第50話視線と真意

 

「それから、そういうのはもっと成長してから言え」

「これでも成長してる」


 俺は年齢的な意味で言ったのだが、安部は胸に手を当てて強調してきた。


 ……寄せているからだろうけど、思ったよりもある——じゃねえ! 


 あぶねえ。恋人を作る気はないとはいえ、情欲が無くなったわけでもないんだ。男の性として、その気はなくても自然と目がいってしまう。


 だがしかし……だがしかしだ! 

 おっさんが女子高生の胸をガン見してみろ。そりゃあただの変質者だ。仲間内からも変態呼ばわりされることは難くないだろう。


 このチームでいるのはあと半年もないんだ。せめて変態という評価はつけられたくない。


 女子高生から『胸を凝視した変態』という認識をされたら、割とショックで立ち直れそうにないぞ。


「……お前は、その様子を見て俺に何を言えと?」

「……大きくなってるね?」

「事案になるわ馬鹿野郎」


 ああ……頭が痛い。


「……」

「なんだ、宮野。どうかしたか?」

「あ、いえ……なんだかその……」


 これ以上話しかけられてたまらないと安倍から視線を逸らすと、その先ではなぜか宮野が口元に手を当てて、混乱しているでも戸惑っているでもなく、迷ったような表情をしていた。


「いえ、なんでもありません」


 なので話を逸らすためにと声をかけたのだが、宮野は俺に声をかけられると途中まで何かを言いかけ、だが最終的には首を振って否定した。


「ならいいが……って、なんでこんな話になってんだ? おっさんの恋愛話なんてしても面白くないだろ。お前らの年齢なら自分たちの間でしてたほうが楽しいんじゃないのか?」


 というか、さっきまで自分たちの話をしてただろ。そっちに戻ってけよ。

 正直、俺の恋愛話なんてしたくないからな。


「えーっと、そ、そうでもない、かも?」

「ん。楽しかった」

「おっさんを揶揄って楽しいと言うのか、お前らは」


 その後は適当に話を逸らしてダラダラした後、会計を済ませて店の外へと出て行った。


 だが、ちょうど店を出たタイミングで俺の電話がなった。


「んぅ? 誰か電話鳴って……何その顔?」

「どうかしたんですか?」

「……ちょっとな。悪いけど、電話に出てくるわ。ああ、先に帰ってくれていいぞ」


 そう言って俺は少し道からずれたところに行き、電話に出た。

 だが、宮野たちはその場を動かない。どうやら俺を置いて帰るつもりはないようだ。


「ああもしもし……はい。ええ…………大丈夫です。わかりました。では明日そちらに伺います。ええ、失礼します」

「いやそうな顔」


 電話を終えると宮野たちの元へと戻って行ったのだが、戻って早々に安倍からそんなことを言われてしまった。

 確かに望ましい電話ではなかったが、どうやら顔に出ていたらしい。


「ん、ああ。そんな顔してたか。悪いな」

「誰から、というのは聞いても?」

「……仕事相手だよ」

「仕事? 冒険者としての?」

「そっちじゃない。知り合いの関係でな、小遣い稼ぎみたいなもんだ。たまに呼ばれんだよ」


 っと、そうだ。ちょうどこいつらまだ帰ってないわけだし、伝えておくか。


「ああ、で、明日なんだが、俺は学校に行かないからな。ちょっと用ができた」

「その小遣い稼ぎ?」

「ああ……行きたくねえけどな」


 正直なところ、行きたくない。まじで行きたくない。学校に行くのもあまり好ましくはないが、学校の方がまだマシだ。


「なんでよ。安いの?」

「いや、金払いはいいし、仕事内容も難しいわけじゃない。むしろある意味ではすごく簡単だ」

「じゃあ、どうしてですか?」


 仕事の内容を紙に書き出し、それだけでブラックかホワイトかで判断するなら、確実にホワイト。

 だが、それは書類上での判断だ。


「………………会いたくない奴が、いるんだよ」

「「「「会いたくないやつ?」」」」

「癇癪持ちの危ないや……まあ、大人にはいろいろあるんだよ」


 宮野たちは声を重ねて問いかけてきたが、俺はそれに答えようとしたところで途中で止めて適当にはぐらかした。


 こいつらにもいつかいう時がくるが、まあ今はいいだろう。


「まあいい。俺はもう帰るからな。遊ぶのは構わないが、お前ら遅くなりすぎんなよ」


 それだけ言うと、俺は自分の家に帰るべく宮野たちと別れて歩き出した。


 本当なら学校の寮まで送った方がいいのかもしれないが、あいつらなら暴漢に襲われることもないだろう。

 他には、車に突っ込まれるなんて事故が起こったとしても、ちょっとした怪我程度で終わるはずだからな。



 ——宮野 瑞樹——


「——っはああぁぁぁぁ……」


 浩介が離れた後、そんな大きな息を吐き出したのは佳奈だった。


「佳奈。チャンスはある」


 そして、そんな彼女へと晴華が勇気づけるように声をかけた。その声音は、普段となんら変わっていなかったが。


「で、でもちょっとやりすぎっていうか、その、ね? ……本気なの?」

「そ、そうよ! 晴華、あんた本気なの!?」


 柚子は先程の喫茶店内での会話を思い出して、晴華へと問いかけたが、それを聞いて先ほどまで思い切り息を吐き出して気を抜いていた佳奈が問い詰めるように声を出しながら晴華を見た。


「恋愛に興味がないのはほんと」

「そう……」


 晴華の言葉にホッと息を吐き出す佳奈。

 だが、晴華の言葉はそこで終わりではなかった。


「……ただ、相手として悪くはないと思ってる」


 続いた晴華の言葉で、佳奈と柚子は目を剥いて晴華を見つめた。


 もしや、晴華は本気で浩介のことが好きなのだろうか? そんな思いが二人の胸の中に生まれた。


 二人がそう思った理由はそれぞれ全く違うものだったが。


「容姿はどうでもいいし、めんどくさくない性格もしてない。判定は三級でも、功績は特級以上。家も認めると思う」


 だが疑問を抱いた二人は、そんな晴華の言葉でその真意を理解し、納得した。


「晴華ちゃんの家、名家だもんね。」

「〝一応〟名家に分類されるだけ」

「昔の陰陽師の家系でしょ? 晴明、だっけ? なんかゆーめいな人」

「流れを汲んでるだけで、本家じゃない。……家はそれが気に入らないみたいだけど」


 晴華の家は平安時代の陰陽師——昔の覚醒者の一人として考えられている者の血を引いている。


 とはいえ、晴華自身の家は本家ではなく、分家。それも末端と言ってもいいほどだ。


 だが、そんな末端の家であるにもかかわらず、晴華は本家に産まれた同年代の者よりも強い力を持っていた。

 能力が炎を操ることに特化してしまっているが、それでも力の総量は他よりもずぬけていた。


 それ故に晴華の親は晴華に期待してしまった。それは、期待を通り越して呪いと言ってもいいほどに。


 だからこそ、より一層の力を求めて晴華には『自分たちと同じように力も歴史もある名家』のどこかから、『良い相手』と結婚してほしいと願って——強要していた。


「それに、今の時代は力を持ってる者が溢れてる。血筋にこだわる意味がない」


 だが、今の時代は覚醒者が増え、昔ながらの血を取り入れての能力の引き継ぎなど考える必要などない。


 昔から力を持ってきた名家? そんなもの、古臭いだけ。力を持った存在ならそこら中にいる。


 端的に言って、馬鹿らしい。それが晴華の考えだった。


 とはいえ、完全に親の意向を無視すると面倒なので、浩介ならばギリギリ許してもらえるだろうし付き合っていてもめんどくさくない相手なので、晴華にとっては『良い相手』だった。


「ねえ、瑞樹……」


 そんな晴華の考えを聞いて、佳奈は瑞樹にも意見を求めようと声をかけた。

 だが、瑞樹は何かを考え込むようにボーッとしていた。


「瑞樹?」

「……っ! な、なに?」

「どうしたの? さっきからなんか調子が変っていうか……」

「ごめんなさい。ちょっと考え事をね」


 心配そうに自分を見つめてくる佳奈のことを、瑞樹はおかしくならないようにと思いながら笑って誤魔化す。


「そう? 体調悪いとかじゃないならいいんだけど……」

「……瑞樹も狙ってる?」

「えっ、そうなの!?」

「ち、違う違う! そうじゃないの! ただ、その、ね……」


 晴華と佳奈の言葉を受けて、瑞樹は慌てて否定するが、慌ててしまい言うつもりのない言葉を言いそうになって思わず言葉を止めた。


 しかし、そのままでは不自然すぎるので、何かないかと必死になって考えて瑞樹は言葉を絞り出すのだが……


「あー、えっと……い、伊上さん、晴華が胸を寄せたときに見てたけど、その、やっぱり男の人だなぁって」


 女性は男性の視線に敏感だと言われているが、それは当然ながら瑞樹たちも同じであり、浩介の視線に気づいていた。


「あっ! そ、そういえばあいつっ!」

「やっぱり興味あった?」


 佳奈が憤り、晴華がもう一度自分の胸を触っている光景を見て、瑞樹は内心で「ごめんなさい!」と浩介に対して叫びながらも、なんとか誤魔化しがうまくいったことでホッとしていた。


 次に浩介と佳奈達が会う時に今の会話誰かが覚えていたら、浩介には何かしらの厄災が起こるだろうが。


(伊上さん、『今はもう恋人はいない』って言ってたわよね? なんだか、含みのある言い方だったな……)


 どんどんと浩介に罪が重なっていく佳奈達の会話を笑って聞きながらも、瑞樹の胸の中ではそんな気がかりが残り続けた。

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