第77話油断

 

 なぜか天智が俺のことを見てきた。

 俺、こいつに気に入られたり信頼されるようなようなこと何もしてねえよな?


「そこまで期待されても困るんだが……まあ簡単なものならな」


 こんな状況とはいえ、対策について考えがないわけじゃない。


 つっても、やることなんて基本は同じだ。


「水系の魔法使いは建物の周りに水を撒いてぬかるみを作れ。接近するやつの足を鈍らせろ」


 そうして俺は周りにいた生徒達に指示を出す。

 俺単体じゃ信用なんてしてくれないだろうが、特級の天智と『白騎士』なんて呼び名がつく程度には有名な工藤がいるんだ。何も打開策を思いつかなかったこいつらは協力してくれるだろう。


「それから、土系の魔法使いは泥の下に適当に落とし穴を作れ。ああ、足が引っかかるような小さなやつでいい」


 なにも人が埋まるほどの大きなものを作らなくたって、転んだ後の処理なんて他のやつに任せればいいんだしな。


 土系の魔法使いは校舎を守るためにも力を使ってるし、魔力の節約のためにもやることなんて些細なもんで構わない。


 敵が泥の上を進んでくるなら敵の動きは鈍るし、落とし穴を警戒することでその動きはさらに鈍る。そこを攻撃すればいい。


 そんな状況になれば、敵は嫌が応にも慎重にならざるを得ないから攻撃の手も緩むだろう。

 少なくとも時間稼ぎとしては十分なはずだ。


「わ、わかりました! すぐに人を集めてやります!」


 俺の言葉を聞いていた生徒は、まともな指示が出たことでなにをするべきかはっきりできたのか、そう言うとすぐにその場から走り出して教室を出て行った。


「ですが、今の策ですと上階や屋上などからの侵入もあるのでは?」


 もちろんその可能性もある。

 だが、この生徒達が外で戦うよりはマシだと思ってる。外だとどうしても討ち漏らしを警戒して全力を出せないからな。


 だが一本道ならそうはいかない。横を抜けられる心配はないんだからただ正面の敵を倒せばいいだけだ。


 これなら後ろを取られることも囲まれることもないし、多少は安全になるうえ、ルートを限定すればできることも増える。


「ああ。だがそこは進む道が限られてる。北か南のどっちかだけだ。天井はすでに強化してあるみたいだから破壊して道を無視するってことはないだろう。だから錬金を専門にしてる奴らに北の通路にトラップを設置してもらう。錬金台を使わずに地面に直接となると非効率だが、やってもらうしかない」

「南の階段も罠を?」

「いいや——お前に守ってもらう」


 俺がそう言うと、天智は目を見開いて俺を見つめたが、俺の答えは変わらない。


「お前達は特級だ。工藤は怪我で長時間の戦闘がきついだろうからここの守りとして万が一に備え、お前は一人で南の階段を守ってもらう。何人か連絡役として同行させるが、お前に近寄らせることはしない。戦うのは基本的にお前だけだ」


 正直言うならもっと人数を割きたいんだが、いかんせん人が足りない。


 以前の浅田達からの話や特級モンスターとの戦いの様子を見る限りだと、こいつは特級の中でも上位……少なくとも中位の程度の才能を持ってる。


 冒険者としてどれくらいできるかはわからないが、今は確認してる余裕なんてないからやってもらうしかない。


 それに、裏切り者がいるかもしれない今の状況だと、下手に人をつけるよりもこいつ一人の方が安心できる。


「人を守りたい、そのために力はあるんだ。なんて言ったお前だ。やるだろ?」

「伊上さん! それではお嬢様が危険——」

「当然ですわ」

「お嬢様!」


 俺の煽りに天智の護衛役である工藤が声を荒げたが、天智は引く気はないようだ。


「俊。あなたはここでみんなを守りなさい」

「……無茶は、しないでくださいよ」


 この局面で天智飛鳥が逃げることはない。

 それを工藤も分かっているのか、悔しげに眉を寄せながらも天智が一人で戦うことを認めた。


 話し合いを終えた俺たちは、いつまでもその場に止まっている必要はないと、すぐに動き出した。


 天智は南側の通路の防衛。工藤は長時間の戦闘はできないので怪我人の守護。


 で、俺は見回りだ。壁に強化を施されているとはいえ、その守りが薄いところもあるかもしれないし、正面や北側の廊下の罠の設置なんかの隙がないようにしないと敵に抜けて来られる。


「戦闘が始まったか……」


 そうこうしていると、玄関の方から戦闘音が聞こえてきた。

 まだ完全に準備が整ったとは言えないが、襲撃された側なんだから仕方がない。

 むしろ、今まで少しでも休めたことを幸運に思うべきだ。


 まあ、敵としても突然の特級の出現に驚いて他の奴らと連絡を取ったりしてたんだろうけどな。


「——にしても、こんな大胆に襲撃があるなんてな。確かにここを襲えば未来の冒険者は激減するが……そんなに冒険者を殺したいかね」


 一通りの罠の確認や状況の確認、万が一罠を抜かれた時の対処法も指示を出しを終えると、俺はみんなの邪魔にならないように、工藤の守っている教室とは違う怪我人の寝ている教室の隅で考え事をしていた。


「それに、襲撃の意図がわからない。学生を殺すため? それにしちゃあ散発的というか……弱すぎる」


 本腰を入れて殺すつもりなら、もっと一気に来るはずだ。それこそ学生の施した強化なんて無視して建物ごと爆破したりな。

 相手が本当に救世者軍なら、今まで世界を相手取ってきた組織だ。その程度のことができないわけがない。


 それをしてないってことは、しないのか、それとも今はできないのか……。


 そういえば佐伯さんとこも襲撃されてるんだったら、そっちの方に多く人を割いたのか?

 だからこっちには人が足りてない?


 ……なんにしても、なにを考えてるのかわからない。

 人が足りないってわかってる状況で二箇所同時作戦なんて、なんでそんなことを?


 もしかしてこの襲撃は、ただ生徒を殺すためじゃなく、他に何の目的が?


 戦力の分散も逐次投入も愚策って昔から言われてるが、それも状況次第だ。

 敵の指揮官が馬鹿じゃなく、作戦としてこんなことをしてるんだとしたら何か理由があってのこと……。


 しかしいくら考えても何もわからない。わかることと言ったら、すでに二時間以上経過しているのに助けは来ないってことくらいだ。


 一応宮野達にこっちの状況を連絡はしておいたが、向こうはまだそれなりに余裕があるようだ。


 そして狙いが分からず状況も好転しないまま更に追加で一時間ほど耐えていると、俺の待機していた教室に一人の女子生徒が駆け込んできた。


「ちょ、ちょっとあなた! 手伝って! また侵入者が増えたって知らせがあったの! 罠の設置が追いついてない!」

「ちっ……わかった!」


 罠が追いつかないってことは北側の階段か? 玄関は罠の設置なんてそんなに間に合わないほど何度もやんないだろうしな。


 だが、あとどれくらいで救援が来るのかわからないってのに、今の状況で罠が間に合わないとなるときついかもしれな——


「——がっ!?」

「それと、侵入者はここにもいるから気をつけてね、っと」


 先導する女子の後をついて走っていたのだが、曲がり角を曲がった瞬間、俺は頭に攻撃を受けた。


「っ! こっ、のお!」


 咄嗟に頭を逸らして直撃は防いだが、かなり痛い。多分ヒビくらいは入ってると思うが、そんなことで泣き言を言ってる場合じゃない。


 攻撃を躱した俺は持っていた道具を投げつけて迎撃するが避けられる。


「チッ。三級のくせに! ならこれで」


 襲ってきた女はそう言うと、よくテレビなんかである顔の皮を剥いて変装を解くような動作をした。


「——え」


 なん、で、お前が……っ!


 突然目の前に現れた美夏——死んだはずの恋人を見て、俺の思考は真っ白に染まった。


 が、その直後、顔面に何かをかけられ、それと同時に腹部に衝撃を感じた。


 くそ、幻覚……か……。


「これで後は世界最強を連れてくれば……」


 そんな言葉を最後に俺の意識は落ちていった。

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