第37話佳奈:ふざけるな

 

「なんだあのでたらめさはっ!」

「性格変わってない!?」


 敵を吹き飛ばしながら笑っている佳奈だが、それを見た天智チームの残っているメンバーの二人は全く笑えない。


 自分たちはリーダーであり特級である天智飛鳥がいない状況だった。

 だがそれでも、自分たちは全員一級で、チームの編成もバランスの悪くはないものだった。

 さらには敵は二人なのに対して自分たちは三人。負ける要素がない。そのはずだった。


 だというのに、今では剣士と治癒師の二人しか残っていない。しかも剣士は回復したとはいえすでに疲労が溜まっている状態で、治癒師は怪我を治したために魔力が大きく減っている。


 あり得ない。自分の知っている相手じゃない。ふざけるな。こんなことがあってたまるか。


 そんな本来ならあり得るはずのなかった理不尽な状況に怒りたくなる天智チームの二人。


 ——だが、佳奈に言わせればそれこそ冗談ではない。


「ったりまえでしょー! あたしはあんた達にムカついてんの! それをぶちのめせるんだから普段と違うに決まってんじゃん!」


 怒りたいのは自分の方だ。自分たちこそふざけるなと言いたいのだ。


 自分勝手な理屈を並べてさも自分たちが正しいかのように言い、お前は間違っているのだと押し付けて仲間を——友達を泣かせた。


 しかもその理由が自分が舐められたせいだという。


 なんだそれは。ふざけるな。


 友達を泣かせたあいつらも、友達が泣く理由を作った自分も、全部全部腹が立つ。


 認められるか。認めてなるものか。


 だから、友達を泣かせたものを否定するためにも——全部ぶっ飛ばしてやる。


「あんた達は関係ないかもしんないけど、恨むなら自分たちのリーダーを恨んでよね!」


 それが浅田佳奈が武器をとっている理由。


「くっ! 浅田の武器は強力だが、重く遅い! 軽くてもいいから避けながら反撃し続けろ!」

「そうそう! 避けなさい! あーーーっはははははは!!」


 そうして一撃でも喰らえば……いや、まともに喰らわずとも掠っただけでも重傷になってしまいそうな大槌振り回しが、止まることなく放たれ続ける。


 しかし、天智チームの二人はランキング上位者としての矜持からか、それでも諦めることなく戦いを続ける。


「く、このっ、いつまでも調子に──あ」


 だが、治癒師のおかげでなんとか立ち上がり戦ってきた剣士の生徒だが、佳奈の攻撃は相当こたえていたようだ。

 それに加えてこれまでの戦闘も合わさって、不意に剣士の生徒の足からかくんと力が抜けた。


「あはっ!」


 その瞬間を見逃すはずがなく、思い切り力を乗せた、だがギリギリ死なない程度の力で剣士の生徒を殴り飛ばした。


「なっ!?」


 そしてその生徒の体は、浩介との話を終えて仲間を追いかけて現れた天智のすぐそばにあった木に激突した。

 その瞬間、致命傷を負ったと判断され、辺り一帯に仕掛けられていた回復魔法の結界が作動した。

 これで二人目。


「どうしてっ! なにがあったのですかっ!?」

「やっほー、天智さん。突っ込んでばっかりの怪力娘でーす。あなたの仲間、二人退場しちゃったよ。ってか、退場させたよ」


 仲間の元へと辿り着いたと思ったら突然仲間が飛んでくるなどかけらも想像していなかった飛鳥は、混乱しながらも武器を構えて声の聞こえてきた方向を警戒する。


「確かに私たちはあんたや瑞樹に比べたら弱いけどさぁ──あんまりなめんなよ」


 飛鳥がその方向へと視線を向けると、そこでは佳奈が大槌を肩に乗せて不敵に笑っていた。


「……浅田さん。これはあなたが?」

「見ればわかるっしょ?」

「三人はあなたよりも上位だったはずですが……」

「格付けだけで強さは決まんないんだって。それに、その上位って……いつの話をしてんのよ」


 飛鳥たちと瑞樹達の強さを記していたランキングというのは、もう二ヶ月以上も前のものだ。


 男子三日会わざれば刮目せよ、とは言うが、人というのはごく短期間であっても成長するものだ。

 戦いというのは心の持ち用でいくらでも変わる上、この夏休みの間に必死になって鍛えた佳奈達にとって、現在のランキングなどもはや単なる飾りでしかなかった。


「……なるほど。あなたを甘く見すぎていたようですね」

「今更理解しても遅いけどね」


 苦々しい表情で佳奈を見つめる飛鳥。

 すでにメンバーの三人がやられており、うち二人は結界による回復魔法が作動し、失格扱いとなっている。

 つまり、状況としては宮野チームが五人全員残っているのに対して、天智チームは四人しか残っていない。しかもそのうち二人は負傷しており、俊は宝の守護をしている以上、まともに動けるのは自分だけ。


 圧倒的に不利な状況だといえた。


「どうするの? 戦う? それとも、撤退する? 戦うなら──」


 佳奈は一旦そこで言葉を止めると、全身から獰猛な気配を滲ませて飛鳥を睨みつけた。


「後二人消えてもらうことになるけどね」


 どうするべきか。戦うか、それとも撤退するか。


 戦えば勝てるのだとしても、冒険者として考えるのなら敵の奥の手や想定外の事が怒りうることを考え、仲間を連れて撤退するべきなのだろう。もしくは仲間が逃げる時間稼ぎをする。

 そして態勢を整えてから再度挑む。それが正しい冒険者の選択だ。


 だが、飛鳥は宮野チームに余裕を持って勝つつもりでいた。だというのに、それが相手を舐めた挙句にこの結果。

 ここで引き下がってしまえば、たとえ勝ったとしても飛鳥はそれを誇ることはできないだろう。


 それに……


「消えるのは一人だけですよ」

「へえ? 見捨てるの?」

「いいえ。消える一人は私たちではなく──あなたです」


 やられっぱなしというのは気に入らない。


「フッ!」

「──ッ!」


 その瞬間、佳奈の認識を超えて接近した飛鳥から突きが放たれた。

 それを受けることができたのはほとんど偶然と言ってもいい。なんとなく嫌な感じがした気がしたから避けた。それだけだ。


「ぐっ、っつ〜〜〜〜!」


 だがその一撃だけでは終わらない。

 続く連続の突きを避け、防ごうとする佳奈だが、その一つとして避けることができない。

 それでも避けることができないなりに致命傷を避けているのは流石と言える。


「……それほどの重量武器を使いながらの立ち回り、見事です。余程鍛えたのでしょうね」

「そりゃあどうもありがとう。ま、ね。教導官が役に立たないから」


 しかし、状況だけを見れば疲れた様子も怪我も全くない飛鳥と、たった数十秒程度の攻防だったというのに全身傷だらけで息を切らしている佳奈。

 どっちが優勢なのかは語るまでもない。


 これが特級と一級の差。埋めようのない現実だ。


「……その点は同情しますよ。あんな者を教導官と仰がなくてはならないのですから」

「随分と嫌われてるみたいだけど、そんな嫌なことでもあったの?」

「少々話をしただけです。そして、その結果私とあの者ではいつまでったっても相入れないと分かっただけの事」


 飛鳥は浩介との会話を思い出して不愉快そうな顔になるが、すぐに頭を振って武器を握り直した。


「そんなことよりも、続きといきましょう。あなたを倒して、すぐに他の方も倒して見せます。勝つのは私たちですから」


 そして、今度こそ仕留めるのだと足に力を込めた、その瞬間——


「これで「<天衝>」——っ! きゃあっ!?」


 飛鳥の足元から天を衝くほどの炎の柱が発生した。


「吹っ飛べえええええ!!」


 普通なら焼け焦げるでは済まないだろう炎。だが相手は特級。無傷ではないかもしれないが、それでも生きているだろうと判断し、佳奈は自らも炎の中へと突っ込んでいき大槌を振り回した。


 その結果、飛鳥は炎の直撃と、さらに佳奈の全力の攻撃を喰らって大きく飛ばされた。


「バカ。流石に炎の中を突っ切るのは無茶」


 そうして姿を見せたのは宮野チームの魔法使いである安部晴華だった。

 彼女がこんなにいいタイミングで現れたのは偶然ではない。最初からこの場に待機していたからだ。


 敵を誘導し、佳奈が暴れて注目を集めたところで、後からやってきた飛鳥を仕留める。

 それが宮野チームの立てた作戦だった。

 浩介が時間稼ぎにあえてゆっくりとした話し方でおしゃべりをしていたのはそのためだった。


「いいじゃんいいじゃん。お守りは持ってたし、結果として当たったんだから」

「でもあれは──」


 敵を仕留めたことで笑っている佳奈だが、晴華は難しい顔をした状態で飛鳥の飛んでいった方を見つめている。


「うそっ!? どうして起き上がれんのよ!」

「やっぱり……」


 すると、佳奈の攻撃が直撃したはずの飛鳥がゆっくり立ち上がった。


「当たる前に風で自分を吹き飛ばして、ついでにクッションを作ってた」

「いやいや、あの一瞬でそんなことできんの? てか、あいつ前衛でしょ? なんで魔法使えんの?」

「できるからこそ、『特級』なのですよ」


 本来は前衛は魔法を使うことができないはずなのに、その常識を破って当たり前のように立ちはだかる。

 これが特級。これこそが特級。世界でも一握りしかいない理不尽の塊だ。


「撤退」

「……おっけー」

「逃すと思いますか?」

「なら、そっちのも道連れにしてやるだけね」

「<火炎>」


 晴華が魔法を口にすると同時に、飛鳥の視界が今日三度目の炎に塞がれた。


「……逃し、ましたか」


 道連れ、という言葉から先程と同じように炎を突き破っての攻撃が来るものだと思って身構えた飛鳥だが、いくら待っても攻撃は来ず、炎が消えた後には誰も残っていなかった。

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