎士団の動きを観察し、物陰に隠れながらちょろちょろと動き回り、時折何かをしているだけにしか見えん」
反論は、できねえなぁ。実際物陰を移動しながら適当に物を投げた時々魔法を使ってたりしてただけだし。
それに、仮にゲートを意図的に発生させることができるとして、そのことに必要なものも条件もわかっていなかったんだ。
ならその近くで不審な動きをするやつを怪しんでもおかしくはないか。
「受けていただけたのでしたら我々の施設を無償で使用してくださって構いませんし、必要とあらば武装の貸し出しも行ないます。その際の案内はカーターになりますが」
まだ受けるかどうかどころか話すら聞いていない状態だが、こいつらの施設を使えるってことは一般では使えないような国の施設を使えるってことで、普通ではできないような道具の加工やなんかができるようになるってことだ。
しかもだ。無償で、となったらそこにある材料とかも好き勝手できるわけだし、一般には許可されないような装備も使えるようになるってことで、条件としては結構……いや大分優遇されている。
だが、俺はそう言われてカーターへと視線を向けると、奴はニヤリと笑ってこっちを見ていた。
「よろしく頼む」
「チェンジで」
ふざけんな! こんな奴と一緒にいられるか!
「そう言ってくれるな。言っただろう? 話したいことがあるのだ、と」
言われたが、それを聞くとは言ってねえよ!
なんだこれ。なんかの罰ゲームか? こんなやつと一緒に行動しろとか、そうじゃなきゃありえんだろ。
いくら条件が良くっても、受けたいとは思えない。
それに、装備を貸すって言われたが、所詮は貸し出しだ。自分のものにできないんだったら今回限りってことになるわけだし、意味はない。
まあ、自作した装備の方はそのまま持ち帰れるだろうが、言ってしまえばそれはその程度のことだ。
それだってそのうち冒険者を辞めるつもりでいる俺には必要のないものになる。
精々が辞めた後にも身を守るための保険程度なもんにしかならない。
そもそもの話、こいつはなんのつもりで、俺と話なんてしたいんだ?
いや、感情としてはわかるが、一応俺はこいつらの組織的には許されたはずだろ?
「なあ、今俺に処罰はないってシャロンさんが言ってなかったか?」
「そうだな。だが、処罰はないだけで、私個人としての感情は別だ」
「ずるいだろ。んなもん屁理屈だ。『上』から許されたんだからキッパリと割り切れよ。なんでそんな卑怯なこと言ってんだ、騎士様よぉ?」
「一度『ずるい』戦いをする者に負けてしまったのでな。多少は学んだのだよ」
騎士を名乗るやつがそんなんでいいのかよ。お前らは俺と違って才能あるんだから正々堂々と戦っとけや。
「ふふっ」
俺とカーターの話を聞いていたシャロンが楽しげに笑い声を漏らし、それに反応して彼女の方へと視線を向けたのだが……なんだ?
なんだかどこか寂しげというか悲しげというか、その笑顔に違和感が混じっているように感じた。
「今回あなたに協力を願ったのは、先程の話も多少関係してくるのですが、『救世者軍』への対処です」
そうだった。もうすでにこの場所から逃げたくなったが、そもそもまだ話を聞いてすらいないんだった。
「調べた限りでは、あの者らはどうやらこの街でよからぬことを企んでいるようなのです」
「またゲートの発生を?」
今の話と関係してるって言ったらそうなんじゃないかって思ったんだが、どうやら違ったようでシャロンは首を振った。
「いえ、それとは別件ですね」
「けど、この国にだってちゃんとした組織があるのではないですか? 私みたいなのをわざわざ呼ばなくたって、対処はできると思うのですが?」
「ええ。組織はあります。私がその組織の長ですし」
そういやそうだった。最初にそんなことを言ってたな。
だが、ならどうして俺なんかを、という疑問に戻る。
確かに俺はこいつらの記憶に残るような行動をとったかもしれないが、戦闘力で言ったら比べ物にならないほどに低い雑魚だ。自分で言ってて悲しくなるけどな。
だが、そんな雑魚だからこそなんで呼んだのか本当にわからない。
「ですが、こちらをどうぞ」
そんなふうに考えていると、シャロンからいくつかの写真が差し出され、俺はテーブルの上に置かれたそれらを手に取ってみる。
写真に写っているのは獣のような耳の生えた人間だった。
だが、次の写真を見ると全身が毛に覆われている二足歩行の獣のような人形だった。
それを見て、俺はお話なんかに出てくるファンタジーの定番と言ってもいいような獣人じゃないかと思ったんだが、すぐにその考えを変えた。
「獣人? ……いや、これは……」
三枚目の写真には、目が昆虫のようなものに変わっているものが写っており、その次には顔の一部が爛れたような、だがその状態が自然であるかのように思える者が写っていた。
そしてどんどん写真をめくっていくが、そのどれにもなにかしらの異形がある者が写っており、最後の写真には、どう考えても獣人なんて言葉で済まないような者が映っていた。
人型に獣の耳はいいとしよう。だが、背中から蝙蝠のような翼が生え、足は胴体ほど太くなっているとなればどう考えてもおかしい。まるで複数の動物を混ぜたような、そんな姿だ。
自然に、ってかダンジョンには複数の種類の生物が混ざったモンスターってのはたまにいる。山羊の体にライオンの頭を持つやつとかな。
そいつは『キマイラ』っていうんだが、そいつらはこんな人間らしい人型じゃないし、人型をしていても、もっとモンスターらしさってもんがある。
故に、普通ならありえない存在。
だがそれに説明をつけられる存在はいる。それは——
「——キメラ」
キメラってのは、別の種族を合成して人工的に作られた生き物だ。
キマイラが先天的な種族だとしたら、キメラは人の手が入った後天的な状態だ。
新種のモンスターって可能性もないわけではないが、そうなると最初の一枚目の写真はあまりにも人間に近すぎている。
こんなのがいるってことは、誰かが人間の体をいじくり回してキメラを作ったってことだ。
誰か、なんてのは先程までの会話を聞いてりゃあ言うまでもなくわかりきってるがな。
救世者軍。
奴らが関わっているとなれば、この写真の子供達は自然発生のモンスターってより、人工的なモンスター化って方が可能性は高い。
「その通りです。……ですが、本当にわかるものなのですね」
シャロンから発せられた感心したようなその言葉だが、それはどういう意味だろうか?
「は? それはどういう……」
「実は、私たちが最初にこのような者を発見した際、その正体がわかりませんでした。新種のモンスターかダンジョン由来の呪い、もしくは病気だと考えていました」
まあ、その可能性もないわけではないな、と言われてから思い至った。
最初に写真を見たときはついに獣人が現れたのか、と一瞬だけ思ったが、すぐに違うと分かったし、キメラって発想にも至った。
が、言われてみれば病気だとか呪いだとか、後はそうだな……モンスターの寄生だって可能性もないわけじゃない。
「それが人工的なキメラだというのは親日の局員が真っ先に気づきましたが、その際、あなたと同じようなことを言っていました」
「同じようなこと、というのは?」
「獣人、と。ですがすぐにそれが人工的なものであるキメラだと気づきました。なぜ気づけたのか尋ねたのですが、「俺なんてまだまだだ。この程度日本人なら誰でもわかる」と。日本とは凄い場所なのですねと感心したほどです」
局員ェ……。お前、それ絶対に二次元系のオタクだろ……。
お前の常識を日本人全部に当てはめんな。
「……それを日本の常識と思わないでください」
「そうなのですか? ですがあなたはすぐにわかったようですが……」
「それは俺が……あー、俺やその局員が特殊なだけで、全員が全員わかるってわけじゃない、です」
多分そう言った俺の表情は歪んでいただろう。だって……なあ?
……とりあえず、話を進めよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます