第36話佳奈:まとめて片付けてやるんだから!

「きゃっ!」

「柚子っ!」


 森の中をしばらく走っていると、最初にいた場所のように少し開けた場所にでた。

 だが、最初にいた場所と違うのは、目の前には池があることだ。


「止まれ!」

「ッ……ハァハァ……」

「やっと、追いついたぞ」

「……もう逃さない。ここで倒させてもらうわ」


 前は池によって進むことができず、後ろは追ってがいる。左右に逃げようとしてもその前に攻撃を喰らう。

 状況としては相当にまずいと言える状況だ。


「……やー、こんなところまで追ってくるなんて、あたし的にはストーカーは遠慮してもらいたいんだけどなぁ」

「そんなふざけたことを言ってられるのも今の内だ。こちらは三人でそちらは二人。しかもそのうち一人は補助要員。勝てるわけがない」

「素直に棄権すれば、痛い目に合わずに終わるぞ」


 天智チームのメンバー達はそんなことを言っているが、佳奈は表面上は苦い表情をしているが、内心では笑っていた。


「うわぁ、いかにも悪役っぽいセリフ。そんなしょぼいセリフを吐くだなんて、あんた達の親玉も格が知れるってもんよね。ねえ、柚子?」

「う、え……そ、そうだね……」


 この場所に来るのは作戦通りとはいえ、それでも追いつかれないように走るのは後衛である柚子にとってはかなりきついことだった。


「……棄権する気は、ないんだな?」

「棄権ね……」


 佳奈は天智チームへと視線を巡らせると、ハアァァ、とゆっくりとため息を吐き出し武器から手を離した。

 そんなことをすれば当然武器は地面へと落ち、佳奈の持っていた大槌はドスンと音を立てて地面へと転がった。


 そんな動作で佳奈が諦めたと思ったのだろう。天智チームのメンバー達の間にあった緊張が明確に緩んだのを感じられる。


「やあっ!」

「ごっ!?」


 が、その瞬間、佳奈は腰につけていた拳大の鉄球を手に取り、投げつけた。


 そんなことをするとは思っていなかった天智チームの一人は、その鉄球を避けることができずに腹部に直撃を受けてしまう。


「そんなもん、するわけないでしょうがっ!」

「がっ!?」


 そして、そんな攻撃を受けた仲間に気を取られた他のメンバー達は隙だらけとなり、佳奈はその瞬間を見逃すことなく接近し、鉄球を受けた一人を殴り飛ばした。


 佳奈の拳を受けた前衛の男子生徒は大きく吹き飛ばされた。

 一定以上のダメージを受けると発動する治癒の魔法が発動していないので、まだ失格にはなっていないがすぐに動けるようにはならないだろう。


「かかってきなさい! あんたたち三人くらいなら、あたしがまとめて片付けてやるんだから!」


 そんな佳奈の挑発を受け、天智チームのメンバー二人は佳奈を警戒する。


「……? おい、北原がいないぞ!」

「なっ!? どこへっ……!」


 いきなり仲間が倒されたことを警戒して、佳奈を囲みながらも迂闊に手が出せなくなっていた天智チームだが、そのうちの一人が少し離れた場所にいたはずの柚子がいなくなっていることに気がついた。


「柚子なら逃げたわ。追いたいなら追ったらどう?」


 佳奈がそう言いながら視線を右へと向けると、そこには小走りでこの場所から遠ざかっているゆずの背中が見えた。


 それを見た天智チームの一人が、アイコンタクトをしてから柚子を追おうとするが、その足元に先ほど仲間を襲った鉄球が大きな音を立ててめり込んだ。


「行かせないけどね」

「ぐ……このっ!」


 地面に落ちていた自信の武器である大槌を拾った佳奈は、それを構えて不敵に笑ってみせた。


 ——こいつを倒してからでなければ追うことはできない。


 天智チームはそう判断すると、即座に行動に移した。


「おっそいおっそい! それ!」


 だが、それでも攻撃は当たらない。

 敵の構成は前衛二、後衛一、だったが、佳奈の攻撃によって前衛の一人はダウンしてしまっている。

 そして残っている後衛は治癒師なので、攻撃に参加しているものの攻撃の『圧』と言うものがない。


「よっ、ほっ! こ……こっ!」


 だからそれも必然だろう。佳奈の攻撃によって治癒師の女が蹴り飛ばされた。なんとか受け身を取ったのか、それとも佳奈が加減したのかわからないが、結界による回復は発動していない。

 だが、先ほどの前衛の生徒に続けてこちらもすぐに動けるかと言ったらそうでもないようだ。


 これで残るは前衛の剣士一人のみ。天智チームにとっては決していい状況とはいえない。


 なかなか攻撃が当てられていないこの状況でも、魔法使いが範囲系の魔法を使えば仕留めることは可能だろう。


 だが、その魔法使いは現在自陣の宝の守護をしているためにこの場所にはいない。


 しかしそれでも、相手は全学年合わせて上位に入るチーム。そのまま終わったりはしなかった。


「これでっ!」

「うわっ! でも──」


 初撃で倒したはずの生徒が立ち上がり、背後から佳奈を襲った。

 まだ立ち上がれるような怪我ではなかったはずなのに、と思って佳奈はチラリと周囲を確認すると、治癒師の女子生徒が移動していた。

 どうやら彼女が仲間を癒したようだ。


 剣士の男子生徒が振るう剣戟を躱す佳奈。

 だが、治癒され立ち上がった生徒と、佳奈と戦っていた生徒とが協力して戦うことによって、佳奈の動きにそれまでの勢いがなくなってきた。


 いかに佳奈が強くなったとはいえ、まだまだ発展途上。勢いに乗っているときには強いが、勢いを止められればその強みは失われる。


 佳奈は二人の連携を防ぎ、凌いでいくが、このまま治癒師までもが完全に回復したら最後は追い込まれると思い、負傷覚悟で相手の攻撃を防ぐことなく持っていた大槌を振り回した。


 攻撃の途中だった剣士の生徒は、まさか今のタイミングで反撃が来るとは思っておらず驚きに目を見開いて咄嗟に攻撃を止めると精一杯体を捩るが、それでも力一杯振り回した大槌を避けることができなかった。

 そんな状況であってもなんとか剣を割り込ませることができたのは流石といえよう。


 だが、その程度では全然足りない。


 いくらなんでも、とてつもない力で振り回された重量物を、たかが剣一本で受け止めることはできなかったようで、盾として構えた剣は砕け、その勢いを僅かに削っただけで剣士の体を打ち据えた。


 そして佳奈の振り回す大槌を体で受け止めた剣士の生徒は、振り回される大槌の勢いに任せて大きく飛んでいった。


「あっははははは!! ホームラーーーン!!」


 大槌によって飛ばされた生徒は、それが致命傷と判断されたのだろう。結界が作動して治癒の魔法が発動する。これで一人リタイアだ。

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