第40話クソったれな異変

 

 ___宮野 瑞樹____


「残り二十分ね……」

「このまま逃げ切れれば楽なんだけどねー」


 浩介が敵の教導官、工藤俊と戦っている頃、宮野チームは全員が同じ場所に集まっていた。


「い、伊上さんは大丈夫かな?」

「ダイジョーブじゃない?」

「……問題ないみたいね。相手の教導官と戦ってたけど、優勢よ」

「そ。なら、あとはあたしたちがこのまま逃げ切るだけってわけね」


 宮野達は周囲を警戒しながらもどこか余裕のある態度で話をしていた。


 だが、安部だけは話に入らずにどこかを見つめている。

 それはある意味ではいつも通りと言えるのだが、瑞樹はその様子がどことなくいつも通りではないように感じた。


「? どうかしたの、晴華?」

「……嫌な感じがする」


 その言葉を聞いた瞬間、チームメンバー達は警戒体制となり周囲へと気を配るが、何も起こらない。


「何も、ないよね?」

「……嫌な感じって、相手が来てるってこと?」

「違う。もっと嫌な何か……だと思う」


 晴華にしてははっきりとしない言葉に、他の三人は首を傾げる。


「悠長に会話をしている余裕なんてあるのですか?」


 だが、それ以上話すことはできなかった。


「っ! 散開!」


 咄嗟に発せられた瑞樹の声に反応して宮野チームのメンバー達はその場を飛び退く。

 だが、それを避けることができたのは相手が手を抜いていたからだろう。出なければ最初に声をかけることなく仕掛けていただろうから。


「ようやく見つけましたわ」

「天智さん。……こっちとしては、時間いっぱいまで見つけて欲しくなかったんだけどね」


 そうして現れたのは、やはりというべきか敵チームのリーダーである天智飛鳥だった。


 飛鳥が槍を構え、瑞樹たちはそれぞれが武器を構える。

 これから最後の戦いが行われるのだろう。そう思わせるには十分な光景だ。


 だが、不意に飛鳥が構えを解き、頭を下げた。

 そのことに混乱する宮野チームの面々だが、それでも飛鳥は言葉を口にする。


「……戦う前に、まずは非礼をお詫びいたします。あなた方を侮ったこと、申し訳ありませんでした」


 そして頭を上げると、真剣な表情で再び槍を構え直し、威圧を放った。


 飛鳥から放たれた圧力に気圧される宮野チームだが、唯一瑞樹だけは動じることなく剣を構えている。


「ですが、これからは全力で参ります!」


 それを見た飛鳥は口元に笑みを浮かべると、グッと足に力を込めた。


「「——っ!!」」


 だがその足が瑞樹たちへと向かって踏み出されることはなかった


 飛鳥が走り出そうとしたその瞬間、遠くから何かの叫び声が聞こえたからだ。

 それは人では到底ありえないような、奇怪な声。


「何これ!?」

「モ、モンスター!? 駆除してあるはずじゃないの!?」


 瑞樹たちがランキング戦のために使用しているこのダンジョン。現在は冒険者たちによってモンスターが駆除されていたために特に場所を気にすることはなかったが、その元々の名を『多腕猿の森』。名前の通り、もともと持っている一対の腕の他に、複数の腕を持つ巨猿の住まう森が中心となったダンジョンだ。


 そのダンジョンの主が、仲間を殺され、自身の領域を人間に好き勝手されているという事実に怒り、立ち上がったのだった。



 ____伊上 浩介____



「さて、あっちはどうなってるかね」

「さあ。ですが、あなたはあなた方の勝利を信じてるのでしょう?」

「勝利を信じる、じゃなくて、勝利を疑ってないんだよ」

「……はは。流石は『生還者』。よほどあの子達が『生還する』自信があるんですね」

「いいや、違う。自信ってのは、自分を信じるで自信だ。他人に対する言葉じゃないからな」

「ではなんと?」

「……信頼、かね」

「まだ教導官として活動し始めてそれほど──っ!?」


 そんな会話の途中で工藤は突然声を出すのをやめて喉を押さえた、俺がそれに驚くことはない。

 何せ、俺がやったのだから。


「そんな信頼に応えるためにも、ここで引き分けなんてのは、かっこつかないだろ」


 やったことというのは単純だ。以前小鬼の穴でやった時のように、喉を塞いだだけ。

 って言っても、水の球をそのまま口元に持っていったところで噛み砕かれたり息を思い切り吐き出されておしまいだ。


 普通ならその程度だとどうってこともないんだが、特級が相手なら別。こいつら、ありえないことを普通にやってんけるからな。


「——っ! ————!!」

「魔法が使えないっつったから油断したんだろうが、敵の言葉を信じんなよ。悪いが、これは〝旧式〟特殊捕縛用魔法道具『グレイプニル』。今正式に使われてるのはこれのバージョンアップ版なんだが、旧式は拘束されてても魔法が使えるんだ」


 俺が話している間にも、工藤は口をパクパクと動かして身を捩って逃げ出そうとしているが、純粋な物理だけではこの鎖からは逃げられないだろう。


「——っ!! ————あ」

「おつかれさん。悪いけど、拘束時間も十分じゃないんだわ」


 それから暴れている工藤を前に少し待ち、鎖が俺たちを拘束してからおよそ八分ほどの時間が流れた時、鎖の拘束がとけた。


 そして、それを知らなかった工藤は暴れ続けていたことでバランスを崩し、逆に俺は解けることが分かっていたので準備して待っていた。


 だが、それだけで終わるほど特級は甘くない。

 たとえ何分も溺れていたとしても、予想外のことで体勢を崩したとしても、それでも向かって来るのが特級だ。


 だから……


「汝に光あれ——ってな」


 体勢を崩しながらも俺に向かってきた工藤だが、俺はそれに対処するためにネックレス型の魔法具を起動させ、あたりを光で埋め尽くさせた。


 しかしだ。それでも終わらないのが特級。


 目が見えていないはずなのだが、それでも俺を捕まえようと手を伸ばしている。

 この手に掴まれれば、俺は負けるだろう。


 だから、あえて捕まりに行く。


「っ!?」


 流石の工藤もそれは予想外だったのだろう。伸ばした手が俺に触れたというのに、それがすぐに俺を掴むことはなかった。


 それは一秒にも満たないほどの僅かな迷い。だが、俺にはそれで十分だった。


 俺の服に工藤が触れたその瞬間、呪いが発動した。


「ぐっ!」

「っ!!」


 くそ、自分もかかると分かっていても嫌なもんだなあ!


 それはごく簡単な呪いだ。

 誰かに不幸が訪れればいい。病気が悪化すればいい。怪我がひどくなればいい。

 そんな誰もが願ってしまうような、大昔からあるようなとても簡単なもの。


 だが、こいつには致命的になる。

 何せ元から特級の呪いを受けているのだ。元々の呪いと俺のかけた呪いが作用し合い、結果としてその呪いは全身へと悪化し、苦悶の表情をした後に声を出すこともできずに地面に倒れた。


 しかし、人を呪わば穴二つ、というように、専門家ではない俺が使った呪いは、ごく初歩的なものとはいえ俺自身にも返ってきた。


 とはいえ、俺には元からかかっている呪いなんてない。加えて、俺の呪いの技術じゃあそんなに強くはかけられない。

 なので精々が疲労の度合いが強くなったり、怪我の痛みが強くなったりと、少し不快になるくらいだ。


 こいつにかけた呪いももう消えてるし、あと十分もすれば目は覚めるだろう。何せ特級だし。


 なんにしても、これでこいつは終わりだ。

 いやー、よかったよかった。こいつが呪いなんてもんにかかってて。

 一応準備はしておいたが正直使うことになるとは思ってなかったからな、呪いなんて。


「とりあえず合流するか」


 俺たちを撮影しているドローンを呼んでこいつが倒れたことを教えると、俺は宮野たちの元へと向かうべく歩き出そうとしてのだが……。


「このままリタイアして——なんだっ!?」


 その足は数歩進んだところで止まった。

 森の向こう、宮野たちがいるはずの方向から嫌な予感がしたのだ。


「この感じは……チィッ! またかよクソッタレ!」


 もう体験したくないと思っていた覚えのある感覚に舌打ちしながら、俺は仲間の元へと走り出した。

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