第10話新チームの一日目・終了

「お前ら止まれ」


 それから一時間ほど進んだところで、俺は少女達……チームメンバー達へと若干苛立ちながら制止の声をかけた。


「どうしたんですか?」


 宮野が振り返って問いかけてきたが、その様子は何もわかっていないようだ。

 優等生っぽいこいつがわかってないとなると、他の二人もわかってないだろうな。


「お前ら、学校で何習った?」

「何って……基礎教育と戦い方とダンジョンでの過ごし方、です」

「ダンジョンでの過ごし方なんてのを学んでんなら、罠の類についても学んでるよな?」

「はい。……もしかしてこの先に罠が?」

「いや?」


 宮野はとっさに前方へと振り返って警戒する姿勢を見せ、他の二人も同じように振り返るが、それは違う。この『先』には罠はない。あるのかもしれないが、それはここから多少なりとも離れた場所だろう。


「え? じゃあ──」

「そこのハンマーゴリラ」

「……は? ちょ、え、何その呼び方。もしかしてあたしの事?」


 宮野のことを無視して、その隣にいた浅田に向かって言葉を投げかけると、浅田は一瞬呆けたような反応をしてから顔をしかめて問い返してきた。


「そうだよ」

「……いい度胸してんじゃない。ならそのハンマーの力を見てみる?」


 俺が頷くと、浅田はこめかみをピクピクと動かしながら自身の武器である大きなハンマーを構えてこっちに歩いてくるが……これだけ離れれば問題ないだろう。


「もういいぞ、そこで止まれ」

「人をバカにしておいて謝りもなしに止まれってのは、バカにしすぎてると思わない?」

「助けてやったんだから感謝してほしいのはこっちだな」


 何も俺は理由もなくだとか気に入らないからだとかそんな理由で暴言を吐いたわけじゃない。


「そこ。さっきまでお前が立ってた場所だが……」


 さっきまで浅田が立っていた場所から二歩程先に向かってライトを照らす。

 すると、暗くて見えづらいがそこには僅かに段差ができていた。そしてそれをよく見ると、人工物であると言うのがわかる。


「罠……」

「後数歩進んでたら喰らってたぞ」


 この場所がゴブリンの巣だってことを考えると、簡単な矢なんかが飛んでくる罠か、鳴りこあたりだろう。


「……」

「今のは簡単なものだったから喰らってもすぐに癒せば問題ないだろうが、そもそも喰らわない方がいいに決まってる。それに、もっと酷いものだと……こうなる」

「——っ!」


 俺はそう言いながら自分の腕を捲って見せるが、そこには肘から手首にかけて爛れたような痕跡があった。ような、と言うか実際に爛れたんだがな。


「これは俺が冒険者をやらされて半年してからできた傷だ。順調に行ってた俺は調子に乗った。ダンジョンを甘くみた。そのせいで罠にかかり、こうなった」


 生き物を殺す覚悟もできて、罠もわかるようになってきて警戒が緩んでいた俺は、罠に嵌り腕が爛れた。


「これはその場にいた治癒師に癒してもらっても治らず、一生このままだ」


 あのとき一緒にいたのが二級の治癒師だったからってのもあるだろう。一級や特級が一緒だったのなら痕なんて残らなかったかもしれない。

 だがそうだとしても、それは治せなかった治癒師が悪いのではなく、罠にかかった俺が悪いのだ。


「これまで何度かさっきのと同じような罠があった。その全部を奇跡的に避けてたが、これからずっと続くだなんて事は起こらない。俺みたいな傷を作りたくなかったら、精々気を付けろ」


 才能があるって言っても、それはまだ単なる才能でしかない。実力があるわけじゃあないのだ。


 あまり口出しするつもりはなかったが、見ていられなかった。

 俺みたいなおっさんが怪我をする分には仕方ないですむが、若い女の子がこんな痕が残るような怪我をすることになったら大変だろうからな。


「で、どうする?」

「……進みます。ただし、みんな罠には気をつけてね」


 リーダーである宮野の言葉に浅田と北原はうなずくと前に進み出した……のだが、その際、浅田は俺の足を軽く蹴っていった。これはさっきの呼び方の仕返しか?

 本気で蹴られれば俺の足なんて『折れる』ではなく『千切れる』だろう。だと言うのに少し痛いで済んだのはかなり手加減したからだろうな。


 そんな浅田の反応に俺は肩を竦めると、先ほどまでよりも遅いペースで進む少女達の後を追って進んでいった。




 ある程度までダンジョンを進んだ俺たちは、これ以上は泊まりがけになってしまうと判断して引き返したのだが、ダンジョンを出てきたときにはすでに陽が落ちていた。

 時間は……七時か。冒険者としては普通だが、学生としてはこんなおっさんと一緒にいるとかどうなんだろうな?


「つ、疲れた……」

「やっと帰ってこれた……シャワー浴びたい……」

「レポートは、明日でいいよね……」


 宮野、浅田、北原の三人はゲートを潜りダンジョンから出ると、それまで張っていた気を緩めて全身の力を抜いた。


「まだ報告と換金が残ってるぞ」


 だがダンジョンに潜ると言うのはこれで終わりではない。遠足は帰るまでが遠足なのと同じで、ダンジョンから出てきただけでは終わりにはならない。


 モンスターはその体内に魔石と呼ばれる塊を持っている。モンスターが溢れた当初は意味のないものだったが、今では貴重なエネルギー源だ。


 加えて、今回はゴブリン相手だったから何もしなかったが、他のモンスターだったら売れそうな部位を剥ぎ取ることになる。


 モンスターを倒し、素材と魔石剥ぎ取って、換金して、そこまでやって初めて冒険終了になるのだ。


 だから俺たちは、ダンジョン内で倒した敵から回収した魔石をゲートのそばにあった換金所へと持ち込み、そうして受け取った金を四人で分けた。

 これで今日の冒険は終了だ。


「じゃあお疲れさん。次はいつだ?」

「その事なんですけど、連絡先交換しませんか? 私たち、普段は学校ですから連絡も取りづらいですし」

「……まあ、そうか。一緒に行動する以上は必要か」


 それは当然のことなんだが……女子学生と連絡先の交換かぁ。……なんだかアレな感じがするな。


「それじゃあ今日はこの辺で解散としようか」

「はい。お疲れ様でした。それと、これからよろしくお願いします」


 そんな風に言葉を交わしてから、ここ最近では無かったやけに長いと感じた一日を終えた。

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