第65話瑞樹:『最強』の過去

 


「……その心意気は素晴らしい。だが、そうじゃない。特級のモンスター〝程度〟はどうでもいいんだ。それはもう倒せることがわかってるんだしね。おおよその被害も推定できるし、常識の範囲内で対処できないわけでもない」

「え?」


 佐伯が特級モンスターを『程度』と言ったことで、佳奈は間抜けな声を漏らした。


 その時の感情は「何を言っているんだこいつは」といったものだろう。


 だって、あれだけ苦労したのだ。苦労して怪我をして、それでも諦めずに戦って、そうしてやっと勝ったのに、それが『特級程度』と言われてしまえばそうなるのも無理はない。


 もしかして言い間違いではないだろうかなんて疑ってしまうほどだ。


 だが、佐伯達にとっては言い間違いでも勘違いでもなんでもなく——単なる事実だ。


「だから僕が言いたいのはさ、特級を一人で、それも片手間で倒すような存在が暴走した時にそれを止められるのかって話だ」

「特級を……片手間?」


 佐伯の言葉を小さく復唱しながら、佳奈は錆びついたような動きでガラスの向こうの少女へと視線を移した。

 そしてそれは佳奈だけではなく瑞樹と柚子も同じだった。


「暴走?」


 唯一『世界最強』の噂を元から知っていた晴華だけは佐伯を見たまま、先程の言葉で疑問に思ったことを問いかけていた。


「そう。アレは感情が高まってそれを内側に溜め込めなくなると、それを発散するために力を使うんだ。ようはストレスの発散だね。普通の人なら周りからの反応や世間の態度を気にして無闇に力を振るって暴れるなんてことはないけど、アレはそうじゃない。周りがどうなろうが、誰が死のうがどうでもいい。幼い子供のように感情のままにただ暴れ続ける。アレが満足するまでね」

「そんなっ……!」

「事実、アレによって幾つかの場所は滅んでる」


 表向きはゲートの処理の失敗ってことになってるけどね、なんて肩を竦めて戯けているが、瑞樹達はまともに聞いていない。


「わかったろ? あれは正真正銘の『化け物』。人間と同じじゃあないんだ」


 ——伊上さんも彼女のことをそんなふうに思っているの?


 瑞樹は、佐伯の言葉にギュッと拳を握り締めながら、ガラスの向こうで少女と話している浩介へと視線を向けた。


「それとコースケの関係は?」

「ん?」

「コースケは明らかに特別扱い。なら、その理由は?」


 毒やウィルスを用いてでも殺す算段を立てるようなそんな化け物に、なぜ浩介のような三級の冒険者に対処させているのか?

 冒険者に対応させるのはいいとしても、普通ならば特級を使うのではないだろうか?


 晴華の疑問は当然のものだった。


「ああ。それは簡単だ。彼なら止められる……いや、彼しか止められないからだよ」


 そうして佐伯が語り始めたのは浩介の過去。

 正確に言うのなら、浩介とあの白い少女の過去、だろうか。


「あるゲートで運悪くイレギュラーが発生して、中に冒険者が取り残されたんだ。しかもそれはすでに決壊寸前でね、被害が出る前にアレを呼ぶことが決まったんだ。それでその問題のゲートの中には彼もいて、なんとか中に残された冒険者は助けたんだけど……組合側の調整ミスで、まだゲートの中から脱出したわけじゃないのにアレが呼び出されたんだ。ゲートが決壊すれば民間に被害が出るってことで急いだらしいんだけど……急ぎすぎた」


 イレギュラーとは、つまり測定ミスによる特級モンスターの登場だ。

 市街地にできたゲートだった上に、中から逃げ帰った者の話ではすでにモンスター達が外に出ようとしていた。

 故に即座に壊そうと判断されて冒険者が送り込まれたが、結果は壊滅。


 生き残ったのは、浩介達のように最初からゲートの中に入っていた者達だけだった。


 そして、そのゲートの処理は自分たちでは無理だと判断されて『世界最強』が送り込まれた。


「そしてアレは中の冒険者ごとダンジョンを攻撃し、ゲートを壊そうとした。でも、それを彼が止めた」


 ダンジョンにやってきて早々に、めんどくさそうな様子で特級モンスターごとダンジョンを壊そうと魔法を構築していく少女。


 その時には浩介はすでにダンジョンの出口であるゲートの前で待機した状態だったが、それでも他にも人は残っており、そのことはその場にいた全員がわかっているはずだった。


 にもかかわらず、軽く見ただけでとてつもないと分かるほど大規模な魔法攻撃を仕掛けようとしている少女を誰も止めようとはしない。


 故に、浩介は少女を止めた。


「彼はまだ中に人が残ってるから少し待てと言ったそうだが、もちろんそのまますんなりと終わるわけがない。その後はゲートの破壊なんて後回しで戦いになったらしいよ」


 今まで好き勝手やってきた真っ白な少女は、誰かに止められるという経験がなかった。


 裏の組織から少女を保護し、住む場所を与えたもの達でさえ少女を止めなかった。


 理で諭し、理解を得る時はあった。


 だが、それだって願いを誘導したり先延ばしにするくらいで、根本的に諦めさせることはしなかった。


 だって、止めれば周囲ごと焼かれることがわかっていたから。


 好きな時に寝て、起きて、食べて。欲しいものがあったら適当に頼んでおけば勝手に持ってきてくれる。

 少女の生活はそんなわがまま放題なものだった。


 それは実験の抑圧の反動だろう。

 少女には赤子の時に悪人に捕まり、実験台にされてきた過去がある。


 力を手に入れた少女はそんな過去をぶち壊し、押さえつけられていたものが解放され、自由を手に入れた。


 だと言うのに、あれはダメだこれはダメだと言われれば、実験を思い出してしまう。


 ——自分はもう解放されたと言うのに、またあの時に戻らなくちゃいけないのかっ!


 だから、少女は押さえつけられることを嫌った。


 そんな少女を、浩介が止めた。


 それも「何やってんだ馬鹿野郎! やるのは構わねえが、状況を確認してからにしろクソガキッ!」と言う暴言付きで。


 自分は下に見られた、馬鹿にされた——あの時と同じように。


 少女はそう思ってしまった。


 もちろん浩介にそんなつもりはない。ただ人を助けることに必死になっていたのと、少女についてよく知らなかった、というただそれだけだった。


 そうして頼まれたゲートの破壊より、モンスターの駆除より、目の前の『敵』を消すのが先だ。


 そう判断した少女は康介に攻撃を仕掛け——ようとしたところで身の危険を感じた浩介が顔面に泥をぶつけることで邪魔をし、周りからの声やらでなんとなくの状況を理解するとダンジョンの奥に逃げ、モンスターを盾にし、時間を稼ぎ、少女が疲れるまで逃げ回った。


「戦ったのはダンジョンの中だったし、結果として被害は最小限に抑えつつゲートを破壊することができた。が、それがきっかけで、自分の全力を受け止めてもなお生きている相手として、自分が暴走しても立っていられる相手として、彼のことが気に入ったみたいなんだ」


 今までは自分に逆らう者はいなかった。自分が焼いてきたから。


 だが、浩介は違った。自分に逆らって、でも〝生き残ってくれた〟。


「以来、彼が拠点にしている場所の近くで暮らすと言うことで、ちょうどここが近くにあったからアレはここで暮らすことになった」


 そんな浩介のことが苛立ち、気になり、今ではしっかりと認めて愛情を向けている。


 その愛情は、情操教育どころか、家族からの愛情なんてものを感じる前に狂った実験場に送り込まれた少女にとって、初めての想いだった。


「国が、世界が、アレを殺さずに利用しているのは、彼がアレの舵取りをできるからだ。彼がアレを抑え込めることができるからこそ、世界はアレの処分を見送ってる。世界で唯一まともにアレに言うことを聞かせられる者、それが彼だよ」


 故に、少女——ニーナは浩介の言うことを聞く。世界で唯一、自分のそばにいてくれる大事な人だから。


 まあ、その愛情表現が戦い——を超えて殺し合いになっているので、浩介は面倒な相手としてか思っていなかったが。


「不思議そうにしているけど、君たちは彼の凄さを目の当たりにしたんじゃないのかい?」

「……しました。ですがっ……!」


 佐伯の話を聞き終えてもなお渋面を作っている瑞樹達に、佐伯は視線を彼女達へと移してから問いかけた。


 だが、自分の中に自分でも訳のわからない感情が渦巻いてまとまっていない状態だった瑞樹は、その問いにはっきりと答えることができなかった。


「ふむ? ……なら聞くが、宮野瑞樹君。特級であり勇者である君は、特級モンスターを複数隊同時に相手取っても余裕で切り抜けるような化け物と戦って勝てる……いや、生き残れる自信はあるかい?」

「そ、れは……」


 瑞樹も以前戦った特級のモンスターを思い出した。

 あの時は仲間がいたにもかかわらず苦戦した。


 そんな苦戦するような相手が複数いた場合、自分は勝てるだろうか? 

 そんな相手が複数いても余裕で倒すような相手と戦って、自分は生き残れるだろうか?


 ——否。まず無理だ。


「ないだろ? 他の特級達も同じだった。何人束になろうと、勝てる未来が思い浮かばない。それが全員の答えだ。言ったろ? 意思のある核爆弾だって。それほどまでにアレは〝ズレて〟いるんだよ」


 瑞樹が唇を噛んだことでその答えを察したのだろう。佐伯は視線を瑞樹からガラスの向こうへと戻して話を続けた。


「だが、放置しておけばいずれは止まるとはいえ、それでは街どころか国が一つ二つ消える。いつもはその予兆があれば特級の中でも最難関のダンジョンに放り込んでストレスの発散をさせてたんだが、それだって被害がないわけじゃなかった」


 ガラスの向こうで話が終わったのだろう。浩介がニーナから離れて部屋を出て行った。

 それを見届けた佐伯はガラスから離れて初めにかけていたソファへとかけなおした。


「でも彼は違う。三級であるにもかかわらず、アレを相手に生き延びてられる。もちろん彼自身怪我もするし周囲にもそこそこの被害は出るが、それでもいろんなところで暴れられるよりはずっとずっと被害が少ないし、アレを使わないで特級のゲートを放置しているよりはよっぽど楽観できる。ま、個人的な意見としてはアレは殺した方がいいと思うけどね」


 全ての話を聞き終えた瑞樹達の心の中は、なんとも言えないものがぐちゃぐちゃに渦巻いていた。


 それは少女の扱いに対してのものか、それとも浩介一人に押し付けていることに対してか、あるいは、自分の未熟さ、小ささを理解させられたことについてか……。


 そして、そんなガラスの向こう側の瑞樹達の様子を白い髪の少女が見ていたが、すぐに興味をなくしたかのように楽しげな様子で自分のお気に入りの椅子へと戻っていった。

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