第38話飛鳥:どうすればいいの?

 ____天智 飛鳥____


「大丈夫ですか?」

「ぐっ……は、はい、なんとか……」


 佳奈たちがいなくなったことで、飛鳥は倒れていた仲間に近寄っていった。


「消耗が大きいようですが、なにがあったのですか? いくら浅田さんが強くなったとは言っても、三人がかりで負けるような相手ではないでしょう?」

「わかり、ません……。ただ、途中から、やけに息苦しく……」

「息苦しく?」


 戦いの場では動き回るのだか息が乱れることはおかしくない。

 だが、その程度なら自分たちの仲間が息苦しいなどということはないはずだ。


 そう考えた飛鳥だが、ではなぜ? と考えるとその息苦しさの理由が思いつかない。


「……これは汗?」


 だが、そうして考えていると、飛鳥はふと治癒師の女性に違和感を感じた。


(もしかして、ここにきた時に異様に温度が高いと感じたのは、気のせいではなかった?)


 息苦しさと異常な量の汗、それから自身がこの場にきたときの暑さ。


「熱中症……安倍さんですか」


 そう。最初からこの場で戦うことを想定していた佳奈達は、罠を仕掛けていたのだ。

 的に気づかれないように徐々に、だが確実に相手の体力を蝕んでいく見えない魔法。


 魔法使いを置いてきたから、というのもあっただろうが、目の前の佳奈ばかりを気にしていた者達には気づくことができなかった。


(ですが、彼女はこんな小細工を好むような性格でしたか?)


 だが、原因に気づけたとしても飛鳥はそこにもまた違和感を感じた。


(いえ、とにかく今は一旦下がらないと)


 しかし、そんな違和感について考えるよりも、今はこの場をどうにかしなければならないと考え、頭を振った。


(とはいえ、一人で三人を運ぶのは難しいですし、俊を……)


 だが飛鳥はそこでふと思いとどまった。


(これが相手の策だとしたら? 疲労させて歩けないようにし、宝の守りを引き剥がす。……ない、とは断言できない)


 現在の宝の守りにおいてきたのは魔法使いだ。一応前衛役の俊がいるとはいえ、ここで飛鳥がその守りを呼んでしまえば宝を守るのは魔法使い一人となる。


 飛鳥は仕方がないと首を振り、意識のない二人を抱え、意識のあった治癒師は申し訳ないが歩かせることにして自陣へと戻ることにした。


「……俊」


 飛鳥たちが自分たちの宝の在り処へと戻ってきたのはそれから三十分後。試合が始まってから一時間が立った頃だった。

 時間の経過によりなんとかまともに動くことができるようになった仲間を引き連れて戻った飛鳥達だが、それでも三人はボロボロで、うち二人はリタイヤしている。

 だが、そんな彼女らの姿を見ても、俊は何も驚いた様子を見せなかった。


「驚かないのですね」

「ええまあ。そうなるかもしれないなとは思っていましたね」


 飛鳥はイラッとするが、その理由を尋ねる。


「……なぜそう思ったのですか? 単純な実力差もチームの人数も、こちらの方が上でしたのに」

「純粋な戦力の評価と人数はその通りですが、実際の戦力についてはどうでしょうか?」

「実際の戦力? あなたは彼女たちの評価と実力に乖離があると? ……いえ、そうでしたわね。実際、彼女たちは私たちの想定していたよりも強かった」


 俊の言葉に一瞬だけ反発しそうになった飛鳥だが、佳奈と戦った時のことを思い出して自身の考え違いを認めた。


「そちらもですが、私の言っているのはそれを成した人物です。彼女たちは、誰のおかげで評価と実力に乖離ができるほど強くなれたのか」


 だが、俊が言っているのはそこではない。


「それは……彼女たち自身の努力ではありませんの?」

「教導官。彼はなんのためにいると思われますか?」

「教導官? ……あの男が宮野さんたちを強くしたと?」

「ええ。私はそう思って──」

「あり得ませんわ」


 だが、俊が自身の考えを最後まで説明する前に、その言葉は飛鳥によって遮られた。


「……そう判断された理由は?」

「遭遇時に機会がありましたので少し話しました。ですが、あのような男が理由で強くなったと言われても、納得できるはずがありません」

「……そうですね……では『伊上浩介』という男について、冒険者専用の掲示板で調べてみてください」


 冒険者として登録していると、一般人には見ることのできない情報を閲覧することができるようになる。

 そこにはモンスターの生態や、冒険者の一覧などが載っているのだが、逆にいえば一覧くらいしか載っていない。


 だが、特級やなんらかの功績を残した者は別だった。


「それはあの男の名前? そんなの、調べるまでも──」

「調べてください」


 今度は俊が飛鳥の言葉を遮った。

 そのことに飛鳥は違和感を覚えたものの、ここで問答しても意味がないと思い、俊の言うとおり調べることにした。


 とはいえ、何も出てこないだろう。出てきたとしても大した情報ではない。そう思っていた。


「……え?」

「見つけましたか?」

「え、ええ。でもこれって……」


 だが、調べた結果出てきた情報を見ると、飛鳥はしばらくの間何が書かれているのか理解できなかった。それほどまでの功績——偉業が書かれていたのだから。


「今回、あなたは敵を侮った。だから名前という前情報があったのにそれを調べもせずに試合に挑んだ。いえ、名前を知らずとも、相手のことはできる限り調べるべきです。これが実戦なら、そちらの三人は死んでいたのですから」


 今回は治癒魔法の結界というものがあったからリタイアで済んでいるが、これが本当にダンジョンの攻略なのだったら、三人……少なくとも確実に二人は死んでいた。


「彼の言うことは正しいですよ。お嬢様の願いは立派です。ですが、まずは自分を守らなければ話にならない。そして自分を守れてから仲間を守り、大事なものを守り、そして他のものへと手を伸ばすことができるのです。自分にできる最善を怠ったのなら、進んだその先は『死』です」

「——っ!」


 仲間であるはずの俊にそう言われたことで、飛鳥は反論しそうになる。

 だが、状況は決して間違ってはいない。自分は相手を舐めて挑み、いいようにあしらわれたのだから。


 故に、飛鳥は何もいうことができずに黙り込んでしまった。


「………………どう、すればいいの」


 時間にして五分程度だろうか、しばらくの間無言で俯いたままだった飛鳥は、相変わらず俯いた状態のままだが小さく言葉を漏らした。


「好き嫌いを捨てなさい。誰かを好くなとも、嫌うなとも言いません。ですが、戦場においては好悪で相手を判断してはなりません。敵であっても、味方であってもです」


 俊はそんな飛鳥の様子を見てフッと軽く笑うと、諭すように話し始めた。


「この試合はこちらが格上であり、さらに人数が一人多いと言うこともありお嬢様は私をここに残しました。ですが、それは悪手でしかない。宝の守りに人を残すのはいい。ですが、ならば私を探索に出して他のメンバーを残すべきでした。それならば、同じ状況になっても脱落者が出ることはなかった。少なくとも、二人同時に、と言うことはなかったはずです」


 今回のゲームにおいての最善手は、飛鳥と俊以外のメンバーが自陣を守り、二人が敵陣に乗り込むというものだった。

 だが、飛鳥は自身のプライドからそれをしなかった。


「一度自身の言った言葉を翻すのも、この状況も気に入らないでしょうけれど、勝ちたいのなら使える全てを使って行動しなさい」


 飛鳥はそんな俊の言葉を聞いて拳を握りしめ、唇を噛み締めている。

 だが、それでもその瞳は折れてはいない。


「………………………………俊」

「はい。なんでしょう」

「敵を倒します。力を貸しなさい」

「はい、お嬢様」


 ああ、人の成長を見るというのは素晴らしいものだ。

 俊は目の前でまっすぐ自分を見つめている少女を見てそう思った。


 そして、状況は再び動き出す。

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