第150話飛鳥襲撃の裏側
──◆◇◆◇──
「森か、普段からダンジョンに潜っちゃいるが、こうして改めて入ってみると少し懐かしい感じだ。一年越しの戦いってのは、なんか運命的なアレを感じなくもないかもな」
「どっちよそれ」
「んー、微妙なところだな。どっちでもあってどっちでもない、みたいな」
試合の開始前だと言うのに特に意味のないことを話しながら、俺は所定の位置で周りに罠を仕掛けたり細工をしたりと準備を進めていく。
「まあそんな戯言はやめておくか。これから試合が始まるわけだし、注意しろよ」
だが、今は準備時間だからいいがもうすぐ試合が始まるので、俺は手を止めないまま近くにいた宮野達へと話しかけた。
「今回は今までとは違って舐めていい相手じゃない。相手もこれまでのこっちの戦いを見てきただろうし、今までとは作戦を変更する」
今までは結界を張ることのできる北原が宝を持って他のメンバーは臨機応変って感じの作戦でいたが、今回は違う。
「作戦としては、この場所に宝を埋めたが、それを守るために全員で固まるんじゃなくて、二手に分れるぞ」
「今更だけどさ、へーきなの? もし宝の方を狙われたらやばいじゃん」
「だから狙われないように小細工をするんだろ」
今回の宝の持ち主は北原ではない。
だが敵はそれをわからないだろうから、二手に分かれて敵の手を分散させる。
こっちも戦力が分かれることになるのだが、最初からそうなると分かっていればやりようはある。そのために今こうして周りに細工を仕掛けてるわけだしな。
「さっき渡した紙。あれはちゃんと持っとけよ。それには宝のヒントが書かれてんだから」
この試合というかゲームのルールとして、各参加者は、自陣の宝のありかのヒントが書かれた紙を持っていなきゃならないし、負けたらそれを相手に渡さないといけない。
気絶しているならともかくとして、渡さなかったら負けになるので、敵を倒せば必ずヒントの紙を手に入れることができる。
「で、頃合いを見たら誰か一人がそれを奪わせてやれ。ただし、あくまでもわざとらしくならないようにな」
が、何も敵を倒さないとヒントを手に入れられないわけじゃない。
一辺が四十センチというそれなりに大きな紙に書かれているので、下手に隠し持つことはできず、うまくやれば戦闘中に奪うこともできる。
ので、あえて奪わせることにした。
それでは敵にヒントをやるだけになるのだが、それは何も細工がされていない状況であれば、の話だ。
相手に渡すヒントの紙。これは『書き換えてはいけない』というルールがあるのだが、『細工をしてはいけない』というルールがあるわけではない。
そして、細工をしていいのなら、書き換えずとも間違わせることはできる。
簡単に何をやったのかって言うと、紙の上から別の紙を貼り付けたのだ。
これならあくまでも文字を書き換えてはいないのだからルールに違反していないし、その上で相手を間違った場所へと誘導することができる。
まあ、黒ではないが限りなくそれに近いグレーって感じだけどな。
「ただし注意事項だ。さっきゲートに入る前にお嬢様にまた発信機をつけておいたんだが、さっき壊された。向こうは油断なんてかけらもないみたいだから、気をつけろ」
一応少しは進行方向が分かったのでおおよそどの方こうに行ったのかってのはわかるが、今どの辺にいるのかはわからない。
それでも何にもヒントがないよりはマシだけどな。
「最後の確認をするわ。私たちはこれから相手チームの探索に出る。その後は敵を発見次第襲撃をかけ、撤退する際にヒントを奪わせる。ヒントを渡したら大きく迂回しながら柚子の待機している場所に移動」
迂回するのは、まっすぐ帰って来たんじゃ居場所がバレるからだ。それではせっかくの偽のヒントが意味をなさない。
発信機でおおよその方向がわかっているこちらと、何の情報もなく闇雲に探すしかないあちらでは、どうせ俺たちの方が早く見つけるだろう。
だからこっちが最初に襲撃することになるだろうが、襲撃する時も俺たちのいる場所とは違って、偽のヒントに書かれている場所の方向から攻めることになっている。
「相手は奪ったヒントをもとに待機場所やここから外れた場所を調べるから、こっちはその間に拠点の作成をして待機」
偽のヒントを渡して宮野達を見失えば、そのヒントをもとに俺たちを探すだろう。
だがそれは見当外れの場所なので、俺たちはその間に準備を整えることができる。
向こうも試合が始まる前の準備時間で軽い陣を作っただろうが、こっちはそれに加えてさらに時間がある。
時間を稼げば稼ぐほどこっちの守りは強化され、有利になる。
それに加えて、最初の接敵の時に追加で発信機をつけることができたら、敵の拠点の正確な位置もわかるかもしれない。
まあこっちはできたらいいな、くらいの感じだが。
「拠点を作って余裕があったら敵の本陣の探索、及び襲撃」
とはいえ、正直なことを言うのなら、拠点で待機しているのは作戦としてはマイナスだ。
何せ相手の方が人数は上なので、こっちは最低でも一人は倒さないと人数さで負けになる。
だと言うのになんで時間稼ぎをするのかって言ったら、当然ながら勝つためだ。
さっき作戦としてはマイナスだと考えたが、それは通常の場合。今回ばかりは別だ。
あのお嬢様の性格からして、待っているだけで勝つとは言っても確実に攻めてくるだろう。
攻めた上で宮野を倒さないと、お嬢様の中では勝ったことにならないだろうし、ともすればこっちを全滅させて完全勝利を狙っているかもしれない。
だが、時間が無駄に過ぎていけば、心のどこかで焦りが出てくる。
その点で言えば早く倒さなければ、と考えるのはこっちも同じなのだが、こっちは最初から持ち時間半分でやる気持ちでいるので、心構えと準備が違う。
後はあえて時間を削ってセルフ背水の陣にすることで、全力を出し切ることができる。
後には退けないって意味でもだが、長時間を全力で戦い続けることはできないからな。
「ただしこの際に注意点があるわ。偽装したヒントには全部同じことが書かれているから、二つ以上相手に渡してはいけないこと。それから、ヒントを渡したとしても、必ず引っかかるわけじゃないから、その点は意識に留めておくこと。……質問はあるかしら?」
ここまで時間稼ぎのための工作をしたが、偽のヒントはすぐに気づかれるかもしれない。
その場合は宮野達を無視して俺たちの方に来るかもしれないが、それならそれで構わない。攻撃を受けても数分程度なら凌ぎ切る自信はあるし、耐えている間に別方向に進んだ宮野たちを呼んで挟み撃ちにすればいい。
「それじゃあ——ああ、ちょうど始まったわね」
宮野が確認を終えると同時に、試合の開始を告げるためのサイレンがウーウーと喧しいくらいに鳴った。
「みんな、準備はいい? 今度こそ勝つわよ!」
「「「おおー!」」」
──◆◇◆◇──
お嬢様のチームに奇襲を仕掛けて罠にかけた浅田たち。
『——そんなわけで、結構うまくやってきたと思うのよねー』
見事に攻撃を仕掛けて逃げおおせた宮野たちだが、現在はそんな三人と通信がつながっている。
説明を受けた限りでは、どうやら宮野たちはうまくやったようだ。
まあ話しているのが浅田なので、どこまで信じていいかわからんけど。
「ほーん? ……宮野と安倍から見てどうだった?」
『ちょっと、信用できないわけ?』
「客観的な意見は必要だろ? で、どうだった?」
なので一緒にいた宮野や安倍に聞いてみたのだが、浅田はそれが気に食わなかったようで、通話越しだってのに不機嫌そうなのがすぐにわかった。
いやまあ、信じてないわけじゃないんだぞ? ただなぁ、こいつ割と抜けたところがあるから、自分で気づかないミスをしてる可能性ってどうしても拭い切れないんだよ。
『それなり?』
『佳奈にしては素直すぎたかも、って思わなくもないですけど、最低限はできたんじゃないでしょうか? 発信気をつけ直すこともできましたし、問題はないと思います』
「そうか。なら後はそっちは北原んところで拠点作成だな」
『はい。分かってます』
そうして通信は終わり、宮野たちは北原のところへと戻って防衛拠点の作成となる。
こっちが本命なんだからこっちに集めればいいじゃないかと思うかもしれないし、実際にそんなことをあいつらにも言われたが、こっちは俺一人で十分だ。基本的には道具を設置するだけで終わるからな。
だが向こうはそれほど道具がないので、地面や樹に直接罠を仕掛けなくちゃならないために手間も時間もかかる。
だから宮野たちは北原の方へと送らせた。
それに、まあ見られないとは思うが万が一にでもこっちを見られたら、その時に宮野たちがここにいたらこっちが本命です、って言ってるようなもんだからな。
……にしても、襲撃での被害はお互いに無しか。できることならば最初の一撃で一人家連れたらなー、とか思ってたんだが……。
まあ、ヒントを渡して誘導できただけでも十分か。
それに、宮野と安倍の攻撃を防いだってんなら、多少なりとも魔力を削ることはできただろうし、よしとしておこう。
それから一時間程度経って合計二時間。残りの試合時間は一時間となった。
いまだお嬢様たちがこっちに来る気配はない。見事にひっかかってくれたようで何よりだ。
『伊上さん。そろそろいい時間ですし、様子見と襲撃に行きたいと思います』
「分かった。こっちも準備の大半が終わってるし、構わない。場所はわかってるんだろ?」
『はい。改めて発信機をつけられたとは考えなかったようで、少し前に拠点らしき場所へ戻っていましたから』
「分かってるならいい。だが、今回の襲撃はお前一人だけなんだから、気をつけろよ」
時間的にそろそろお嬢様達がこっちにきてもおかしくないし、一旦拠点に戻ったってんなら、ヒントの細工に工藤が気付いてもおかしくない。
渡したのは浅田が持っていた紙で、書かれているのは大雑把な方角の書かれたものなので、細工がバレて本物のヒントを読まれたとしても、俺と北原のどっちが宝を持っているのかはわからないはずだ。
『はい』
宮野はしっかりと返事をすると、通信を切った。
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