第149話飛鳥:みっともない戦い方

 

 今度の接近は瑞樹からだった。


 接近した瑞樹は飛鳥にならってか、持っていた剣で突きを放った。


 しかし、何故だろうか。隠し持っていた砂は使い切ったはずだと言うのに、今回の突きも先程の攻撃のようにどこか違和感があるものだった。


 どうやらまだ何かを企んでいるらしい。


 しかしその違和感は飛鳥もわかっているだろう。


 そして先程までの流れで、瑞樹が純粋な剣技ではなく、何かを狙っているってこともわかっていると思う。


 その何かと言うのは、おそらく『目』だ。


 先ほどまでの二度の目潰しから飛鳥はそう判断していた。


 こうも警戒されていれば、どれほど奇抜な動きをしたたところで飛鳥は対処するだろう。彼女にはそれだけの能力があるのだから。


 実際、飛鳥は瑞樹の奇襲に対応するために僅かながら姿勢を変えた。


 だが、瑞樹の狙いとしてはそれで構わなかった。

 いくら警戒されようが対処されようが、それはそれで構わない。


 故に、瑞樹は少しだけ姿勢を変えた飛鳥の様子を見て、心の中でニッと笑った。


 そして瑞樹が突き出した剣が飛鳥へと迫り、だがその剣が途中でクイっと剣の角度を変えると、突然飛鳥が驚いたような表情をしてから、まだ剣の間合いの範囲ではないにも関わらず何かを避けるように頭を傾けた。


 明らかな隙だが、当然ながら飛鳥がそんなことをしたのには理由がある。

 瑞樹は剣を持っていた手のうちに小さな球を持っており、それを指で弾いたのだ。


 そしてそれは飛鳥の目に飛んでいき、飛鳥はそれを避けた。


 だが飛鳥もそれを警戒していたからだろう。頭を傾けるという隙を作ったもののそれほど姿勢が崩れることはなく、その表情は策に対処してやった、とでも思っているのか笑みが浮かんでいた。


 あとは瑞樹の剣が届くまでに元に戻ればいいだけ。


 が、それで終わりではなかった。


 瑞樹は頭を傾けた状態の飛鳥に向かって、間合いの外から剣を投げつけた。


「くぅっ!?」


 流石に持っている武器を投げるとは思っていなかったのか、飛鳥は驚いたように声を漏らすと、大袈裟に避けた。


 しかし瑞樹の攻撃はそれでは止まらない。

 追撃のためか、武器を離した右手を握りしめ、おおきく振りかぶっている。


「っい!?」


 が、瑞樹が振り上げた拳を振るう前に飛鳥が短く悲鳴を上げた。


 直後、できた隙を見逃すことなく手の届く範囲まで移動した瑞樹は拳を放った。


 その拳は何も持っていないとはいえ、まともに受けてしまえば鉄塊だって凹むほどの破壊力がある。


 短く悲鳴を上げた飛鳥は必死になって体を捩るが、避け切ることはできずに肩にうけてしまった。

 その衝撃によって強制的に後退させられたが、瑞樹はすでに追撃のために接近し、予備の剣を抜いて飛鳥に斬りかかっていた。


 流石にその剣を喰らうわけにはいかない飛鳥は地面を転がってみっともなく避けると、すぐに跳ね上がって距離を取った。

 が、その距離は今までよりも短かった。


 今の流れで何が起きたのかというと、瑞樹は腰に刺していた短剣を取り出して投げたのだ。


 何度も目を狙って上体への攻撃を印象付け、隙を作ったところで拳に意識を集中させてから、注意の外にある足を狙って短剣を投げた。


 何度も目を狙って相手にパターンを覚えさせてから、突然パターンを崩すことで、わずかに隙が生まれる。

 それは相手が真剣であれば真剣であるほどに効く。

 真剣に相手を見て、相手の行動にのめり込み、次はどう動くのかってのを予想させてから、その予想を裏切る。


 とてもではないが正攻法とは言えない戦い方。


 だがそれが瑞樹達の師である男の戦い方で、瑞樹達はそんな男から教えを受けてきた。


「……随分と、みっともない戦い方をするようになりましたのね」

「みっともない? 本当にそうかしら? 生き残るためなら、勝ちたいと願うのなら、これくらいはやるべきじゃないかしら?」


 まだお互いに魔法があるのだが、どちらも魔法を使っていない。


 それは先に魔法を使えば負けになるとでも考えているのか、はたまた別の狙いがあるからなのか。


 なんにせよ、飛鳥と瑞樹は剣と槍のみでの勝負を繰り広げていたのだが、その勝負はまずは瑞樹の勝ちで始まった。


「とはいえ、流石に一筋縄ではいかない、か。——撤退!」


 刃を交えてから十分程度だろうか。

 瑞樹個人的には、できることならばここで一度くらいは攻撃を通したかったと思っているが、まだ無理するような場面でもない。


 我を通してリスクを取る必要もないので、まずは一撃入れることができただけでも十分。そろそろ潮時だろうと撤退を選んだ。


 撤退を叫んだ瑞樹は視線を佳奈と晴華へと移したが、そちらも二対三という最初から不利な状況であったために押され気味だった。

 押し切られていないのは、普段から対多数戦を訓練で行っているのと、相手の三人のうち一人が治癒師という攻撃にはあまり参加しない役割だからだ。


 もっとも、押されているのは佳奈たちが本気でやってはいるものの、全力ではやっていないからというのも理由だろうが。

 晴華が全力でやっているのならこの辺りはすでに焼け野原になっているし、佳奈が全力でやっているのなら地面が割れているはずだ。


 まだ始まったばかりということで力を温存しているのだろう。


 だが、そんな押され気味な状況ではあったが、佳奈たちはしっかりと了承の言葉を返した。


「逃げるのですか?」

「ええ、今のは様子見。まだ試合は始まったばかりだもの。急ぐ必要もないでしょう?」

「確かに始まったばかりですわね。ですが、ここで決着をつけても良いと思いませんこと?」


 相手の優位で始まった出会いだが、せっかく会えたのだから逃すつもりはない。と、飛鳥は意地を張るのをやめて武器だけでの戦いを終わらせ、魔法を使い始めた。


「思わない、かなっ!」


 瑞樹は飛鳥から放たれた風という不可視の魔法を避け、弾きと、傷を負うことなく対処していく。


 それは浩介から「見えない状況でも対処できるように」と目隠しをして訓練することがあったからできるようになったことだ。

 だが、見ることのできない攻撃全くの無傷で全てに対処されるとは思っていなかったのか、飛鳥はその動きを一瞬止めた。


 飛鳥が魔法を放ってきたことで瑞樹は薄く笑うと、できた一瞬の隙に魔法で閃光を発生させて目眩しをし、持っていた煙玉を発動させて飛鳥たちの視界を遮った。


 そして瑞樹たち三人はその場から逃げ出したのだが、当然ながら煙なんてものは飛鳥の魔法によってすぐに払われる。


 煙が払われるまでの間に飛鳥たちから離れていた瑞樹たちだが、その背を飛鳥と魔法使いの少年の魔法が襲う。


 森の中なので木々が邪魔をするが、それでもまだそれほど離れているわけではないので、視線は通っている。

 視線は通っているといっても邪魔があるのは事実なので攻撃を当てるにはそれ相応の腕前が必要になるものだが、それでも放たれた魔法はみずきたちへと迫り、佳奈の背中をかすめるように命中した。


「あっ!」

「佳奈っ!? 退くわよ!」


 瑞樹たちが走っていると、突然佳奈が慌てた様子で声を上げ、その足を止めた。


 自分たちを狙っていた魔法が体をかすめ、腰につけていたヒントの紙が落ちてしまったのだ。


 しかも悪いことに、着弾時の衝撃によってヒントは佳奈から離れた場所へと落ちてしまった。


「待って! ヒントがっ!」


 それを拾おうと引き返そうとした佳奈だが、引き返してしまえばもう一度戦うことになる。

 先ほどは閃光と煙を使って隙を作ったが、流石に二度目はひっかからないだろう。


「——っ! ダメ! 撤退よ!」


 瑞樹は状況を判断すると、ヒントの紙は捨てて撤退することを選んだ。

 佳奈は一瞬だけ迷ったような素振りを見せたが、すぐに悔しそうな顔をすると瑞樹の言葉に従って逃げていった。


 その際にすぐ近くにあった樹を殴ってへし折り、障害物として嫌がらせを残していった。


「追いますか?」


 倒れた樹によって視線を遮られたことで魔法を当てることができなくなったため、どんどん逃げられていく。

 それを危惧した戦士の少女は追うかどうかを尋ねたが、飛鳥は少し悩んだ後に首を振った。


「……いえ。彼女達にしては、素直すぎる気がします」


 素直すぎると言うのは、先ほど佳奈に言われた言葉ではあるが、先ほど言われたばかりの言葉だからこそ、飛鳥はすぐにその考えに思い至ることができた。


 確かに、言われて見れば引き際が鮮やかすぎたようにも思える。まるで最初から引くことを前提としていたみたいに。


「まずはこちらを」


 佳奈が落としたヒントの紙を回収した飛鳥は、一度軽く瑞樹たちの逃げていった方へと視線を向けたが、すぐに手元のヒントへと視線を落とした。


「逃げた方向としては合っていますね」


 そこに書かれている文字を見て、もう一度瑞樹たちの逃げていった方向へと視線を向けるが、確かにみずきたちの行動もヒントも矛盾はない。


 ……だが、それでもなんだか違和感がある。

 果たして、こんなに簡単なのだろうか? こんなにもスムーズにいってもいいものなんだろうか?


 このヒントの紙は佳奈を倒して手に入れたわけではなく、言うなれば事故で手に入れたようなものだ。


 なので、おかしくないと言えばおかしくはないのだが、飛鳥の中では今ひとつ納得しきれないでいた。

 具体的に言えば、わざとヒントの紙を落としたのではないか、と。


「……これは本物なの?」

「え?」


 偽物の紙を作ってばら撒くと言うのは戦術として認められている。


 なので、この紙もそれの一つではないか。

 飛鳥はそう判断して、本物かどうか確かめるための魔法を使うが、魔法は目の前に本物があると示していた。


「……どうやら、本物のようですわね」


 その反応を確認した飛鳥はなんとなく納得しきれないものの、魔法が嘘をつくわけでもないので、考えすぎなのではないかと、納得することにした。


「なら、宮野さん達は拠点へと逃げた、と言うことですのね。……いえ、あえて逃げて、罠に嵌めようとした?」


 ヒントを落としたのはわざとかもしれないし事故かも知れない。


 だが、どっちにしても瑞樹たちを追っていった自分たちを罠にかけるつもりなのではないか、とそう考えた。


 それならば飛鳥が感じた違和感にも説明がつく。

 故に、飛鳥は自身の考えに納得し、このままみずきたちの逃げていった方角へと進むことを決めた。決めてしまった。


「みなさん、ここからは慎重にいきますわよ」


 そうして飛鳥たちは進み出す。それが『あいつ』の罠であるとも知らずに。

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