第152話三級と特級の戦い

 

「俺としちゃあ、もう少し話してても良いんだが……まあ、始めるか」

「ええ」


 俺はため息を吐いてから持っていた剣を構え、お嬢様と真正面から対峙する。

 だが、ただ向かい合っているわけではない。俺は向かい合っている間にも自身を強化したりと魔法を使っている。

 だってそうしないと、反応できないとか攻撃を受け止められないとか以前に、そもそも相手の動きを見ることすらできないし。


 そして、俺たちが見合ってから十数秒ほど経つと俺の準備は終わったと判断したのか、なんの前触れもなしにお嬢様の体がブレた。

 特級としての力を遺憾無く発揮して、こちらへと踏み込んできたのだ。


「っ!?」


 だが、踏み込んだはずのお嬢様が、俺に槍を突き出す直前になって空へと吹っ飛んでいった。


 後一歩あれば俺を刺せてたってのに、お嬢様がそんなことをする理由はない。

 だが、俺はなぜお嬢様が上へと飛んでいったのかを悩むことはなかった。

 だって俺が仕掛けたんだし。


 俺が何をしたかって言うと、走ってる最中に躓くと転ぶ程度の穴をお嬢様が出した足の下に発生させただけだ。


 あとはついでに、試合が始まってからせこせことしかけた罠の一つを発動してお嬢様の速度を鈍らせた。

 速度を鈍らせるって言っても、それは普段なら問題ないくらいに些細なものでしかない。

 精々が肉体と実際の動きの感覚をわずかにずらす程度のものだ。


 たったそれだけのことだが、超スピードで突っ込んできたお嬢様にとってはそんなちょっとしたものがやばいミスへと変わる。


 普通ならそんな超スピードで動くような相手の足元に落とし穴を発生させるなんてのは難しいが、このお嬢様に限っては可能だった。


 人間ってのは手に利き手があるように足にも利き足ってもんだある。無意識の時に歩き出そうとすると毎回そっちから踏み出す足のことだな。


 前に何度も宮野と戦っているお嬢様の姿を見たんだが、その時は毎回右足から踏み込んでいたし、敵を攻撃するときも右足で踏み込んでいた。


 それが分かれば、お互いの距離からどのあたりに足を出すかも分かる。


 まあ一つだけでは絶対に引っかかるとは言えなかったので、何個もそれっぽいところに同時に穴を開けたが、そのうちの一つに見事に引っかかって空へと飛んでいったのだ。


 だが、それはただ躓いて飛んでいっただけではなく、自分から空へと跳んだのだ。

 でなければ、そんな空になんて飛んで行かない。


 おそらくは落とし穴に引っかかったのを認識した瞬間に、逆の足で跳んだんだろう。


「おっと残念。そこはハズレだ」


 だがまあ……それも想定通りだ。


 その先にはあらかじめ空中に設置しておいた水滴と砂が宙を舞っている。


 突然の状況に慌てたのか、反応が微弱すぎる俺の魔法は見逃してしまったのか、それともその程度なら意味がないと判断したのか、お嬢様は空中から魔法を放とうと俺を見下ろしながら魔法を構築していく。


 だが、させるわけがない。


「そら、どうしたよ?」


 空中から攻撃しようとしたお嬢様だが、そんなお嬢様に向けて俺は上空に設置していた砂を操って目に入れさせた。


 お嬢様は俺の魔法を放置したが、俺が意味ないことをするわけないだろうに。


 まあ、お嬢様は気づかなかったんだろうな。砂を操るなんて、魔法とも呼べないような魔法だし、戦闘中に水滴や砂が舞っていたところで、それを不思議に思う奴ってのはほとんどいない。慌てている状況なら尚更だ。


 それに加えて、お嬢様は魔力を多く持ってるし、魔法の反応を探ることもできなかっただろう。


 だが、そんなミスであっても俺は手を抜かない。


 空に跳んだ状態から攻撃しようとして、だが俺の砂によって邪魔されたお嬢様に向けて、俺は小さな球を取り出すとそれを投げつけた。


 投げられた球は真っ直ぐとお嬢様の方へと飛んでいった。


「この程度っ!」


 だが、砂が目に入った程度ではそれほど長く邪魔をすることはできなかったようで、わずかに目を痙攣させながらも自分に飛んできた球を槍で弾き飛ばした。


 が、その瞬間球は爆発し、お嬢様を吹き飛ばした。


「くうっ!」


 爆発を至近距離でくらって吹き飛ばされながらもお嬢様はしっかりと着地したが、そこに魔法やら道具やらを使って追撃を放っていく。


 しかしまあ、そう簡単に終わるはずもなく、俺の放った攻撃の全てが槍で切り落とされる。


 ここまで防御に魔法はなし、か。それだけ力に差があるってことなんだが、それでいい。

 爆発以外では一撃たりとも傷を残せないことは残念だが、それはそれで構わない。

 ほんと、残念ではあるのだが構わないのだ。……悔しい。


 ただまあ、傷を残せなくて悔しい云々ってのは放っておくにしても、傷を残せないこと自体は構わないってのは本当だ。


 元々この程度で倒せるだなんて思っていなかったし、次の手はしっかりとある。


 と言うわけで、次の手に移ろうか。

 俺は新しく道具を取り出すとそれを投げつけた。


「っ!? ごほっごほっ!」


 俺が投げた道具をそれまでと同じように切り落としたお嬢様だが、今切られたのは壊れたことで発動する魔法具だ。

 効果は煙をばら撒く煙玉だが、ただの煙玉ではなく催涙成分入りだ。


 それくらいなら魔法具なんて使わないで、袋に入れて投げたり、ガチャガチャで使うようなカプセルに入れて投げたりでもいいと思うかもしれないが、それだとしっかりと相手の顔面にかかるか微妙なんだよな。粉って意外と広がらない時があるんだぜ。


 そんなわけで使った催涙煙玉だが、その効果によって動きが阻害された状況を見逃すことなく、俺は正面から魔法を使って水の球を放つ。


 しかしまあ、前衛役とはいえ宮野と同じように魔法を使うこいつなら、俺から魔法が飛んでくるのはすぐにわかるだろう。


「この程度っ!」


 予想通り俺の魔法はお嬢様に反応され、避けられた。切らなかったのは煙玉の時と同じようなことを警戒したからだと思う。


「後ろっ!?」


 だがその直後、お嬢様は突然背後を向いた。

 今この場にいるのは俺だけなのでお嬢様の背後には誰もいないのだが、まるで誰かがいるかのような反応をしている。


 その理由はわかってる。

 だってこれも俺がそうなるようにしたんだから。


 さっきこのお嬢様が飛んだ時に付着させた水滴と砂。そのうち砂は目潰しに使ったが、水滴の方は使っていなかった。それを今使った。


 背中側についていた水滴を僅かに動かすことで、感覚の鋭いこのお嬢様は、服の上からでも異変を察知し、背後に何かあると思わせたのだ。


 煙で視界を遮られているから尚更敏感になっていたのだろう。うまくハマってくれた。


 服の上からでは気づかなかった場合は首筋まで移動させるつもりだったんだが、服の上からでも気づかれてしまった。

 個人的には水の冷たさを感じて「ひゃあっ!」とか悲鳴をあげて驚いてくれることを期待していた。


 そっちの方が隙が大きいってだけで、別に女子高生の悲鳴をあげる姿が見たいとかそんな理由ではない。ほんとだぞ?


 ちなみに、それを宮野と浅田にやったら怒られた。げせない……わけじゃないけど、そう言う戦い方なんだから仕方がない。


「それは囮だバーカ!」


 我ながら子供っぽいとは思うが、こう言う言葉ってのは意外と相手の集中を切らせることができるもんだ。

 なので、そう言いながら俺は新たな道具を投げつける。


 避けるか斬るか。飛んできた道具にどう対処するのが正しいのか一瞬悩んだお嬢様は、その場を飛び退いて距離をとった。


 お嬢様がその場から飛び退いた直後、俺の投げた道具は弾け、中から光を溢れさせて辺りを照らした。


 お嬢様は距離をとったおかげでまともに喰らうことはなかったみたいだが、それでも光が消えた後には目を細めていたので多少なりとも効果はあったようだ。


 しかしそれだけでは終わらない。

 飛び退いたお嬢様が着地した先は、さっき催涙煙玉を使った時に俺が放った水の魔法が命中したところであり、その場所はぬかるんでいる。

 それこそ、無警戒で飛び跳ねれば簡単に滑って転ぶくらいにはな。


「きゃっ!?」


 お嬢様も足元が泥になっているとは思っていなかったのか、ずるりと滑って体勢を崩しながら地面へと視線を落とした。


 慌てながらもすぐに槍を地面に刺して体勢を戻そうとするが、槍を刺した場所の地面に穴を開けてさらにバランスを崩させる。


 お嬢様が体勢を崩し、もう避けられないだろうというところで、顔面に向かって液体の入った容器の蓋を開けて投げつける。


 まあそれでも強引に体を捻って避けられたんだが、中身の液体を魔法を使って操り、お嬢様の顔面にぶっかけた。


「なっ……! うぶっ!? っ〜〜〜〜〜〜!?」


 お嬢様は体勢を崩したまま立つこともせずに目を閉じて鼻を摘んで慌てている。

 まあ、当然だろうな、としか言えない。


 今俺が投げたのは、香水だ。ただし、いい香りのするものではなく、吐き気がするようなキッツイものだけどな。

 加えて、目や鼻に入ると刺激を感じるような成分も入っている。


 そんなキツい液体を原液で顔にかけられたら、まあこうなるわな。


 だがこれでも加減した方だ。本当は吐き気がする、ではなく本当に吐き出すくらい臭いものを使おうとしたんだから。


 しかし流石に女の子相手に糞尿の匂いなんて使えないので、やめておいた。


 まあそんなわけで動けないお嬢様に向かって、ありったけの道具を投げて盛大に爆発させた。


「さて、まともに食らったみたいだが、どうだ?」


 爆発に巻き込まれないように、道具を投げたあとはすぐに距離をとって木の陰に隠れたのだが、爆風が収まった頃に木の陰から姿を見せた。


 が、俺が木の陰から姿を見せた瞬間、爆発で巻き上がった煙の中から槍の先端が飛び出した。


「っと。やっぱ残ってるよな」


 不意打ち気味ではあったが、来るだろうなと言うのは予想していたので、その槍はなんなく避けることができた。


 槍が引っ込むとそれ以上の攻撃はなく、爆発で舞い上がった土埃は風で吹き飛ばされていった。

 どうやらお嬢様が魔法を使ったようだ。


 だがそうして視界が晴れた先に現れたお嬢様は、今までとは違って傷ついた鎧と一部が焼け焦げた服、それから肌にいくつもの火傷や傷を負っていた。


「くっ、どうして勝てないの……っ!」

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