第83話瑞樹:救援! ……救援?


油断すれば負ける。手を抜けば死ぬ。

故に瑞樹は生身の人間相手であるにも関わらず全力で剣を振り下ろした。


とはいえ、殺すつもりで戦うが殺したいわけではないので、瑞樹の狙いは胴ではなく肩だった。腕の一本や二本程度なら、あとで直すことはできるから、と。


「軽いですね」


だが、瑞樹の攻撃は防がれてしまった。

それも、避けたり弾かれたりしたのではなく、剣を指で掴まれる、という目を剥く方法でだ。


同じ特級とはいえ、物理型の攻撃を魔法型が受け止めた。普通ならばありえないことだ。


だが、これこそが世界最強。

それができるからこそ、ニーナは毒やウィルスでの殺しの計画が立てられているのだ。


何せ、戦車が砲弾を打ち込んだところで片手で受け止められてしまうのだから。

不意打ちで当てたところで、傷をつけられれば大成功というくらい常識からズレた存在なのだ。


瑞樹はそんなニーナに剣を摘まれたまま彼女と対峙することになった。


「この程度で隣に立つと言うんですか?」

「……そんなことを言うってことは、期待してくれてるのかしら?」


ニーナの問いかけに瑞樹は剣を押し込もうと力を入れながら軽口を叩く。


「……冗談はやめてください。あなたが吐いた大言が真ではなかったのなら、わたしは侮られたことになります。わたしはただ、それが気に入らないだけです」


そんな瑞樹の言葉に、ニーナは不機嫌そうに顔をしかめて答えたが、そもそもからして戦いの途中なのに「隣に立てるのか」なんて聞くこと、それ自体がニーナの心を表しているとも言えた。


「そ。なら侮ってないってことを教えてあげるわ」

「ならばそれを——っ!」


至近距離で対峙している状態で、瑞樹はニーナの眼球に向けて魔法を放った。

その速さはまさに雷の如し。


いかに世界最強といえど、話の途中で隙をつかれた至近距離からの雷は避けることができなかったようで、バチンッと眼球に直撃を受けたニーナは大きく頭を後方に弾かれた。

逆にいえば弾かれるだけで怪我はないのだが、瑞樹にとっては想定内。弾かれただけでも十分だった。


「——私の勝利でね」


ニーナの頭部が後方に弾かれたことで瑞樹の剣からニーナの手が外れ、瑞樹は再び剣を持つ手に力を入れて斬りかかった。


「くぅっ」


しかし、大きく隙を晒した状態であるにもかかわらず、身体能力にものを言わせて強引に体勢を立て直し、ニーナは自身に迫る剣を弾いた。


そして炎を生み出して瑞樹を燃やそうとするが、その前に再びニーナの手に電流が流れる。


相変わらずダメージはない。

だが、人間としての反応のせいで、瑞樹の魔法による雷を受けるたびにビクリと体が勝手に反応し、構築途中だったニーナの魔法は消されてしまう。


その後も瑞樹が振るった剣を避け、弾き対処していくニーナだが、魔法を使おうとするたびに雷がニーナを襲い魔法の発動を阻害する。


それに加え、剣を振るう合間に何度も眼球への攻撃を続けてもいた。


こちらも当たったところでダメージはない。それは最初の攻撃でわかっていた。


だが、今までろくに戦ったことのないニーナは、本能として目に迫るものへ対処しようとしてしまい、結果として動きが鈍ることとなった。


「先ほどからパチパチと……いい加減に、しなさい!」


思ったように魔法を使うことができず、ダメージはないとはいえ目を狙う雷には体が動いてしまう。

そんな瑞樹との戦いに、ニーナはストレスを感じていた。


そして——


「もう……消えなさい!」


ニーナは構築などろくにせず、力任せで強引に魔法を使った。

そんなことをすれば範囲も狙いも設定することができず自身も巻き添いを喰らうが、それでもこの状況よりはいいと判断した。


「きゃああっ!」


瑞樹は突然のことに咄嗟に魔力を放って防御したが、魔法になっていない魔力単体の防御など、高が知れている。

だがそれでも所々火傷を負いながらも吹き飛ばされるだけで済んだのは、ニーナが自分が燃えないようにとある程度は加減したからだろう。


「——認めましょう。あなたは、これまでの有象無象とは違う。わたしの前に立つだけの力があると」


自分の炎で服を焦し、火傷を負いながらも、ニーナはそんなことは気にせずに瑞樹だけを見つめている。


そして、吹き飛ばされた状態からすぐに体勢を立て直した瑞樹もまた、ニーナのことを見つめていた。


「ですが……まだです」


両者が見つめ合い、先に動いたのはニーナだった。


「ッ——!」


最初の時とは違う。球状に成形された炎がニーナの周りに浮かび、その数は千を超えていた。


ただ無造作に放たれた炎ではなく、しっかりと形をなして襲いかかる白い炎。

それは弾丸などよりも速く、雷に迫るほどの速さだった。


瑞樹は自身へと襲いかかるそれらに触れてはまずいと判断したのか、避けて避けて避けて、時に魔法で迎撃し、弱いながらもニーナを攻撃しながら徐々にニーナへと近寄っていく。


だが——


「うくっ、ぐううううっ!」


それもいつまでも続かない。

瑞樹がニーナにたどり着く前に、瑞樹は攻撃をかわし切ることができずに足に被弾してしまった。


「もう、お仕舞いのようですね」


そして、瑞樹が動きを止めたのを見て、ニーナは周りの炎を消すと別の魔法を構築し始めた。


ニーナの新たな魔法の規模を感じ取った瑞樹は、ニーナはこれで決める気なんだと理解した。


このまま何もしないで受ければ、間違いなく自分は死ぬ。


負けてたまるか。死んでたまるか!


そうして瑞樹は自身の心を奮い立たせ、立ち上がろうとして足に力を込める。


——が、立てない。


瑞樹が動かない自身の足に視線を向けるとそこには、まだ形は残っているものの一部が炭化している足があった。


自分の足の状態を見て瑞樹は泣きそうに表情を歪めるが、そんなのは知ったことか、と自分に言い聞かせる。


そして、まだ戦えるんだ、と正面へと視線を向け——


「死なないことを願ってます」


白き炎が世界を照らしていた。


……まだ。まだだ。あれはまだ完成していない。まだ大丈夫だ。まだ戦える。私の心はまだ、折れていない。


それでも、頭が諦めてしまった。これからどう足掻いても勝てないのだと、そう理解してしまった。


「——願うくらいなら止めろよバカ」


だが、その魔法は放たれることはなかった。


その戦いを見ていた者達全ての視線を奪った『白』は、突如としてフッと空気に溶けるように消えてしまったのだ。


「伊上さん……?」


世界最強と唯一まともに戦うことができる三級冒険者であり、瑞樹たちの師とも呼べる男——伊上浩介が二人の前に現れた。

………………上半身裸でピチピチの下ジャージの状態で。

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