第39話『白騎士』と『生還者』

 

 木に寄りかかって座っていると、何やら大きな気配が近寄ってきた。

 隠す気はなさそうだが……思ったよりも早かったな。


「ああ、やはり退場してませんでしたね」

「……なんだ、『白騎士』様じゃあないか。奇遇だな、こんなところで」


 そうして警戒しながら待っていると、姿を見せたのはあのお嬢様に護衛兼教導官として付き添っていた『白騎士』なんて呼ばれてる特級の冒険者、工藤俊だった。


 この様子だと、気づかれてんよなぁ……。


「ですね。まあこちらは奇遇というわけではなくあなたを探していたのですが」

「俺を? ああそうか。悪いな、まだ退場してなくて。お前んところのお嬢様に攻撃されてな。もうちっとばかし休んでからここを出てく──なんのつもりだ」


 だがそれでも、と座ったまま話していると、工藤は持っていた剣を俺に突きつけた。


「怪我は、大丈夫なんですか?」

「……チッ。やっぱ気づいてんのかよ」


 まだ時間が稼げる。ともすれば最後まで気づかれないかも、と思っていただけに、この場で気づかれたことに舌打ちしてしまう。


「ええ。あなたは『負けた』とお嬢様に宣言したみたいですが、『白い布』はどこですか? 負けを認め、棄権する者は必ず他人からわかるところに白い布を掲げておかなければならない。それはつまり、敗北宣言だけでは試合的には負けたことにならないと言うことです。でしょう?」


 そうだ。それが この試合のルールだ。


 それは意図して作ったものではないのかもしれない。

 単なる設定ミスで、こんなことをするのは想定外なのかもしれない。


 だが、それでもルール上は俺の行動になんら問題はない。

 いくら情けなく負けたと言おうが、治癒魔法が発動するか、白い布を掲げなければ失格扱いにはならないのだ。


 つまり、俺はまだ失格ではない。


「……ま、そうだな。で?」

「剣を」

「戦えってか」

「ええ。一応今回の事はお嬢様の成長の糧となりましたので、お礼として剣を構えるくらいは待ってあげますよ」

「はっ、お礼がその程度かよ。もうちっとハンデとかくれてもいいんだぞ?」


 ふざけてやがるとしか言いようがない。特級の前衛相手に三級の後衛が戦えって? 無茶なことを言いやがる。


「まさか。そこまでの余裕はありませんよ」

「バカいえ、余裕がないのはこっちだろうが」


 だが、俺が何を言ったところでこいつは見逃す気がないだろう。


 そうして『白騎士』と俺の戦いが始まった。


 ──◆◇◆◇──


 お互いに剣を持ってからすでに三十分と言ったところか。

 のらりくらりと道具を使ったりして凌いできたが、そろそろきつい。さすが特級。怪我しててもこれくらいはやってのけるか。

 手っ取り早く倒す手段がないわけでもないのだが、こうも撮影されている状態では使えない。


 ……やっぱり、当初の予定通りやるしかないか。


「……あー、こりゃあ無理だな。流石白騎士。怪我しててそれかよ」

「それはあなたもでしょう。特級に食らいつく三級なんて、そうそういないでしょう」

「お前よりもヤバいのを相手にしたことが何度かあるもんでね」

「ああ、測定ミスに遭遇したんでしたね」

「……それと周囲の被害を考えない自己中暴走女な」


 その時の俺の顔は苦いものに変わっていただろうと言うのが自分でもわかった。


 俺のその言葉だけで誰を示しているのかわかったのか、工藤は眉を寄せて難しい顔をした。

 だがまあ、あいつを知ってるとそうなるだろうな。


「……ああ。彼女にも遭遇しましたか。よく生きてられましたね」

「生き残らなきゃ死ぬからな」

「確かに、彼女──『世界最強』に比べたら私など大した脅威ではないでしょうね。特級とはいえ、私はその中でも下の方ですから」


 そう。工藤の言ったように、俺の言った自己中暴走女とは、世界最強と呼ばれる特級の覚醒者だ。


 アレはとりあえずモンスターを殺し、ゲートを壊すが、それ以外の一切を気にしない。

 街が壊れようが、人が巻き込まれようが、頼まれたから壊しておくだけ。


 俺はそれに遭遇したことがある。

 というか話したりしたし、なんならアレの住んでるところに行ったこともある。死ぬかと思ったが。


 ……まあそれはいい。今はアレのことは考えたくない。


「いやいや、十分脅威だっての」

「そう言っていただけると嬉しいですね」


 工藤はそう言いながら笑っているのだが、そこで終わりにはならない。


「では、もう一度やりましょうか」


 残り二十分……そろそろか。


「なあ、一ついいか?」


 剣を構えてもう一度戦いを始めようとしている工藤に向けて声をかけた。


「時間稼ぎですか?」

「そうだよ。だからちょっと話に乗ってくれ」

「お断りします」


 だが、俺の言葉はすげなく断られた。ま、当然だわな。

 でもそれじゃあ俺が困るんだ。


「こ、れはっ……!」


 工藤が俺に接近して攻撃を仕掛けようとしたその瞬間、地面から無数の鎖が飛び出し、工藤の、そして俺の体を同時に縛った。


「触れているものを十分間拘束し、魔法を封じる警察でも使われてる特殊捕縛用魔法装備『グレイプニル』。名前を考えたやつは些か中二病な気がするが、センスは嫌いじゃないな。こんな世界だしちょうどいい」

「……ですが、試合終了まで残り二十分程あるはずです」

「だな。だが、ほら見てみろ。アレはこれを使ってから九分五十九秒後に発動するように設定してある。こいつの効果が切れたところで、もっかい捕まってお終いだ」


 俺が顔だけで示すと、そこには俺たちには絡み付いていない鎖が落ちている。


「試合終了まで、ちっと体勢的に辛いが、それまで仲良くおしゃべりでもしようか」

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