第130話助言と視線

 

 ふと視線を訓練をしているお嬢様の方へと向けると、訓練場ではちょうどお嬢様と宮野が模擬戦を終えたところだった。


 ……終わったか。


 俺たちが見ていることに気がついたのか、宮野がこっちに向かって軽く手を振ってきたので、俺はその場から離れて宮野達のそばへと近寄っていった。

 別に手を振り返せばそれでおしまいだったんだろうが、なぜだかなんとなくそうしたほうがいいと思った。


「よお二人とも。お疲れさん」


 2人のそばへと寄った俺がそう言うと、お嬢様は、ふん、と顔を背けた。

 その様子を見て、だいぶ怒ってんなと思ったが、どことなく恥ずかしがっている時の浅田に似ていたので、こいつも恥ずかしさを感じたんだろうか?


 だとしてもその恥ずかしさが『何に対して』なのかはわからないが。


「伊上さんもお疲れ……ではないですね」


 宮野はシャツで汗を拭いながら俺のことを見て話しかけてきたのだが、その途中で冗談めかした言葉へと変わった。


「まあ一応仕事っつっても見てるだけだしな」


 他の教導官達は生徒達から指導を頼まれたりすることもあるみたいだが、俺のところには1人も来ないから、ぶっちゃけ訓練の様子を見てるだけだ。疲れるはずがない。

 まあ、精神的に疲れると言えば疲れるかもしれないが。


「どうでしたか?」


 その質問は、今のお嬢様との戦いに関してのことだろう。


 でも、正直なところお言えば、純粋な技量では俺は宮野にいうことなんて何もないんだよな。

 だってもう、というか最初から俺は宮野に剣の技量では負けてたし。

 それでも俺が宮野に勝ち続けることができるのは、不意をついたり奇策を使ったりという『戦いの動かし方』という点で勝っていたからだ。


 だが、それを除いた今みたいな純粋な戦いでは、指導することなんてない。

 悪かった点ならあげることはできるが、それをどう直せばいいのかなんてのは教えられない。


 そもそも今の戦いでは悪いところ自体見つからなかったんだけどな。

 まあ、途中からよく見てなかった見つけられなかったという理由もあるかもしれないけど。


 それでもあえて何か言うとしたら……


「悪くはない。ただ、これは今の授業で言うことじゃないかもしれないが、今見た接近戦に比べると、まだ普段使ってる魔法は制御が甘い。一度魔法だけで戦ってみてもいいんじゃねえのか?」


 今は接近戦の授業なんだから、魔法に関しての言及をするべきでhさないのかもしれない。

 だが、こいつがより強くなるためにはどうするべきか、って考えると、このまま接近戦を鍛えさせるより、魔法戦を鍛えさせたほうが強くなれそうだ。


 こいつは魔法も剣も使えるので普通の特級よりも強いし幅広い戦い方ができる。

 だが、その二つの技量が離れすぎてると逆に足を引っ張りかねない。

 二つのことを同時に極めろってのは難しいだろうが、それでも強くなるためなら同時に育てていくのがいいと思った。


「魔法だけ、ですか。確かに、この間のように武器を振るえない状況というのもありますし、練習としては効果的かもしれませんね」


 この間ってのは、学園祭のための素材集めの際に遭遇したクラゲと戦った時のことだろう。

 あの時はクラゲの群れに突っ込んでいった時は剣を使えたのだろうが、その前に結界の中に逃げ込んでいた時は魔法を使うしかなかったからな。


「それに、まだ剣を振りながらだと魔法の構築が雑になってますし、発動も遅れていますから」


 宮野はそう言って軽く肩を落としてため息を吐き出したが、俺はそこまでではないと思っている。


 構築が雑になっていると言っても、それは実戦ではほとんど気にならないようなものだ。

 雑になった影響ってのは効果範囲の設定や威力に関わってくるが、それは距離が開いていれば問題になるってだけ。

 目の前の敵にぶっ放すだけならそれほど気にならない程度のものでしかない。


 そして発動が遅れるとも言ったが、そっちも同じだ。

 剣で斬り合っている状態で目の前の敵を攻撃するのなら、多少準備してから発動するまでが遅くても問題はない。


 常識の埒外の奴らと戦うなら問題になるだろうが、その未熟さを分かっているのなら牽制やフェイントくらいには使える。


 まあ直接的な攻撃としては防がれることもあるので、鍛えるということ自体は間違っていないけど。


 だが、宮野はまだ十六・七程度の子供だ。今のままでも十分強いし、よくやっている。

 本来ならもっと気楽に生きてるはずの女の子だってのに、毎日のように傷を作って、時には死にかけて今までやってきた。


 そのおかげで、こいつはもうこれ以上強くならなくても冒険者としても『勇者』としてもやっていける。


 そう思うが……それでもこいつは進むのをやめないんだろうな。


「一つ……もしお前がそれなりに魔法の制御ができると判断したら、新しい魔法の発動のさせ方を教えてやる」


 だから、ちょっとだけ秘密というか奥義というか、奥の手を教えてやることにした


「新しい魔法、ですか?」

「の、発動のさせ方な。詳しくは制御できてると認めてからだ」


 教科書や本に乗っていないような新しい魔法もないわけではないが、それは俺専用と言っていいくらい微妙な効果の技だ。

 そもそも宮野と俺では、使う属性が合わないために教えたところで意味がない。


 なので、魔法そのものではなく、魔法の使い方を教えてやることにした。

 結構難しいやつだからそれなりに魔力の制御ができないと使いこなせないが、使いこなせるようになったら今よりも戦闘中の魔法の使用が楽になるだろう。


「それじゃあ頑張りますね!」


 宮野は俺からの思いがけない言葉に意気込んだが、それと同時に授業の終わりを知らせる鐘が鳴った。


「っと、授業が終わったか」

「ですね。今日はこれでおしまいですが、このあとは予定通りで構いませんか?」

「ああ。朝言った通り、一旦食堂に集まってから訓練場で訓練だな。一旦戻らなくちゃならんのは二度手間だがな」

「ですね。わかりました。それじゃあ失礼します」


 そう言って宮野は一礼すると、一旦俺たちから離れて他の生徒達が向かって方へと進み出した。


 だが、宮野は戻るために移動を始めたというのに、一緒にいたお嬢様はその場から動かなかった。


「どうしたお嬢様。授業はもう終わったろ?」

「……わかっておりますわ」


 お嬢様は一瞬だけ眉を動かすと、すぐさま俺に背を向けて歩き出した。


 そんなお嬢様の後をついていくように工藤も歩き出したが、その途中で振り返った工藤は、眉を下げて困ったようにこっちを見ていた。


 俺はその視線に気づかないふりをしながら、この場を離れるために移動を始めた。

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