第148話飛鳥:強敵からの襲撃

 

「反応は?」

「今のところは何も」


 おおよそ十五分程度だろうか。しばらく森の中を進んでいた飛鳥たちだが、今回は魔法使いが探索用に魔法を使いながら進んでいるので、普段に比べて圧倒的に移動速度が遅い。

 だが、そうでもしなければ見つけられない。

 普通は宝を守るために多少なりとも守りの魔法を使ったりするのでその魔力の反応を探ればいいのだし、実際これまで対戦した2チームはその反応をもとに探した。


 だが、それは相手の魔法が未熟だからにすぎない。


 熟練の魔法使いならば、外部に漏れる魔法の反応を小さくすることができるし、それをされてしまえば魔力量の差によって飛鳥には感知することができなくなる。


 相手や魔法から感じ取れる魔力というのは、自身と相手との魔力量の差によって感じやすくなったり、その逆になったりする。

 簡単に言えば、差がある程その魔力を感じ取れなくなるのだ。


 魔法から漏れ出る魔力を小さくされてしまえば、魔力を多く持っていれば持っているほど感じ取れなくなる。特級としての魔力を持っている飛鳥には尚更だ。


 それでも探したいのなら、三級の魔法使いのような魔力量の少ない者を使えば、発見することはできる。


 ただし、その場合は戦力という点で劣るので、基本的には誰もその選択はしない。あくまで三級というのは弱者だ。特級と渡あえる浩介がおかしいだけなのだ。


 なので、妥協として魔力の反応を感じ取るための魔法を使うのだが、これはあくまでも魔法なので、細かな違いなどがわからず、ダミーなどの目的外のものに引っかかりやすい。


 前回見つけられたのは、浩介たちがあえてわかりやすく開けたところに陣取っていたからにすぎなかった。


「そう。何か反応があり次第すぐに報告を」

「はい!」


 と、飛鳥とともに探索班としてついてきた魔法使いの少年が返事をした、その瞬間。


「っ!」

「天智さん! 魔力の反応がっ!」

「防御をっ!」


 伝えられるまでもなくわかるくらいに強力な魔力の気配が、飛鳥たちのいる場所から少し離れたところに突然出現した。


 魔力の探査をしていた治癒師の少女は突然のその反応に驚き、魔法使いの少年は飛鳥に警戒を促し、戦士の少女は魔力の反応を感じ取れないながらも魔法使いたちの盾となるべく一歩前に出た。


 だが、飛鳥はそんな三人に促されるよりも早く行動に移っていた。


 そして、森を焼き払いながら迫る直径二メートルほどの炎の玉と、空から落ちる雷が飛鳥たちを襲った。


「ぐっ!」


 咄嗟ではあったが、強力な魔力の反応を感じた瞬間に防御を用意し始めた飛鳥と、それに一瞬遅れる形だが治癒師の少女が張った結界によって、通常なら炭となっていたであろう攻撃にすらも飛鳥たちは耐えてみせた。


「確認!」

「負傷なし!」

「敵影なし!」


 明らかな攻撃。

 耐え切ると、飛鳥は即座に状況の確認をしていくが、被害はなかった。


 今の攻撃は明らかに自分たちの場所がわかっているものだった。

 相手も探知をしていたんだとしても、それならばこちらの探知に引っかからないのはおかしい。

 どうしてこの場所がわかったんだ、などと疑問はある。


 だが、そんなことを考えている余裕など、飛鳥にはなかった。

 飛鳥は、余計なことを考えず、余裕など見せずに、ただ一点だけを見つめていた。


 轟音と光と炎が場を蹂躙した後、炎の通り道となって焼けた場所から少し離れた位置から、三人の少女が姿を見せた。瑞樹たちだ。


「やっぱり、倒せないわよね」

「結構本気だった」

「私も。でも、これくらいで勝てるんだったら最初から目標に設定してないわ」

「ま、どのみち倒すことには変わりないっしょ」


 すでに槍を構えたままの状態の飛鳥だが、姿を見せた瑞樹たちも全員が武器を構え、戦闘態勢となっていた。


 しかし、瑞樹たちはすぐに攻撃を仕掛けることはせず、何処か緩んだようにも感じられる様子で話している。


「やっほー。まさか開始から三十分と経たずに会えるなんて、すっごい偶然じゃん」


 普通なら戦場で話しかけるなんてことはしないし、そんな間柄でもない。

 特に佳奈が話しかけるというのは少しおかしな感じだ。瑞樹ならともかくとして、佳奈とは仲が良くないどころか、むしろ悪いと言えた。

 だが、佳奈は飛鳥に向かって話しかけているし、瑞樹達はそれを止めることがない。


「……一応、細工の類は吹き飛ばしたと思ったのですが?」


 話しかけてきたことに違和感を感じながらも、飛鳥は瑞樹たちが突然攻撃してくることはなく佳奈が話しかけてきたことで、少しだけ余裕を感じていた。


 そうして多少なりとも状況を確認する余裕ができたからだろう。飛鳥は先ほど思った疑問を問いかけながら、警戒を解くことはなく周囲に視線を巡らせて伏兵や相手の動きを確認していく。


「みたいね。でもさー、あいつ曰く、「行動が素直すぎる」だってさ。ゲートを通り過ぎてから壊したって、少しでも進んでればその方向くらいはわかるもんでしょ。って、まあこれもあいつの言葉だけどね」

「あいつ、ですか。……その『あいつ』と呼ばれている方はいないみたいですが、彼が宝を守っているのですか?」


 飛鳥は周囲に視線を巡らせたが、『あいつ』こと、浩介はこの場にはいない。


「言うと思う? ってか、そうですー、って言ったところで、素直に信じんの?」

「いいえ」

「まあ、よね。じゃあ言う必要ないじゃん」


 それもそうだ、と思ったが、自身の言葉に言葉に反して、飛鳥の中で浩介が宝を守っているというのはほぼ確定していた。

 今までの試合の中では柚子が守っていたが、今回は違うだろうと、なぜだかそんな確信があった。

 それほどまでに飛鳥は浩介のことを評価していた。


 一旦話が途切れるとお互いに見つめあったが、飛鳥は手の中の槍をグッと握って仲間へと合図を送った。


「天智さん。今回は、勝たせてもらうわね」


 が、そこで瑞樹が剣を持っているものの無防備と言っていい様子で一歩前に出てきて飛鳥に向かって剣を構えると、はっきりと、力強くそう宣言した。


 飛鳥としては攻めようとしたところで出鼻を挫かれた感じだが、それでもこの言葉に応えないわけにはいかなかった。


「残念ながら、勝たせていただくのはわたくし達ですわ」


 だから堂々と宣言を返し、改めて武器を握り直したところで、飛鳥と瑞樹は同時に走り出した。


 そうして二人は向かい合い、開始の合図も何もなく飛鳥は右足を踏み出して瑞樹へと駆け出した。


 その速度は尋常ではなく、常人にはもちろんのこと、覚醒していても並のものでは目で追えないほどだ。


 向かい合っていた位置から一瞬姿を消したと思ったら、また一瞬後には飛鳥は瑞樹の前に現れた。

 周りにいる晴華のような魔法使い達の目に写ったのは、飛鳥が槍を突き出し、瑞樹がそれを弾いた〝後〟の姿だった。


 だがそんな姿が見えたのも一瞬だけのこと。

 初撃を弾かれた飛鳥はすぐに次の行動に移り、瑞樹へと槍を振るう。

 瑞樹は再び槍を弾き、だが飛鳥もそれは最初から想定していたようで、流れるように槍を振るう。


 槍の動きはやはり常人には視認することが難しいほどに速いが、当人達に取ってはまだまだ序の口と言ったところだった。


 飛鳥が槍を突き出せば、瑞樹は槍の腹を叩いて逸らしながらも、自身もわずかに体を動かすことで槍を避ける。

 瑞樹が槍を払うために動かした剣は、そのまま止まることなく流れるように飛鳥へと迫っていく。


 しかし飛鳥は逸らされた槍をバトンを回すかのように回転させることで石突で瑞樹の剣を弾き、その回転を利用して今度は槍の先端を使って下から切り上げた。


 瑞樹はそれを上体を後ろに逸らして避けると、つま先で土を蹴り上げて飛鳥の顔にかけながらバク転した。


 蹴り上げられた土はそれだけで銃弾のように飛鳥の顔面目掛けて一直線に飛んでいった。


 だがそれを相手がまともに食らうとは考えていなかったのだろう。

 着地した後はすぐに斬りかかろうと思っていたのか、瑞樹は足をつくや否やすぐに前に足を踏み出したのだが、一歩踏み出したその時には飛鳥はすでに後方に下がっていた。


 そこで一旦仕切り直し。二人はもう一度最初の時と同じように距離をとって見つめあった。


 だがそこで、瑞樹が武器を構え直すときにその手から何かが溢れた。


 あれは砂だ。

 瑞樹はどうやら先ほどのバク転の時に地面の砂を掴んでいたらしく、それを投げつける気だったんだろう。


 瑞樹の戦い方は御伽噺に出てくるような騎士みたいな正々堂々とした戦い方ではないが、それも当然と言える。

 何せ彼女の戦い方は浩介が教えたもので、彼は戦いにおける卑怯は卑怯ではないと考えるような者なのだから。


 そんな瑞樹の捨てた砂が目についたんだろう。飛鳥は少し離れた場所で顔をしかめていた。


 だがすぐに表情を切り替えると、またも飛鳥から瑞樹へと接近していった。


 そして今度も突きから始まった。


 当然と言うべきか、それも弾かれて先ほどのように近づいての斬り合い打ち合いになる。


 間合いとしては槍のほうが長く、瑞樹が飛鳥を攻撃するには剣の届く範囲に移動しなければならない。

 なので飛鳥は瑞樹に近づかれまいと巧みに自身の位置を動かしながら槍を振るっていく。


 が、それでも徐々に瑞樹が近づいていき、怪我を覚悟で宮野が一歩踏み込んだところで、飛鳥はトンッと後ろに跳んだ。


 しかし、そのままもう一度離れるかに見えたところで、だが飛鳥は退がることはなく槍を突き出した。

 どうやら突きを放つのに最適な距離を確保したかったようだ。


 そんな不意打ち気味で放たれた常人には技の出だしすら見えないその槍も、宮野は見えたらしく、しっかりと避けている。


 ……が、飛鳥の槍を避けた瑞樹の動きは、どことなく大袈裟なように見える。


 避けたは良いが体勢をわずかに崩しているし、さっきまでよりも挙動が大きいような気がする。


 飛鳥はそう感じてしまい、本当にごく一瞬だけ動きを止めた。


 その一瞬の間に接近した瑞樹は剣を振るったが、これもなんだか微妙な一撃だった。

 フェイントと言われてもおかしくない程度の攻撃……やはりおかしい。


 だが何故そんなことになっているのか分からない飛鳥は、明らかにおかしな瑞樹の様子に、一旦距離を取ろうとでも思ったのかその重心後ろに傾けた。


 そこで瑞樹の左手が動き、両手で握っていた剣から左手を離すとその手をまるで何かをばら撒くかのように動かした。


 砂だ。

 瑞樹が振るった左手からは砂がばら撒かれ、それは相対している飛鳥の顔面に向けて飛んでいった。


 実の所、先ほどから瑞樹の動きが少しおかしかったのは、これが原因だ。

 瑞樹は二度目の接近が行われる前に持っていた砂を捨てたように見えたが、あれは実は見せかけだった。

 手の中にあった砂を全部は捨てないで、まだわずかに手の中に残していたのだ。

 そのために、剣の握りが甘く、それに合わせて動きも悪くなっていた。


 その砂をここで使った。


 そして、瑞樹は砂をばら撒くとその結果を見届けることなく剣を振るい、飛鳥を斬りつける。


 だがそんな瑞樹の攻撃は、飛鳥がすでに後退姿勢になっていたために避けられることとなった。


 そしてまたも距離が開き、三度、二人は向かい合い武器を構える。

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