第69話認められない日常

 

 ──◆◇◆◇──


「——で、なんで小春さんもいるんだ?」


 待ち合わせの場所に行くと、そこには待ち合わせた相手であるヒロこと、渡辺弘だけではなく、その妻の小春さんまでいた。


「お前の話をしたらついてくるって聞かなくてな……」

「いやー、ちょうど今日はカレーだったからね。カレーなんてこの時期なら作り置きしておいてもなんとかなるもん。それに……」


 小春さんは笑顔で話していたが、急に真剣な表情になると意味ありげに俺を見た。


「あんたが自分から飲みに誘うなんて、何かあったんでしょ?」

「……誘ったのは小春さんじゃなくてヒロの方なんですけどね」

「そんなのはどっちだって変わんないって。あんたが誰かを誘うってこと自体が珍しいことなんだから」


 まあ確かに、俺は自分から誰かを誘うなんてことはあまりしないな。

 小春さんともそれなりに付き合いが長いせいで見抜かれてしまっているようだ。


「ま、こんなところで立話もなんだし、せっかく飲みにきたんだからどっか入ろうか! すぐ近くだし、あのビルん中のでいいでしょ?」

「ええ」


 そうしてビルの中に入っているチェーン店の居酒屋に入り座敷席に着くと、小春さんは適当に注文し始めた。


「それじゃあ、久しぶりの再会を祝って……乾杯!」


 平日だから人があまりいないのか、頼んだビールがすぐに届き、小春さんの音頭で俺たちは飲み始めた。


「っくあ〜〜〜! あんたとの再会もだけど、こういう場所で飲むのは久しぶりだわね!」

「お前、結婚してからはめっきり減ったよな。昔は結構飲み屋に来てたのに」

「ったりまえじゃん。娘ができてんだから、そりゃあ来れなくもなるでしょ……うちの夫は私を差し置いて来てたみたいだけど」


 小春さんはジロリと不満ありげな視線を自分の旦那であるヒロへと向けている。

 まあ自分を差し置いて旦那だけ外に飲みに行ってたらそうなるのもわかるかな。


「あー……そりゃすまん」

「それは俺もすみません。結構な頻度で来てましたから……」

「ふっ、まあ冒険者やってたんだから、終わったら飲みってのもわかるけどね」


 とはいえ、小春さんもそこまで本気で言っているわけではないようで、ヒロが情けなく謝るとすぐに笑ってまた飲み始めた。


 そして話は俺がヒロを呼んだ理由——ではなく、俺の現状についての話になった。


「んで、最近どーなの? 女の子達を教えてんでしょ?」

「ええ、みんな優秀ですよ。一級と特級のチームで、もうプロとして活動しても問題ないくらいです」

「そりゃああんたの教え方がいいんじゃないの?」

「だといいんですけど……あれは元々の才能ですよ」

「そっかそっか。新しい勇者ちゃん一行ね。確か称号は……『天雷』だっけ?」

「ええ。雷を扱うからですね。まだまだ制御が甘いですけど」


 そこで頼んだ料理が届き、小春さんはそれをつまむと、真剣な表情になって問いかけてきた。


「……で、その子達となんかあったわけだ」

「……ええまあ」


 何も言っていないのに当てられたことで俺は一瞬言葉に詰まるが、なんとかそれだけ返すことができた。


「ま、思春期の女の子とあんたみたいなおっさんが一緒だとね、なんだかんだで問題はあるもんよ。うちの娘だってそのうち『パパくさーい』とか言い始めるんだから」

「おい、なんでこっちに流れ弾来てんだ。それはマジで傷つくからやめろよ」

「あははっ。ならそう言われないようにしっかりしたかっこいい姿でも見せときなよ」


 あまり深刻になりすぎないようにするためか、小春さんは冗談を交えて笑っている。


 だが、話すことは話すつもりのようで、すぐにその視線を俺へと戻した。


「告白でもされたの?」

「いえ」

「なら、それに近いことをされた、かな?」

「……あいつらには何もされてませんよ」


 先ほどに続いてあまりにも近すぎる答えを言い当てられ、そんなふうにズレたことを答えてしまった。


 実際のところ、あいつらとは問題はあったが何かを〝された〟わけじゃないから嘘ではない。

 ……ないのだが、相談に来たはずの俺がそんなはぐらかすように答えるとか、失礼すぎるだろ。


「答えになってないって。それに、あいつらとはってことは、別の子と何かあったわけだ」


 だがそんな俺の答えや内心も小春さんにはわかっているようで、苦笑いしている。


「あんたの知り合いで、あんたに好意を寄せそうになるほど親しい相手。……あの最強ちゃんか」

「……この間、街を歩いてきました」

「素直にデートっていいなよ。……ま、あんたが望んだわけじゃないんだろうけど」


 俺があの研究所に行っているってのは小春さんも知っているので、なんでそんなことになったのかっておおよその流れというのはわかったようだ。


「それで? その子で刺激されたところで、さらに追い討ちをくらって仲違いした——そんなところかな?」

「……よく、わかりますね」

「女の勘は鋭いんだよ」


 先ほどから答えを当ててきた小春さんだが、今度のはドンピシャだった。

 そのせいで声が震えないように気をつけたのだが、その意味はなかった。

 多分小春さんにも、さっきから無言で料理を摘んでいるだけのヒロにも、俺の変化に気付かれただろう。


「なんて……あんたの場合は私も関係者だからね、事情をわかってるってだけだよ」


 そう言いながら、小春さんは寂しげに笑った。


「妹が死んでから、もうそろそろ八年になるのか。早いような遅いような……」


 妹というのは、俺の恋人だった死んだ女性のこと。

 美夏。それが俺の恋人だった女性の名前だ。


 美夏と小春さんは姉妹で、その縁があって俺はヒロのチームに入ることになったのだ。


「俺にとっては遅いですね。まだそんなもんしか経っていないのかって、もう十年以上経ってるんじゃないのかって思うほどに時間が経つのが遅すぎる。俺はそう思います」

「そっか……」


 数年前、その頃は俺はまだ覚醒する前だったのだが、美夏は覚醒していた。


 あいつ自身はあまり戦いたいとは思っていなかったが、それでも覚醒した以上は『お勤め』があるので戦わなくちゃいけなかった。


 そしてダンジョンに潜っていたんだが——死んだ。


 ある日ダンジョン難度の測定ミス——イレギュラーに遭遇して、そのまま死亡。まあ、冒険者としてはありふれた死に方だ。

 事前の調査だってダンジョンの奥深くまで行くわけじゃないんだから、当然測定ミスはある。それは仕方のないこと。


「ねえ。身内として、あの子のことを覚えてくれてるのは嬉しいよ。あの子は確かに生きてたんだ。なにも残せずに悲しく死んだわけじゃない。そう思えるからね」


 だがそれでも俺は認められなかった。


 測定ミスをした組合が悪いわけじゃないってのはわかってる。

 美夏のチームメンバーが悪いわけでもないのもわかってる。

 冒険者の死亡率を考えればそれが自分たちにも当てはまるかもしれないってのもわかってる。


 誰も悪くない。

 何も悪くない。


 強いて言うなら、ただただ運が悪かった。それだけのことだ。


 それでも、あいつが死んだなんて……俺には認められなかったんだ。

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