第134話駄々っ子かよ……

 

「あの、伊上さん。一つお願いを聞いてもらえませんか?」

「……すっげー聞きたくないんだが、聞かないってことはできるのか?」

「できません」


 じゃあ最初から選択肢なんてねえじゃん。ついでに聞く意味もねえだろ。


「あの時、私の……女の子の涙を見たんですから、一つくらいお願いを叶えてもいいと思いません?」

「涙? ……ああ、あれか。今更それが来んのかよ。つかそれは鍛えたことでチャラだろ」


 確かに見たが……それは鍛えてやったことで相殺されてるもんだろ?

 そう思ったのだが、そんな理屈は通用しなかった。


「でも結局勝てませんでしたし」

「あー、そういやあんた、勝たせてやる、とかカッコつけてたっけ」

「でも、結局負けちゃったね」

「よねー」

「勝ちたかった」


 宮野の言葉に他の三人も楽しげに笑いながら宮野の援護をしてきた。


 この一連の流れは、さっき宮野が何かを思い出したことによって突発的な感じで話が進んでいるんだろうに、なんでこいつらこんなに連携ができてるんだ?


 だが、確かに勝たせてやると言ったのはその通りだし、結果として勝たせてやることができなかったってのもその通りだ。


「そりゃあ、そうだが……仕方なくないか?」

「でも、約束が守られてないのはどうなんでしょう? あんなに恥ずかしい姿を見られたのに……」

「泣いたほうがいい?」

「やめろ」


 安倍のふざけた提案に即座に返すが、マジでやめろ。それは俺に効く。


 今は放課だからそれほど人が残っているってわけでもないが、全く人がいないのかってーとそうでもない。

 現に今だって少し離れたところには人が通っていった。


 そんな状況で泣かれてみろ。またなんか噂されるぞ。それもかなり不名誉な感じで。


 だが、演技が上手い下手はともかくとして、安倍は本当にやるだろうし、なんなら他の三人も悪ノリして泣いたりするだろう。

 そうして俺が断れに状況を作る可能性がある。


 そんな悪戯というか悪ふざけができるほど心を許してくれたってことに喜べばいいのか、それとも厄介になったことを嘆けばいいのか……。


 どっちにしても、お願いとやらを効くしかないようだ。


「はぁ。……そのお願い事ってのはなんだ?」


 そうして俺ほんの少しの抵抗の意思を込めて、わざとらしくため息を吐き出してから宮野に問いかけた。


「海に行きませんか?」

「は? ……海?」


 だが、返ってきたのは想定外すぎる『お願い』だった。……え、うみ?


「はい。もうすぐ夏休みですし。プールでも良いですけど、せっかくなら海がいいかなって少し前に話したんです」

「海……水辺か。ならこっから二時間かからない程度のところに水中のダンジョンがあったな」

「なーに言ってんの。ダンジョンじゃないに決まってんでしょ!」


 念のためというかなんというか、一応そうであることを願って、そうではないと分かりながらもダンジョンに行くんだなとボケてみたんだが、俺の願いは虚しく否定された。


「海よ、海! ダンジョンじゃなくて本物の海!」

「……いってらっしゃい」


 行きたいなら勝手に行ってきたら? としか言いようがないよな。うん。

 だから、いってらっしゃい。楽しんできてねー。


「あんたも行くの!」


 ……ですよねー。そんな気はしたよ。


 だが待ってほしい。本当に俺は行かないとなのか? 女子高生四人なんてメンバーに、俺は必要か?

 いいや必要ない。


 それにこいつらは保護者なんてのもいらないだろうから、俺を誘う必要はない。

 小学生や中学生ならわかるが、こいつらは高校生だ。保護者が必要な歳でもないんだから、俺なんていらないはずだ。


 ……実際のところは保護者役なんて求めていないのは知ってるし、なんで誘ったのかなんてのも分かっちゃあいるが……行きたくない。


 だってお前、海だぞ? 俺が、お前達と、海?

 ハハッ……馬鹿言うなよ。血縁でも保護者役でもない俺が女子高生と海なんて行ったら、なんかあれだろ。色々とまずい感じがするだろ。こう、雰囲気とか世間体的に。


 だから、その結果がわかっていたとしても、俺は聞かなくちゃならない。


「本気で言ってるのか?」

「嘘だと思う?」

「思う思う。冗談だろ?」

「残念ながら、嘘でも冗談でもないですよ」


 そう聞いた瞬間俺は盛大に顔を顰めてしまい、無意識のうちに言葉を漏らした。


「行きたくねぇ……」

「まあまあ、そう言わずに」

「行こ」

「あ、えっと、たまにはお休みも必要じゃ、ないですか?」


 俺の呟いた言葉に対して返ってきた宮野達の言葉に、俺は盛大にため息を吐き出した。


「はああぁぁ……まあ、休みは必要か。いや俺が一緒に行く意味わかんねえけど」


 そう言いながらチラリと言い出しっぺの宮野へと視線を送ったのだが、宮野はにこりと笑いながら首を横に振った。


 そして俺はもう一度改めてため息を吐き出した。


 そんな俺たちのやりとりを見ていたからか、浅田が不機嫌そうに俺を睨みながら口を開いた。


「もう決めたんだから行くの! 絶対に行くの! あんたもくるの!」

「駄々っ子みてぇ……」

「なんか言った?」


 それ以上は何を言っても無駄だと判断した俺は宮野の話を了承し、後少しで迫っている夏休みにこいつらと海に行くことが決まった。

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