第64話瑞樹:——『化け物』

 

「どうしてそんなところに……」

「ここに『アレ』が暮らしているからさ」


 佐伯はそう言うと立ち上がり、部屋の中で唯一のガラス窓のある壁へと近寄っていった。

 だがそのガラスの向こうは外に繋がっているわけではない。ガラスの向こうには、また別の部屋があるのだ。


「君たちはアレのことを知るためにここにきたんだろ? なら、実際に見た方が早いだろう。伊上くんもそこに行ったわけだしね。ああほら、ちょうど来たよ」


 そんな言葉をかけられた瑞樹たちは、視線を交わすと全員立ち上がり、佐伯の歩いていった大きなガラス窓へと近づいていった。


 そのガラスの先にはとても広い部屋——一般家庭の家なら一軒丸々入ってしまうのではないかと思えるような部屋があった。


 瑞樹達はそんな部屋を大きなガラスを通して見下ろしている形だ。


 そして、その部屋の中では自分たちの仲間であり、さまざまなことを教えてくれた恩人でもある浩介と、真っ白の髪をした少女が話をしていた。


「『アレ』が伊上くんが君たちをここに連れてきた理由の——」

「世界最強」

「そう。その通りだ」


 晴華の言葉に佐伯はためらうことなく頷いた。


「白い?」

「まだあたし達より少し上くらいじゃん。ってか、黒じゃないの?」

「アレはアルビノなんだよ。体の色素を上手く作れない生まれつき体の弱い者。外に出る時は髪の色は染めてたんだよ。白い髪なんてのは、どうしても目立つからね」


 アルビノというものを初めて見たのだろう。瑞樹たちはガラスの向こう、眼下にいる少女を黙って見つめていた。


「アレはね、とある裏の組織の実験体だったんだ」


 佐伯はそんな瑞樹たちへとわずかに視線を向けると、徐にそう話し始めた。


「こんなゲートのある世界になる前、アルビノっていうのは特殊な力が宿ってる、とか、その体を食べれば若返る、とかそんなことが一部では言われてたんだ」


 突然始まった佐伯の言葉に、瑞樹たちは全員がバッと振り向き驚いた様子で佐伯を見つめた。

 だがそれでも佐伯は話すのをやめない。


「ある場所では現人神として祀られてたりもしたしね。……で、そんなアルビノだけど、こんな世界になってその特殊性は余計に上がった。というか、特別視する者の狂気が強まった、の方が正しいかな?」


 金や権力などの力を手に入れた者の行き着く果てというものは、どれほど時代が移っても、世界が変わっても、なにも変わらない。

 他人とは違う特殊な力と、永遠の命だ。


 だがそれだって、その先に終わりはない。

 願いが叶ったところで、また次の願いが出るだけだ。


 求めるものに見境はなく、欲求に果てはない。


 願いを叶え、力を手に入れても、もっともっとと別の何かを欲する。それが『人間』だ。

 そして、この世界にゲートができたことで、『人間』の欲が、狂気が加速した。


「それで、そんな奴らの内の一つがとある計画をしたんだ。アルビノは元々特殊な力を持っている。ならば覚醒しやすいはずだし、覚醒すれば他の者以上の力を手に入れるはずだって。そしてアルビノを集めて、人工的に覚醒者を作ろうとした」


 それはいかなる法律も倫理も無視して行われた非合法の極地。


 当たり前のように投薬をしていた。

 モンスターから取れる魔石を体に埋め込んだりもしていた。

 アルビノ同士を殺し合せ、喰らい合わせる蠱毒などもやっていた。


 その他にも、子供が遊びで思いつくような残酷なことをためらうことなく行なっていた。


「その成功作がアレだ。世界最強」


 そして、数年前についにその『人間』たちの実験は実を結び、成功。人工的な覚醒者を作ることができたのだった。


「最終的には自分たちが理想の能力を使えるようにすることが目的だったらしいけど、結局、アレが暴走して組織は潰れた。そして、代わりにアレが残った。そして問題も一緒に——」

「あの」


 佐伯はただの事実だと淡々と話している。佐伯にとっては——いや、佐伯〝達〟にとっては、それは『普通』のことなのだろう。


 だが、瑞樹たちはまだ子供だ。そんな普通は簡単には受け入れられなかった。

 故に、瑞樹はそんな話はこれ以上聞いていたくないという自身の心に従って佐伯に声をかけ、話を遮った。


「ん? なんだい?」

「……どうして先ほどからニーナさんのことを『アレ』と呼んでいるのですか? それではまるで——」


 そして自分の中でわずかに引っかかっていたことを聞いたのだが……


「モノみたい、かな?」

「……はい」


 瑞樹は聞いてから、聞かなければ良かったとわずかに後悔した。

 だが、一度口にしてしまった言葉はもう戻らない。


「そうだね。君のその考えは正しい」

「え?」

「モノみたい、と言うよりも、僕は……いや、僕たちは、あそこにいる少女のことを人間だとは思っていない。アレは——化け物だ」


 化け物。一人の少女が化け物と呼ばれているその状況は、瑞樹にとって、できることならば遭遇したくない状況だった。


「そ、それは……彼女が覚醒者だからですか?」


 自分の心臓が跳ね、口の中た乾くのを感じながらも、瑞樹は聞かずにはいられないと、少女に向かって言った『化け物』という言葉の真意を訊ねる。


「いやいや、違うよ。ただの覚醒者ならなんとも思わないさ。現に、ここにいる職員の何人かは覚醒者だし、僕だって二級だけど覚醒者だ。だから覚醒者だからどうこうってわけじゃない。君たちを厭ったりはしないよ」


 だが佐伯は瑞樹の問いに対してキョトンとした様子で瑞樹を見た後、へらりと笑ってから答えた。


「そうだなぁ……意志を持った核爆弾があったとして、君はそれを人間だと思えるかな?」

「……それが、ニーナさんだと?」

「僕たちはそう考えて……いや? もしかしたら核爆弾なんかよりもよっぽど酷いものかもしれないね。何せ、核爆弾は一度破裂したらそれで終わりだ。その後の汚染はともかくね。でも、アレは生きている限り何度でも爆発する。周辺の全てを焼き尽くし、一切合切灰すら残さず焦土に変えるんだ。そして、アレを殺せる者はいない以上、自然に死ぬのを待つしかない。それは十年後か百年後か……」


 言っていることは明らかに普通ではないにも関わらず、佐伯は子供に当たり前の常識を教えるような気軽さで話しながらガラスの向こうの少女を眺めている。


「ね? 確かに役には立つ。ゲートが増え、冒険者の数がゲートの発生に追いついていない現状ではアレを頼らざるを得ない。だが、できることならば頼らずにいたいし、できることならばアレには死んでもらいたい。それが世界の総意だ」

「そんな……」

「確かにゲートと冒険者の数の不釣り合いは問題だ。でも、アレによる被害がそれ以上の問題になってしまうようなら、世界はアレを殺すために動くだろうね。殺せないとは言っても、殺す方法がないわけじゃあない。法や倫理に引っかかるけど、毒や飢え、ウィルスなんてのもいざとなれば使える」


 どんどん紡がれていく言葉に、瑞樹達はもはや開いた口が塞がらない。

 それぐらい、今聞いていることは異常なことだった。


 当然だ。たった一人を殺すためにウィルスをばら撒くなど、正気の沙汰ではないのだから。


 だが佐伯は——佐伯だけではなくここにいる者もここにいない者も、事情を知っているもののほとんどがそれは認めていた。


「被害が大きくなるのは目に見えてるからやらないけど。できないわけじゃあないんだよ」

「そんなこと許されると思ってんのっ!?」


 そんな馬鹿げた話に耐えきれなくなったのか、佳奈はガンッと思い切り足を踏みつけ佐伯を睨んで叫んだ。


 だが、そんな佳奈の行動を見ている佐伯の視線は恐怖などかけらもなく、どちらかというと冷ややかなものだった。


「じゃあ聞くけど……君は、君たちは特級のモンスターと戦ったろ? アレと同じようなのを単独で相手して、怪我なく倒すことができるかい?」


 佐伯に言われて佳奈は少し前に遭遇した特級のモンスターとの戦いを思い出し、言葉に詰まった。


「……け、怪我はするかもしれない。でも! それでも特級のモンスターくらい倒してみせる! だからあの子だって……殺すなんて間違ってる!」


 感情のままに叫び、周囲を威圧している佳奈。それは一般人であれば足がすくんでしまうほどのものだ。


 だが、やはりと言うべきか。佐伯に堪えた様子はなく、青臭いことを言っている子供を見ているかのような視線で佳奈を見ているだけだった。

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