第137話なんでそんなもん買ってんだよ……
──◆◇◆◇──
着替えを終えて宮野達のいる場所まで戻ると、宮野達が全員待っていた。
……結界使っていいって言ったのに。
全員離れられるんだし、俺が着替えている間に泳ぎにでもいってくんないかなー、なんて思っていつもより少しだけ、不自然にならない程度に遅く着替えたんだが、宮野達は誰一人として離れてくれなかった。
「ねー、ねー。これお願い」
そうして少し期待外れにがっかりしながら宮野達の元へと戻ると、浅田が何か出して押し付けてきた。なんだ?
「あ? 日焼け止め?」
「サンオイル。塗ってくんない?」
容器に書かれた文字を見ると、そこにはなんか英語で書かれてた。
一緒に描かれてるイラストや、スラスラとではないがなんとか読める英単語から察するに日焼け止めだと思ったんだが、サンオイルだったらしい。
……日焼け止めとサンオイル、何が違うんだ?
「これを? 俺が、お前に?」
まじで言ってんのか? と思って浅田の顔を覗き込んでみるが、その表情は自信満々になっているが、顔は赤く、何より少し俺から視線を外していた。
「そーよ。早く」
「……本当にやるのか?」
「……な、なに? だめなわけ?」
「お前は、ほんとーに俺にやって欲しいのか?」
渡された容器を顔の前に持ってきて、諭すようにゆっくりと重々しく言うと、浅田はだんだんと落ち着きをなくしていき、慌てたように周囲に視線を彷徨わせ、しまいにはバッと俺の持っていた容器を奪い取った。
「や、やっぱいい! ゆずー! これお願い!」
そして俺から奪い取ったサンオイルを片手に、少し離れた場所で見ていた北原のところへと逃げていった。
「はあ……開始からこれかよ。動くのはわかっちゃいたが……やりすぎじゃねえか?」
「夏の魔力」
誰に言うでもなくひとりごちた言葉に、近くにいた安倍が反応した。
安倍の言ったのは魔法にかけられたとかではなく、夏は大胆になる、とかそんな感じのアレだろう。
だが、魔力ねぇ。実際に魔力がある世界になったってのに、そう言うのは正しいのか?
まあどっちでもいいけど。
「で、お前はあっちに混ざんなくていいのか?」
「平気。熱には強い」
安倍は炎使いだし、熱にある程度の耐性がある。
それが日光まで効果あるもんだとは知らなかったが、そうなんだと言われれば納得はできるな。
……ってか待て。よく見るとこいつ、自分だけ魔法を使って守ってやがる
「熱に強いって、それズルくないか?」
「日頃の訓練の成果」
努力で身につけたことだからズルではないってか?
確かに、技術がなけりゃあそんなに綺麗で静かに熱耐性をつけることなんてできなかっただろうけどさぁ。
技術の無駄遣いとは言わねえけど、なんだかなぁって感じがしてしまう。
「そもそも、柚子に治して貰えばいい」
「あー、そういやあ日焼けは火傷判定か。なら確かに治せば治るか」
普段そう言うことで魔法を考えたことがなかったから思いつかなかったな。
これが日焼けじゃなくてマグマの熱から守るためとかだったら考えたことがあるんだけどな。
でもそうか、日焼けは治せるのか。
なら、浅田の持ってたサンオイルだか日焼け止めだかは要らなくね?
いやまあ、効果が違うのかもしれないけど、どうせあとで治癒をかけられるんだからそんな違いなんて無駄になるだろうし。
「っつーかそれ教えてやんないのか?」
「佳奈はアレでいい」
「……そうか」
「そう」
そんなふうに安倍と二人で話していると、北原と浅田の二人と話していたはずの宮野がこっちに来た。
「水着のこと、褒めてくれてありがとうございます」
どうやら宮野は俺が着替える前に去り際に行った言葉に礼を言いに来たらしい。
「忘れてた。ありがと」
「ああ。まあそんな礼を言われることでもないだろ」
宮野に便乗して安倍も例の言葉を言うとともに頭を下げてきたが、そこまでのことではないと思う。
それに、俺としては礼なんていらないから、むしろあの時のことはさっさと忘れて欲しい。
あれでも言っていて恥ずかしかったんだからな。
だが俺の言葉を聞いた宮野は、困ったような疲れたような、そんな微妙な顔をしながら笑っている。
「いえ、それが、そうでもないと言うか……」
「何かあったのか?」
「何か……ええ、まあ。ありました。色々と……」
「すごく色々あった」
俺の言葉に答えた宮野は、顔だけではなく声からも疲れた様子が感じ取れた。
ただ、宮野だけではなく安倍も普段とは違って顔に出しているんだが、その様子はどことなく楽しそうだ。
……何があった?
「あー、なにが、ってのは聞いてもいいのか?」
二人……というよりもこいつらに何があったのか気になるが、それは踏み込んでもいいものか分からないので一旦軽く尋ねることにした。
女子高生の悩みにズケズケと突っ込んでいくわけにはいかないからな。
だが、こいつらがこんな様子になっている問題そのものは話しても平気な類だったようで、安倍は頷くとすんなり話し始めた。
「佳奈が、今日のために水着の買いに行こって」
なるほど? まあ内容自体はよくあるっつーか、普通のことだな。問題となるようなこともないし、何かあるとしたらその内容か。
でも、買い物でそんな疲れるようなことがあるもんかね?
心配なのは浅田が主導だったってことだな。
というかそれ以外になんかおかしなことが起こる要素が見当たらない。
と、思っていると、安倍の言葉を捕捉するように宮野が緩く首を振って話し始めた。
「どんなものがいいか。コレとアレはどっちがいいのか。それくらいならまだ普通だったんですけど、次第におかしな方に行って、最後の方はひ、紐みたいな、もう水着じゃないでしょ、って言うようなやつを選びそうになって……止めるの、大変でした」
「しかも、自分だけじゃなくて四人」
紐……ひも……そうかぁ。たいへんだったんだなぁ。
というか、そんなもんが店で売ってたんだなぁ。
「あー、まあ……お疲れさん。そんなん買われなくてよかったよ」
宮野がいないで浅田一人で買いに行ってたら、本当にそんなもんを買ってきたかもしれない。
それも浅田だけじゃなくて宮野達他の三人の分も。
もしそんな格好で本当に来てたんだったら、一緒にいる俺がやばかった。色んな意味でな。
だから、そう考えると俺はこいつに感謝してもいいかもしれないな。いや、感謝するべきだろう。
言葉だけじゃなく、後でなんか奢ってやるべきじゃ——
「えっと、まあ……そうですね?」
だが、そこまで考えたところで宮野からの返事が帰ってきたのだが、宮野は何かを隠すように視線を逸らした。
ついでに言うなら、言葉もなんだかはっきりしないような、不確かな感じがした。
「……なんで疑問系?」
「ま、まあいいじゃないですか! それより、ほら、佳奈達も終わりみたいですし、遊びましょう!」
なんだと思って聞いてみたのだが、普段の宮野にはないくらい強引に話を逸らされ、宮野は浅田達の方へと逃げるように歩いていった。
「なんなんだ?」
「水着は買ったから」
怪しいことはわかるのだが、それが何故なのかわけがわからず、宮野の背を見ながら思わず呟いてしまった。
だがその言葉に、宮野とは違って普段通りの声で安倍が答えた。
しかし、そんなのは聞かなくてもわかる。何せこうして四人ともが水着に着替えて海に来ているんだから。
「あ? そりゃあまあ、そうなんだろうな。今着てるわけだし」
「違う。そっちじゃなくて、紐の方」
首を横に振った安部から返ってきたのは予想外の言葉だった。
「は?」
……なんだって?
ひも? ……紐? ……え? 紐をどうしたって? 買ったのか?
「……え? 買ったのか? 止めたって言ってなかったか?」
「選ぶのは止めた。けど、買うには買った」
……じゃあ何か? あいつら、というかこいつら、ここには着て来ていないだけで、全員が紐水着を買ったのか?
……なにゆえ?
さっきの安倍が言ってた「自分だけじゃなくて四人」って言葉は、『四人分の紐水着を買おうとしてた』、じゃなくて、『四人とも紐水着を着させようとしてた』って意味かよ。
「なに買ってんだよ……。なんで買ってんだよ……」
俺はなんと言っていいかわからないせいで微妙な表情をしていると自覚しながらも、安倍に問いかける。
まじでなんでこいつら紐水着なんて買ってんだよ。
「佳奈が呼んでる」
だが安倍は、一旦俺の顔を見ると、フッと小さく笑ってから視線を逸らし、浅田達の元へと進んでいった。
……俺、これでもあいつらから向けられる感情についてはある程度は自覚してんだ。
特に浅田な。あいつはわかりやすいほどわかりやすくアピールしてくるし、わからないわけがない。
それは安倍も同じだが、あいつはどこからどこまでが本気なのかわかりずらい。
まあ、使う魔法の属性が炎ってことを考えれば、八・九割程度は本気だと思うが。
宮野も、それなりには……勘違いや自惚れでなければ恋愛感情もそれなりに持たれてるだろう。
じゃないと、仲間内で決まったこととはいえ、わざわざこんなところに誘ってきたりしないだろうしな。
北原は自分を隠して前に出てこないのでよくわからないが、それでも嫌われてはいないと思う。
だが、それでもなぁ……
とそこまで考えて大きくため息を吐き出した。
っつーかこれ、後でそっちの水着を見せるとか言い出さないよな?
……言い出したらどうしよう?
「伊上さん、行きますよー!」
「浩介なにしてんのよ! あんたも遊ぶんだってば!」
宮野と浅田の声に反応してそっちに顔を向けると、その先では水着姿の宮野達が待っていて、俺はもう一度ため息を吐き出してから宮野達の元へと歩き出した。
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