第93話ビキニアーマーって結構有名だと思う

 

「はぁ……。まあ、簡単に説明すれば、チョコフォンデュみたいなもんだ。もしくはりんご飴か? 薄刃華にチョコや蜂蜜をかけて食べる感じだな。あとはさっきお前が言ったみたいなマシュマロとか市販の材料を使ってもいいが、そんな感じだ。雨飴は普通にそのまま売っとけ」

「なんか最後だけ適当じゃない?」

「いいんだよ、それで。雨飴はまんま飴だからな。何かする必要がねえ」


 飴が雨みたいに降ってくるだけだ。その味はその時のダンジョンないの様子によって変わるが、まあ不味くはない。


 ただ、雨飴には多量の魔力が含まれている。

 食べれば多少なりとも魔力を回復できるのだが、加工をしない状態ではそれほど回復しないので、もっぱら補充薬の素材になる。


 売れば金になるそれだが、あまり採取に行くやつはいない。


 なんでか? 採取作業がくっそめんどくせえからに決まってる。


 一度地面に落ちたものはすぐに地面に溶けるように吸収されるから使えないし……ああ、雹を回収すると思えば良い。

 あれ、結構痛いんだぞ。最悪死ぬし。


 しかもダンジョンの手前の方はほとんどただの飴で、奥に行くほど魔力の含有量が増えるため、奥にいかないと大した価値にならない。

 そして奥に行くにはそれなりの苦労と手間と危険がある。具体的には雹の降る中何時間も移動しなくちゃならん。


 そんなわけで、専門でやってるやつ以外はあまりいかない場所だ。薬の素材に使える魔力を含んだ素材なんて、他にもあるしな。


 ただ、今回は都合がいいから回収するものとして名前を挙げた。


「でもなんで今言った素材なの?」

「あ? そりゃあ素人でも調理が簡単だってのもあるが、期限を気にしなくていいもんだからな」


 素材って言ってるから気付きづらいかもしれないけど、食材には賞味期限だとか消費期限ってもんがある。それはダンジョンのものでも同じだ。


 鮮度を保てるのが三日だとして、こいつらだけで揃えられると思うか? まず無理だ。


「お前らは四……あーいや、一応五人しかいないんだから、文化祭の数日前にいろんな素材を集めるなんて無理だろ?」

「あー、それもそっか。一応じゃなくてちゃんと五人だけど」


 そんな浅田の言葉に俺は肩を竦めるだけで、それ以上は何も言わない。


「コスプレの衣装に関しては……そっちで決めとけ。と言うか、女子が着る服を俺に選ばせようとすんなよ」


 女子高生の着るコスプレ衣装を俺が選ぶと、なんかその場合は俺がその衣装をこいつらに着て欲しいって思ってるようで嫌だ。


「いや、でもほら、あんたも参加する訳だしさ」

「みんなの意見は聞かないとよね?」

「そうそう!」

「い、伊上さんも、何か着ますか?」


 だが、そんな俺の思いに反して宮野や北原たちまでもが衣装について尋ねてきた。


「あー? ……じゃあ勇者一行のコスプレでもやっとけよ」


 それならこいつらに合ってるテーマだし、何よりも無難だ。


「勇者一行、ですか?」

「そうだ。ほれ、ゲームみたいなキラキラしい鎧に剣と盾を持ってれば人目は引くだろ。何せ本物の勇者だし」


 まあ、些か面白みにかける気もするけどな。


 だってこいつら冒険者だもん。普段からそれっぽい格好してるし、こいつらが思ってたコスプレ衣装とは違うだろうな。


 だがそれでも、バニーだとかチャイナだとかメイド服だとか着られるとまずい。

 まずいってか、俺の着せたって思われそうで評価とか世間体に関わりそうだ。

 だから自分から勧めることはない。勧めなくても来てほしくもないけどな。


 勇者の衣装が嫌なら自分たちで考えてくれ。俺が選んだことにならないなら問題ない。……問題ないよな?


「安倍は魔女っ子装備でいいだろ。三角帽かぶってローブ着て。北原は……なんか白っぽい修道士系の服着とけばいいんじゃねえの?」


 それぞれ魔法使いと回復役としてはイメージ通りって感じだと思う。


「あたしは?」


 浅田が問いかけてきたが……こいつはなぁ。どうすっか……。


「あー、お前なぁ……戦士系って、ぶっちゃけ普段の装備と変わんねえんだよな——あ」


 女向けの戦士らしい装備が一つ思いついたんだが……言えない。言いたくない。


 だって……なあ? 誤解されたくないからコスプレ衣装のテーマの提案を『勇者一行』なんてもんにしたのに、今思いついたのを言ったら意味なくなる。


「なに? なんかあんの?」


 が、俺の反応を見ていた浅田は俺が何かを思いつ察したのだろう。少し身を乗り出して問いかけてきた。


「いやまあ、あるっちゃあるが……」

「なら言いなさいよ。ほら早く」

「えー……」


 俺としては絶対に、と言っていいほど言いたくないのだが、浅田以外のメンバーも俺が何を思い付いたのか気になるようでこっちを見ている。


 おい、そんな期待してるような目で見るなよ。お前らの俺に対する期待値が高すぎやしないか? 俺だってそんなまともなことばっかり考えてるわけじゃないんだぞ?


 いやまあいつも変なことを考えてるってわけでもないんだけど、今回に限ってはまともではないと言うかなんというか……。


 ……言うのか? 本当に言うのか? 言わないとダメなのか? えー?


 仕方ない。言いたくない。言いたくないんだが、このままだと話が進まなそうだし、漫画やアニメを見るような浅田や安倍なら、俺の思いついた衣装についても理解を得られるだろう。……多分。

 というか、理解してもらえないと俺の評価が下がる。


 そんなことになったら……ん? んー、待てよ? 評価は下がっても別にいいんじゃ……いやいや、待て。やっぱダメだろう。


 一瞬評価が下がってもいいんじゃないか? なんて思ったがやっぱりなしだ。


 評価が下がればこいつらのチームから抜ける手助けになるかもしれないが、今までのこいつらの態度からしてその程度で俺を辞めさせる理由にはならないだろう。


 なのでその場合、俺は評価が下がったままでこいつらのチームに残らなくちゃならないことになる。

 多分よほどの理由じゃない限り辞めさせてくれそうにないだろう。


 よほどの理由かー……例えば、俺がこいつらに対して覗きをしたとかか?

 それだったら辞めさせてくれそ……くれるかな? いや、辞めさせるだろ。流石に覗きをするようなやつをそばに置いておくはずがない、よな?


 まあその場合辞めるだけではなく捕まることになるけど。


 ——っと、ああ違う。話が逸れまくってる。

 それだけ俺が思い付いたことを話したくないってことなんだが、話さないと先に進まない。


 でもなぁ……もしさっきの考えを話して評価が下がった場合、女子高生に汚物を見るような目で見られることになるかもしれないが、その状態で一緒に行動するのはなかなかにきつい。


 でも話さないわけにはいかないんだから、評価が下がらないことを祈る。もうそれしかない!


「……………………ビキニアーマー」


 俺が覚悟を決めてそう口にしたその瞬間、場の空気が静まり返った。


 ……おいやめろ。なんでこんな急に静かになるんだよ。もっとワイワイしてていいよ。さっきまでそんな雰囲気だったじゃんか!

 って言うかなんか言ってくれ頼むから!


「……。……っ! はあ!?」


 最初に声を出してその場の静寂をぶっ壊したのは浅田だった。


「あ、ああああんたあたしにそれ着ろって言うの!?」


 浅田は素っ頓狂な声をあげて立ち上がると、座っている俺を見下ろすようにしながら慌てたように叫び、近くにあったそれまで抱いていたクッションを投げつけてきた。


 そのクッションをガードするために手をあげて顔を庇ったのだが、その時に読んでいた雑誌を持ったままガードしてしまい、雑誌はクッションに弾かれてバサリと音を立てて床に落ちた。


 多分浅田はビキニアーマーを自分が着てる姿を想像したんだろう。

 ならそうなるのも致し方なし、と言いたいところだが、俺にも反論はある。


「だから言い渋ったじゃねえか! 言う気がなかったのにおめえが言わせたんだろ!」


 そう。俺としては言いたくなかったのだ。だからこそ言い渋ってたのに、こいつらの期待の目が俺に言わせた。

 っていうか、最初に俺に言わせようとしたのお前じゃん。


「……ねえ、ビキニアーマーってどんなものなの? なんだかあの反応と名前の響きからしてまともな感じはしないけど……」


 ビキニアーマーがどう言うものかわかっていなかった二次元初心者の宮野と北原は、語感からしておかしさを感じ取ってたみたいだが、実際にどう言うものかわかっておらず、なんで浅田がこれほどまでに反応しているのかわかっていないようだった。


「ん、これ」


 おいやめろ安倍! そんなわざわざ調べて見せなくていいから! 知らないなら知らないままでいていいから!


「これ……っ!?」


 安倍が見せた画像でビキニアーマーがどう言うものかわかったのだろう。

 宮野も北原も驚いて、画像と浅田と俺へと順番に視線を移している。


 まあそういう反応をするだろうよ! クソったれ!


「で、でも、これを案に出したってことは……伊上さん、佳奈ちゃんに着て欲しいのかな?」


 どう弁明するか、なんて思っていると、突然北原がそんなことを言った。

 ナニイッテンダコイツ?


「えっ!?」

「おい北原、馬鹿なこと言うな。単に女戦士の衣装って言ったらそれが出てきただけだ。これは俺がそう言う趣味してるんじゃなくて、その衣装がゲーム好きには有名ってだけで他意はない」


 そうだ。俺は悪くない。ビキニアーマーなんて、ゲームやそれ関連のネットをやってりゃあそれなりに知られてる言葉だ。もはや常識と言ってもいい。


「でも、だからってあんた……っ! 〜〜〜〜!」


 そこで言葉に詰まったのか、浅田はボスンとしゃがみ込んで先ほどまでと同じように座りなおした。

 のだが、その際に勢いよく座ったせいでスカートが——いや、この先を考えるのは止めておこう。


 見るつもりなんてなく、たまたま視界に入っていたから自然と目で追ってしまっただけなんだが、それでもまずいって事くらいはわかる。


 だからこのことは考えず、言わず、闇に葬ろう。安倍がこっちを見ているが、きっと気のせいだろう。

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