第49話結婚の申し出?
「……一応、ないわけじゃないな」
「え……。それって……」
「どっち?」
「二十五日の方にちょっと予定が入ってんだ」
俺がそう答えると他のメンバー達は目を丸くしたが……そんなに驚くことかよ。
「恋人、ですか?」
「いや。……昔はいたが、今はもう恋人はいないよ」
予定は入っているが、それは恋人とのデートだとかそんな甘いものではない。
一応今まで恋人がいなかったわけじゃないんだが……あいつはもう、いないんだ。
ああ違う。もういいんだ。終わったこと。いつまで引きずってんだよ、まったく。
もう過去のことなんだから気にするな。女々しすぎんだろ。
「そ、そう」
「ああ。ただちょっとその日に都合が入ってるってだけだ。どうせ一人でいるつもりだったしな」
「じゃ、じゃあ年越しの方はどうなの?」
若干不安そうな顔でそう言われると、流石に二度連続で断るってのはし辛い。
俺は今年度いっぱいでこのチームから抜けるんだが、それでも仲良くなろうとしてくれているわけだし、気遣いを無駄にするのはアレだよな……。
「まあ、予定はないな」
「じゃあ、あんたも参加ね」
浅田はそう言うとほっとした表情で目の前のパフェを口に運んでいった。
「いやでも……本気か? 女子高生の集まりに本気で俺を招くつもりか? 正気を疑うぞ」
「チームでの忘年会とか親睦会とかそんなのよ。冒険者はよくやるみたいじゃん。それに、予定ないんでしょ?」
確かに冒険者はよくチームでイベント事にやったりするし、予定もないけどさぁ……はぁ。
でも、やっぱりこいつは面倒見がいいよな。こんな俺みたいな男を女子の集まりに招いたところで気を使うだけだろうに。
「……わかったよ。ただ、せめて初詣くらいにしてくれ。流石に年越しといえど、泊まりは色々とまずい」
集まりに参加すること自体は、まあ………………まあ構わないが、泊まりは無理だ。ダンジョン内で泊まりで活動するのとは訳が違う。
女子高生の部屋に俺が泊まったらどう考えてもアウトだ。
「んー、りょーかい」
「それじゃあ何時頃にしますか?」
「その辺はそっちで決めてくれ。どうせ今日で今年最後ってわけじゃないんだ。年末まであとひと月くらいあるだろ。その間に決めたら教えてくれればいいさ」
「わかりました」
そして一旦その話は途切れ、宮野達は別の話に移っていった。
だが、宮野達の話を聞き流しながら黙々とスプーンを口に運んでいた俺へと、浅田が少し緊張した様子で声をかけてきた。
「……に、にしても、あんた恋人いないのね」
「ん? ああ、この歳で相手がいないってのは恥ずかしいっちゃ恥ずかしいが、今の時代そんなん気にするほど珍しいってわけでもねえしな。ま、国としてはそれじゃあ困るんだろうけど……」
一応国は冒険者の数を増やしたいらしく冒険者の結婚を支援をしている。
まあ当然と言えば当然か。冒険者の数はまだまだ足りていないんだから。
覚醒者の子供は覚醒者であることが多く、未覚醒のものを覚醒させる方法がわかっていない現在では覚醒者が子供を産むのが手っ取り早い戦力の補充方法だ。
なので、冒険者の結婚の支援というのは理解できる。
だが、冒険者の中でも乗り気な者と、あまり乗り気ではない者に分かれる。
その理由は簡単で、命が関わってるからだ。
結婚に乗り気な冒険者は、いつ死んでもいいように、それまでの間幸せでいたいから。
逆に乗り気ではない奴は、いつ死ぬかわからず、相手を残して辛い思いをさせるかもしれないと考えているから。
冒険者がダンジョン内で死んだ場合、その家族には国から支援が行われるが、いくら国が冒険者の家族に対して手厚く支援をしたところで、死んだ相手への想いまでどうにかできるわけでもない。
それがわかっているからこそ、冒険者は結婚に否定的な感情を持つものがいる。
自分が残された側になったことがあるやつは尚更だ。失う辛さを知っているからこそ、それを誰かに押し付けたくないんだ。
だから結婚しないし、そもそも特定の相手を作らない。
そういうやつは結構な数いる。例えば……俺とかな。
「私たちはどう?」
「「「「……」」」」
そんなことを考えていると、会話も思考もその場の空気も、全てをぶった切るように安倍がそれまでと変わらない声音で、いつものように淡々と問いかけてきた。
……なんだって?
「……はあっ!?」
安倍の問いによって沈黙が訪れた俺たちだが、浅田がガタリと音を立てながら慌てたように立ち上がったせいで……いや、おかげで俺は真っ白になった頭にハッと思考を取り戻すことができた。
浅田の声を聞いた他の客たちがこっちを見ていたので、とりあえず頭を下げて謝っておく。
一応俺が頭を下げたことで他の客たちは俺たちから視線を外したが……まだ見てるな。
下手なことを言ったらどこかで晒されるかもしれないし、言葉には気をつけておこう。
「どう? ……どうってのは、あー……恋人にどうか、って意味か?」
「そう」
「……そういう冗談はやめてくれよ、まったく」
そうして改めて安倍と向かい合って問いかけるが、返ってきたのはたった二つの文字としっかりとした頷きだけだった。
いやまあ、意思表示だけは間違いようもないくらいはっきりとわかりやすいけど、もっとしっかりと話して欲しかった。
そんな俺の考えが通じたのか、安倍は少し考えた様子を見せた後にこてん、と軽く首を傾げてから再び口を開いた。
「ここに若い親しい女が四人。冗談と切り捨てるには、状況が整ってる」
「俺はそうは思わんな。歳の差を考えろって。恋人が欲しいなら、俺みたいなやつより他の男の知り合いを当たれよ」
「……男性の知り合いはいない」
「そりゃあ、あー……そりゃあ、まあ……」
そういやあ、たった今目の前でそんな話してたか? 聞き流してたけど。
しかしこの流れはまずい気がする。はっきりとは返事をせずに逸らすしかないか。
「あー、まあ、なんだ……お、お前がこう言う話に興味があるとは思わなかったな」
「興味はない」
「ないのか」
ならなんでこんな話を? と思ったのだが、俺がそれを問いかける前に安倍が話し始めた。
「でも、家から言われることがある……めんどくさい」
「家ね……なら、俺は家からのお小言を回避するための風除けか?」
一応チームに加入した直後にチームメンバーたちの経歴を軽く調べたが、安倍の家は普通ではなかった。
普通ではないと言っても、一般家庭とは少しずれている、というだけで危ない系のものではない。
だから特になんともないだろうと思っていたのだが……ここで来るのか。
「だから、どう? コースケが望むなら、結婚してもいい」
「ふえぇぇ!?」
「はあああ!? ちょっ! 何言ってんの!?」
今度は浅田だけではなく北原まで大声を出して驚いたが、それは当然。俺もこんな場所ではなかったら叫んでいたと思う。
またも周りから視線が飛んでくるし、店員がこっちに近づいている。
だが、店員が来る前に思い切り頭を下げておく。頭を上げてみると店員も困った様子をしているし、これでまだ見逃してくれるだろう。
「バカ娘。そういうのはもうちっとしっかりと考えろ。流れとか逃げで決めると、どっかで後悔するぞ」
「そう……フラれた」
「本気じゃなかっただろうに、何言ってんだか」
俺は、恋人なんて作る気はない。所詮は三級。いつ死ぬかわからないんだから。
それに、俺はもう三十五になる。
男なんだし結婚するのに遅いってことはないんだろうけど、個人的にはもう遅いと思ってる。俺みたいなおっさんを好きになる奴もいないだろうしな。
それに……やっぱり俺は今のところ誰かと結婚するつもりも、付き合うつもりもないんだ。こうして安倍から告白のようなものをされても、全くその気が起きない。
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