第151話二人の対峙
そうして宮野が出てから十分ほど経っただろうか。通信機から声が聞こえてきた。
『伊上さん。敵陣に来ましたが、天智さんと教導官の方がいません』
「向こうも攻めに入ったってことか」
お嬢様と工藤の二人がいないってことは、敵の陣に残ってるのは一級の四人か。
それだけでも普通の4人編成のチームをまるまる一つ相手にするようなもんだが……まあ、宮野なら大丈夫だろう。
問題があるとしたらこっちだ。特級二人を攻めに使うってことは、割と全力で潰しにくる感じか?
だとしたら、浅田たちの方にも注意を促しておいた方がいいか。
ついでに設置した魔法の一部を発動しておこう。
襲撃の備えにもなるし、近くにいるんだったら気を引くこともできるだろう。
俺の場所に気づけるくらいの距離にいるんだったら北原の方にも気づくだろうし、二人しか来てないなら、二手に分かれる可能性だってある。
もしかしたら二つに気づいた上で片方を無視して、どっちかに攻めるってこともあるかもしれないが、もし北原の方に二人とも行ったら、こっちに逃げるようにいっておこう。
流石に拠点を敷いたって言っても、特級二人はきついと思う。
「おう、そっちに敵は行ってねえか?」
『へーき。まだ来てないよ』
警戒を促すために浅田達へと連絡をしたのだが、浅田からの返事を聞いた瞬間に周囲に仕掛けていた鳴り子代わりの罠が作動した反応があった。
接触すれば俺の方に反応が来るようになってたんだが、それがだんだんと近づいてきているのがわかる。
「っと、言った側からか。噂をすればってか」
この速さならそれほど全力ってわけでもないだろうが、走ってるみたいだし後数分どころか数十秒でここに着くだろう。
「浅田。宝の守りはお前らに任せたぞ。北原はしっかりと守っておけよ」
『オッケー。そっちもやられないでよね』
そんな会話を最後に俺は通信を切って武器を構えた。
さて、問題は一人だけなのか、それとも二人来たのか、だな。
一人だけ、それも工藤が来てくれたんならいいんだが……。
なんて考えていると、森の中から槍を構えた女子が現れた。
あー、お嬢様の方か。ハズレだな。
本人に言えば失礼すぎる言葉だが、それでも思ってしまったのだから仕方がない。
「あー……よう、お嬢様。何か用か?」
俺は現れたお嬢様にそんなとぼけた感じで声をかけたが、その際に周囲を確認しても伏兵はいない。
やっぱり二手に分かれて、工藤は北原達の方へと行ったようだ。
だがそうなると、この場所から動くことができない俺にはそっちはもうどうしようもない。
防衛はそれなりに整えたんだから、なんとかなるだろう。
もしかしたら向こうの三人が全滅する可能性だってあるが……あとは信じて任せるしかない。俺はお嬢様の相手をするだけだ。
「——あのヒントには騙されましたわ。よくもあのようなものを思いつくものですわね」
俺の言葉には返すことなく、お嬢様は少し不機嫌そうな様子で話しかけてきた。
「まあ、あの程度はな。……因みになんだが、気づいたのは誰だ?」
「……俊です」
「なるほど。まあそうか」
このお嬢様の様子からして、気づいたのは違うやつだろうなー、とは思っていたが、本当にその通りだったようだ。
自分が気づけなかったからこそ、こんな不機嫌そうなんだろうな、きっと。
お嬢様はそれ以上俺に何かを言わせないためか、んんっ、と咳払いをすると、軽く息を吐き出してから話し始めた。
「それにしても、宝は北原さんですか。てっきりあなたが守っているものかと思っていたのですけれど……」
「なんだ聞いてたのか? 盗み聞きは行儀が悪いぞ」
「聞こうとしたわけではなく、聞こえてしまっただけですわ。わたくし、耳が良いので」
「流石は特級ってところか」
俺としても聞こえてるだろうな、というよりも、むしろ聞いてくれ、と思いながら話してたけど。
だって聞こえててくれれば、本当の宝はあっちにあると誤認してくれる可能性が高まるから。ちょっとした小細工だが、それで可能性が上がるならするさ。
って、なんだかこんな感じの会話を前にもしたような……ああ。あの時は宮野だったか?
「まあ答えるんだったら、これはあいつらの試合だからだな。それに去年の時とは違って、あいつらも成長した。宝を任せてもしっかりと守れるだろ」
嘘だが。
いや、一応嘘はついていないな。確かにあいつらは去年の時よりも成長した。
だからどうしたってことだがな。
俺は今、『任せても守れる』とは言ったが、だからといって『任せた』とは言っていない。
単なる言葉遊びでしかないし、騙したことには変わりないが、それでも嘘をつかなければ後でいちゃもんをつけられても逃げられる。
まあ、人間の感情部分は別なので、いちゃもんをつけられなくてもなんだかんだと悪意を抱かれるかもしれないが、このお嬢様ならそんなことはしないだろう。
そもそも負けたからと言って後から文句を言うようなこともないはずだろうけど。
「だがまあ、なんだな。お嬢様が相手か。てっきりまた工藤が来るんだと思ってたんだがな」
「ええ。単純な技量では俊の方が上なのでしょう。ですがこれが最も勝つ確率が高い方法ですもの」
「ま、前回負けてっしな」
実際、今回も対策されていてもいいように、こっちもそれなりの用意はした。
だから工藤が来ていれば、苦戦はするかもしれないが、負けることなく終わらせられただろうと思う。
「その方法は聞いています。俊にかけられている呪いに干渉したのでしょう? 対策はしたようですが、それで防げる確証はありません。ならば、もう一度同じ結果になる可能性だってあり得ることです」
「だな。その点で言えばあいつをよこさないって選択は良いと思うぞ」
お嬢様達の選択は基本的には間違っていない。
魔法が使えない工藤じゃあ、俺の打つ手に完璧に対応することはできないだろうし、何よりも呪いのことがあるのだから、こっちによこさなかったというのは選択として正しい。
だが……
「ただ一点、問題があるな。お嬢様も認めていたが、技量ではあいつに劣ってるってことだな」
覚醒者としての才能という点では、工藤よりもお嬢様の方が上だろう。
だが、経験や技量という点では、未だ工藤の方が上だ。
一年前とはいえ工藤に勝った俺に、工藤以下の技量しかないお嬢様では絶対に勝てるとは言い切れない。
それも今回俺はしっかりと準備を整えて、地面や周辺の木々に罠や魔法を仕掛けている。
いくら魔法が使えるというアドバンテージがあったとしても、俺は負ける気はない。
しかし、お嬢様はまたも俺の言葉に答えることなく、別の事へと言葉を返してきた。
「……そのお嬢様という呼び方。私が勝ったら変えていただきますわよ」
「なんだ、気に入らないのか」
「当然でしょう。それは、わたくしという個人を見ていません。」
俺としてはそこまで考えていたわけじゃないんだが……まあ、そう言われればそうかもしれないな。
確かに俺は、宮野達以外は割とどうでもいいと思っていたし、お嬢様——天智飛鳥という少女のことは見ていなかったのだろう。
「それと、技量で劣っているということですが……」
お嬢様はそこで一旦言葉を止めると深呼吸をし、覚悟の灯った瞳で俺をまっすぐに見据えてきた。
「そうだったとしても、今ここであなたを超えてしまえば、なんの問題でもありませんわ」
「できるか?」
「わたくし、できないことを口にするつもりはありませんの」
「そうか」
……こりゃあ、結構きついかもしれないな。
そう思わせるだけの力が、今のお嬢様からは感じられた。
どうすっかなぁ……。
戦うのはどうしようもないし、戦っても勝てるとは思うんだが、できる事ならば少しでも楽に勝ちたい。
……一旦話をして勢いを削いでみるか。
「さて、ここで一旦状況の整理と行こうか。俺たちは二手に分かれていて、俺と北原、どっちが宝を持っているかわからない状況だ。で、そっちはそれに対処するべく最高戦力の二人をそれぞれに送った。だが、こっちも最高戦力である宮野をそっちの陣地に送った。つまりお互いに相手を攻めているし、相手から攻められているって状況なわけだ」
「そうですわね。ですので、すぐに終わらせますわ。そして、あなたが宝を持っていないのでしたら、北原さんを倒しに参ります」
「自分たちの宝はいいのか? 見ての通り、ここは俺の陣地。罠の中に飛び込むようなもんだぞ。俺を倒すってのは、結構面倒で時間がかかると思うんだがな」
「ええ、かもしれませんわね。ですが、何が合っても守り通すと、そう言われたのです。ならば、それを信じて行動するのが仲間というものではないのですか? わたくしは、宮野さん達から、そのように学んだのですが」
「……お前も変わったもんだな。だがまあ、その通りだな。仲間ってもんは、信じてなんぼだ。信じて任せることができないようなら、そりゃあ仲間じゃねえ」
まあ、信じて任せた上で、早く終わらせようってそいつを気遣うってのは間違いじゃねえと思うけどな。
しっかしまあ、集中は途切れず覚悟は揺るがず、か。本当に変わったもんだ。
……いや、成長したもんだ、って言うべきか。
「さあ。そろそろ話も終わりとしましょう。構えてください。不意打ちをして勝ったところで、意味はありませんので」
お嬢様はそう言うと持っていた槍を構え、いつでも動けるようにしている。
そんな状況でも先に攻撃を仕掛けないのは、俺がまだ武器を構えていないからだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます