第84話四十前のおっさんが女子のジャージを履いて上半身は裸で登場する場面→決着

 

 ──◆◇◆◇──


 ……なんとか間に合ってよかった。


 俺は閉じ込められていたところを抜け出したあと、なんかヤバそうな感じの魔力と音と衝撃の発生してる方へと走ってきたのだが、辿り着いた時にはニーナが宮野に向かって魔法を放とうとしているところだったから割とかなり焦った。


 その光景を見た俺はすぐに行動を起こし、ニーナの魔法をぶっ壊した。


 そんなことができるのかって? できるんだよなぁこれが。


 あいつは力押しでもなんとかなるだけの力を持ってるが、基本的にはちゃんと理論に基づいて魔法を使っている。


 魔法ってのはわからないやつから見るとなんかパッとすごいことをする、みたいなイメージだが、見えないだけで実際はちゃんと手順を踏んでいる。


 選択・喚起・放射・指定・構築・把握・注入・実行。

 これが魔法を使うさいの工程だ。


 選択で使う魔法を選び、喚起で体内の魔力を呼び起こし、放射で魔力を体外に出して場を整え、指定で魔法の対象を設定し、構築で魔法を組み立てていき、把握で完成した魔法の状況を確認した後、組み立てた魔法に魔力を注ぎ、そうしてようやく魔法が発動する。


 だが、それだと戦闘中に使えるほど速く魔法を放つことはできない。


 なので大抵の魔法使いは戦闘中どこかで手を抜いている。それはニーナとて例外ではない。


 で、どこで手を抜いてるかって言うと、『構築』だ。

 この部分魔法を使うのに一番重要な部分だが、一番手を抜ける場所でもある。


 わかりやすく言うのなら簡体字の走り書きのようなものだ。自分はわかるし、他人から見てもなんとなくわかる。

 だが読めるってだけで正しいわけじゃない。テストなら失点や減点扱いになるようなやつ。


 それでも魔法は発動するんだが、正しくないことは——隙があることには変わりない。


 簡略化された魔法の隙に無理やり魔力をぶつけて『場』と『構築』を乱してやれば、あとは勝手に壊れてく。


「えっと、あの……なんで裸なんですか?」


 そんなわけでニーナの魔法に俺の魔力の塊をちょうどいい感じの場所にぶつけてやって魔法は壊したわけだが、そうして助けた宮野は俺の姿を見ると先ほどまでの緊迫した雰囲気を消し、目を丸くして俺を見ている。


 その直後に視線を逸らしたのは……うん。まあ裸のおっさんが現れたらそうなるよな。


「あ、いえ、ご無事だったんですね?」


 最後が疑問系になっているあたりで俺のことをどう思ってるのかよく分かるが、これには事情があるんだ。


「それで、その……その格好は?」

「捕まった時の装備を没収されたんだよ。回収したかったが、どこにあるかわからないし、なんかやばそうなくらい強い魔力が暴れてるしで、回収は諦めてとりあえずこっちに来たんだよ」


 今の俺は上半身裸でピチピチ下ジャージ姿だが、本当はこの下ジャージすらなかったんだ。


 そのことに気づいたのは、俺が捕まっていた部屋を出てからだった。


 部屋の中にいるときは気にならなかったし、状況が状況だから忘れてたが、やけに寒いと思ったら自分が服を着てないことを思い出した。

 幸いパンツまでは奪われてなかったが、それでもパンイチで学校をうろつくのはまずいことには変わりない。


 なので、ちょっと時間を食ったが寄り道して、近くにあった崩れた校舎の残骸の中から生徒のものと思わしきジャージを拝借してやってきた。


 が、ここでまた新たに問題発生。

 どうやら俺が勝手に借りたジャージは女子のものだったようで、サイズが合わなかったんだ。


 そんで流石に女子の体操服を着るのもどうかと悩んだんだが、時間がないと言うことで結果として下はジャージを履いて、上は何も着ないことにした。


 カーテンをマントみたいに着よう、ってか纏おうかとも思ったし、裸のおっさんが俺だってことを隠すために顔を隠そうかと思ったんだが、変態度が増しそうなんでやめておいた。

 それくらいだったら今の方がまだマシだ。


 いやまあ、マシっつっても今の状況もだいぶアレだから変わんねえかもしんねえけどさ。


「そ、そうでしたか……」

「まあそんなことよりも、だ」


 これ以上の追求が来ないようにと俺がニーナへと視線を向けると、それだけでなんのことを言おうとしたのかわかったようで、宮野はゆっくりと立ち上がってニーナへと対峙した。


 その足はまだ完全に治ったわけではないが、どうやら立てる程度には回復したようだ。

 自身の得意な系統じゃないにも関わらず怪我の治療をこなすとか……はぁ。まったくもって羨ましい限りだよ。


「まだです。まだやれます」

「やれますって、お前……」

「あと一撃放つくらいなら、できます。だから、最後までやらせてください。生き残ってみせるって、そばにいてみせるって言ったんです」


 立てる程度まで怪我が治ったって言っても、痛みがないわけじゃないだろうに。多分、立ってることさえつらい痛みだろう。


「本当は止めなきゃならないんだろうな……」


 そんな無茶をしてまで戦おうとする宮野。

 俺は教導官として教える立場だし、そんな彼女を止めるべきなんだろう。


「死ぬなよ」


 だがそれでも俺は止めなかった。


 ため息を吐いてから言った言葉に、宮野はフッと軽く笑うとニーナへと視線を戻した。


「お待たせ。あと一度だけになるけど、もう少しだけ遊びましょうか」

「……ええ」


 遊びましょう、か。

 確かに、ニーナの表情を見るとどことなく楽しそうな感じだな。宮野もそのことに気づいているんだろうか? ……気づいてるんだろうな。


 そしてお互いに魔法を構築していき、特級に相応しい魔力が周囲に圧を放つ。


「ハアアアアァァァ……アアアアアアッ!!」


 なんか、もう電気とは言えないくらいにやばそうな極太レーザーがニーナに向かって放たれるが、ニーナからも白い大きな炎の球が宮野に向かって放たれた。


 このままじゃやばいと思って咄嗟に宮野の後ろに回った俺は自分に、それから宮野にもバレないように守りの結界を張る。

 専門じゃないからしょぼい効果しかないけど、この後のことを考えるとないよりはマシだ。


 極限まで高められた威力の雷と炎がぶつかり合い、予想通りその衝撃が辺りを蹂躙する。


 あまりの衝撃に俺も宮野も吹き飛ばされたが、明らかに力を使い果たした感じの宮野はまともに受け身も取れないんじゃないかと判断して、俺は咄嗟に手を伸ばして宮野を抱き止めた。


 抱き止めたまま一緒に転がることになったが、多少はクッション代わりにはなっただろう。


 転がるのが止まったので急いで立ち上がり状況を確認すると、宮野に向けて放たれた白い炎は綺麗になくなっている。どうやら相殺できたようだ。


 そのことに安堵して宮野から離れると、宮野は倒れた姿勢のまま地面に手をついて顔を上げ、ニーナを見た。


「これで……どう、かしら? 私は、生きてて……あなたのそばに、いるわ」

「対等に、と言うにはだいぶ足りませんね。確かにあなたは生き延びていますが、すでに死に体。そばにいる、という言葉も頷いていいのか分からないほどの状態です。わたしの隣にいるには物足りないと言わざるを得ません」


 それでも生きてるだけすごいと思うけどな。俺だってニーナの攻撃を直接受けたことなんてないんだし。


 俺はニーナと戦って生きてられるが、いつものらりくらりとこいつが疲れるまで逃げ回ってるだけだ。今回の宮野みたいに正面切ってぶつかり合ったことがあるわけじゃない。


 だから、ニーナとしてもまともに受けられたのは初めてのことなんじゃないだろうか?


「……そっか……ざんねん、だなぁ」


 宮野はそれだけ言うとパタンと意識を失った。


「ですが……」


 ニーナは小さく呟きながら自身の手のひらを見て、ぎゅっと握りしめた。


「少しだけ、あなたのことを認めてもいいかもしれません」


 握りしめられた手のひらには、多分何かあるのだろう。


 だが、俺はそれがなんなのか聞いたりはしない。なんとなくは分かるし、それに何より……無粋だろ?


「もう満足したか?」


 だから聞くのは違う事。


 宮野が意識を失ったのを見たからか、離れたところにいたはずの浅田たちが宮野に駆け寄ってきたので、そっちはあいつらに任せて俺はニーナのところに近寄って声をかけた。


「いいえ」

「そうか……」


 もしかしたら俺以外にもニーナの『大切』になれるんじゃないかと少しだけ期待していただけに、首を振ったニーナの答えにがっかりしてしまった。


「ですが——」


 だが、それ以上の言葉をニーナが発することはなかったが、その表情は年相応に子供らしく楽しげに笑っていた。


「後少し……ほんの少しだけ、遊んでください」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る