第156話瑞樹と飛鳥の戦い

 

「は?」

「っ!」

「えっ?」


 俺の言葉に三人はそれぞれ反応を示したが、まあ考えていることとしては同じようなもんだと思う。

 多分、『何を考えてんだ?』とか、『何言ってんだ?』とかそんなもんだろう。


 突然の俺の言葉に訳がわからなくなったのか、宮野と武器を合わせたままだったお嬢様は一旦後方に跳んで距離をとると、改めて武器を構えながら俺を睨みつけた。


「どういうおつもりですの? 怪我で動けない、などと言うような理由ではありませんわよね?」

「なに、宮野に勝ちたくて鍛えたのにこのまま負けたんじゃ、お前も不完全燃焼だろ」


 俺たちの作戦としては、相手のチームを一人倒してこっちと同数以下にし、時間いっぱいまで逃げ切る感じだった。

 相手に特級が二人もいる、しかも今回は慢心もなく全力で挑んでくるだろうとなれば、流石に対処するのはきつい。

 なので、勝つためにそんな作戦を立てた。


 だが、宮野は勝つためのその作戦に文句を言わなかったものの、不満は感じていただろう。


 できることならばお嬢様と直接闘って、その上でお嬢様個人にも試合にも勝ちたかったんだと思う。


 ならちょうどいい。

 今はこっちの人数が減りはしたが、あっちも減っているので、今ではこっちの方が残りのメンバー数は上回っている。

 残りは十分程度だし、これ以上メンバーが変動することもない。

 宮野が勝てるのならそれでいいが、負けたとしても同数となり、チームとしては俺たちの勝ちだ。


 なら好きなようにやらせてやろう。


 それに、もしこの後大逆転が起こって俺たちのチームが負けたとしても、その負けは意味のある負けだと思う。

 だから、本当にちょうどいい。


「俺としても、こいつらの踏み台にちょうどいいと思ってたのにこのまま終わったんじゃ、こいつらの訓練になりゃしないからな。……お前は踏み台じゃないんだろ? 勝ってみせろよ」


 以前俺がお嬢様に助言をしたときに、なんで俺が助言するのかその理由は、宮野達の踏み台にするために、と言った。


 その時にお嬢様は「自分は踏み台なんかじゃない」って言っていたが、ならそれを証明してもらおうじゃないか。

 宮野と戦えるこの状況は、お前としても望んだものだろ?


「……ならば、お望み通り勝って差し上げますわ」

「なに勝手なこと言ってんのよあんた」


 頷いたお嬢様に対して浅田は文句を言っているが、そんな浅田を無視して俺は宮野へと顔を向けた。


「お前はいいのか? 俺がこいつを動けなくしたまま終わったとしても、お前らが勝ったって本当に言えんのか? お前は、それで満足か?」

「わかりました……ありがとうございます」


 俺が問いかけると、宮野は神妙な表情で頷き、礼を言って前へと進んでいった。


「瑞樹はいいとしても、あたしは? 不完全燃焼って言ったら、あたしもそうなるんだけど?」

「悪いが、まだまだやる気なのはわかるがお前は休みだ」

「休みって……」

「俺はこの場から離れるわけには行かないからな。二人の戦いに巻き込まれないように、俺の側にいて、俺を守ってくれ。こんな状態だし、余波だけで死にそうだからな」

「……むううぅぅぅ…………わかった」


 不貞腐れた表情をしながらも、宝を守っている俺がここから動けないことも、守る者が必要だってことも理解はしているのか、最終的には頷いた。


「それじゃあ、続きといきましょうか」

「ええ。ですが、今回は単純な斬り合いで終わりませんわよ」


 残り十分。さて、どうなるかな?


 ──◆◇◆◇──


「ねえ、なんか瑞樹押されてない? だいじょぶなの?」

「まあ、こう言う接近戦になると宮野よりもお嬢様の方が上かもな」


 そうして魔法を併用しての戦いが始まったのだが、見ている限りでは宮野の方が推されているように見える。


「なんでよ」


 技量はお嬢様の方が上でも、基本的な性能ではそれほど差がないし、戦術や攻撃力の高さでは宮野の方が上だ。

 むしろ総合的に見るのなら宮野の方が上回っているだろうとも言える。


 だと言うのに宮野が押されているのが理解できないようで、浅田は宮野達の戦いを睨みながら不機嫌そうに問いかけてきた。


 だが俺としては、まあそうだろうな、って感じだ。


 身体強化の魔法ってのは、どう言うわけか、そいつの使う属性によって結構効果が左右される。土だったら頑丈さ、風だったら速さ、って感じでな。


「宮野、と言うより雷系の魔法ってのは、攻撃も強化も速いし強いんだが、いかんせん直線でしか動かせない。それに対してお嬢様の風系の魔法は、直線にとらわれず自由に動ける。接近した状態での多少の速さの違いなんて、慣れればそれほど優位になるとは言えない。そんなもんよりは直線以外の動きができるお嬢様の方がアドバンテージがある」


 アドバンテージっつっても、そもそも曲線での動きが淀みなくできるほどの技量が必要だってのがあるけど、あのお嬢様は慣れてしまえばそれくらいできるだろうな。


「瑞樹も曲線で動けてると思うけど? 背後を取ったりするじゃん」

「そりゃあ直線以外の動きができるってわけじゃねえよ。宮野は二、三回の直線移動で背後を取ってるだけ。三角とか四角とかの角形が角数を増やしていくと円に近づくってのと同じで、小刻みに修正してるだけだ」


 百角形なんてものがあったとして、パッと見は円に見えるがよくよく見てみると角があるのと同じだ。宮野は曲線で動いているわけではない。


「でもさ、結果として背後に回るってことができてんならいいんじゃないの?」

「いや。小規模とはいえ何度も魔法を使えばそれだけ魔力を余計に消費するし、あれだけの速さでの短距離の移動を連続で発動してれば集中力だって落ちる」


 魔法ってのは結構頭を使うもんだし、それと合わせて剣での戦いをするってのは疲れるなんてもんじゃないだろう。


 それに魔力の問題だってある。あんなに何度も連続で使ってたら、その消費量は結構なもんだ。

 車のガソリンみたいなもんだな。止まっていてもとりあえずエンジンがかかってれば、何度もエンジンをつけたり止めたりするよりも、結果的にガソリンの消費が少なくなる。それと同じ。


「それに、あれには欠点があるんだよ」

「欠点? 何よそれ」

「そうだなぁ……お前、自分が全力で走ってる時に0,1秒毎に方向転換しながら進めるか? それも、速度を全く落とさずに」

「無理でしょそんなん。速度を落とすなってのもだけど、0,1秒とか、走ってる間にすぎるじゃん」

「それと似たようなもんだ。宮野のあれは、その都度魔法を使って指示を出してるんじゃなくて、最初からコースを決めて発動してる。じゃないと体の動きに思考が追いつかなくて魔法の発動が間に合わないからな。だから……ああ、やっぱりか」

「瑞樹っ!?」


 最初っからコースを決めて動いてるってことは、そのコースさえ読まれればわざわざ攻撃を当てに行かなくても、武器をその場所に置いておくだけで勝手に当たりにくることになる。


 まあ、大前提として宮野の速度を認識することができる目と、それに反応できる程度の速さが必要になるが、直接攻撃を当てに行くよりは簡単だ。

 だからお嬢様にもできてもおかしくはない。

 だって、俺だってできるんだから。まあ俺の場合は慣れだとか誘導しているからってのもるが対処できるって意味では変わらない。


 長距離なら思考する余裕もあるだろうが、こんな接近しての戦闘じゃあ無理だ。

 だから普段はヒットアンドアウェイで斬って離れて斬る、みたいな使い方をするんだが、上手い事は慣れるのを防がれてるな。


「くっ!」

「わたくしはっ! 勝たないといけないのです!」


 そうして宮野が動きを止めた瞬間にお嬢様が槍を突き出して宮野を攻撃するが、その攻撃は不自然に途中で止まった。


「っつ!」


 へえ? 移動速度は捨てて、相手の邪魔をするのに切り替えたか。

 それならお嬢様だって雷の速度は避けられないだろうから、相手の技を潰したりしてダメージを与えることができるだろうな。


 でもそれ、お前の攻撃は確かに当たるだろうけど、速度を捨てたんだからお前自身も相手の攻撃も避けづらくなってるだろうし、どっちが先に倒れるかの泥試合っつーか、チキンレースじみたものになるぞ。


 でもまあ、属性的にはお嬢様の方が有利だし、多少強引でも行くしかないか。


 お嬢様は気づいていないんだろうけど、風ってか空気を操って真空の層を作れば、電気は通れない。

 なので、そうして防御をされると宮野的には結構きついと思うんだよ。


 つっても、魔法は不思議現象だから強引にやれば貫通できないこともないんだけどな。

 でも、それでも通常よりは魔力を消費……浪費させることができるのは事実だ。


 あ——


 そんなことを考えながら二人の戦いを見ていると、何度も腕に電気を受けたからか、お嬢様は槍を落としてしまった。


「あぐっ!」


 そこに宮野が剣で斬りかかるのではなく、再び身体強化を施してタックルを決めた。


 確かに剣で斬るより速いかもしれないが、本当に泥試合みたいな感じになってんな。

 このままキャットファイトになんのか?


 と思ったが、まさにその通りだった。

 さっきまでの凄い戦いが嘘かのように掴み合いの殴り合いが行われた。


 が、それもほんのわずかなことで、二人が倒れ込んだ場所からものすごい暴風が吹き荒れ、その場所からも俺たちのいる場所からも少し離れた場所に、何かが衝突するような音が聞こえた。


 視線を音の方へと向けると、そこには宮野が木にぶつかった状態でいた。どうやら今の風で吹き飛ばされたようだ。


「負けられない! 負けたくないっ!」


 宮野にタックルされて地面を転がっていたお嬢様は、その姿を泥で汚しながらもよろよろと立ち上がると、槍を手放してしまった手を前に突き出し、残り僅かになっていた魔力を集めて魔法を構築し始めた。


「させないわっ!」


 魔法を構築するお嬢様に向かって宮野は急いで立ち上がると、魔力を強引に雷へと転換してそれを剣に集めて走り出した。


 宮野の速度を持ってすれば今から走っても、魔法の構築が完成するまでに斬ることができるだろう。


 だが、底力とでも言おうか、お嬢様は間に合わせた。


 今までの訓練では見たことがない、お嬢様らしくない簡略化された粗雑な作りの魔法。

 ちょっとつつけばすぐに自爆してしまいそうなほどの代物だが、だからこそ間に合った。


「ハ、アアアアアアッ!!」


 お嬢様は完全な制御を捨て、制御しきれなかった魔法の余波で自分が傷ついたとしてもただ宮野を倒すことだけを考えた攻撃を放った。


「くうううううっ……ああああああああっ!!」


 宮野はそんな圧縮した小型の台風とも言えるようなお嬢様の魔法に向かって真正面から突っ込んでいき、帯電させた剣を構えるとそれを振り下ろし——斬った。


 その瞬間、宮野の雷と天智の風がぶつかり合い、混ざり合い、ただでさえすごかった風が暴風となり、雷を伴って辺りを蹂躙する。


「くおおっ!? まっず——」


 二人の攻撃がぶつかったことで暴風と雷が吹き荒れ、周辺の全てを破壊し、吹き飛ばしていく。


 巻き込まれたらまずいが、その場から動くこともできない俺はとっさに結界を張った。

 が、まずいかもしれんな、これ。


 結界を張っていたが、なにぶんとっさに張った急拵えなものなので、二人の攻撃がぶつかった余波だけで結界は容易く悲鳴をあげている。


「きゃああああっ!」


 そして悲鳴をあげているのはこっちにもいた。


 突然の暴風と雷が予想外だったのか、浅田は俺にしがみついているが、すまん。それはもう意味がない。


 パキャッと卵の殻でも砕けるかのように情けない音とともに、結界は砕かれ、消え去った。


 結界が壊れたことで俺は吹き荒れる風と破壊を撒き散らす雷の衝撃によって吹き飛ばされてしまった。


「うごっ——」


 浅田にしがみつかれたまま風に飛ばされ、俺は周囲にあった木に体を打ち据えることとなった。


 それでも雷が直撃しなかっただけマシだな。


 っつーか浅田よ。お前、しがみつかなくてもどうにかなっただろ?


 吹き荒れる風と雷が消え、二人の戦いが終わったことを理解すると、俺は木に叩きつけられたことで痛む体に鞭打って、呻き声を漏らしながらも顔をあげる。


 顔を上げた先では土煙が舞い、どちらが残っているのかわからない。

 しばらく待っていると土煙も収まり、徐々に人影が見えてきた。

 そして、視界が晴れたそこに立っていたのは——

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