第85話『世界最強』と『生還者』
「——じゃあ、始めるか」
ニーナの言葉を受けて、俺は嫌々ながらもニーナと向かい合った。
だが、『遊べ』といっても今の俺は万全ではない。
装備は他の奴らが陣を作っていた場所に落ちていたものを物色して集めただけの間に合わせだ。
回収した装備はいくつかの魔法具に魔力補充薬。それから二本の剣とナイフを何本かと拳銃だけだ。
普段はこの何倍もの装備を持ってニーナに対抗することを考えると、心許ないどころの話ではないが、仕方がない。
「はい!」
だが、そんな俺の心のうちを知ってか知らずか……まあまず間違いなく知らないだろうが、ニーナは楽しげに笑いながら返事をした。
そして魔法を構築していくが——速い。
通常ならこんな見合った状態から魔法を準備されたところで邪魔できるんだが、ニーナの使おうとしている魔法は邪魔が間に合わないほど速い。
形も速度も威力も対象も、何にも決めていないただ目の前にばら撒くだけの炎。
だからこそそれほどまでに速く準備ができるんだが、困ったことにニーナの場合はそれだけでも簡単に人が死ねる威力がある。
俺はその場から後ろに飛び退くと同時に前方に爆発用の魔法具を投げつけ——爆破。
その爆発によって俺に当たりそうだった炎の勢いは弱くなり、俺は爆風によって距離を取った。
距離を取ったとはいえ、爆風でわずかながら体勢を崩してしまった。
が、ニーナからの追撃はない。
いつものことなんだが、こいつは普段の敵を殺すときはそうでもないのだが、俺と戦う時は自分の攻撃の後は連続で攻撃しない。
必ずターン制バトルを楽しむかのように自分の攻撃の後は一拍開ける。もしかしたら、宮野の時もそうだったのかもしれないな。
まあそんなわけで俺にも余裕ができたので、魔法具を使って煙を発生させた。
これは本来逃走用に使うものなので、煙が発生している時間が普段俺の使っているものと比べて長い。
一瞬だけ視界を遮れればいい俺としては長時間残るのは邪魔でしかないのだが、贅沢は言っていられない。
煙のせいでニーナからは俺が何をしようとしているのかわからないだろうが、俺からもニーナの姿は見えない。
だが、あいつはそこにいるだろうと判断して、煙の向こうのニーナへと魔法具を放り投げた。
俺がなげた魔法具を認識したのだろう。ニーナの魔力に変化が感じられた。
多分投げられた魔法具を破壊しようとしているのだろうが、ニーナからの攻撃を受ける前に俺の投げた魔法具が空中で起動し、光をばら撒いた。
煙の中にいたことで閃光の効果からまぬがれた俺は、すぐさまニーナへと走り出した。
相手への効果を確認しないでの特攻なんて無茶でしかないが、安全策を取ってばかりで生き残れるわけがない。
走り出した俺は煙を突き破ってニーナの前に現れると、即座に拳銃を取り出してニーナの顔面を脚を狙って撃った。
だが、一般人にとっては脅威となる銃も、ニーナにとってはおもちゃでしかない。眼球にうけたところで少し怯む程度にしかならないだろう。
そもそも弾丸を視認しているだろうから、よほど油断しているか隙をつかない限り受けることもないけど。
脚に撃ったものもそうだ。むしろ頭部目掛けて撃ったものより意味はないだろう。
——が、それも銃単体であれば、という話だ。
「きゃうっ!」
命をかけた殺し合いの最中だってのに、そんな可愛らしい声が聞こえた。
まあ当然ながら俺ではなくニーナだ。俺みたいなおっさんがあんな声を出したらキモい。
何が起きたのかってーと、ニーナが転んだのだ。
ニーナは弾丸を視認しているし、受けても多少怯む程度にしかならないといったが、逆に言えば多少怯む程度には効果があるのだ。
そして、視認しているからこその弊害もある。
視認しているからこそ、ニーナは自分に弾丸が当たりそうになったところで体に力を入れてしまう。
一般人だって子供のおもちゃとはいえ、何かが自分に飛んでくれば自然と体に力を入れてしまうだろ? それと同じだ。
だから、ニーナが自分に向かってくる弾丸を警戒し、体に力を——脚に力を入れたところで、俺はその脚の下を泥へと変えた。
それでも、普段のニーナなら泥に変わった程度で転んだりはしない。
が、泥に変わると同時に銃弾が体に当たったのならどうだ?
体を強張らせ、普段とは体の調子が僅かにずれた状態で足元を不安定にさせられ、そこに銃弾の衝撃が加わったら?
いかにニーナとて、『何もなし』とはいかなかった。
その結果が転倒だ。
そして、俺はそこに追い討ちをかけるように最初に投げたものと同じ爆発の魔法具をニーナへと投げつける。
が、まあ当然というべきか、ニーナはそれを最初に使ったのと同じ無造作な炎で薙ぎ払い、爆発する前に焼き尽くしてしまった。
だが、それで構わない。
俺は宮野と違ってこいつと真っ正面から戦えるだけの力はない。
だからこの場でやるのは、魔力を消費させること。
宮野との戦いで、こいつもそれなりに魔力が減っているはずだし、無駄撃ちでもさせて魔力がなくなるまで耐え続ければいい。
だからこそ俺は魔力を消費させるために、転んで尻餅をつきかけているニーナへともう一度銃を撃った。
だが、ニーナは転んで倒れかけているという不安定極まりない状況だというのに、地面が泥になっていなかった側の片足だけで高く跳躍した。
高さとしては……十メートルくらいか?
どう考えても魔法使いの動きではない。これが特級の中でも最上位の理不尽の力だ。
空中に跳んだニーナは、その状態で俺を見下ろして魔法を放ってくるが、今度は単なる無造作な炎ではなく、しっかりと形作られた炎の球だ。
それが百以上……千、はないと思うが、どうだろう?
そんなものが全て俺を狙って降り注ぐ。
が、こんなものは慣れたもので、俺は対処するべく行動に移る。
これとこれとこれ。あとはあれと……
「それから……これだ!」
俺は自分に迫る炎の球の中でも幾つかを見繕って、土の魔法を放つ。
魔法と言っても大した規模のものではない。精々が拳大のもの。
普通ならそんなものを放ったところで意味はないが、今は別だ。
「ぐおおおおおっ!」
俺が放った土の魔法は、見事予定していたニーナの炎の球へと当たり、爆発。
そして同時にその周辺にあった炎の球も連鎖的に爆発させた。
俺が狙ったのはこれだ。あれだけ密集してりゃあ、一つ破裂させればその周辺も連鎖する。
一つじゃなくていくつか狙ったのは、まあ確実性を増すためだな。
結果として俺は爆風に吹き飛ばされながらも、視界を埋め尽くすほどの炎の球から生き延びることができた。
だが、凌いだとは言ってもそのまま転がっているわけにはいかない。すぐに次の行動に移らないと。
「いきゃっ!?」
俺を攻撃してから着地したニーナは、またもそんな可愛らしい声、だが今度はどこか悲痛さを感じさせる悲鳴のような声を出して転んだ。
また地面を泥にした?
まあそれも間違いではないが、泥で転ばされかけた以上、ニーナは足元の泥に警戒していただろう。
だからニーナが転んだ直接的な原因ではない。
では何が理由でニーナは悲鳴をあげたのかと言ったら、小石だ。
俺はニーナの靴の中に砂を操って入り込ませ、靴の中で固め、小石としたのだ。それも、ウニみたいな攻撃的なフォルムのやつ。
そんなものを他に気を向けている状態で気づかずに踏んでしまったらどうなる?
答えがニーナの状態だ。とても痛い。
まあ、『痛い』程度で済むのはニーナだからだろう。二級程度なら怪我をするし、多分一級でも怪我をするかもしれない。
普通に立っている状態だと気付かれたかもしれないが、幸にしてニーナはさっきまで空中にいた。
地面に立っておらず、圧力がかかっていない状態では靴の中の異変は気付きづらかっただろう。
だが、そこで俺の魔力は無くなった。
元々そんなに多くない魔力を攻撃、阻害、自己強化、魔法具の使用と、短時間で何度も使っていたのだ。そりゃあなくなるさ。
ならどうするのかって言ったら、補充薬を使う。
お話みたいに飲んだだけで怪我を治す薬なんてものはないが、魔力を回復する薬ならある。
それが補充薬。正しくは魔力補充薬だが、まあどうでもいいな。
そんな補充薬を飲み干すと、俺は剣を抜いて転んでいるニーナへと走り出した。
ニーナはまたも無造作に炎をばら撒いてきたが、最初と同じように爆発の魔法具を前にぶん投げて、爆発。
今ので爆発系のは最後だったが、ニーナの炎の勢いを削ることは成功した。
ただ、それだけだと削りきれなかった炎と魔法具の爆発で俺がダメージを喰らう。
だから、俺は守りの魔法具を発動して炎と爆風から身を守り、炎を突き抜けていく。
「くそっ、一回だけで壊れるとか不良品使ってんじゃねえよ!」
だが、俺の身を守った魔法具は、その一回の使用の負荷で壊れてしまった。
不良品でないことは分かっている。ニーナの炎がそれだけやばいってだけだ。
だがそれでも何かを口にしなければやってられなかった。
「セアアアッ!」
炎を突き抜け、体勢を立て直そうとしているニーナへと剣を振り下ろす。
——が、受け止められた。それも指一本でだ。
分かっていたし、今までもこんなことはあったが、それでも「このまま終わったらな〜」、なんて思いながら割と本気で斬りかかったのにこれだ。指一本って……泣いていいだろうか?
だがそこで止まるわけにはいかない。流石のニーナだって、指一本で剣を止めるんなら自己強化くらいしているはずだ。
つまり魔力を使わせるという目的それ自体は果たせている。
だから失敗ではない。むしろ成功だ。
「——あはっ。楽しいですね」
……本当に成功だろうか?
本人の言葉通り楽しげに笑っているニーナを見て少し不安になったが、やるしかない。
「ですが……」
剣と素手で斬り合い……ってか打ち合いをしていると、ニーナが徐に口を開き、自分を中心として炎を撒き散らして俺を吹き飛ばした。
「ぐうっ! ……チィッ!」
全身を焼かれ、履いていた下ジャージが穴の空いた短パンのような状態になりながらも、俺は慌てて立ち上がってニーナへと剣を投げつけた。
「もう魔力が残り僅かとなってしまいました。なので、後一度で終わりとしましょう」
だが、そんな剣は簡単に弾かれ、ニーナは魔法を構築し始めた。
それを撃たせまいと邪魔をするために粗を探すが、どうやら相当丁寧に作っているようで隙がない。
ならば、と直接ニーナを攻撃しようとしてもニーナの周囲に炎が発生し、壁のようになって通れない。
どうやら、放たれた魔法をどうにかして凌ぐしかないようだ。
……魔法の構築からして、ニーナが使おうとしているのは多分宮野と『遊んだ』時に最後に使ったあれだろう。
正直あんなもんを向けられたら死ぬしかないんだが、あいつは俺が防げるとでも思ってるんだろうか? ……思ってるんだろうな。じゃないと使わないだろうし。
あいつは俺にどれほど期待をしているのだろう? 俺はそんなにすごい強いってわけでもないんだがな……。
それでも俺は生き残るために行動し始める。
ニーナには近づけないし攻撃もできない。
がやることがないわけでもないのだ。
俺は生徒たちが陣地を作っていた場所へと行くと、そこに残されていたが不要と判断して拾わなかった魔法具をできる限り集め、適当な鞄の中に詰め込んでいく。
「できました」
そうして準備をしていると、ニーナは魔法の構築を終えたようで、こちらに声をかけてきた。
俺がその声に反応して立ち上がると、ニーナは疲れの滲んだ顔でにこにこと笑っていた。
「これでおしまいです。今日はとても——楽しかった」
そう言うと、ニーナは躊躇うことなくその魔法を俺へと向かって放った。
……こんなんくらったら死ぬだろうなぁー。
そんなことを頭の片隅で考えながらも、体は生き残るために行動していく。
ニーナの極大の炎が放たれたと同時に、俺は魔法具を詰め込んだ鞄をその魔法へとぶん投げた。
魔法具作成の事故ってのは結構あるが、その大抵がかなりの被害を出して周囲を破壊する。
それはともすれば特級の攻撃を上回るほどのものだ。
その事故を意図的に再現する。
投げられた魔法具は、ニーナの魔法によって壊れ、その内に秘めていた力を周囲に撒き散らすことになるだろう。
その衝撃をもってニーナの魔法を相殺する。それが作戦だった。
そして俺の作戦——というか賭けは行なわれた。
「おぐっ、がああああああっ!!」
残っていた魔力の全てを防御に回したってのに、その衝撃だけで身体中を殴られたかのような痛みが発生した。
そしてゴム毬にように何度もバウンドしながら転げ回った俺は、どこかにぶつかってその動きを止めた。
衝撃が収まり、どうなったのかと顔を上げた先には大きく抉れた地面と、その向こうに倒れているニーナの姿が見えた。
……どうやら、今回も俺は生き残れたようだ。
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