第155話浩介の選択

 ──◆◇◆◇──


 想像以上に早くお嬢様が来たことで作戦に早速綻びが出そうだが、どうにかするしかない。

 頭を押さえてため息を吐くふりをして、耳の通信機を操作する。これで俺たちの声は浅田に垂れ流しになるだろう。


「来るだろうなとは思っていたが、早すぎね? もうちっと陣地に戻って確認とか準備とかさ、そういうのをしとけよ」

「確かに準備不足ですし、魔力も回復したわけではありません。ですが、あなたの予想を外すことはできた」


 しかもなんだ、あの顔。さっきまでとは別人じゃねーか。なんであんな力に溢れた顔してんだよ。


「さっきやられたばっかなのを忘れたのかよ」

「いいえ。ですが、仲間に言われてしまったのです。わたくしは、彼女達の英雄である、と。ならば、そこまで言わせたにもかかわらずここでみっともなく負けたままでいることは、わたくしのプライドが許しませんわ」


 仲間、ね。残ってんのは宝を守ってるはずの二人だから、そいつらから連絡を受けでもしたのか。

 で、その仲間に言われたから力が湧いて立ち上がれたってか? ……どこの主人公だよお前は。


「それでは、いきますわ」

「……っ!?」


 お嬢様と睨み合いながらそんなことを考えていると、お嬢様がそう宣言してから槍を構え、俺が剣を構える前に俺へと走り出した。


 これまでとは違う行動に目を見開いたが、それでも突っ込んでいたお嬢様の攻撃にギリギリで対処し、逸らすことができた。


 しかし、お嬢様の攻撃は突き出された一撃だけでは終わらない。その後も何度も連続して攻撃が繰り出される。


 なんとか浅い傷を作ったり転がったりしながら凌いでいたのだが、突然背後、お嬢様のいる方とは逆側から森の中から魔力の高まりを感じた。


 そして、お嬢様を巻き込む形で炎が迫ってきた。


 魔法使い!? そうか、連絡を取ったんじゃなくて直接こっちにきたのか!


「隠密からの広域魔法とか、せこいだろ!」

「卑怯さであなたに言われたくありませんわね」

「はっ、そりゃあごもっとも!」


 背後から迫る炎をどうにかしたいのだが、素直にお嬢様が逃がしてくれるはずもなく、一瞬迷ったが仕方ないと判断し、俺は自分から後方に跳び、炎の中に突っ込んでいった。


 くっ……一応魔法具での防御は発動したが、それでも結構熱いな。

 だが、なんだろうな。思っていたよりも威力が弱い気がする。お嬢様を巻き込む感じだったから加減でもしたんだろうか?


「それに、避けようのない奇襲であってもしっかりと防いでいるではありませんか」

「防がねえと負けるからなあ!」


 そんな軽口を交わしながら、俺は再び突っ込んできたお嬢様の攻撃を凌いでいく。


 ……さてどうするか。宮野たちが来るまで十分かかるかどうかってくらいか? 

 それまで保つか? 今も補助用の魔法具や防御用の魔法具にガンガン魔力を吸われてるし、保たねえ気もするな。


 となるとどっかで仕掛ける必要があるが……。


「ちっ! しゃーない……しなやす!」


 このままでは援護が来る前に負けると判断し、どうにか持ち堪えるべく俺は防御用の魔法具を解除して、無防備になった腹でお嬢様の槍を受け止めた。


「えっ!?」


 だが、そんなことをすればお嬢様の突き出した槍は俺の腹を貫くことになるので、正確には『受け止める』ことができたわけではないのだが、まあ攻撃は止められた。めちゃくちゃ痛いけどな。


「起動」


 俺は自身の腹を貫いている槍を掴むと、腹を貫かれたまま強引に一歩お嬢様へと近づいた。


 そして、足裏から地面に向かって魔力を流し込むと地面を突き破って金色に輝く鎖が姿を見せ、俺とお嬢様の二人に絡み付いて拘束した。


「前もこんな状態になったなぁ……」


 一年前の試合でもこんなことがあった。

 あの時は工藤だったし、俺は腹を貫かれたわけではないけど、至近距離で鎖に拘束されるって状況は変わらない。


「これは……俊から聞いていた鎖ですか。ですが私は魔法を……? 使えない?」


 お嬢様は工藤から俺との戦いを聞いていたのだろう。

 あの時は旧式のものしかなかったので、拘束されながらも魔法を使うことができてしまった。


 だが、今回は違う。今回使ったのは拘束した者の魔力を封じる新型だ。


 まあこれも、さらにもう一段階上のバージョンの装備ができたから手に入ったもので、警察が使うような正式版じゃないんだけどな。


 ちなみに、正式版は拘束と魔法封じの他に、強制的に眠らせる魔法がかかっているらしい。


「ああ。これは前にあいつに使ったやつの改良版だ。ちょっと手に入ってな。これは一定時間動けず魔力も使えなくなる。悪いな、男とこんな距離での拘束なんて」

「え? あ……っ! いえ……ですが、大丈夫ですの?」


 お嬢様はそこでようやく俺と一メートルないくらいの近距離で縛られていることに気が付いたのか、それまでの雰囲気を消した。

 そして少し慌てたように視線を彷徨わせ、俺の腹へと視線を落としながら聞いてきた。


「槍ってのは意外と細いからな。貫かれた程度じゃ死なん。ちょっと角度を調整すりゃあ重要な臓器を傷つけないようにささせるのは難しくねえ。ましてやお前は綺麗で手本みたいな突きを出すからな。難しくなかった」

「難しくないわけないでしょう。普通はそんなことできませんわ」

「やりゃあできるもんだよ。痛えし、すぐには死なねえってだけだから、できればやりたくねえけどな」


 まじで刺されてるので痛いしキツいが、死にはしない。


 そもそも、人間ってのは腹を刺されても結構生きてるもんだ。


 腹を刺されて死ぬのは大抵が出血か、もしくは重要な臓器を傷つけたためにおこる臓器不全が原因だ。

 中には刺された痛みでショック死する人や気絶してそのまま死ぬ人もいるが、冒険者としてそれなりに痛みに慣れている俺に取ってはこの程度ならそれほどでもない。


 なので臓器を傷つけず、なおかつ血が出ないのなら、覚醒者であり常人よりも頑丈な俺は三十分くらいなら割と余裕で生きてられる。……いや、やっぱ余裕じゃねえわ。すっげーいたい。


 けど、生きてられるってのは本当だ。


「ですが、こんな状況であっても、わたくしごと焼くようにいえば、先に倒れるのはあなたの方ですのよ?」


 あとはこれで宮野達が来るまで待つだけ、と思っていると、お嬢様が再び真剣な雰囲気を纏って問いかけてきた。

 しかし、その程度問題ない。


「ああそれな。これで捕まってると、捕まってるやつは魔力を吸い上げられて使えなくなるが、同時に外部からの攻撃から身を守るように魔法が発動するんだよ。本来は警察用だからな。口封じ封じみたいな効果が必要だったんだろうよ」

「だから自爆はするなと」

「してもいいが、意味ないぞってことだな」


 実際のところ、魔法を封じられるとは言ってもこの装備は特級の相手をすることを推奨はしていないので、外から攻撃されながらお嬢様が全力で暴れれば壊れると思う。


 その場合は……どうしようか?


「伊上さん!」

「浩介!」


 なんてお嬢様が暴れた時のことについて考えていると、数分ほどして宮野達がやってきた。

 まだ十分は経ってないはずなんだが、思ったよりも早かったな。


「ちょっ! お腹に槍が刺さってんじゃない!」

「思ったより早かったな」

「そんなことより、それ。大丈夫なんですか? なんでそんなことに?」

「臓器はそんなに傷ついてないはずだし、死にかけても治癒の結界が発動するから平気だ。ついでにこの鎖は俺がやったことだから気にするな」


 俺は問題ないと言ったのだが、宮野と浅田はそれでも心配そうにこっちを見ている。

 だが、今は俺の状況よりも考えることがあるだろ。


「それよりもこいつをどうするかだが……残りは十五分ちょいってところか」


 槍を掴んだままの腕に視線を落とすと、試合の残り時間は十五分以上二十分未満、という程度しかなかった。


「でも、そいつを倒せばおしまいでしょ」

「くっ!」


 浅田がそう言って武器を構えたことで、お嬢様は最後の足掻きとして暴れるが、鎖が解けることはない。


 あ、いや。地味に鎖から嫌な感じの音が聞こえる。このままいったら数分と経たずに高速から抜けだろう。

 まあ、その前に宮野と浅田の攻撃を喰らうのが先だろうけど。


 だが、そんな状況になんとなくモヤモヤしたものを感じてしまった。


 ……なんだ? このまま見ているだけでいいものなのか?


 それが何故なのか分からず、だがそんな事を思ってしまった俺はそれでも浅田を止めることはしなかった。


 が、突如浅田達の背後から大きな炎の球が飛んできた。


 これはあれだ。俺がお嬢様と戦ってる時に飛んできたのと同じ魔法。

 最初に俺に攻撃を仕掛けてからその存在を見せることのなかったもう一人が放ったようだ。


 しかし……


「きゃあああ!」


 魔法具で防いだとはいえ、俺でもそれほど威力がないように感じられた魔法など、今更宮野達には意味がない。


「これで本当にあんた一人ね」


 隠れていたお嬢様のチームメンバーの一人を宮野が倒し、治癒の結界が発動した。

 その様子を確認すると、浅田は武器を構えて再びお嬢様に近寄っていった。


「このまま、負けるわけには……行かないのですっ!」


 しかし、そのままでは終わらなかった。


「ぐおっ!」

「浩介!」

「伊上さん!」


 なんとこのお嬢様、鎖の拘束を強引に解きやがったのだ。

 その時に乱暴に俺の腹に刺さっていた槍を抜き、突き飛ばしたので、俺は宮野達の元へと不本意な形で合流することになった。


「ねえちょっと、大丈夫?」


 浅田が倒れた俺に声をかけたのだが、その瞬間、宮野が俺の前に立った。


「瑞樹っ!」


 だが、俺の前に立ったのは宮野だけではなかった。

 宮野と武器を合わせている形でお嬢様も立っていたのだ。


「三人相手であったとしても、私は、負けません。必ず、勝ってみせます」


 鎖の拘束を強引に破ったことで残りの魔力もあまりないだろうし、疲れだってあるはずだ。

 だがそれでもお嬢様の姿からは本気で『勝ってやるんだ』という想いが感じ取れた。


 だから俺は——


「——俺は戦わない、ついでにこいつも戦わないから、お嬢様は宮野と二人で好きにやれ」


 俺のそばへと駆け寄ってきていた浅田の腕を掴みながらそう言った。

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