第169話佳奈と浩介
──◆◇◆◇──
そして解散となったはずなのだが、宮野は先程の戦いの感覚を忘れないためか、まだやりたいと自主訓練に行き、安倍と北原は魔法の開発のために図書室へと向かっていった。
その場に残ったのは俺と浅田だけとなった。
「あーあ、やっぱ無理だったかぁー。もう少しいけると思ったんだけどなー」
まるで気にしていないと言わんばかりのその声だが、次の瞬間、浅田の表情がふっと暗いものへと変わった。
「……ねえ、あたしって、ほんとに強くなれてんのかな? ……強く、なれんのかな?」
「なれてるさ」
こいつの感じている不安を消すために、躊躇うことなくはっきりと断言してやった。
「ほんとに?」
だが、それでもなお不安は消えないようだ。
俺が浅田の顔を真っ直ぐに見つめると、浅田は視線を彷徨わせてから俯き、話し始めた。
「……だって、瑞樹はあいつの剣を折ったし、晴華と柚子だって、あいつの攻撃を完全に防いで追い詰めるほど強かった」
まあ、あの三人は確かに強くなった。
宮野は特級だからいい勝負になった、なんて言えるとしても、本来は安倍と北原と一級が二人いたところで勝つことなんてできない。それほどまでに特級ってのは規格外の存在なのだ。
しかし、宮野が自身よりも経験豊富な特級に引き分けたのも、安倍と北原が特級相手に勝てたのも、どっちもこいつが武器を壊したからだ。
ジークの武器が万全であったのなら、どちらもそう上手くはいかなかったはずだ。
「でも、あたしは?」
確かに、浅田の言うように結果だけを見ればこいつはジークに対して善戦はしたものの、大した結果を残すことが出来なかったように見える。
だがそれはそう見えるだけだ。
武器は実際には宮野ではなくこいつがほとんど折っていたようなもんだし、それがあったからこそ安倍たちは結界を壊されずに勝てた。
武器の件以外にも、ジークとしてはこいつが一番脅威だったと思うけどな。
一瞬だけ見せたあの表情。焦りと困惑が混じったような結構本気の表情だ。
宮野達と戦った時には驚きは見せても、焦りは見せなかった。
「お前は強くなれるよ」
そう思ったからこそ、俺はもう一度浅田に言った。
俺の言葉を聞いた浅田は、完全に自信を取り戻したってわけではないが、それでもわずかに目の奥に見える感情を強めて俺を見返した。
「……」
「強くなれなかったら、お前の言うことを一つ聞いてやってもいい。それくらい俺はお前が強くなれるって確信してるよ」
が、その後の反応は俺が思っていたものと少し違った。
「えっ? ……じ、じゃあ、強くならない方がいいの……?」
「そっちに反応すんのかよ。ってか、そこは頑張れよ」
確かにこいつからしてみれば強くなれなかったら俺に頼み事ができるわけだが、だとしてもここは頑張る流れじゃないか?
「……うん」
しかしそう言ったのは冗談だったのか、頷いた浅田は力ないながらも悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
多少なりともいつものような元気が出てきたようだ。
だが、それでもまだ完全には前を向くことができていないような気もする。
「それとも、なんだ? お前は俺に泣きつくのか? 『もう嫌だ。頑張りたくない。こんなことをしても意味がない。だから甘えさせてくれ』って?」
だが、こいつはそんなことを良しとしないだろう。
少なくとも、俺の知っているこいつは立ち止まったり迷ったりすることはあっても、こんなことで挫けたりするようなやつじゃない。
そんなやつだったら、俺はこいつらに……こいつに対してこんなに入れ込んでいない。
「お前がそう望むなら、甘やかしてやろうか? 『よしよし。お前はよくやった。お前は俺が守ってやるから頑張らなくていいんだぞ』って」
「っ! ……それは……」
俺の言葉にビクリと小さく体を跳ねさせた浅田だが、ギリッと歯を噛み締めるとゆっくりと首を振って口を開いた。
「それは、いや。守られてるだけなんて……そんな情けないの、絶対に嫌」
浅田ははっきりと俺の目を見据えながら言った。
その言葉を聞いて俺はそれ以上何も喋らず、浅田は目を瞑ってから顔を俯かせ、そのまま何も言わないまま時間が過ぎていく。
数分ほどすると浅田は下を向いていた顔をあげて、俺のことを見つめた。
かと思ったら、恥ずかしかったのかサッと顔をそらされた。
「……ん、ごめん。らしくなかったでしょ」
だいぶ思い詰めてたみたいだな。
いやまあ、わかっちゃいたんだけど……はあ。
俺はため息を吐くと浅田の頭の上に手を置いて、ぐりぐりと乱暴に撫でた。
これで少しでも忘れさせることができればいいんだがな。
「ちょっ、なに? 何すんのっ!?」
「らしくないっちゃらしくないが、気にすんな。悩むのは子供の特権だ。大人になってからじゃそうそう悩むことなんて状況が許してくんねえことも多々あるが、子供のうちは悩んどけばいいんだ——がんばれよ」
「……ありがと」
「どういたしまして」
──◆◇◆◇──
ジークとの模擬戦を経てからさらに二週間が経ち、今日が修学旅行の二日前になった。
「なかなか様になってきたな。前みたいな中途半端じゃない状態で使えるようになれば、ジークとやることになってもそれなりに戦えるかもしれないな」
俺はあの日からも変わらず宮野達三人と浅田に修行をつけているが、宮野達の仕上がりは言うまでもなく順調だ。
元々宮野に関しては魔法の理論さえ教えてしまえば、あとは自分で習熟するしかないので、俺としてはどの魔法をどう設定するか相談に乗るくらいしかやることがなかった。
安倍と北原も宮野と同じで、教えた魔法の使い方とあいつらの考えた魔法に関して相談に乗ったこと、それからちょっと近接戦の手解きをしたくらいだ。
もっとも問題があったのは未だ理論だけだった技術を覚えようとしていた浅田だが、その浅田の方も以前ジークと戦った時に魔石を使ったことで感覚が掴めたのか、途端に魔力の操作ができるようになっていた。
あの時は出来もしないと思っていた魔石を使っての魔法の強化に挑んだことに驚いたが、あのおかげでできるようになったのだから何よりである。
今ではまだ魔力を完全に操作しきれていないので強化時間が短かったり、魔石を使っての強化はできたりできなかったりと不安定だが、それでも五割くらいの確率で強化できるようになっていた。
「それなりって、勝てないの?」
「あっちは何年も戦い続けたプロだぞ? 経験の量が違う」
「経験の量かー。それはどうしようもないかなぁ」
ジークは冒険者として活動するようになってからもう何年も経っており、『勇者』として強敵を相手にしてきたことも何度もあるはずだ。
そんなやつを相手にたかだか一ヶ月程度修行をしたところで勝てるようになるわけがない。
だがまあ、確実に勝てる、とはいかなくても、もしかしたら勝てる、くらいに持ってくることはできた。
そこには当然ながら浅田本人の努力があったからだが、だとしても尋常ではない成長だ。
教えた俺としては、そのうちできるようになるだろうとは思っていたが、魔石を使っての成功率を五割まで持っていくのに早くても三ヶ月はかかると思っていた。しかもそれだって希望的な予想だ。
だってのに、こいつはジーク戦での無茶で強引な一歩はあったとはいえ、たった一回の踏み込みで成功させた。
才能もあるんだろうが、もはや執念と言ってもいいかもしれない。あるいは、プライドか。
劣っていようが負けていようが、自身の不出来さをわかっていてもそれでも全てをぶち破って前に進んでいく、こいつをこいつ足らしめる心。
それがあるからこそ、こいつはこうも早く新しい力をここまでものにすることができたのだろう。
俺も今までそこそこ頑張ってきたって思っちゃあいるが、それは逃避や誰に対するものかもわからない復讐心からくるものだった。
それに対してこいつは、ただ愚直に目標に向かって進み、願いを掴むために努力をしている。
……ほんと、かっこいいやつだよな。
「……でもさ、瑞樹は違うよね?」
一旦話が途切れたのでそんなことを考えていると、不意に浅田がそう呟いた。
セリフだけ聞けば、以前のように諦めからくる悲しげなもののように思えるかもしれないが、それは違う。
その目には以前とは違い、諦めや悲しみなどの負の感情はない。
代わりに、挑戦者の眼とでも言おうか。浅田の瞳には、挑み、食らいつこうとする獰猛な光が宿っていた。
「これで瑞樹の隣に立ってられるかな?」
「さあな」
「……ここまで訓練に付き合ってきてそれ? もうちょっといい言葉とかないの?」
肩を竦めながら言った俺の言葉を聞いて浅田はつまらなそうに唇を尖らせて文句を言っているが、こればっかりは仕方がない。
俺はこいつにも宮野にも色々と精神的なケアをしたり手を入れたりしてるが、結局のところ最後には当人同士が話し合って、ぶつかりあっていくしかないんだ。
「そりゃああいつがどう思うか次第で、お前があいつに隣に立っていられる存在だって思わせられるかどうかだからな。俺が何か言ったところで意味はないし、諦めろっつっても、お前は諦めないだろ?」
「もち! そんなの決まってんでしょ!」
「なら言う意味ねえじゃねえか」
「それでも何か言ってもらいたいのが女の子なのよ」
普通の女の子はこんな、鍛えて自分の強さを相手に教えてやる! なんて状況にならないと思うが、まあ友達と喧嘩して仲直りを目指している時と同じような状況だと思えば、普通っちゃあ普通か?
だがしかし、何か、ねぇ……。
「当たって砕けるのがお前だろ。いや、お前の場合は砕けるんじゃなくて砕く側か」
当たった障害を全て砕いてまっすぐに進んでいくのがこいつだった、と思い出してフッと笑いをこぼしてしまった。
「悩んで、準備して、ならあとはぶつかってけよ」
ま、言えることとしたらこれくらいしかないよな。
「もっと気の利いたこと言ってよねー。……でもま、いっか。あたしは、もう止まったりしないから」
勝ち気に笑いながらそう言った浅田は俺に背を向けたのだが、「あ、そうだ」と言いながら再びこっちに振り返ってきた。
「明日からの修学旅行、楽しみにしてるからあんたも覚悟しときなさいよ!」
楽しみにするような事を覚悟しろとはこれいかに。
「ぶつかってけって言ったのはあんたじゃん」
「……そっちじゃねえよ」
「あたしにとってはどっちも同じよ!」
そん言葉になんとも言えず、俺は微妙な表情をしてしまった。
「まあなんだ、がんばれ」
もうちょい後にしようと思ってたが、まあいいタイミングっちゃあ、いいタイミングか。
こいつがこうも頑張ってんだ。
こいつの頑張りを無駄にしないためにも、そろそろ話をしておくとするかね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます