第153話仲間の状況と早過ぎる再会

 

 しかし、姿を見せたお嬢様はすぐに攻撃を仕掛けることはなく、悔しげな表情で俺を見ている。

 一応槍を構えてはいるものの、槍を握る手には力が込もり切っておらずどこか弱々しい感じだ。


「こんな適当な奴に負けるのは気に食わないか?」


 問いかけてみたが、お嬢様は何も言わない。


 攻撃をしてきそうになかったので、俺は「はあ」とため息を吐いてから口を開いた。


「お嬢様。あんたの戦いは綺麗すぎるんだよ。体捌きも槍も、どう動いてどう攻撃するかも、全部が全部まるでお手本みたいに綺麗な戦い方だ。前に行った助言を参考にしたのか、多少は動きが変わっちゃいるが、まだまだ型に縛られてる」


 まあ、それでも戦いづらくなったってのは確かなんだけど、咄嗟の時に動く先が読めるってのも事実だ。

 だからこそ、ここまで綺麗に嵌められた。


「……それがどうしたと言うのです? 悪いとでも言うのですか? 今まで私が学んできたことは無駄だと?」

「悪いとも無駄だとも言わないさ。お手本ってのはつまり、これまでの人類の経験の積み重ねだ。それを守ってるってことは、生き残るため、勝つために最適化された行動をするってことだからな。だが、ときには多少泥臭くても踏み込まなきゃならん時ってもんがある」


 何通りか考えているんだろうけど、このお嬢様は自分の考えた予測から外れたり迷ったりすると、すぐに離脱する。


 確かにそれは生き残るためには大事なことだし、俺だって基本的にはそうする。

 予測から外れたんだったら一旦距離を取るし、わからなければ安全策を取る。

 そしてある程度の安全を確保してから、なんでそうなったのかを考える。


 だがそれも、基本的には、だ。ときには多少の危険を飲み込んででも踏み込む時がある。


 だがこのお嬢様にはそんな様子がかけらもない。


 今の戦いだってそうだ。多少の危険を受け入れて突っ込んでくれば、その瞬間に俺を倒せたかもしれない。何せ俺本体は特級とは比べるまでもないくらいに弱いからな。


 だがお嬢様は突っ込んでくることはせず、避けるか弾くかして相手の攻撃に完全に対処してから動こうとしていた。


「予測から外れたならすぐに逃げるってことは、最初から逃げるつもりで戦ってるってことだ。それじゃあどんな経験を積んだところで、全力なんて出せっこない」


 ただ基本に忠実に戦う。それは大事なことだが、忠実なだけじゃ意味がない。本当に勝ちたいときに勝てやしない。


 だから、危険があったとしても、綺麗じゃない、泥臭くて無様なことだとしても、踏み込まなくちゃいけない。


「失敗するかもしれない。負けるかもしれない——でも、勝ちたい」


 勝負ってのはそれまでの訓練や才能が重要だが、気持ちだって同じくらいに重要だ。才で負けていても、努力と気持ちで優っていれば勝てることだってある。


「失敗した後なんて知るか。負けたらどうなるかなんて知るか。ここで引くわけにはいかない。何がなんでも勝ってやる! そうして覚悟を決めて全力で踏み込むからこそ、掴める勝利ってのもあるもんだ」


 お嬢様は才能はある。努力もしている。気持ちだって勝ちたいと願っていた。


 だが、後一歩足りない。

 勝ちたいとは願っているが、なんとしてでも勝ってやるという覚悟がない。


 お嬢様としては覚悟したつもりなんだろう。

 だが、勝ち方を選んでいる時点で、それはまだまだ半端な願いだ。


 その半端さも、突き抜ければ負けることのない覚悟に変わるんだが、残念なことに今の時点ではそこまでいっていない。


「陳腐で安っぽい、そこらへんにありふれた言葉だが……気持ちで負けてちゃあ、勝てるもんも勝てねえよ」


 俺の言葉を聞いたお嬢様は、悔しそうに、そして泣くのを堪えるように顔を歪めると、グッと槍を握る拳に力を入れた。


 来るか、と思って身構えたのだが、お嬢様は俺に突っ込んでくるのではなく、俺の前から走り去っていった。


「逃げたか……仕切り直しだな」


 しかしまあ、ある意味ありがたい。

 えらっそーに語っちゃいたが、そろそろ限界だった。


 魔法具やら魔法で体を強化していたが、それでも元の俺の体は三級相当だ。特級と渡り合えるくらいに強化しようとおもったら色々とガタが出てくるのは当たり前だ。


 あれ以上戦っても勝てないことはなかっただろうが、キツい戦いになってただろうな。


 ひとまずは戦いが終わったことで、ふうっ、と一息つくと北原達へと連絡を入れて状況の確認をした。


「あー俺だが、状況確認だ。どうなってる?」

『宮野ですが、まだ戦闘中です。二人倒しましたが、宝を守るために専用の結界を用意したみたいで、思った以上に守りが堅いです。多分ですけど、結界は専用の鍵がないと開きません』

「強引に壊すことはできなかったのか?」

『全力でやればおそらくは。ですが、その場合は宝ごと吹き飛ばしてしまうことになると思います』


 これは冒険者の活動を模したゲームだ。なので、回収目標である宝を壊したら負けになるから壊すような攻撃はできない。


『時間をかけても壊せると思いますけど、残っている二人の邪魔があって中々上手くは……時間内に壊せるかと言うと微妙なところです』

「そうか。……仕方がない。敵を倒せただけでも上出来だな。一旦退いてくれ——ああそうだ。そっちにお嬢様が戻っていくかもしれないから、鉢合わせないように気をつけろ」

『わかりました』


 しかし、専用の鍵か……直接触れればクラッキングをできないこともないんだが、あいにくと俺はここから動けないので無理だ。

 だがおそらく鍵の場所はわかる。形状は不明だが、多分お嬢様が持っているだろう。

 リーダーだし、最高戦力だし、何より、鍵を持っていれば宮野達との直接対決の機会が増えるから。


 だがまあ、今はいい。

 相手のうち二人も倒せたんだったら、成果としては十分だ。


「後は北原達の方だが……」


 と考えてきた腹達に連絡しようとしたのだが、俺が声をかける前に通信機から声が聞こえた。この声は……浅田だな。


『浩介』

「浅田か? なんだ——」

『柚子と晴華がやられた』


 俺が最後まで言い切る前に沈んだ声で告げられたその言葉に、俺は言葉に詰まってしまった。


 バッとケータイを取り出してお互いのチームの残りを確認するが、確かにこっちのメンバーから二人減っている。


「……そうか。工藤は?」

『倒したけど……』

「相打ちか」

『ごめん』


 浅田が今まで聞いたことがないような声で謝ってきたが、浅田が生き残っただけでも上出来だろう。


「いや、特級相手によくやったほうだ。相打ちなら、上出来だ」

『でも、これが実践なら死んで——』

「実践なら、そもそもこんな作戦立てねえよ。あくまでもこれはゲームだ。気楽にな」


 実戦で格上と当たるような状況になったら、もっと違う手を打った。

 例えば、自分たちも多少の被害が出るけど相手には確実に自分たち以上のダメージを与えるとかな。

 そうして自傷覚悟で相手を先に殺しにかかる戦い方だってある。


 だが今回はただの試合なので、やられるかもしれないが、割と安定して勝てるだろうって方法を選んだ。


 正直なところ、工藤が北原のところに行った時点で三人の全滅だって覚悟してた。

 それなのに一人残して相打ちになったんだから十分すぎるほどに十分だ。


 しかし、これで残りのメンバーは向こうが三人で、こっちも三人。同数か。


 状況は、宮野が倒した二人と、工藤で三人倒したことになった。

 が、こっちも安倍と北原をやられたので二人減り、残りは三人ずつとなった。


 このままいけば同数でおしまいだが、時間切れの際に同数で引き分けた際は初期メンバーの多い方が負けとなる。なので、現状のまま終われば、判定でお嬢様達の負けとなり、俺たちの勝ちだ。


 できることならこのまま終わって欲しいんだが、そうなると問題は残り時間だな。


「残り時間は……三十分か」

『どうするんですか?』


 敵の陣地から逃げ帰っている最中であろう宮野が通信機越しに問いかけてくるが、さて……。


「宮野は一旦浅田と合流しろ。浅田はまだそっちの拠点の防御はある程度は動いてるだろうし、宮野と合流するまでなんとしても生き残れ」

『はい』

『うん』


 俺たちは相手を撹乱するために宝の守り手を俺か北原かわからないように偽装していたが、北原がやられたとなると、宝の守護者がいない状況になる。


 一応向こうの守りにには浅田は残っているし、宮野を送ることもできるが、俺はこの宝の置いてある場所から動くことはできない。


 この状況でもなお俺が宝を守りにいかないとなったら、どう考えてもおかしい。


 なので、俺が動かない時点で北原ではなく俺が宝の本当の守り手だってのがバレる。


「北原がやられたってことは、もう宝の本当の場所はバレる。お互いの残りのメンバーの数からして、現状では俺たちが勝ってる」


 だが、このまま終わるはずがない。

 お嬢様は最後に泣きそうな様子で逃げていったが、あのまま折れることはないと思う……多分。


 ……まあ、折れずに立ち向かうだろうという前提で考えておこう。


「だから多分宝を狙いつつ人数を減らすため、浅田を倒そうとそっちにいくかもしれない。二人は合流次第こっちに来い」

『わかった』


 今一番困るのは、方々に散らばっている俺たちが各個撃破されることだ。

 俺たちとしてはこのまま誰もやられずに逃げ切れば勝ちだが、向こうとしては一人でも倒せば勝ちだ。


 だから、下手に個々で俺のところに向かって来られるよりも、浅田には防御のしっかりしているところで生き延び、宮野と二人でこっちに合流してほしい。


 そう考えて宮野と浅田には指示を出したわけだが……


「は? ……新手か? でも誰が?」


 仕掛けていた鳴り子が反応し、再び誰かがここへと近づいてきているのがわかった。

 だが、誰だ?

 宮野達ではない。となると敵なんだが、お嬢様にして早すぎると思う。立ち直るだろうとは思っていたが、そんなにすぐってほどでもないはずだ。


 となると残りのメンバーが来た?

 しかしお嬢様以外の二人のうち一人は宝の守護で動けず、となるともう一人のメンバーになるわけだが、生き残ったとはいえ宮野の襲撃を受けたのにそんなにすぐに動けるもんか?


 そんなふうに考えながら迫ってくる敵を待ち構えた。


「なんでもうこっち来たし」


 だが、木々の隙間からは先ほど逃げたはずのお嬢様が姿を見せた。


 え、お嬢様が来んの? 立ち直るとは思ってたけどさぁ……いくらなんでも早すぎね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る