第132話寂しい、かもしれない……

「……どうなるの?」


 俺の話を聞いて、宮野と安倍と北原は〝どうなるか〟ってのを自分なりに考えようとしたのだが浅田だけは少し考えるとすぐに考えるのをやめて再び俺に顔を向けて問いかけてきた。


 ……聞いた方が早いってのはわかるが、こいつ、もう少し考えた方がいいんじゃないだろうか?


 まあ、頭のでき自体はバカってわけじゃないんだし、思慮深さが必要なダンジョンではこいつは結論を急いだりはしないか。そういうふうに教えたわけだし。

 それに何より、宮野達三人が補助してくれるから平気か。


「戦いの途中で中途半端に選択肢が混じり、無駄に悩むことになる」


 だが、俺がそう言っても浅田はどう言うことかわかっていない様子で、そしてそれは浅田だけではなく宮野達も同じだった。

 四人ともが俺の言葉の意味が理解できていないようだ。


「たとえば、そうだな……浅田。お前が今日急に魔法を使えるようになったとしよう。それも結構強力なやつだ。強敵と戦ったとして、今まで通り戦えるか? 自分には今まで通りの闘い方の他に、強力な魔法攻撃があるじゃないか? それを使うべきなんじゃないのか? 使うんだとしたらどこでどうやって使えばいいんだ? そもそも、本当に使うのが正しい選択なんだろうか? 自分は次に何をすればいい? ——そんなふうに悩んだりしないか?」


 まず間違いなく悩むだろうと言うのが俺の考えだ。


 わかりやすく例えるなら、野球だろうか? 

 自分が投手だとして、自分には自信を持っていると言えるストレートという武器がある。だが、変化球も使える。

 相手はストレートを打つのが得意みたいだし、自分は変化球にしようか? だが得意なストレートで勝負しようか?


 そんな感じで悩むようなもんだ。

 だが、できることが一つしかないのなら、その〝一つ〟を使うことを前提に、どうにかしようと考える。ストレートしか投げられないのなら、全力で投げるだとかコースを工夫するだとかな。


 それが野球ならいい。何せしっかりと考える時間があるのだから。


 だが、俺たちとこいつら、それから他の学生達は冒険者だ。


 冒険者というのはダンジョンに潜って敵と戦う者だ。

 命をかけて戦っている最中に、ゆっくりと悩んでいる時間なんてあるわけがない。


 この敵はなにが弱点だからこうしてこうしよう。でももしかしたらこっちの方がいいかな? なんて、そんなことをしていたら、戦闘中においては隙になる。


 何を使うか、何で対処するかを考える時間を減らすことができるのなら、それは隙を減らせるってことだ。


 だが、逆に何を使うか、どう対処するのか悩むってことは、それだけ隙を作るってことで、戦闘中の隙はたった一瞬であっても致命的になることがある。


「うーん……わかんないけど、多分悩むと思う」


 浅田は首を傾げて考えたが、その様子は質問について考えるというよりも、自分が魔法を使う姿を想像する方に考えを割いていたような気がする。

 だがそれをうまく想像できないのか、はっきりとしない答えだ。


 それも当然か。俺だって覚醒する前に魔法ってどうやって使うんだ、なんて聞かれても答えられないし、自分が魔法を使う姿なんて想像できなかった。


「後は、他の三人は魔法が使えるが、同じように急に全部の属性の魔法が使えるようになったとして、何を使おうか悩まないか? 安倍なら炎が得意だが、敵の弱点としては土だった場合、慣れてる炎を使うのか使い慣れていないが弱点の土を使うのか、悩んだりしないか? 一瞬たりとて悩まずに最適解を出せると言い切れるか?」

「……無理」


 先ほどの浅田よりはわかりやすかったのか、本業の魔法使いである安倍は少しだけ考えた様子を見せると、すぐに眉を寄せて首を振った。


「だろ? それと似たようなもんだ。選択肢が増えるってのは良いことだが、今できることが完璧にこなせないようなら、中途半端に選択肢が増えるのは逆効果だ」


 戦闘における他の選択肢を増やすなんてのは、一つのことを極めてからにすればいい。

 あっちもこっちもなんて手を伸ばしてたら、そのうち潰れる。


 まあ、こいつらの場合は俺がその辺りを気をつけて鍛えてるから潰れさせるつもりはないけどな。


「にしてもさー、もうちょっと真面目に授業しても良いんじゃない? あたしと瑞樹くらいしか話しかけてないじゃん」

「舐めんなよ。あのお嬢様と工藤も話しかけてきたさ。後お前らのクラス担任な」


 二人だけじゃねえ。全部で五人だ。それに、まともな相談じゃないけど、他の奴らからだってたまに話しかけられる。

 ほとんどが宮野——『勇者』と繋がりを作ろうとした教導官だとか生徒だけどな。


「たった三人で何言ってんのよ」

「でも、本当に伊上さんのところには誰も行かないですよね。他の教導官の方のところへはそれなりに行っているみたいですけど」


 そんな俺のぼっち度合いを指摘するような浅田と宮野の言葉だが、そこで安倍が疑問の声を出した。


「そうなの?」

「え? そうなの、って……そっちは違うの?」

「ん。まあ、そこそこ教えてる?」

「伊上さんは、魔法使いっていうのもあるからだろうけど、何人かは、聞いてるよ?」


 安倍に同調するように、北原が頷いて答えたが、まあそれは事実だ。

 今日は戦士の訓練の方になぜかいたが、魔法使いの方では普通に話しかけられることもある。


「そうなんですか?」

「まあ、戦術を教えるとなったら、中途半端に実行しようとすると逆効果になることがあるからあまり教えたくないが、ただの魔法の使い方やテクニック程度の『普通』の範疇だったら、教えても問題ないからな」


 魔法の構築の際にどこで手を抜くかとか、魔法の不完全な使用によるフェイントとか、戦い方を根本から変えるようなものではない小技程度だったら何の問題もない。


「それから、戦士の授業で聞きに来ないのは俺が魔法使いだってのもあるだろ。なんで他に戦士の専門家がいるのに、俺みたいな魔法使いに聞くんだよ」


 俺以外の教導官は三級なんておらず、全員が接近戦のプロだ。

 一応俺も実績という意味ではそれなりに残ってしまっているが、冒険者としての強さという評価では、俺は明らかに劣っている。


 評価は低いのに実績を残しているとなったら、何かズルをしているんじゃないか、詐欺じゃないかって疑うもんだ。


 そんな疑いを持っている相手に対して、心から教えを乞うことなんてできないし、そもそもの話、どうせ聞くのならその道の一流に聞きたいに決まってる。


「一応遊撃として接近戦もできるが、そもそも遊撃なんてポジションが珍しいからな。それで三級となれば、信用しなくても仕方がない。——最初の頃のお前みたいにな」


 浅田だって今ではそれなりに俺のことを信用してくれているが、初めて会ったときには俺のポジションが遊撃だってことや、仲間になることに文句を言っていた。


「う、ぐ……そう言われると、なんも言えないんだけどぉ……」


 俺たちが出会った時のことを思い出したからか、浅田は顔を俺から背けて正面へと戻して呻いた。


 そしてそんな姿を見た俺も、最初の頃を思い出してフッと小さく笑った。


「まあ、そんなわけで俺はこれからもぼっちで授業を受けることになるな」


 多分これからも、戦士の授業で俺に話しかけてくるやつってのはそんなにいないだろう。というか、そもそもの話だが、魔法使いの俺が戦士たちの授業にいる方がおかしいんだけどな?


 おそらくは宮野がいるからだろうとは思う。

 こいつは勇者で、近接も魔法もどっちもできるが、ある意味では俺も同じだ。俺も魔法を使うし剣を振ることもある。

 まあ、『同じ』っつーには大分差がある気がするけどな。


「っつーか授業のメインは俺たち教導官でも正規の教師でもなく、お前ら学生だろ? お前らはどうなんだ? なんか授業の感想とかないのか?」


 俺は生徒達から質問を受ける立場だが、こいつらは質問をする立場だ。

 他の教導官の奴らに色々と聞いたり、稽古をつけてもらったりしているだろうし、面白いやつや有望なやつはいないものだろうか?


「んー? まあまあかなー。それなりに面白いかも」

「そうね。たまには他の方に教えてもらうと言うのも収穫があるものね」

「できることが増える」

「みなさん、すごい人ばっかりだよね」


 どうやら宮野達もしっかりと他の教導官達を利用しているようで、なかなかに好意的な意見だ。


 でもまあ、そうだろうな。


 俺は卑怯な手を使っていいんだったらこいつらにも勝てるし、戦い方は教えられるが、純粋な戦闘技能でいったらこいつらを鍛えることはできない。

 せいぜいがちょうど良さそうなダンジョンに連れて行って経験を積ませることぐらいだ。


 だが、他の教導官達はまともに稽古をつけてやることができるだろう。


「そんな褒める奴らがいるってことは、俺もそろそろお役御免か?」


 一応まだ教えているわけだが、正直なところ、もうほとんど教えることは終わった。

 教えることが全くないってわけじゃないんだが、あと教えることといったら、こいつらの専門外のことになる。俺が割と使ってる呪いだとかな。それから各種裏技くらいか。


 だが、もう今年度中には教えることもなくなるだろう。後は知識ではなく、純粋な技量になる。

 それには俺みたいな小細工で対処しようとするやつよりも、しっかりと相手をすることのできるやつに任せた方がいいかもしれない、なんて思った。


「嫉妬してんの?」

「バカ言え。そっちの方が良いってなったら、俺を解雇してもらえるかもしれないだろ」


 ……ただまあ、辞めるとなったらそれはそれでちょっと寂しい気もする。

 けど、辞めることができるんだったらそれは俺が望んでいたことだし、ちょうどいいだろう。

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