第78話ニーナ:大切な人
──ニーナ──
「ふふふ……」
その日のニーナはご機嫌だった。
だが、正確にはその日の、ではなく、ここしばらくというべきだろう。
以前浩介がニーナとデートをしてから、どういうわけか浩介はニーナに対しての接し方が変わった。
それはニーナも気づいており、その理由はわからないがとにかく楽しい日々に変わったおかげで、ニーナは浩介がいない時であってもニコニコと笑いながら日々を過ごしていた。
「時間です。出立のほどをよろしくお願いします」
「……はあ。面倒ですが、仕方ありませんね。すでに対価はいただいているのですから」
ニーナが研究所に与えられた自室——隔離室でベッドに横になりながら本を読んでいると、部屋の中に放送が響いた。
次はどこに行こうか、何をしようか、なんて楽しいことを考えていたにも関わらずそれを邪魔されたことで不機嫌になるが、それでも浩介との約束で不用意に人を傷つけないことになっているので、ニーナは邪魔された苛立ちをグッと抑え込んだ。
そして適当に着替えて準備を終えると、職員とともに部屋を出ていった。
普段であれば外に出ることは許されていないニーナだが、今日は特別だ。
ニーナを飼っている目的を果たしてもらうため——つまりは特級の中でも厄介なゲートを壊してもらうことになっている。
そしてニーナは敷地内に用意されたヘリで近くの自衛隊の施設までいき、そこで飛行機に乗り変えて目的のゲートまで飛んでいった。
「これでおしまいですね。この程度のもので呼ばれなくてはならないなんて……他の覚醒者達はなにをしているんでしょうか?」
だが、時間をかけて問題となっているゲートに辿り着くと、ニーナはすぐに魔法を構築していく。
そしてそのゲートの中に入って無造作に炎を撒き散らし、それだけで特級のダンジョンは終わりを迎えた。
後数日、早ければ二十四時間以内にはゲートが崩壊するだろう。
あまりにも早すぎる作業だが、これがニーナだ。
本来なら特級がしっかりと準備をした上でチームを組んで何時間もかけて、それでもなお攻略できるかわからないダンジョンであろうと容易く壊すことのできる存在。
「随分と大人しくなったものだな」
ダンジョンを壊したニーナはさっさと帰ろうとゲートを出ようとしたが、そこで声がかかった。
「今の生活は窮屈ではないか? 力を使うなと押さえつけられ、理不尽を飲み込めと強要される。お前はそんなことをせずとも生きていけるにもかかわらず、周りの普通を押し付けられる。それはとても窮屈なのではないか?」
なんだと思ってニーナが警戒した様子もなくゆっくりと振り返ると、そこいた存在を見て嫌そうに顔をしかめた。
「しばらく見ないと思ったら……」
「我々とこい。我らの元へ来れば、また以前のように誰も止めることなく力を使うことができるぞ」
ニーナが振り返った先にいたのは、人形。だが、当然ながらただの人形ではない。
その人形は以前ニーナがいた場所で使われていたものと同じ。
つまりは、この人形の向こう側にいる者はニーナを覚醒者に仕立て上げた組織だった。
「壊したければ壊せばいい。殺したければ殺せばいい。お前の望むものを用意しよう」
ニーナがいた場所は潰されたが、組織の拠点はその場所ひとつというわけではなかった。
「お前の好いているあの男。あいつは冒険者をやめて安全に生活したいらしいな。我々ならばその願いを叶えることは容易いぞ。お前とあの男が暮らすための家も用意しよう」
他の拠点にいた組織の者達は、成功作であるニーナを連れ戻そうと以前から何度も今回のように接触してきていた。
その度に袖にされてきたのだが、諦める気はないようだ。
「わたしは、自分の願いは自分で掴み取ります。どのような思惑があれ、死にかけていたわたしを拾い、育て、丈夫な身体を頂いたことには多少なりとも感謝をします」
浩介と暮らす家、という言葉でニーナの心は揺れた。
「だけど、もう与えられるものだけの生など興味はありません。ここで生きたいと思うこの願いはわたしだけのもの。あの人のように……あの人の隣にいる自分であるために、わたしはわたしの手で欲しいものを手に入れます。だから……」
だが、それは違う。こいつらに用意された場所などいらない。
与えられた幸せに意味なんてなく、強要された笑みに価値なんてない。
「あなた方は消えてください」
だからニーナは人形を燃やそうと手を動かした。
だが、人形の向こうにいる男はニーナに燃やされる前に次の言葉を吐き出す。
「そんなことを言ってもいいのか? 伊上という男、すでに我らの手の中にいるぞ?」
「——っ! ……どういう、ことですか?」
「どうもこうも、そのままだ。お前が施設から出る今日に合わせて、やつを捕らえた。そして今は——」
「どこですか。あの人は、どこにっ!」
人形が吐き出す言葉を遮って、ニーナは人形と、その向こうにいるはずの男に対して怒気を向ける。
それと同時に常人には目で追うことが叶わないだろう速さで人形に近づき、その首を掴んで手足を燃やした。
「……やはり、止まらないか」
「答えろっ!」
普段とは違って荒い言葉遣いで命令するニーナの手に力が篭り、人形の首がへし折れる音が聞こえる。
「はははっ! 学校だよ。奴が教えている者が通っている、冒険者どもの育成学校だ。潜ませていた裏切り者によって隙をつけば、簡単に終わったらしいぞ」
そんな状況であってもニーナに掴まれているのが人形であるから故か、人形の向こうの男は楽しげに笑っている。
「助けたいか? だが無理だ。今回助けたところで、いずれまた生徒に混じった我らの仲間が奴を狙う」
「ならば、生徒などすべて殺せばいいだけでしょう? そうすれば、あの人を傷つけるものは一掃できます」
ダンジョンの破壊すら片手間で終わるような炎を操るニーナ。彼女がその気になれば、たかが生徒如き、消し去ることなど容易い。
ただし、そこにある全てを消して更地に変えることになるが。
だがニーナはそんなことを気にしない。
——あの人を失うくらいなら、他の全てなどどうでもいい。
そう言った瞬間、人形の向こうで男が薄く笑った。
だが、ニーナはそれに気付きながらも、どうでもいいものとして気に留めることはなかった。
「待っててください。すぐにわたしが助けますから」
そしてニーナは動き出した。自分にとっての『大切』な人を助けるために。
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