第131話教えない理由
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「戦術教導官、なんて公務員になってめんどくさくなったのはあの授業だよな。自分の担当以外の授業も見なきゃいけねえって、めんどくせえことこの上ない」
放課の訓練を終えた後、俺たちは訓練場の近くに設置されてある自動販売機で飲み物を調達し、近くに置いてあったベンチの周りに集まって軽い雑談をしていた。
だが、ベンチは置いてあったが五人も座るほどのスペースはなかったので、俺は一人だけ自動販売機に寄りかかりながらだ。
少し離れた場所には他にもベンチはあるんだが、そっちだと話をするのが面倒だからこんな感じになっている。
特に疲れるってわけでも国なるってわけでもないからいいんだけどな。
それに、自動販売機に一人寄りかかりながら話している俺……なんかちょっとかっこよくない?
俺は別にナルシストだとか厨二病ってわけじゃないんだが、男はいつまで経ってもロマンを忘れられないものだろ?
日本人がブロードソードよりも日本刀の方がかっこいいと感じたり、単純な槍よりも先端がドリルになってる武器の方が使ってみたいと思ったりする感じ。あれと同じだ。多分そんな感じ。
とりあえず意味もなく無意識にそれっぽいかっこいい行動を意識してしまう時がある。それが男の性だ。
男は、いつまで経っても己の業を完全に振り払うことはできないのだ。
……なんて、バカなことを考えてみたり。
ただまあ、あながち間違いでもないと思うんだけどな。
かわいいは正義で、かっこいいも正義。それからいかに非効率と言われたとしても、ロマンも正義だ。
まあ、やりすぎるとただの頭おかしいやつだけど。
「でもさー、そもそもあんた、誰にも教えてないじゃん」
俺がそんな馬鹿みたいなことを考えていたことには露ほども気づかず、浅田はベンチの背もたれに寄りかかりながらさらに体を倒し、上下逆さまに俺を見上げるようにして顔をこっちに向けてきた。
「教えないってか、誰も聞きに来ないだけだな」
「じゃあ聞きにいったら教えんの?」
聞きに来ないと思うが……もし聞きにきたら、か。
工藤との話の時にも考えたが、できることなら直接教えたりってのはあまりしたくない。
それは何もお嬢様だけに限った話ではないのだ。
あのお嬢様だけではなく、俺は宮野達四人以外には戦い方の指導をしたいとは思っていない。……というよりも、したくないと思っている。
「……できることなら、あまり教えたくないな」
「どうしてですか? 伊上さんの教えを受ければ、みんな強くなれると思うんですけど」
だが俺の考えがわからないのか、宮野は不思議そうな様子で俺のことを見た。
まあ、今までの俺の行動——ダンジョン内での負傷者の救助とか手助けとか、後はこいつらが死なないようにって訓練していることを思えば、不思議に思うかもしれない。
何せ、しっかりと教えればそれだけ生徒達が死ぬ確率が減るんだから。
だから、今まで誰も死なないように、なんて行動してきた俺らしくないかもしれない。
だが、それは外から見ていれば、だ。
俺の中では、ここの生徒達には俺が教えないことの方が生きる率が高い。だからこそ俺は指導なんてしたくないのだ。
そして、当たり障りのない指導をするんだったら、俺は他の教師や教導官の中で最も劣っている。
そういう意味でも、俺は指導をしたくない。やる気のない俺に教わったところで時間の無駄だからな。
「あたし達のために周りを強くしないようにしてる、とか?」
「アホか、バカたれ。お前らのためだってんなら、むしろ周りをバカみたいに強くしてお前らを追い詰めるに決まってるだろ」
「決まってるんだ……」
「だがそれをしないのにはそれなりの理由があるんだよ」
浅田は俺がこいつらのために他の奴らを強くしたくないと考えている、だなんて思ったみたいだが、それはとんだ間違いだ。
だが、周りの生徒達を強くせず自分たちだけを鍛えたとなったら、そういう考えになってもおかしくはないか。
こいつらは今の時点ではこの学校内でもそれなりの実力者。というか、トップ争いできるんだろうと思えるほどだ。
確かこの学校にはランキングなんてものがあったはずだが、俺と会った時はいまいちパッとしない成績であったこいつらも、今真面目にトップを狙えば十分に可能性はあるだろう強さになった。
だからそのランキングでトップ……そうでなくても上位に入ることができれば、それは楽しいことだろうし喜ばしいことだろう。
だが、確かにそれ自体は喜ばしいことだろうが、こいつらのためを思うなら、俺はこんな学校での苦渋や辛酸なんていくらでも舐めさせた。むしろ喉の奥に流し込んでやるくらいの気持ちでいる。
何せ、学校を卒業してダンジョンに潜るのであれば、そこではたった一度の『負け』でさえ認められない。そうなれば死んでしまうからだ。
だから、こうして安全なところにいる間に負けを経験しておけば、次からはそのことに対策するようになる。それは楽々勝ってい気持ちよく笑っているよりもよほどこいつらのためになる。
そのため、ランキングで上位を取るために他を下げたり、こいつらだけを強くしたりってのは望まない。
……望まないのだが、それでも他の生徒達を育てようとは思えなかった。
「俺の考え方や戦い方は特殊だろ?」
「特殊ってか……まあ王道じゃないのは確かねー」
「ああ。で、それを完璧に実行させようとすると、元々の考え方から矯正しないといけないんだよ」
「矯正、ですか?」
「必要?」
「必要だな」
俺の言葉に四人全員が不思議そうに首を傾げているが、まあわからないでもない。
こいつらは二年になってるんだし、わざわざ矯正しないといけないような何かがあるのなら一年のうちにしてあるはずだ。
それに、考え方の矯正となれば、それをしないといけないほど考えが歪んでいるということだ。
だが、四人には矯正するような人物がいるようには思えないのだろう。
それはそうだろう。何せ、俺がいっているのは主義主張、趣味や性癖のことではない。
俺が直さなければならないと感じたのは、戦い方に対する向き合い方のことだ。
冒険者に自分から進んでなるようなやつは、少なからず虚栄心ってもんを持ってる。
かっこよく見られたい。みんなから感謝されたい。周りの奴らから賞賛されたい。
そんな自分を良く見せて讃えられたい気持ちってもんがある。
じゃないと、義務でもないのに、わざわざ自分から命をかけるような仕事をしないだろ?
一応ゲートのモンスターを倒さないと市民が傷つくから、それを守るためって大義はあるのかもしれない。
だが、それを本当に心の底から掲げている奴がどれほどいると思う?
多分、せいぜいが冒険者の中でも一割行けば良い方だろう。
後は覚醒したからと流されて冒険者になったか、英雄譚に憧れてなった。それから、金や名誉を求めたかのどれかだが、大半が三番目ためだ。それも、金よりも名誉の方が求める気持ちの割合としては上だろう。
そんな名誉を求めるような奴が、素直にいうことを聞くとは思えない。
何せ、俺の戦い方は賞賛なんてされるようなものではないからだ。
罠を使って、言葉で惑わして、小細工をして、泥に塗れて、奇襲や不意打ちで殺す。
そんな、御伽噺の登場人物には相応しくない、それこそ英雄として讃えられるような戦い〝らしくない〟戦いだ。
生き残るためには必要だっていっても、素直に受け入れて実行するやつは少ないはずだ。
だから、まずは俺の考えを受け入れられるように、戦いというものに対する姿勢やなんかを直す必要がある。
しかし、そんな考えを直すのは容易ではない。
宮野達の場合はスムーズに受け入れてくれたが、俺が教えるのがこいつらだったのは運が良かった、っていうべきなんだろうな。
……や。やっぱこいつらに会わなきゃ俺は教導官なんてしないで、今ごろは普通に社会人をやってた可能性もあるから、というか多分社会人をやってたから、運が悪かったのか?
「でもさ、矯正ってのがよくわかんないけど、中途半端でも知ってるだけで役に立つ時ってあんじゃないの?」
「そうよね。知ってるだけでも変わる状況っていうのはあるでしょうね」
俺が言った矯正という言葉の意味がわからないからか、それはスルーすることにした浅田。
そんな浅田の言葉に宮野も頷いているが、俺は首を振ってその言葉を否定する。
「それはお前らが優秀だからだよ。普通は後から付け足した余分な考えってのは邪魔になる」
それはかけねなしの本音だ。
授業で教えるような正規の戦い方と、俺が教えるような特殊——と言うか卑怯な戦い方を同時に治し得られても受け入れ、順応することができたのは紛れもなくこいつらが優秀だからだ。
「え、えへへ、そうかな?」
想定外の言葉が嬉しかったのか、浅田が数度ほど目を瞬かせた後に照れたように笑って顔を逸らし、他の三人も同じように視線を逸らした。
「まあ、優秀だってことの他にも、最初から俺の考えに理解を示して、目標に向かって本気で取り組んだからってのもあるだろうけどな」
いくら優秀でも、俺の教え方を受け入れることができないんだと、どうしようもない。
だがこいつらは目標があったからか、特に反発することもなく受け入れて、努力した。
だからこそ、俺はまだこいつらに教えているんだ。
俺が残っているのはこいつらに引き止められたってのもあるが、教えていて楽しいからまあいっかなんて思ったことがあるのも事実だ。
「今までとは違う戦い方を教えられたとしてもプロならなんの問題もないが、ここに通ってる学生達はまだ自分の戦い方でさえ完璧にこなせていない。そんな状態で他の考え……それも今まで教えてもらい、実行してきた自分の戦い方とはまるっきり違うものを教えられたらどうなると思う?」
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