第135話お嬢様への助言

 ──◆◇◆◇──


 翌日。今日も今日とて、俺は授業に参加していた。まあ授業に参加すると言っても、受ける側じゃなくて受けさせるというか教える側だけど。


 今日もなぜか戦士系の生徒達の授業に来ているが、知り合いと言ったら浅田しかいない。

 宮野はどこにいったんだと言ったら、前回俺が言ったことで魔法使いの訓練を受けることにしたらしく、そっちにいってしまった。

 なので、残念なことに俺に話しかけるやつは昨日よりも少なくなってしまった。


 まあ、宮野がいてもこの授業中にそんなに話しかけられるってことはないけど。だって授業外で普通に話せるし。

 そしてそれは浅田も同じだ。


 なので、俺は昨日よりも若干暇になったようなならないような、やっぱり暇な状態でボケーっと生徒達の訓練の様子を見ていた。


 訓練場をみていると、数少ない知り合いである天智飛鳥の——お嬢様の姿が目に入ったが、複数人を相手取っているお嬢様の様子はどこか不満そうだった。


 あれは……敵に満足していない感じか?


 昨日まではまともに相手をしていくれていた宮野は魔法使い達の訓練に行ってしまっているので、多分そのせいだろうと思う。


 戦っている相手に了承をとっているのか、お嬢様は複数の相手をするのに魔法を使っている。


 だがその様子を見ていると、魔法を使わなくてもそれなりに動けて多数相手でも持ち堪えてるし、魔法を使ったら余裕を持って立ち回ることができている。物足りなく感じても仕方がないだろう。


 だが、そこまでだ。


 余裕はあるが、圧倒的ってほどではない。

 強者ではあるが、英雄ではない。

 見ていて安定感はあるが、安心感はない。


 他人にはわかりずらい感覚的なものだが、お嬢様の戦いからはなんかそんな感じがする。


 助言、か……


「おいそこのお嬢様」


 それはなんでなのか、自分でもわからない。


 あのお嬢様はもうプロとしてやっていけるくらいに完成しているんだから、変に助言なんかして手を加えるよりも、このままの形で進ませた方がこいつのためだと思った。


 ただ、それでは誰かを助けたいと願うこいつの願いは叶えられない。

 いや、叶えられないことはないだろうが、救える者というのはそれほど多くはないだろう。


 ……誰かを助けたいんだと願い、懸命に頑張っている姿を見て、絆されたんだろうか?


 こいつなら助言なんていうほんの少しの教えであっても、変な方向へと逸れることはなく、しっかりと生かすことができるだろうと思えた。


 だから俺は、昨日は助言すらする気はないって言っておきながらも、助言をするべく区切りのついたのを見計らってお嬢様へと近づいていった。


「もっと遊びをもて。風を使っての移動は確かに速いし、元の能力も高いから大抵の相手なんとかなるだろうが、『風』は単純な速さでは『雷』には劣るぞ」


 まず俺が言ったのはそれだった。

 このお嬢様は、同い年だというのに『勇者』として呼ばれている宮野を意識しているからか、速さや圧倒することを意識しすぎている。


『風』と『雷』。その二つは魔法の特性として『速さ』という共通点がある。

 他の属性よりも速さに関する強化効率が高く、それこそ目にも留まらぬ速さで動くことも可能だ。


 宮野の『雷』は、『風』の速さと『火』の強さを混ぜた上位互換の属性だって言われることもあるが、俺はそうは思えない。


 確かに宮野の『雷』ってのは速いし強いしでなかなかに厄介だが、ぶっちゃけていうと俺の戦い方とは相性が良くないんだよな。


 何せ応用が効かない。

 直接放つか、目眩しをするか、それだけだ。

 攻撃として使われれば厄介ではあるのだが、対処できないわけでもない。


 それに対して『風』という属性は、空気を操るもんだから目に見えないから使いやすいし、奇襲不意打ちにはもってこいだ。

 それに、空気の圧縮で盾を作ることもできるし、それをぶつけて攻撃にすることもできる。さらにはそれを踏んで足場にし、二段ジャンプなんてことも可能だ。


 一応、雷の属性も他にも小細工はできないこともないが、汎用性という意味では風の方が圧倒的に上だ。


 だというのに、このお嬢様はそういう利点を無視して、自己加速や単純だが速く強い攻撃を多用している。


 だがそれじゃあ勝てない。


 当たり前の話だ。風速なんてのは、大体が秒速なんとか『メートル』だが、たとえ台風だとしても最大で秒速百メートル行かないくらいだと思う。


 だってのに、雷は秒速『キロメートル』だ。確か秒速百キロは超えていた気がするが、そもそもの単位からして違うんだから、話になるわけがない。


 それなのに、同じ『速さ』って土俵で戦ってちゃあ、いつまで経っても勝てるわけがない。


「……それがどうしたと言うのですか。他のチームの方は口を出さないでいただきたいのですが?」

「互いのチームのダメ出しすんのがこの共同訓練の趣旨だろうが」


 そう言うと何も反論できなくなったのか、お嬢様は眉を動かして少しだけ不愉快そうにこちらを睨んだ。


 だが——


「そのままじゃ宮野には勝てねえぞ」

「っ——!」


 その一言でお嬢様の態度が一変した。


 お嬢様からはオレに向かって怒気が叩きつけられ、それに反応した周りにいた生徒達は怯えて後退した。

 だがそんな怒気を放ったお嬢様の顔は悔しげに、悲しげに歪められていた。


 まあ、そうだろうな。悔しいだろう。


 このお嬢様は宮野にライバル心を抱いていたし、工藤の言葉を信じるなら、お嬢様は俺に憧れを抱いていた。


 そんな憧れの対象から、お前じゃライバルには勝てやしない、なんて言われたら、悔しくもなるに決まってる。


「まあ、あれこれ言ってもお前には意味ねえだろうから言わねえが、風ってのは速いだけじゃねえ。もっと自由なもんだ。動きを柔らかく、風を踏んで、流れに乗って動け」


 少し抽象的な言葉になりすぎた感じがするが、それでもこのお嬢さまならこれでいいだろう。

 変に詳しく説明しすぎるよりも、自分で考える余地を残していた方が受け入れやすそうな気がするし、自分である程度考えた結果出た答えならその分納得してもらえそうだ。


 それに、考える過程で今俺が言ったこと以外にも色々と考えてくれそうな気がするし、そもそも戦い方について考えるということを実行してもらえる。


「……敵への助言ですか?」

「そうだよ。塩を送ってやってんだから素直に受け取れ」

「理由は? わたくし達はそのような仲ではなかったと思いますが?」


 不機嫌そうな態度は相変わらずだが、それでも話を聞かずに俺の言葉を無視するってことはないようだ。


「お前らと戦えば、それがあいつらの成長につながる。だからだな」


 普通はこんなことを言えば不快に思うだろうが、このお嬢様相手ならこれでいいはずだ。


 ライバルの踏み台になるためだけに思われているだなんて、そんなの、プライドが許さないだろ?


「……つまるところ、踏み台ですか」

「そうだ。不満か?」

「ええ。……ですが、助言そのものは感謝いたしますわ」

「——へえ?」

「踏み台になるかどうかは、あなたが決めることではなく、結果で決まることです。負ければ私達は単なる踏み台。ですが、勝てば彼女達が踏み台へと変わる。わたくし達はただ、あなたの想定を抜けて宮野さんのチームに勝てばいい。それだけの話でしょう?」


 そう言ったお嬢様の瞳にはそれまでの悔しさも怒りも感じられたが、それでもそれらの感情を飲み込んで、押さえつけて、真正面から俺のことを見据えていた。


「わたくし達が侮られているのであれば、それは結果を持って見返せば良い事です。口だけで言ったところで、なんの証明にもなりませんから」


 ああ……やっぱりこのお嬢様はすごいな。


 悔しくても不満があっても、目標とした場所に向かって真っ直ぐに進んでいる。


 その『真っ直ぐさ』ってのは浅田に似たところもあるが、あいつとは違って感情的ではなく、考えた上で、そして不満を全て飲み込んだ上で進んでいる。


「そうか。なら、宮野達に勝って見せろ。勝つためにはどうすればいいのか、いっぱいいっぱい考えて、そんで勝て」


 もし俺が言ったことを真剣に受け止めて、考え、鍛えたとしたら、こいつが宮野に勝つことも不可能ではないだろう。


 ただ、助言しておいたが俺がそばについて教えてやることはできないので、変な方向へ進まないように工藤に話を通しておこう。


「もし勝てたなら、そうだな……俺の奥の手を一つ教えてやるよ」

「そんなもの、教えてもらう必要などありませんわ」


 お嬢様はそう言うと、俺にさっさと帰れとでも言うかのように顎でさっきまで俺がいた場所を示すと、俺に背を向けた。


「……ですが、勝つのはわたくし達なので、その時は約束は守っていただきますわよ」


 だが、俺に背を向けたはずのお嬢様は、最後に少しだけ弾んだような声を残し、俺はそれに声を出さずに小さく笑うとその場を離れて元の位置へと戻っていった。

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