第138話何も起こらなかったってことは……何か起きるんじゃないだろうか?

 

「ねえねえ、そんなとこで休んでないでさー、こっち来て遊ぼってばー」

「遊ぼうって、なにしろと? お前らに混じってビーチバレーでもしろってか?」

「そーそー。いいじゃん、あたしがペアやったげるからさー」

「バレーが嫌ならサーフィンとかどうですか?」


 宮野はサーフィンなんて言ってきたが、コイツらやったことがあるんだろうか?


「できんのかお前ら?」

「さあ? やったことないし」

「そもそもそう言うのって許可されてんのか、ここ?」


 サーフィンとかって、なんか許可とか必要そうなイメージだが、ここみたいな海水浴場でやってもいいもんなんだろうか?


「……どうでしょう?」

「だめじゃん」

「じゃあ泳ぐ?」

「あとは、ボート、とかかな?」


 心なししょんぼりした顔の宮野に引き続き、安倍と北原もなにやら勧めてきたが、俺はここで休んでるだけでも十分なんだけどなぁ。


「なんでそんなに勧めんだって。おっさんには女子高生のテンションについてけねえよ」

「そんなおっさんくさいこと言わないでさー。あーそーぶーのー!」

「ガキかよ」


 なんか海の話題になってからコイツがガキっぽくなった気がする。

 それだけ気を緩めて楽しんでるってことなのかもしれないが、対応するこっちとしては疲れる。


 だがまあ、サーフィンか。やったことなかったし、それくらいならやってもよかったかも……ああいや。ミスってバカにされるのがオチだな。


 まあ何度かやれば覚醒者としての身体能力とか鍛えてきたバランス感覚とかでどうにかなりそうだけど。


 ……ってか、そもそもボードとか使わなくても、俺って波乗りできんじゃないか? ほら、魔法でこう、ちょちょっと。


 暇だってのはあってるんだし、やってみるか?


「……はあ。わかったわかった」


 少し思いついたことがあったので、俺は立ち上がると盗難防止用の結界を起動して歩き出した。

 だが、その方向は正面にある他の人たちも泳いでいる海ではない。

 いや、海であることに変わりはないんだけど、ちょっと外れた場所を目指してる。


「ちょっと、どこ行ってんの?」


 これからやることを周りに人がいるところでやるとちょっと迷惑になりそうだし、少し離れた場所の方がいいだろう。


 ……あの辺でいいか。少し岩場になってるから人はあまり近寄ってないみたいだし、ちょうどいい。


「あ、あんた、こんなとこに連れてきてなにするつもり?」

「なにって、そんなの決まってんだろ」


 そうしていい感じだと思った場所に着くと、浅田がなんだか少し変わった感じの腕組みをして、なんと言っていいのかわからないような微妙な表情をして俺を睨んでいた。


 コイツはなにをしてるんだ?


 よくみると、浅田だけではなく宮野達もなんだか少し様子がおかしいか?


 ……まあ、倒れるような感じではないし、放置でいいだろう。


「遊ぶんだろ? サーフィンはちょっとやってみたかったが、許可とかわからんからな。だから——こうしてみた」


 俺は後ろをついてきた宮野達に話しかけながら岩の上に立つと、そこから海へと一歩踏み出した。


「やればできるもんだな」


 だが、俺の体は沈むことなく海の上に立っている。


「伊上さん、それどうやってるんですか?」

「足元の水を操って薄く広げてんだよ。常に操作し続けないといけないからそれなりに疲れるが、魔力はそんなに使わないから結構長めに維持できそうだ」


 高位の水系統の魔法使いは水上に立つことができるって聞いたが、やり方次第では高位じゃなくてもできんじゃね? と考えてやってみたら、できた。


 多分あれ、高位じゃないとできないって言われてんのは魔力を使うからだと思う。

 普通のやつは強引に足元の水を固めて、その上に立っているが、それだと人が立てるくらいに水をしっかりと固めないといけない。


 それに対して俺の場合は、簡単に言えばボードを作ってる感じだ。

 膜を張ってその上に立つから、足場がしっかりと固定されないために波の影響を受けるし、常に波に対応するために操作し続けないといけない。


 例えるなら、木材を使って足場を建設するか、筏を作ってそれを操るかの違いか? 同じ材料を使っても、材料を使う量と使い方が違う、みたいな感じ。だと思う。


「そんなに複雑なことやってるわけじゃないし、多分水に適性がないお前達でも短時間ならできるんじゃないか?」


 まあ、複雑じゃないからって言っても、簡単ってわけじゃないけど。


「な、なんだ……悩んで損した気分……」

「遊ぶって言ったのはお前だろうに、なにを悩む必要があるんだよ」

「そ、それは……その……。だって、こんなとこだし……」

「こんなとこ? ………………ああ」


 周りを見てみればここは岩場で、周囲には人の姿がなかった。

 そういう場所を選んで俺が連れてきたんだから当然だ。


 だが、ちょっとよく考えてみろ。


 人気のない岩場に、男が女を連れ込んだ。


 さっきまでの俺たちの構図としてはこんな感じだ。


 つまり浅田は、〝そういうこと〟を期待したんじゃないだろうか? ……むっつり娘め。


 だが、なんだな。これは、何か言ったほうがいいんだろうか?


 ……いや、やめておこう。言ったらそれはそれで藪蛇になりそうだし。と言うか絶対になる。

 なんて聞けばいいかわからないし、なんて返されても困るに決まってる。

 だからここは無視するのが一番いいだろう。


「まあ、なんだ。……遊べ」


 それだけ言うと、俺は水の上を歩くのではなく滑ってその場を離れた。


「あ、ちょっ! あたしそれできないんだけど! あたしだけ仲間外れじゃん!」


 俺が離れるのをみるや否や、浅田が俺に向かって不満を叫んだ。


 そういやあ、俺たちの中でコイツだけ魔法が使えないんだよな。

 適性属性云々以前に、魔法が使えなきゃどうしようもない。


「お前は……水の上でも走ってたらどうだ?」

「水の上って……そ、それ、片足が沈む前に逆の足を、ってやつ? できんのそんなの?」

「できんじゃねえか? 知らねえけど」


 まださっきまで変な妄想をしていた恥ずかしさが残っているからか微妙に吃っているが、それでも質問d遺体はいつも通り普通のものに戻っている。


「確か水の上を走るトカゲってのがいたはずだし、時速二百キロくらいで足を踏み出せば歩けんじゃねえのか?」


 バシリスクっていう、なんか睨まれたら石になりそうな名前のトカゲだったはず。

 まあそれで本当に人間が水上を歩けるようになるのかわからんけどな。


「二百キロかぁー……ちょっとやってみよっかな?」


 常人ではとてもではないができるはずもないことをたやすく言ってのけるが、まあ浅田ならできるだろうな、それくらいなら。


「ぶわっ! ちょっ、待てっ、てめっ!」

「きゃあっ!」

「むうっ」

「か、佳奈ちゃ——」


 そうして浅田は俺と同じように岩場の上に立って実行したのだが、時速二百キロのものが水にぶつかったら、当然ながら水飛沫が上がる。


 岩場から少し離れた場所に立っていた俺も、水の上に立とうと頑張っていた宮野達も、等しく浅田が発生させた水飛沫に飲まれた。


「あはははっ! 意外とでき——わぶっ!」


 盛大に水飛沫を上げながら水の上を走っていた浅田は、笑ったせいか足をもつれさせて顔面から海へと落ちていった。


 その後、宮野達に怒られながらも、最後には普通に遊び、そうしているうちに時間は過ぎていった。


 ──◆◇◆◇──


 宮野達……主に浅田に引っ張られて遊び倒した俺たちは、車に乗って帰路へとついていた。


 今回、最初は電車で行く予定だったのだが、なんだか荷物がどうしたとかで車を使うことになった。

 実際こいつら、なんか知らんがパラソルとか色々持ってたし、電車じゃ無理ってことはないけど邪魔になっただろうな。


 しかし、今回は車を使ったが、普段は誰かを乗せて使わないだけに後ろが散らかっていたので、こいつらが乗るってことで荷物を片付けるのが大変だった。


 ちなみに運転してるのは俺だが、普段は学校に通うのにもバスを使っているので車なんて買い出し以外には滅多に使わない。


 だって無料で定期もらったし、使わないと損だろ?

 まあ、そんなの誤差って言ってもいいくらいには金はあるけど、性分的に節約できるところでは節約してしまう。


「やべえ……」


 そんな帰りの車の中で、俺は運転をしながら微妙に不安を感じてしまい思わずそう呟いた。


「なにがですか?」

「なんか忘れもんでもしたの?」


 そんな俺の声に反応して宮野達が声をかけてきたが、そうではない。


「いや、そうじゃねえ。だが、マジか……?」


 忘れ物をしたってわけではないし、やり残したことがあるわけでもない。

 というか、そもそも明確な何か異常や異変、違和感があるわけではないのだ。


 だがそれでも、「やばい」と口にしてしまった。


「だから、なんだってのよ」


 疲れているからか、浅田はいつもより覇気のない声で気怠げに問いかけて来た。


「俺、こんなイベントに参加してなにも起こらなかったのは久しぶりかも知んねえ」

「は?」


 そんな浅田だけではなく全員が思っていたであろう疑問に答えたのだが、返って来たのは間の抜けたような声だけだった。


 確かに、異常が起こらなかったのが異常、なんてそんなことを言われても「なに言ってんだ?」ってなるかもしれないってのは俺自身よくわかってる。


 だが、だ。だが、よく考えてみてほしい。俺だぞ? この俺がこんなイベントに参加してなにもなかったなんてことがあったか?


 いや、ない。


「覚醒してから外国に旅行に行ったらそこで突発的なゲートに遭遇するし、世界最強なんてもんに目ぇつけられるし、お前らと学生の試合に参加したらイレギュラーに遭った。んで試験では襲撃にあって、この間だって文化祭ってイベントでまたイレギュラーだ」


 自分で否定していて少し悲しくなったが、俺は呪われてるんじゃないかってくらいになんかしらの異常に遭遇する。


 だってのに、今回はなにも起こらなかった。


 突発的にゲートが開くことも、近くのゲートからモンスターが溢れ出すことも、謎の集団に襲われることも、会いたくない類の知り合いに絡まれることも、なにもなかった。


 一応水着イベントってことで、それ自体が問題とか異常って言えるかもしれないが、まあそれは違う分類の『異常』なので別枠だ。

 これで浅田達が買ったらしい紐水着なんてのを着ての参加だったら明らかに問題だったが、それは事前に潰れていたし、なにも問題は起こらなかったのだ。


 な? おかしくないか?


「こんな海に来る、なんてイベントで何かあるんじゃねえかと内心ビクビクしてたんだが、見事になにもなかった。奇跡だろ」


 俺がそう言って隣に座っている浅田にチラリと顔を向けると、その表情はなんともいえないものだった。

 他の奴らの反応は、と思ってミラー越しに後ろを見てみると、そっちも同じように微妙そうな顔をしている。


「奇跡って、あんた……」

「それが普通なんですけどね」

「い、今まで、よく無事でしたよね」

「逆奇跡?」

「んなもんいらねえから普通の奇跡よこせや」


 俺だって自分が異常なのはわかっちゃいる。


 だが、事実今までそうだったんだから仕方がない。


 宮野達からの憐れむような視線を受けたが、それは無視だ。

 そうして、俺はこれから何か起こるんじゃないかと心配しながら、だがなにも起こらずに家へと帰ることができた。


 ──◆◇◆◇──

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