第136話血縁でもないおっさんが女子高生四人と海に来るのはアウトじゃないか?

 


 そんなこんなで、お嬢様に助言をしてから二週間程度経ったある日。俺はついに来てしまった。


 空には燦々と輝く太陽。

 足元には土やコンクリートとは違って沈むような感触のする地面。

 周囲にはそこそこ多いと感じるほどの人。

 邪魔だと思えるほどの両手の荷物。

 そして顔を上げた視線の先には——


「海。海。海! いえーーーい!」


 そう、海だ。俺は海に来てしまったのだ。それも、女子高生四人と。


 ……これ、通報されたりしないよな?

 今の時代、意識高い系を気取ってる馬鹿のせいで親子でも通報される時があるからなぁ。いやまあ、俺たちは親子じゃないんだけども。


 仮に通報された場合、どうしようか? 悪いことをしているわけじゃなくても、なんだか警察に通報されたってだけで緊張するんだよなぁ。


 そんな俺の心配を気にすることなく、と言うかそもそも気づくことなく、浅田はそれなりに荷物を持っているにもかかわらず両手を上にあげて思い切りジャンプをし、嬉しさとか楽しさとかそう言うのを表現している。


 ……俺としてはもう帰りたいけど。


「テンションたっか。ガキかよ」


 そんな負の思いが漏れてしまった。


 言ってから雰囲気を壊すかもしれないことを言ってしまったなと思ったが、言ってしまったのだからもう遅い。


「いいじゃんいいじゃん! せっかく来たんだからさ、あんたも楽しめばいいんだって!」


 だが、浅田は俺の言葉が聞こえていたにもかかわらず、笑顔でこっちに振り向いて楽しそうにそう言った。


 ……はぁ。


 せっかくの休みとしてこんなところまで来たんだからこいつらには楽しんでもらいたいとは思うし、今の言葉で雰囲気をぶち壊さなくて良かったが、そんな純粋に楽しめない。


「いえーい」

「……おい安倍。なんで俺の腕を持ち上げてんだよ」


 まあいい。今はこれ以上空気を暗くしないためにも頭を切り替えよう。


 そう思って頭を振ったのだが、なぜか安倍がそんな俺の腕を掴んで持ち上げて先ほどの浅田と同じようなことを言った。


 大人しめに見えて意外と行動力のある安倍だが、なんだこれは? 何をしているんだ?


 一応なんとなくの意図を察することはできるんだが、つまりあれだろうか。


 ……俺も同じように叫べと?


「い、いえーぃ」

「北原……無理すんなよ。そう言うキャラじゃねえだろ」


 そんなことを考えて眉を寄せていると、こちらは本当に大人しめの性格をしている北原が俺の反対の腕を掴んで腕に持ち上げた。


「まあまあ、いいじゃないですか。せっかく来たんですから、楽しみましょう。いえーい」


 そして残ったメンバーの一人である宮野が俺の前で両手を上げて同じように言葉を言った。


「その場のノリって大事でしょ。ほらあんたも。いえーい!」

「……いえーい」


 浅田の言うようにその場のノリってものが大事だってのはよくわかってるし、さっきまでの場を壊してしまうような態度をとっていた大人気なさというか罪悪感がある。

 なので仕方ないかと諦めてため息を吐くと、両手を上にあげたまま浅田達と同じ言葉を口にした。


 だが……


「「「「ぷふっ」」」」


 俺が言葉を発した直後、四人は口元を手で隠したり顔を背けたりと反応はそれぞれだったが、全員が同じ意味を表す行動をとった。


 つまり——笑われた。


「おうお前ら、ちょっと殴っていいか?」


 いい歳したおっさんが女子高生に混じってやるのは少し恥ずかしかったのに、それでもやったってのに、お前ら何笑ってんだこのやろう。やらせたのはお前らだろうがっ。


「ご、ごめんなさい」

「まさか、本当にしてくれるとは思ってなかったわ」

「暴力はんたーい」

「いえーい」


 浅田と安倍。お前ら二人は確実に煽ってんだろ。

 いや、よく考えると宮野も煽ってる気もするな? やると思ってなかったんなら止めてくれよ。


 たまには休みもいいかと思ったが、俺はこんなふうに一日を過ごさないといけないのか?

 結構キツくねえかなぁ?


「ほら、あたし達着替えてくるから、待っててよね!」


 ここで怒るのもあれなので気を落ち着かせるために息を吐くと、それで話が終わったと思ったのか、浅田がそう言いながら少しの荷物だけを持ち、残りを俺に渡してきた。


「一日こんなテンションなのか? まだ着替えてすらいねえんだぞ?」


 先に歩き出した浅田の背を見て呟くと、その言葉に宮野達が反応した。


「あはは、まあ仕方ないんじゃないですか? 佳奈、だいぶ楽しみにしてたみたいですし。あ、もちろん私たちも楽しみでしたよ」

「水着に期待してて」

「は、恥ずかしいですけど……」


 そうして三人も浅田の後を追って更衣室のある場所へと向かって歩いてい気、俺はその背を見送ってその場に残された荷物達へと視線を落とした。


 ──◆◇◆◇──


「お待たせー」


 一人残された俺は、その場に一緒に残されていた荷物を整理して場所を整えていたのだが、場所取りの設置を終えて座っていると、聞き覚えのある声が聞こえた。


「お待たせしました」


 振り返ると、そこにはやっぱりと言うべきか、声の主である宮野達がやってきていた。


 そしてそこには、まあ当然なのだが四人とも水着になっていた。


 宮野は、紐が前面で交差するような安定感の感じられるものを着けており、下は普通のビキニになっている。

 上下ともに黒なので地味に見えるかもしれないが、元々の作り良さや体型の良さのおかげで、全く地味には見えない。むしろピッタリだと思える。


 浅田は、宮野とは違って少し形の変わったものではなく上下普通の白ビキニだが、全く装飾のない簡素なものではなく、フリルというアクセントのついたの可愛らしいものだ。

 だが、フリルがあるとはいっても全体的にシンプルで、それゆえにスタイルの良さとか、まあ……魅力とかがある。


 安部は下が短いスカート型になっている赤いワンピースタイプのものを着ているが、途中で腹の部分や背中に穴と言うか隙間(?)があり、そこから肌が見えているので、露出が少ないと言うわけでもない。


 北原は一応ビキニタイプの水着だが普通のものではなく、上は水着というよりも首元まで伸びたスポーツブラのようになっているものだ。

 首元まで伸びている水着は大きな胸を包み込んで隠しているが、控えめに言って大きいので、隠しきれていない存在感がある。むしろより強調された雰囲気さえある。


「……ああ。じゃあ俺も着替えてくるわ」


 そんな四人の水着姿だが、特に何も言うことなく立ち上がる。

 だって何言っていいかわからんし、何か言ったらそれはそれでなんかなぁ、と言う感じがするから。


「まーだ着替えてなかったの? なにやってんのよー」

「一人しか残ってねえのにこの場を離れろってか? それに、こう言う時は野郎なんて着替えんのは最後でいいんだよ」


 荷物だけを残して離れるわけにはいかなかったので俺はその場で待っていたのだが、ぶっちゃけ野郎の着替えなんて後回しでいい。

 どうせすぐに終わるんだし、待ってる奴なんて誰もいないし。


 まあ一応結界の魔法具を持ってきているので、全員が離れるときでも荷物を取られる心配はないのだが、使うにしても魔力を消費するので使わないに越したことはない。


 それにまあ、打算というか、少し考えもあるしな。だから結界なんて使わずに待っていた。


 そして着替えるために少しの荷物を持って歩き出したのだが、軽く息を吐くと俺は少しだけ足を止めた。


「ああそうだ。全員離れるんだったら結界を起動しておけよ。……それから、水着、似合ってんぞ」


 言わないのもなんだし、まじまじと見て言うのもアレだから、思い出したかのように連絡事項と一緒に軽く言ったが、これで平気だっただろうか?


 どんな反応をしているのか、俺の言葉はアレでよかったのか、後ろを振り返って反応を見たい気もするが、そうはせずにスタスタと歩いていく。


 後ろから「っしゃー!」なんて奇声が重なって聞こえるが、気にしない。

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