第168話三人の成果

「それでは、お願いします」

「うん。いつでもどうぞ——」


 ジークが言い切った瞬間に宮野の姿がその場からかき消えた。


 かと思ったら次の瞬間には金属をぶつけたような音とともにジークの前に現れていた。

 どうやら近寄って剣を振ったらしいが、ジークがそれを防いだようだ。


 初撃を受け止められた宮野だが、それを気にすることなく剣を振るい、連撃を浴びせていった。


 もはや神速といってもいいほどの宮野の剣だが、ジークもさるものでその全てを受け、捌き切っている。

 そうして数合交えてから宮野は魔法を発動してジークの後ろに回り込み、それと同時に剣を薙いだ。


 だが、戦っている相手からしたら瞬間移動と変わらないようなその攻撃も、まるで予想していたかのように避けられてしまう。


 事実、ジークは宮野の行動をある程度は予想していたのだろう。でなければ、いかに特級といえど今のを避けるのは難しいはずだ。多分試合の様子を見ていたんだろうな。


 それからも宮野が横や後ろに回ったりしながら何度も切り結ぶが、宮野は一撃たりとも通すことができず、ついには攻撃していたはずの宮野が逆にジークの攻撃を受けてしまった。


「そのやり方は試合でもやられたでしょ。コースを見抜かれたら終わり。一定以上では通用しないよ」


 やっぱりジークはあの時のお嬢様との試合の様子を見ていたようだ。


 宮野の移動は確かに速いが、動きは直線で、あらかじめ設定した道を通るだけだ。

 それならばある程度戦いになれたものならば受け切ることは可能だ。何せ移動するであろう場所にあらかじめ攻撃を〝置いて〟おけば、勝手に当たりに来てくれるのだから。


 だが、そういったジークの声にはいつものような気楽な様子はない。

 多分、あいつとしても結構ギリギリなんじゃないだろうか?


「わかってます。だから……」


 宮野は少し悔しげな表情でそう言うと、先ほどと同じようにもう一度突進し、やはり同じように剣を振るう。


 が、その後が違った。


 宮野の視線の先がバチッと光ったかと思うと、ジークが一瞬だけ動きを止めた。


 魔法だ。いつもなら少し距離が離れた場所か、剣を止めてからでないと使えていなかった雷撃の魔法がジークを襲ったのだ。


 流石のジークも剣で切り結んでいる途中で至近距離から放たれた雷は避けることができなかったようだ。


 そうしてできた隙を見逃すことなく宮野が剣で斬りかかるが、ギリギリで防がれる。


 が、宮野はすぐにジークの横に移動して斬りかかり、一撃、ないし数撃ごとに移動して斬りかかっている。


「それ、さっきの戦いもだったね。どうやったのか知らないけど、攻撃の繋ぎも魔法の発動も、速く上手くなってるよ」


 それは宮野に教えた魔法の新しい使い方のせいだろう。


 前は魔法を使う直前にわずかな硬直や、攻撃の緩みがあったが、今ではそんなことはない。

 視線を向けて設定した魔法に魔力を流すだけで、本来なら時間がかかるはずの魔法を勝手に魔法が発動してくれる。


 とはいえ、視線の先に発動するという性質上、それに気づかれれば対処されてしまうことになる。

 が、それならそれで視線の動きを逆手にとればいい。


 まあ、その辺はまだあいつにはできないだろうから、おいおい慣れていくしかないけどな。


「ん、これは……ちょっとまずいかな」


 そうして改めて二人の斬り合いが再開したのだが、しばらくの間宮野の攻撃を受けていると、ジークはわずかに表情を曇らせてつぶやいた。


 なんだろうか、と思っていると、ジークは急に戦い方を変えた。


 さっきまでは守りに徹して宮野の攻撃を凌いでいたのに、今は多少の無茶をしてでもカウンターを行なっている。


 しかしジークの攻撃は会心の一撃とはいかず、たまに擦ったりしているだけだ。


 だが、力自慢のジークの攻撃はただ擦っただけも勝敗を決める一撃になりかねない。


 事実、宮野の動きは戦い始めた時よりも僅かに鈍くなっている。


「これでっ!」


 このまま続けても負けると判断したのか、宮野はジークから距離を取るとお嬢様と戦った時のように剣に雷を纏わせた。


 そして以前ならそのまま突っ込んでいったが、今回は違う。

 剣に雷を纏わせながらも魔法を発動させ、次の瞬間には宮野はジークの前に現れて剣を振り下ろしていた。


 ジークはそんな宮野の振り下ろしに対処するべく剣を切り上げる。

 それはさっきの浅田とジークの戦いの最後と同じ構図だった。


 だが、構図は同じでも、その結果は違った。


「あー、やっぱり壊れちゃったかぁ。まあそんな気はしたけどさ」


 ジークの持っている剣の鞘は砕け、剣身はその長さを半分以下へと縮めてしまっていた。


「悪いけど、今日はこれでおしまいでいいかな」


 剣が折れた以上は戦えない、とジークが肩を竦めて言うと、宮野はそれに頷いて構えを解いた。


「はい。ありがとうございました」

「うんうん。すごく強くなってるね。こんな訓練なんかじゃなければ、本当に死んでたかも?」


 今の戦いは凄かったし、二人とも本気で戦っていただろう。

 だが、それでもこの勝負はあくまでも訓練なんだと二人とも手を抜いていた。


 でなければ宮野はもっと魔法をぶっ放してただろうし、ジークだって訓練場が荒れ果てるまで暴れているはずだ。


 だが、浅田はそうして戻ってきた二人を見て顔をしかめていた。

 二人、と言うよりも、ジークの持っている折れた剣と、それを折った宮野のことを、だな。


「悔しがることはないよ。これは先に君と戦ったから壊れたんだから」

「……そう? ならあたしも結構頑張ったかな!」


 ジークは浅田の視線を察して自分の持っている剣を見た後に声をかけたのだが、浅田は表面上は明るげな様子を見せているものの、答えるまでに一瞬あった間やそれまでの様子から考えるに慰められていると感じたようだった。


 多分だが、自分では傷つけることもできなかったのに鞘ごと剣を折ったことで、自分の力不足を感じたのだろう。


 だが、それはどうだろうか?


 確かに浅田にはまだまだ甘いところはある。

 しかしそれでも、ジークの言葉は決して嘘ではないと思う。


 ジークは浅田との戦闘後に武器を確認した時にまずそうな顔をしていたし、すでにその時には異常が出ていたんだろう。


 浅田と先に戦っていなければ、ジークの剣が折れることはなかったはずだ。


 あいつの剣が折れたのは、単なる順番の違いでしかない。


 しかし、今の浅田にはそんなことをいっても慰めにしか聞こえないだろう。


「せっかくだからそっちの二人も戦うかい?」

「武器は?」

「模擬剣でいいでしょ。君たちの場合は直接打ち合うってわけじゃないんだし」


 そんなわけで今度は安倍と北原のタッグで戦うことになった。


 まあ近接相手に魔法使いでは相性が悪いからな。

 それをどうにかできるようにするのが訓練ではあるのだが、相手は特級だ。二人一緒であってもハンデとしては物足りないかもしれない。


 そうしてジークが訓練用に備えてあった備品の模擬剣を持ってくると戦いは始まった。


 今回ジークは二人が魔法使いということもあってか先ほどまでとは戦法を変えて突っ込んでいったが、速い。

 常人では……いや、生半な一級では何かをする前にやられておしまいになるだろう。


 だが、そうはならなかった。

 ジークが接近し切る直前に北原が結界を張り、ジークはその結界を壊すために剣を振り下ろしたが、失敗。結界は見事に二人を守り切った。


 が、その守り方というのが、普通のものとは違っておかしい。


 普通の結界というのは何かがぶつかれば弾くか、それが魔法ならかき消すものだ。

 だが、今北原が使ったのは、なんというか、絡めとるようなものだ。

 結界に触れたジークの剣が結界に突き立ったまま抜けない。

 その結界は防ぐ、というよりも、行動の邪魔をして時間を稼ぐためのものだ。


 そうしてジークが動きを止めた瞬間に安倍がジークの足元から炎を吹き上がらせ、さらにそれを突き破るかのように炎の球をいくつも射出した。


「炎系の相手は得意なんだよね。何せドラゴンの常套手段だしっ、と!」


 結界に剣を絡め取られていたジークだが、それほど拘束力があるわけではないのか、それともジークがそれなりに力を入れたのか、剣はすぐに抜けてジークはそのまま後退した。


 大した魔法がかかっているわけでもないというのに、ジークは迫る炎の球を、持っていた模擬剣で弾いた。

 魔法には魔法使いしか干渉することができないはずだというのにジークが安倍の炎を斬ることができたのは、あいつのつけている装備のおかげだろう。

 対ドラゴンの専門家だし、魔法が使えないんだからそういう装備を持っていてもおかしくない。


 北原の結界は、ジークの攻撃を防いでいる間に層が増えていき、最終的には五層もの厚みへとなっていた。


 これは最初から強い結界を張るのではなく、まず時間を稼ぐことに重点を置いた結果だ。


 そうして時間を稼いでいる間に、新たに物理減衰、魔法減衰、物理反射、魔法反射と結界を張っていき、最後に保険用として物理と魔法両方を遮断する結界を張って完成。


 最終的には六層に及ぶ結界を張ったことで、北原達を守る結界は完成となった。


 そしてこの結界、いつものごとく外から内の位置方向だけに効果を出すもので、つまりは内からは攻撃を自由にできるって代物だ。

 複合の結界は発動までに時間がかかるので、一効果で一枚ずつ結界を張っていけばいいじゃないかと、こうなった。


 北原が張った結界を壊すためにジークは剣を振るうが、第一の結界で絡め取られて勢いを落とし、物理減衰によってさらに速度を落とし、物理反射で軽く弾かれて終わった。


 またも強引に剣を生き抜いて安倍の魔法を避け、今度は切るのではなく突きを放つ。

 今回の突きは本気で放ったのか物理反射の結界にヒビを入れることができたが、それでも完全に壊すことはできず、仮に壊せたとしても最後の物理魔法どちらも防ぐ結界に阻まれる。


 これが北原の結界の強みでもある。

 第一から第三までの結界は攻撃を減衰させるだけだから、魔法そのものを壊されない限り結界が壊れることはない。

 一度結界を張ってしまえば、それ以降は気にする必要がないのだ。


 そして魔法を使えないジークには魔法を壊すことなんてできない。


 どうしようもなかった。


 そして攻撃が届かないだけではない。

 安倍は相手の攻撃を避ける必要がないからか、普段よりも時間をかけて隙を晒すような魔法を使い、ジークを追い詰めていく。


 今のところは避けたり切ったりしているが、攻撃に専念している安倍と、防御と攻撃を両立しないといけないジークでは、一級と特級の差があるって言ってもきついものがあるだろう。


 加えて、結界を張り終わった北原は、以前俺の元チームメンバーで治癒師をやっていたケイから教えてもらったスリングショットを使い、ジークを攻撃している。

 とはいっても、それはさほど威力があるものではない。精々が相手の気を逸らすくらいなもんだろう。


 だが、緊迫した状況ではそんなちょっとした邪魔ってもんが意外と効く。

 受けても受けなくても問題ないが邪魔なことは確かだし、飛んでくる球がただの礫以外にもあるとなれば、それは思考を乱す毒になる。


 こうも型に嵌められると、もうどうしようもないだろう。


「あー、これは無理かなぁ」


 そんな考えは正しかったようで、ジークは北原の結界にもう一度突きを放つと、今度は結界にヒビを入れることも叶わずジークの使っていた模擬剣が砕けちった。


 剣が砕けるのを見るや否やジークは二人から離れた位置で動きを止めると、両手を上げて降参した。


「ほんと、まさにお手上げだよ」


 そしてジークは肩を竦めながらこっちに戻ってきた。

 ジークの言葉を受けて北原も結界を解除し安倍と一緒にこっちに向かってきている。


「せめてまともな武器があったらもうちょっと頑張れたんだけど……ま、言っても仕方ないか」


 まあそうだな。ただの模擬剣で結界にヒビを入れることができたんだ。もしこいつの武器が壊れなかったら、砕くこともできただろう。


 その後は今の試合の反省会をしてから適当に話した後、それじゃあまたね、と言い残してジークは帰っていった。


 帰っていったジークを見送って、宮野たちも今日は疲れているだろうと言うことで解散となった。


 宮野は手応えを感じられたからか、自分の手に視線を落としてグッと拳を握っている。


 安倍と北原も、以前は工藤という特級に勝てなかったのに今回は思った以上に戦えたからか、嬉しそうだ。


 だが、浅田はそんな三人を力ない笑みを浮かべながら見ていた。

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