第154話飛鳥:仲間

 ──天智飛鳥──


 浩介から逃げた飛鳥は、重い足取りで一人森の中を歩いていた。

 最初は走って逃げていたのだが、途中から走るのをやめてしまっていた。

 それでも足を止めなかったのは、まだ勝とうとする飛鳥の意思に意思によるものではなく、流れ。

 言ってしまえば、ただの惰性だった。


「どうして……」


 飛鳥は自分たちの陣地へと向かって歩きながら先程の戦いと、その時に言われた『憧れ』からの言葉をを思い出していた。


 勝てるはずだった。だが、負けた。


 飛鳥は浩介に『憧れ』とは言っても、それは『人を助けてきた』という浩介の行動に対してであって、彼の実力そのものが優れていると思っているわけではない。


 状況は相手に有利だったが、力で言うのなら圧倒的と言っていいほどに自分の方が上。勝てない戦いじゃなかった。


 だが、蓋を開けてみればほぼ完敗と言っていいほどに一方的にあしらわれて終わった。


「どうして……っ!」


 そして、その足はついに止まってしまった。


「わたくしは、今まで何をやってきたのでしょうね……」


 浩介は無駄ではないと言っていたが、飛鳥には自身のやってきたことは無駄であると言われたように感じていた。


 そうして飛鳥が一人で歩いていると、突然誰かが現れた。


「飛鳥さん!」

「あなたは……」

「ごめんなさい! 陣を守りきれませんでした!」


 飛鳥の前に現れたのは、陣を守っている四人のうちの一人である治癒師の少女だった。

 彼女は自分がいても意味がないと思い、事前の作戦にはなかったが飛鳥の元へ助けに行こうと宝を守っているもう一人と相談し、陣を飛び出してきたのだった。


「いえ……わたくしも、負けてしまいましたから」


 少女の謝罪に、飛鳥は力のない表情で首を振り、自嘲げに嗤った。


「勝つと約束したと言うのにこの有様。申し訳ありませんわね」


 そんな今まで見せたことのない表情をした飛鳥に驚いたものの、少女は飛鳥を励ますべく力強く言った。


「まだです。押されていますけど、まだ宝は残っています。あなたがやられない限り、結界は残ってますし、宝は奪われません。まだ勝てます。行きましょう!」

「……ですが、わたくしは、もう……」


 だが、そんな少女の言葉に飛鳥が応えることはなく、ただ疲れたように息を吐き出して首を振るだけだった。


「そもそも、わたくしはあなた達のリーダーとして誰かを率いる格ではなかった。仲間を率いることもできず、敵に勝つこともできないなんて、そんなみっともない姿を見せるくらいなら、最初から……」


 自分ではダメだった。

 そう思いながらも、それでもまだ手放せない何かが残っているのか、飛鳥は最後まで言葉を続けることなく、ただ悔しげに言葉を飲み込み、その場には沈黙が訪れた。


「あなたも、他の方々も、申し訳ありませんでした。わたくしのわがままで迷惑をかけてしま——」


 その沈黙で何を思ったのか、飛鳥は目の前の少女に頭を下げ……


「迷惑だなんて思ったことは一度もありません」

「え……」


 だがその言葉は途中で遮られた。

 飛鳥が呆然と声を漏らしながらも顔を上げると、そこには真剣な表情をして飛鳥のことを見つめている少女の姿があり、今まではそんな眼を向けられることがなかった飛鳥は驚き、少女から目が離せなかった。


「勝ってるとか負けてるとか、率いる器だとか、そんなんじゃないんです。私にとっては、誰かを助けたいって、そう言ったあなたの姿が、輝いて見えた。誰かを助けるために頑張っているあなたこそが、英雄に見えた」

「英雄など……わたくしには、なれませ——」

「なれます」


 少女の言葉を否定しようと飛鳥が弱々しく言葉を紡ぐが、それも少女によって途中で遮られてしまった。


「なれます。他のメンバー達も、全員が同じことを思っています。あなたは私の、私たちの英雄です」


 そう言った少女の瞳には目を逸らすことの出来ない『力強さ』があり、その瞳に射抜かれた飛鳥は目を逸らすことができなかった。


 そして、飛鳥は少女にまっすぐ見据えられながら口元を震わせ、口を何度か開閉させた後、迷いながらも問いかけた。


「どうして、あなたは……あなた達はわたくしのことを信じられるのですか? わたくしは、あなた達のリーダーに相応しくなかったはずです。いえ、そもそも誰かを率いる器ではなかった。だと言うのに、どうしてそれほどまでに信じ、ついてこようとするのですか?」


 飛鳥にそうと割れた少女は、不思議なことを言われた、とでも言うかのように眉を寄せた。


「……あの、信じるのに理由なんて要りますか?」

「え……」

「私たちは、あなたの進む姿を見て信じたいと、そう思ったから、思ってしまったから信じた。それだけです」


 飛鳥はそんな少女の言葉に対し、先ほどと同じように呆然と声を漏らしてしまった。

 しかしそこで話は終わらず、少女は「ですが」、と続けるとそのまま話を続けた。


「信じたのは私たちの勝手。その信用や信頼を、あなたが背負う必要なんてないんです。あなたは自身が思うように進めばいい。これから先何度負けたとしても、かっこ悪い姿を見せたとしても、それでも私たちはあなたを信じた。あなたが進む道こそ私たちの信じる道、進む道なんです。だから——」


 少女は最後まで言うことなくそこで言葉を止めると、にこりと笑いかけながら手を伸ばし、飛鳥の体についた傷を癒していった。


 治っていく自分の体と、目の前の少女を見比べ、そしてこの場にはいない他の仲間達思いうかべた。


 ——もっと自由に、ですか。


 そして、以前浩介に言われたことを思い出し、ギュッと目を瞑ると、目を瞑ったまま口を開いた。


「——申し訳ありませんでした。私は、私です。あなた方の期待に応えられないかもしれません」


 しかしそれだけでは飛鳥の言葉は終わらない。


「けれど、期待されて応えられないのは悔しいです。負けたまま逃げ続けるなど、認められません」


 飛鳥は閉じていた目を開くと、目の前の自身のことを慕ってついてきてくれた少女を見つめて言った。


「カッコ悪い姿を見せましたが、ついてきて……いえ」


 ついてきてくれますか。そう言おうとして飛鳥は言葉を止めた。


 自身を率いるものとして認めてくれたのなら、この言い方は相応しくない。

 今、ふさわしい言い方は……


「ついてきなさい」

「はい!」


 そして飛鳥は仲間を率いて自分が逃げてきた道へと引き返した。

 今度こそ勝つために。

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