第94話衣装決定

「伊上さん、これをどうぞ」

「ああ、ありがとな」


 そうしてなんとか場が落ち着くと、宮野が先ほどはじかれて床に落ちた雑誌を拾って俺に渡してきてくれた。


「さっきからなに読んでたんですか?」

「あ? ああ、ファッション誌だ」

「読むの?」


 安倍がだいぶ失敬なことを言っている気もするが、まあ俺も普段はそんなもん読まないからな。この雑誌だけ特別だ。


「まあ、ファッションって言っても、普段着るようなもんじゃなくて冒険者用の装備やら正装やらだがな」

「装備はわかりますけど、正装ってドレスとかですか?」

「まあそういうのだ。宮野って言う『勇者』がいるし、お前らなんかはそのうち出ることになると思うが、そこそこ以上の実力があってなんらかの功績を残したやつはよくお偉方のパーティーに呼ばれんだよ。まあ、俺が見てたのは普通の装備の方だけどな」


 パーティーの時は基本的に武装を解除するんだが、その際に襲撃がないとは言い切れない。

 なので、ダンジョン産の素材を使って防御力の高い服を作ったりする。


 あとは防御力だけじゃなくて、魔法を使う時の杖の代わりになりそうな装飾とかな。

 その辺の小細工はグレーだが、明確に『武器』らしい形をしてなきゃオッケーってのが暗黙の了解だ。


 かく言う俺も、一応一着だけ正装を持ってる。


 俺の場合は功績があるから、じゃなくてヤスのチームメンバーだったから、だけどな。

 あいつ、いいとこの坊ちゃんだし、誕生日のパーティーに参加したことがある。


 俺がパーティーに参加しなれないからだと思うが、あんまり参加しても楽しいもんでもなかったけどな。


「パーティーねぇ……」

「ああ……っと、ああそうだな。お前ら、ドレスは持ってないだろ?」


 今の話をしていて、そういえば、と思いついた。

 持ってるならそれでいいんだが、多分持ってないだろうし、今のうちに備えておいた方がいいだろう。


「え? えっと、はい」

「一着くらいもっとけ。さっきも言ったが、『勇者』は呼ばれることがある。その時になにも着るものがないと、危ないぞ。風評的な意味でも、物理的な意味でもな」


『勇者』として称されるものであっても、ドレスの一着も持っていないような小娘——なんて言われるかもしれない。


 だからどうしたって言ってしまえばそれまでなんだが、世の中にはたったそれだけで相手を侮ってちょっかいをかけてくるやつだっている。


 警戒されるのと侮られるのなら、侮られた方がマシ、なんていうが、それも時と場合によってだ。

 時には侮られるのがまずく、警戒された方がマシって時だってある。


 だから馬鹿にされないためにも、ドレスはあつらえておいた方がいい。

 学生のうちは式典なんかでも制服で参加できるが、それだってあと二年もすれば制服は着られなくなるんだ。どのみち用意しておくべきだろう。


 そんな馬鹿にされるかもしれない、という『風評』の部分はわかったのだろうが、『物理的』の意味がわからないようで宮野達は首を傾げている。


「物理的?」

「暗殺の危険があるってことだよ」

「「「「っ!!」」」」


 だからこそ防御力の高いものが必要になってくる。

 すれ違いざまにグサッ、なんてことがないわけじゃないんだから。


「……で、でも、そういうドレスって、どこで頼むものなんですか?」

「あー、そうだなぁ。普通は専門店に行ったり専属に話したりすんだが……欲しいか? なら紹介くらいするぞ?」


 まあ宮野達は一般の学生だし、普通はドレスを頼む店なんて知らないか。

 まあ、俺だって知ってるって言えるほど知ってるわけじゃないし……ってか、ぶっちゃけ一つも知らない。だって俺の場合はヤスに頼んで用意してもらったから。


 だからまあ、今回もあいつに頼めば伝を用意してくれるだろう。


「まあ、必要だってんなら、一度くらいは考えた方がいいんじゃない?」

「……そうね。伊上さんが用意しておけって言うくらいだから、必要になるんでしょうし」


 そこまで信頼されても困るんだけどな。

 なんてそう思ってから俺はヤスに電話をかけた。


「ああヤスか? 久しぶりだな。……あ? うっせえよ。んなことより相談があんだけど、いいか? ん、実は、宮野達がドレスが欲しいって言ってな。……は? バカ言え。ウェディングドレスなんていらねえよ」


 何言ってんだこいつは。ウェディングドレスなんて誰が欲しいっつったよ馬鹿野郎。俺が電話をしたのは結婚報告じゃねえ!


「つかそもそも、俺が贈る訳じゃねえ。あいつら自身のパーティー用だ。どうせそのうち必要になんだろ。それに、どうもそれを着て文化祭で出店をしたいらしくてな。だからお前んところで作ってもらえねえかなって」


 実際には文化祭で着るかどうかなんて決まってないが、まあ着るかも知んないし急がせておいて問題はないだろ。


「で、支払いだが……ん、そうか? わかった、ありがとう。じゃあ頼むわな。ああじゃあな」


 そう言って俺は電話を切ると宮野達へと視線を向けた。


「ヤスに連絡しておいた。お前らの写真をもとに向こうでデザインを決めてくれるらしいから、決まったら後で教えてやる。文句があったらその時に教えてくれれば、デザインを変えられるぞ」


 あいつの親の会社は冒険者用の装備やら道具を扱ってるだけあって、ちゃんとデザイナーとかも雇ってる。


 宮野達の基礎情報はわかってるだろうし、写真は前にチームの集合写真を送ったことがあるのでそれを参考にすればデザインくらいは決まるだろう。


 詳しいのなんて下地ができてから話し合えばいい。どうせ何をどうすればいいかなんてこいつらはわからないだろうからな。


「え、えっと、なんだか話が早すぎて何が何だか……」

「簡単だ。ドレスを用意する手配はした。俺が勝手に決めちまったが、文化祭で着るにしても着ないにしても、持っておいた方がいいからな。プロに任せればデザインも問題ないだろう」


 とはいえ、勝手に話を進めすぎた感はしている。最初は繋ぎをつけるだけで電話したんだが、ヤスが簡単に了承するもんだからサクサクと話が進んでしまった。


 話が早いのはいいし、信頼できる相手だから繋ぎをつける必要はあったんだが、やっぱ勝手にしすぎたか、とも思う。


 まあでも、デザインの段階でいらないってなれば実際に作る前にやめればいいだろう。デザイン料くらいなら、かかったとしても俺が出せばいい。それくらいなら大丈夫、なはず。


「ありがとうございます」

「ただ、問題もある——ドレスは高えってことだ。自前で素材を集めればある程度は抑えられるけどな」


 一応今はデザインだけ頼んだが、実際に作るとなったら金がかかる。

 デザイン料もだがそれはいいとして、大きくは作るための材料と加工費だな。そこが一番大きい。

 だから材料は必要なものがあってそれを自分で集めることができるんだったら、割と安く済む。


「どれくらいすんの?」

「今の相場は知らねえが、俺ん時は大体一千万くらいしたな」

「いっせ——!?」

「そんなにするものなんですか!?」


 宮野達は目を見開いて驚き、北原にしては珍しく声を荒げて叫んでいる。


 が、残念ながらそんなにするんだよ。


「いや、普通のドレスだったらそこまではしないはずだ。安物なら数万程度で買えるし、高いのだって数百程度もあれば十分なはずだ。だいぶ昔になるが、俺の母親に聞いたときはウェディングドレスが百万ちょっとくらいだって言ってたしな」


 ウェディングドレスが百万なら普通のドレスは数十万もあれば買えるだろうし、こいつらには払うことのできる額だ。


「だが、お前らのはいざってときの防御を兼ねた魔法具としての役割もある特殊なやつだからな。これくらいはしてもおかしくない。むしろ、安い方だぞ?」


 本当にガッチガチの装備だと、上限なんてないからな。

 こいつらは覚醒者だし、そこまで強力な装備は必要ないだろうけど。


「というか、お前らだって結構持ってるだろ? 今までの冒険の報酬もだが、前の特級を倒した時の報酬。あれも合わせると五・六百万くらいあるんじゃねえのか?」


 学生だから毎日ダンジョンに潜るってわけには行かないけど、卒業すれば一年と経たずに返済できる程度の額だ。


 俺がヒロ達とチーム組んでた時はもっと低い……精々月百万程度だ。それだって装備を整えたりなんだりで、最終的には五十万くらいまで減る。


 それに対して宮野達は一級と特級だからな。月一千万も頑張ればできるだろう。

 まあ、命の対価がそれって考えると高いのか安いのかわかんねえけどな。


「まあ支払いは出世払いでいいってことになった。ヤスが立て替えてくれるらしい」

「でも、そんなご迷惑をかけてしまっていいんでしょうか?」

「あれでもあいつは金には困ってないからな。それに、勇者との繋がりは作れたんだから、あいつとしても悪いことって訳じゃねえだろ。お前は恩を感じてるし、借りた分を払い終えるまでは、あいつの会社から離れないだろ?」


 俺はこいつらとヤスの会社に繋がりを作ろうとしたが、それは向こうにとってもいいことのはずだ。

 日本に十人、世界にはたった百人もいない『勇者』。そのうちの一人と繋がりが持てるんだ。

 金銭面で多少の損害が出たとしても、その繋がりを手放すことはしないだろう。


「仮にお前達が支払いをしなかったとしても、勇者一行が使ったドレスや、装備を一身に請け負ってる会社ってなれば、それだけで元は取れる。宣伝費だと思っておけ」


『勇者』とその一行が使ってる装備を扱ってる会社となれば、それは結構な宣伝になる。


 ヤスの口調からしてそれを織り込み済みだった感じだから、そんなに気にすることでもないと思う。


 ……ああいや。こいつらに名前を使って良いかは聞いてなかったな。

 勝手に使うのもまずいし許可を取った方がいいんだが……その辺はヤスも考えてるだろうし、また後で話しておけばいいか。


「んでまあ、その話は終わりでいいだろ。衣装の話に戻れよ」

「戻るって言っても、ドレスでの参加で決定でいいんじゃないの?」

「ん? なんだ、他に相談しなくていいのか?」

「だって、用意してくれたんだから着ないわけにはいかないじゃん」

「まだ用意したわけでもねえけどな……。お前らもそれでいいのか?」


 ドレスをコスプレって言って良いかわかんねえし、他に何か着たいものなんかがあるんだったらそっちで良いんだが……。


「はい」

「はい」

「なんでも」


 返ってきたのははっきりとした返事だった。

 安倍は「なんでも」なんて投げやりな感じの返事だが、この場合のなんでもってのは投げやりな感じではなく、なんであったとしても楽しそうだから良い。みたいな好意的な意味だと思う。


「コスプレって言っても何を着て良いかわかってなかったですから」

「それから、ドレスってちょっと憧れが、ありますし」

「お前らが良いなら良いけどな」


 やっぱ女子的にはドレスは憧れるか。

 まあ決まったんならなんでもいいけどな。


「で、問題は文化祭の内容の方だが、さっき俺の言った出し物でいいのか?」


 宮野達に問いかけると、四人全員がはっきりと頷いた。


「じゃあできるだけ量を揃えた方がいいし、早めに回収に行くぞ」


 人数が少ないんだから、直前になってやばいと思うより、少し早めでも準備を始めたほうがいいだろう

 そのために保存のきく素材を選んだんだからな。


「早めにってことは、明日からでいいの?」

「そうだな……いや、次の休みからでいいか? 準備するものがある」


 ただの探索なら適当に準備して入って戦って、回収できるものがあるなら回収して終わり、でもいいが、最初から素材の回収が目的となると必要な道具は増える。

 組合やゲートの管理所でも貸してくれるだろうが、自前のものがあるならそれに越したことはない。


「行くダンジョンの順番は後で連絡するが、いつどのダンジョンに行っても対応できるように、どこにどの素材があってそこはどんなダンジョンなのか、お前らしっかり調べておけよ」


 そう言うわけで、俺たちは今週の休みに文化祭に使うための食材を回収をしにダンジョンに潜ることになった。

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