第133話泣いてない!

 

「安心してください。『良い』といっても、別の角度からの意見は参考になると言う意味で、教える内容の質としては伊上さんの方が圧倒的に上ですから。私に勝てる人もいませんでしたし、解雇なんてしませんよ」

「安心できる要素が聞こえなかったんだが?」


 でもそうか。魔法抜きで戦ったとしても、宮野は特級相応の力を持っている。それに技術もしっかりしてきた。まともな教師でも教導官でも、勝てる奴ってなると同じ特級で探さないとダメなのかもな。


「解雇されないんですから、職を失う心配をしなくて良いじゃないですか」

「んな心配はしてねえよ。探そうと思えば就職先なんていくらでもあるんだから」

「永久就職?」


 安倍は普段のように抑揚の小さな声で言ったが、永久就職ってのはつまり、あれだろ? 結婚的なやつじゃないか? いや、結婚的な、というか結婚そのもののことだろう。


「ちげえわバカたれ」


 抗議の意味を込めて小さな水滴を安倍に飛ばしたのだが、普通に燃やされた。くっ、なかなかやるな。

 俺の攻撃を防いだ安倍がこっちに振り返ってきたが、その顔は普段のけだるげな様子ではなく、ちょっとドヤ顔してる。


「臨時就職?」


 こっちを見た安倍は再び正面へと顔を戻すとそんなことを言ったが、永久就職ってのは聞いたことがあるけど、臨時なんてのは聞いたことがない。


 臨時就職……アルバイトか? ならフリーターになるのかって意味か?


「……それはアルバイトとなんかちげえのか?」

「ん——就職先候補が四人」

「ああ、臨時ってそういう」


 安倍は自分たち四人を指して就職と言ったが、それを聞いた北原は、なるほどと納得したように頷いた。


 その言葉が意味するところは、つまりそういうことだろう。

 結婚が『永久』就職なら、『臨時』はその前段階だろうか。


 だが、結婚を永久就職と比喩するのは、死ぬまで相手に養ってもらうからだ。

 それの臨時ということは、相手に養ってもらうが途中で別れる可能性があるということで、それを言葉にするのなら……


「ヒモじゃねえか」


 こいつらは冒険者としてダンジョンに潜っているからそれなりに稼いでいるが、それでも女子高生相手に寄生して養ってもらうってのはどうかと思う。

 というか、そもそもそんなことしなくても暮らしていくだけの金は稼げる。研究所っていうボーナスもあることだしな。


「そもそも、他の教導官の方だって自身の担当の生徒がいるわけですし、そっちに乗り換える、なんてことはできませんよ」


 まあ、それもそうか。ここにいる奴らは誰かの教導官としてここに来ているわけだから、必然的に教えている相手が既にいるってことになる。

 教導官側としては勇者と繋がりを作ることができるために、提案されれば頷く奴もいるだろうが、代わりにその教導官が教えている生徒達からは恨まれることになる。

 余計な摩擦を起こさないようにと考えれば、教導官を頼みたい奴がいたとしても何もしないのがいいだろうな。


「あ、そうだ。伊上さん今年もよろしくお願いします」


 一旦話が途切れたところで、なぜか宮野が今更感のすることを言ってきた。


 よろしく、だなんてなんで改めて挨拶してんだ?


「なんだ今更? なにをよろしくされるんだ、俺は」

「私たち、天智さん達と再戦の約束をしたんです」

「再戦?」

「はい。……去年のランキング戦、覚えてますか?」

「ランキング戦? ……あー確かお前らをまともに鍛える原因になったやつか」


 俺がこいつらのことを真面目に教えるきっかけになった事件というか何というか……まあ諍いだな。


 確かあの時は、あのお嬢様が宮野のことを引き抜こうとしたせいで喧嘩して、勝負になった感じだった気がする。


 一年位前のことだからあんましよく覚えちゃいないけどな。

 何でか知らんが、この一年は特に忙しかったし。


 ……というか、そうか。もう一年も前なのか。


「はい」

「あれがなかったら俺は今頃辞めてたんだろうけどなぁ……」


 本来なら三ヶ月間だけという契約だったはずなんだが、そっからズルズルと進んで今ではもう一年だ。


「今年も参加するので、よろしくお願いします、ですね」


 そんな俺の呟きが聞こえていただろうに、宮野は無視して話を続けた。


 でも、ランキング戦かぁ。めんどくさいっちゃあめんどくさいが、元々はそれでいい順位を取らせようとか考えてたんだよな。


 まあ、考えてたっつーか頼まれたっつーか、こいつらにいい順位を取らせて、その褒賞金が欲しいなとか思ってた。


 んー。あー。そうだなぁ……よし。


「まあいいか。それなりに参加してやるよ」


 今のこいつらなら俺が参加しなかったところでそれなりにいい順位を取れるだろうが、たまにはこういう『遊び』に参加するのもいいだろう。


「え?」

「まじ? なんで?」

「意外」

「本当にいいんですか?」


 だが、俺が頷くと何故か四人全員が驚きの声と共に俺の方へと振り返ってきた。


「お前ら、参加して欲しいのかしてほしくないのか、どっちだよ」


 せっかく参加してやってもいいと思ったのに、その反応はちょっとひどくないか?


「いやまあ、参加して欲しいけどさぁ。普段のあんたならめんどくさがりそーじゃん」

「めんどくせえと思ったのはそうだな」

「なら、どうしてですか?」


 宮野が問いかけてきたが、俺が参加してもいいと思ったのには理由がある。つっても、そんな大してもんでもないけどな。


「あー、去年用意した道具がまだ残ってんだよ」

「去年の?」

「ああ。ほれ、今はお前らもそれなりに力をつけたが、前は凡庸よりはちっとまし、くらいのダメダメさだったろ?」

「言葉に棘がある気がするんだけど?」

「でも、あまり成績良くなかったのはその通りよね」


 浅田が唇を尖らせて文句を言っているが、宮野が少し困ったように苦笑して俺の言葉を肯定した。

 だが実際こいつらは、才能はあってもそれを従前に使いこなせているとは言えない状況だった。

 それこそ、俺が真正面からそれなりに手抜きで勝負を挑んでも勝てるくらいにな。


 今ではそんなことをすれば負けるので本気で稽古をつけるが、あの時は本当に弱かった。


「で、そんなダメダメだったお前らを上位の奴に勝たせようと思って色々準備してた。だってのにそのうち三分の一も使わないで試合が流れたからな。使用期限のある道具とかもあるし、用意したのに使わねえともったいねえだろ、って思ってな」


 あの時は一次敗退ってのもあったが、途中でイレギュラーの乱入があったせいで、本当ならもっと罠の類を使う予定だったんだが、ほとんど使うことなく終わってしまった。


 なので、その時の道具が余っているのだ。


 道具ならいつか使うかもしれないんだし取っておけばいいじゃないかと思うかもしれないが、魔法関連の道具はそういうわけにはいかない。

 ちゃんと使用期限があり、それを過ぎると効果が薄くなる。


 そして、そういう魔法関連の道具ってのは基本的には二年が期限とされている。中にはもっと短かったり長かったりするものもあるが、基本的には二年が目安だ。


 しかも、用意した道具類はランキング戦というルールにおいてのみ本領を発揮することのできるように調整されたものばかりなので、普通のダンジョン攻略では使えない。

 使えないことはないんだが、効果が弱いと分かっているものをあえて使いたくない。


 そういうわけで、ここで使ってしまわないと無駄になってしまう。


「じゃあ、参加してくれるんですね?」

「ああ」


 俺が頷くと、宮野達はパッと笑って喜んだが、それだけ喜ばれると悪い気もしないな。


「——にしても、もう一年かあー」

「そうだね。私たち、あの時とは全然違うよね」


 戦力的にもそうだが、こいつらの関係も少し変わったような気がする。それから、俺との関係もか。俺の場合は、関係だけじゃなくて気持ちの方も変化があった。


 たった一年前でしかないが、あの頃はこんなふうにまだダンジョンに潜ってるだなんて想像していなかったし、誰かにものを教えるだなんてことは考えてもいなかった。


「それにしても、再戦かぁ……今度こそ勝ちたいわね」


 ただ呟かれただけであろうその言葉だが、最後の部分には宮野の強い想いが感じられ、他の三人も同意するように頷いていた。


 そこで、ふと浅田が何かを思い出すように口を開いた。


「そういえば、瑞樹ってばあの時すっごい落ち込んでたよね」


 あの時ってのは、お嬢様と戦うようになった時のことだろう。

 自分のせいで友人が馬鹿にされたってことで悔やんで、勝ちたいんだと泣いていた。

 他の三人は泣いていた場面こそ見ていなかっただろうが、それでも宮野が悩んでいたのは分かっていた。


 俺だって、そんな姿を見たからこそ手伝ってやろうと思ったんだ。


 まあ結果としてはイレギュラーとして現れた特級のモンスターのせいで試合そのものは勝てなかったわけだが、最後に謝罪をしてもらえたみたいだし、引き抜きの話も無くなったんだから良かった。


 俺としてはそんな感じの「今となってはいい思い出だなー」で終わるようなことだが、宮野はそれを言われるのは恥ずかしかったようで、少し視線を下に落としている。


「そ、それは言わないでちょうだい。……それに、それを言ったら佳奈だって泣いてたじゃない」


 そして宮野は、浅田へと反撃の言葉を口にした。


 一年位前に浅田が泣いていたってーと……ああ、俺につっかかってきた時か?

 あの時は俺の実力を試す、みたいな名目で訓練所の装置を使ってたな。で、その結果が自分よりも高かったから悔しさで泣いていた。


 あれ? でもあれって泣いてたんだっけか?


「な、泣いてないし。あの時は平気だし」

「でも泣きかけてた」

「泣きかけてもいないから!」

「そう?」

「そうなの!」


 どうやら泣いていたわけではなく泣きかけていただけのようだ。本人は否定しているが、まあそういうことにしておいてやろう。


「なにっ?」

「なんでもねぇから睨むなよ」


 何故か俺の方を見て睨んできたが、俺は何も言っていないぞ。


「あっ……」

「あん?」


 不意に宮野が声を漏らしたが、その後の言葉が続かない。どうしたんだろうか?


 ただまあ、それほど深刻そうでもなさそうだし、女子高生の悩みにいちいち俺が出張るのもあれだ。悩み相談なすぐそばにいる仲間の三人にするといい。


 なので、そのまま無視しようと思ったんだが、何故か宮野は自身の仲間であり友人である少女達ではなく、後ろで立っているおっさんの俺に振り向いてきた。


 だが、そうして振り向いた宮野の表情には悪戯っこのように少し嗜虐心の感じられる気がする。


 ……なんだろうな。すっげー嫌な予感がするような……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る